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7.

(……大分下がったわね)


 やれやれ、と私は冷水で固く絞ったタオルを畳むと、そっとシャルル殿下の額の上に乗せ、ふーっと長く息を吐いた。

 結婚式(予定だった日)から3日が経った今日、ようやく彼の熱が下がった。

 それまでの間、侍従さん達と交代で私も看病していたのだ。


(早く良くなってもらわないと困るもの)


 そんなことを考えながら、ベッド脇のサイドテーブルに頬杖を突いて彼の寝顔を眺めていると。


「……」


 閉じられたままだった彼の瞼がゆっくりと開き、目の前にいた私の姿をその色素の薄い青の瞳が映した。


「……リリィ?」

「はい、何でしょう?」


 名前を呼ばれたので返事をすれば、彼は数度瞬きをし……、呟いた。


「夢か」


 その言葉に私は呆れて言葉を返す。


「夢ではありませんよ、シャルル殿下。 寝ぼけていないで早く起きて下さい」

「……」


 彼は何も言わずにボーッと私を見つめていた……のも束の間、バッとまるで効果音でもつきそうなくらいの早さで飛び起き、私を見て目を丸くした。


「……っ、君、なんで……っ」

「あ、駄目ですよ! まだ病人なんですから、しっかり寝ていて下さい」


 私は彼の両肩を軽く押すと、彼はされるがままにベッドに再び横になったかと思えば、何度もしきりに目を瞬かせている。


(まだ夢だと疑っているのかしら)


 夢ではないと言っているのに、と私は息を吐いて言った。


「貴方が体調を崩したから、結婚式は中止になりました。

 ……あれだけ私に注意しておいて、貴方が風邪を引いて倒れてどうするんですか。 しっかりして下さい。

 ちなみに結婚式からは3日経っています。 つまり、貴方は3日も寝ていらっしゃったんです。

 皆心配しております」

「……」

「聞いていらっしゃいますか?」


 まだ用意していた半分も文句を言えていないのに、彼は遠い目をしている。

 そして、呟くように言った。


「……聞いている」

「本当ですか?」


 疑いの眼差しを込めてじっと彼を見つめていると、シャルル殿下は落ちていたタオルを持ち上げ、それを見て言った。


「……君が、看病してくれたのか?」

「はい、侍従さん達と交代でですが」

「何故、君が」

「それは、早く良くなって欲しかったので」

「!」


 その言葉に、彼のアイスブルーの瞳が大きく見開かれる。

 私も言い方に語弊が生じたことに気が付き、慌てて言った。


「だって、そうでないと文句の一つも言えないじゃないですか。

 ……結婚式の前日、私に自覚はないのかーって言った貴方が風邪を引いて式を中止にさせたんですよ!? 一体どういうことですか!?」


 感情が表に出るとどうにも止まらなくなる私の性分は、誰に対しても変わらないらしい。

 怒りのままにそう殿下にぶちまけると、呆気にとられていた彼が突然絵に描いたようにシュンとなり、下を向いて言った。


「すまない」

「!」


 まさか素直に謝られるとは思わず、一瞬ドキッとしてしまった。

 そして、私にもほんの少しの罪悪感が芽生え、それ以上怒る気にはなれず小さく咳払いして言った。


「まぁ、風邪を引いてしまったものは仕方がないと思いますけど。

  私だけでなく、きちんと侍従さん達に謝って下さいね。 本当に心配していたんですから」


 そう言って、シャルル殿下がお目覚めになったことをバジルさんにお伝えしようと席を立ったところで、彼に呼び止められた。


「っ、待て」

「何ですか?」


 シャルル殿下は、じっと私を見つめて尋ねた。


「君は、私のことを心配、してくれていたのか?」


 突然の予期せぬ質問に、今度は私が目を丸くする番で。

 彼はハッとしたように、慌てて「何でもない」と言い、布団を被り直して横になった。

 私はその姿を見て口を開く。


「それは心配していましたよ。 だって私は、3日前から貴方の“お飾り皇太子妃”になったのですから」

「!」


 彼がこちらに目を向けたのを見て、さらに続ける。


「それと寝ぼけていらっしゃったのだとは思いますが、“どこへも行かないで”と言われても、貴方が持ちかけた条件がある限り、私はどこにも行きませんよ。

 ……後、それ他の女の子に言ったら絶対勘違いしてしまうと思うので、やめて下さいね?」


(少なくとも私がお飾り皇太子妃でいる内は)


