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4.

 シャルル殿下と交わした交換条件の通り、私と彼は結婚することを決め、家族にもそう伝えた。

 家族にはあまり良い顔はされなかったものの、シャルル殿下の説得もあって渋々承諾した。

 家族には勿論、彼と交わした誓約の話はしていないから、心から私を心配してくれていることが伝わってきて申し訳なく思える。


(心配をかけてしまうけれど、シャルル殿下から提示された条件はこれ以上ないほど良い条件だわ)


 気持ち的には、前世で攻め入られた国に嫁ぐなんて冗談ではないと思うが、これで家族を救えるのなら自分が我慢すれば良いだけだ。


(魔法も使えない私に出来ることはこのくらいだし)


 だけど、一つだけずっと気になっていることがある。

 それは、“時が経てば離婚して良い”という彼と交わした誓約の一つだった。


(彼の言う“時が経てば”とは一体どういうこと? 時とは、何のことだろう)


 期間限定の白い結婚……、それに何の意味があると言うのだろうか。

 私はそんな疑問を抱えている間に、彼の言う通りほぼあちら側が負担してくれると言う結婚話はどんどん進められていく。

 というのも、彼がまるでこの結婚を急いでいるかのように進めているのだ。

 ……いや、正確に言えばクラヴェル国側が、なんだろうけど。

 連日準備のためと、連日クラヴェル国から仕いが送られてくる。

 ドレスの採寸、結婚式の段取りなど、クラヴェル国で催される結婚式のために着々と準備は進められていく。


(そう、全てあちら側が準備する代わりに結婚式もクラヴェル国で催されるのよね)


 その結婚式も王族のみで執り行われるようで、両国民にはお触れが出されるのと、後日また改めてお披露目式という形で結婚を発表することになるのだそうだ。


(それももしかしたら、互いに離婚しやすくするための配慮なのかもしれない)


 本当に彼が何を考えているのか分からないわ、と自然とため息を吐く。


(結婚式までは後三ヶ月。 そして三ヶ月後には、長年暮らしたこの城ともお別れしなければならない……)


 そう思うと、不安な気持ちでいっぱいになる。

 前世で攻め入られた敵国に嫁ぐなんて正気ではない。

 でも、この結婚だけが私に出来る戦争を食い止めるための最善の方法ならば、私一人が我慢すれば良いだけのこと。

 大切な家族を守るためにはこれしかないのだと、そう自分に言い聞かせたのだった。




 そしてついに、クラヴェル帝国に嫁ぐため、出立する日を迎えた。

 家族との挨拶をそこそこに、クラヴェル国側に用意された豪奢な馬車にお兄様と共に乗り込む。

 何故お兄様が一緒かというと、鎖国状態にあるフランセル国から家族全員でクラヴェル国に赴く訳にはいかないため、結婚式の見届け人として次期国王に即位するお兄様が代わりに来てくれることになったからだ。

 その馬車の中でお兄様は口を開いた。


「良かったのか? あんなに家族とあっさりお別れをして」

「……うん、良いの」


 別れを惜しむ家族を前にすると自分の決心が揺らいでしまいそうだった私は、敢えて明るくさっぱりとした風を装い、家族に別れを告げたのだ。

 そんな私の心情を悟ったのか、お兄様は「そうか」とだけ口にし、移り変わっていく外の景色を眺めている。

 私はそれに、とそんなお兄様を見ながら思った。


(お兄様が付いてきてくれて良かった)


 異国に一人、行ったことのない場所に赴き、そこで暮らしていくというのはかなり抵抗があった。

 今まで一度も旅行したことすらない私にとって、それは大冒険のようなもの。

 もしこれが行きから一人きりだったら、今頃怖くて泣いていたかもしれない。


「お兄様」

「ん?」

「ありがとう」


 こちらを向いたお兄様に向かってそう微笑みながら礼を述べれば、お兄様は突然うるうると瞳を潤ませたかと思えば、顔を覆って口にした。


「あぁ、可愛いリリィがこんなに早く、それも国を離れて嫁いで行ってしまうなんて……っ、今すぐ連れ戻せたら良いのに!」


 そんなお兄様の溺愛っぷりに思わず苦笑いしながらも、私は幸せ者だなと感じるのだった。


 フランセル王国から隣国クラヴェル帝国までは、馬車でおよそ一日かかる。

 とはいっても、クラヴェル帝国は大国のため、国に入れても城まではそこから更に二日ほど要する。

 そのため、指定された宿で泊まりながら移動は続く。

 そんな時間をかけてようやく私とお兄様を乗せた馬車は、クラヴェル帝国の城門を潜ったのだった。


「わぁ……」


 馬車からお兄様の手を借りて降り立った私は、目の前に聳え立つ大きな城を前に、思わず感嘆の声を漏らした。

 クラヴェル帝国の血塗られた歴史とは似ても似つかないほど。

 白と青を基調とし、いくつもの三角屋根の塔が並び立っているその城は、まるでお伽話から抜き出てきたようで。


「綺麗……」


 思わずそう感嘆の声を上げれば。


「そうか、お気に召したようで何より」

「!?」


 突然声をかけられた私は、驚き思わず一歩後ずさった。

 悲鳴をあげなかっただけでも褒めて欲しい。


(だってそこにいただなんて気が付かなかったもの……!)


 そこには、私と二人きりでいる時の無表情は何処へやら、優雅な微笑みを浮かべて私を見ている彼……、クラヴェル帝国の第一王子であり私の政略結婚相手であるシャルル殿下が立っていた。


(相変わらず憎らしいほど綺麗な顔ね……)


 何を考えているのかさっぱり分からないわ、と内心毒を吐きつつ、そんなことは(おくび)にも出さず完璧な笑みを返し淑女の礼をした。


「シャルル・クラヴェル殿下、ご無沙汰しております。

 不束者ですがどうぞ宜しくお願い致します」

「こちらこそ宜しく、リリィ姫。 それからセドリック殿下、ご足労頂きありがとうございます。

 長旅でお疲れでしょう、部屋を用意していますのでそちらで今日は休まれて下さい」


 そうシャルル殿下が口にすると、後ろに控えていた侍従達がさっと動く。

 そして、私とお兄様の前にそれぞれ侍女が前に進み出てきて礼をし、「お部屋まで案内致します」と申し出てきた。

 その言葉に私の前に歩み出てきた侍女……、年はそう私と変わらなく見える彼女に「お願いします」と口にすれば、その侍女は頷いて部屋まで案内してくれたのだった。



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