 では失礼します、と私が出て行った後、ずっと黙っていた彼が内容を理解して顔を赤くさせていたことになんて、私が知る由もなかった。





「見苦しいところをお見せしてすまなかった」


 翌日。 結婚生活4日目を迎えた朝、朝食の場に顔を出したシャルル殿下は、開口一番にそう告げて頭を下げた。

 その様子を見てハッとし、慌てて声をかける。


「いえ、そんなお顔をお上げください。 お元気になられたようで何よりです。

 ……それを言ったら私の方こそ、貴方に随分な物言いをしてしまいました。 お許し下さい」


 そう、冷静に考えたらいくら妃になったといえど、一国の皇太子に向かって説教するという、淑女にあるまじき言動をしてしまったのだ。


(まぁ、言わなければ気が済まなかったでしょうけれど……)


 などと内心全く反省していない私に彼は言った。


「いや、君の言う通りのことを私はしてしまったんだ。 本当に、君にも君の兄上であるセドリック殿下にも迷惑をかけてしまってすまなかった」


 そう彼が心から反省しているのが窺えて、私の気持ちも幾分か落ち着く。

 そして、口を開いた。


「式は延期になると伺いましたが、いつ頃になるのかはまだ決められていないのですよね?」

「あぁ。 式もお披露目の方もまだ未定だ。 ……決まり次第、すぐに伝える」

「はい、分かりました」


(そうよね、彼は一国の王太子として忙しい身分だもの。

 私のお兄様もフランセル王国の王太子だから、その忙しさは知っているわ)


 だから何度も言うけれど、出来ることならば風邪を引かないで欲しかった、と考えてしまう私に彼は「それと」と言葉を続けた。


「君には私の妃として、この国の教養を身に付けてもらいたい」

「!」


(来たわ、これが“皇妃教育”ね……!)


 フランセル王国にいる間に教わっていた“淑女教育”とは違い、“皇妃教育”では淑女教育よりも更に高難度な細かい作法や知識を身に付かねばならない。

 それもそのはず、いずれは皇妃(そもそもお飾り皇太子妃が果たして皇妃になるまで続くかは分からないけれど)になるために修行なのだから、国の鑑になる者として決して妥協は許されない。


(しかも、嫁ぎ先はクラヴェルという大国)


 本来であれば、フランセル王国は鎖国下にあるため他国には嫁ぎに行くことなど想定していなかったから、私も王妃教育、ましてや皇妃教育も受けたことはなかった。

 なので一からの状態であり、右も左も分からない現状で大丈夫かしらという私の心配が伝わったらしく、シャルル殿下は私を見て言った。


「大丈夫だ、教育係には私が幼い頃に仕えてくれていた教育係に頼もうと思っている。

 彼女ならば丁寧に教えてくれるだろう。 何でも尋ねると良い」

「わ、分かりました。 ありがとうございます」

「とりあえず、一度顔合わせに正午に来ることになっている。 昼食後、応接室に向かってくれ」

「応接室……?」


 私の疑問を交えた呟きに、彼は「そうか」と口にした。


「そういえばまだ城の案内が済んでいなかったな。 アンナ、彼女に城の案内を今日中に頼む」

「はい、畏まりました」


 側に控えていたアンナに、私からも「よろしくね」と口にすれば、彼女は微笑み「はい」と頷いてくれたのだった。

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