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3.

 シャルル殿下を案内したのは、来賓と話をする際に通す応接室だった。

 私は長椅子に腰を下ろすと、彼もその向かいの席に座った。

 侍女に紅茶を淹れてもらってから部屋から出るよう伝え、二人きりで話し合いを開始する。

 口火を切ったのは私だった。


「三日振りですね、シャルル殿下」


 皮肉交じりに笑みを浮かべてそう口にすれば、彼はアイスブルーの瞳をこちらに向けた。

 その視線にドキッと心臓が跳ねる。


(本当に綺麗な顔……)


 三日前の夜に会った時は暗がりで、ぼんやりとしか見えなかった彼の姿も、今は正面からはっきりと見える。

 さらさらの髪に前髪から覗くアイスブルーは、何処か冷たくも神秘的な印象を与える。


(それに、前世で見た時より幾分若く見える)


 それもそのはず、彼を見たのは私が19歳の時……、つまり今から三年後くらいで、また彼は私より4歳上と聞いているから、前世では23歳ということになる。


(今は私が16歳だから、彼は20歳……)


 なんて考えている間に、彼は紅茶を一口飲み、その紅茶に視線を落としたまま「あぁ」とそっけなく返した。

 その態度に腹が立つ。


(何よ、先程までの態度とは全然違うじゃない)


 私の家族がいなければ横柄な態度を取っても良いというのだろうか。

 少し苛立った私は、それならこちらもと腕を組み鋭い口調で言った。


「一体何をお考え……、いえ、企んでいらっしゃるのですか?」


 その言葉に彼は視線を私に移した。

 大国の皇子、しかも前世で攻め入られ殺された国の皇子に対する態度ではないと分かっていながらも、言っていることとやっていることの矛盾が激しすぎて、苛立ちを隠せずそのまま彼にぶちまける。


「言いましたよね? 魔力が皆無の私を連れて行っても、貴方方に何のメリットもないと。

 それなのに、邸に無断で現れるわ、婚約を断れば宣戦布告だと脅すわ、挙げ句の果てには持参金もなしに私さえ来てくれれば良い?

 それではまるで、私のことを好きだと言っているように聞こえるのですが」

「!」


 その言葉に、それまで無表情を貫いていた彼の瞳が一瞬揺らいだのを、私は見逃さなかった。

 え、と驚く間もなく、彼はまた元の無表情に戻り、もう一度カップに口を付けて言った。


「そう聞こえたのなら訂正する。

 ただ私から言えるのは、君さえ来てくれればことは円満に運ぶということだ」

「……円満に運ぶ?」


 私の言葉に彼は頷きカップを置くと、彼は静かに告げた。


「この政略結婚は、私の一存ではない。

 私の父……、クラヴェルの皇帝陛下が決めたものだ」

「クラヴェルの、皇帝陛下……」


 その言葉を私は思わず反芻し、拳を握りしめた。

 クラヴェルが凄惨な戦争を繰り返すのには、この皇帝陛下が一代限りで全て命を下していることにあると聞いている。


(前世で攻め入られたのだって……)


 そんな私をよそに、彼は言葉を続けた。


「皇帝陛下を敵に回すことを、私はお勧めしない。

 ……たとえ父親であっても、私では彼を止めることは出来ないから」


 そのアイスブルーの瞳に、ほんの僅かな影を感じる。

 どうしてだろうかと疑問に思ったが、それは一瞬のことで、彼は私を見つめ言葉を発した。


「この婚姻に反対であること、重々承知している。

 だが、この話を受けてほしい。

 私と君の国との間で、無駄な血を流さないためにも」

「……本当に私が断れば、この国に攻め入ると仰るのですか?」

「あぁ。 陛下は本気だ。

 この婚姻を受け入れられなければ、戦争を仕掛けると息巻いている。

 私としても、戦争をすることだけは避けたい。

 だから、私からも条件を付け加えよう」

「条件?」


 私が聞き返せば、彼は頷き口にした。


「君とのこの婚姻は、時が来れば解消すると約束しよう」

「! それはつまり、その時が来たら離婚するということですか?」

「あぁ」


 驚く私に彼は頷き、「それと」と続ける。


「私は一切君に手出しはしない。

 もちろん初夜も、一晩同じ部屋で過ごしはするが、一ミリたりとも君の身体に触れないと約束しよう」

「!?」


(一体どういうつもり!? 私としては勿論嬉しい条件だけれど……、皇太子妃になったら普通、こ、子作りとか要求されるのではないの!?)


 混乱している私に対し、彼はじっと私を見つめて言った。


「離婚をした後は勿論、好きにして良い。

 白い結婚ならば、離婚後も結婚相手を探すことは可能であるはずだ。

 ……その条件で、この政略結婚を考えてくれないだろうか」

「……」

「私の話が信じられないというならば、誓約書を書いても良い。

 もしその誓約書を破ったならば、私の命を以て償おう」

「しょ、正気ですか!?」


 まさかその条件に命まで懸けると言われるとは思わず、声を荒げれば、彼は平然とした顔で「あぁ」と頷いた。

 それには私の方が毒気を抜かれる。


(本当に一体どういうこと? 彼は何を考えているの?

 そこまでするなんて、私を守りたいというのは本当なの……?)


 前世の彼と、今の彼とがぐるぐると頭を駆け巡る。

 そんな私に、彼は畳み掛けるように言った。


「どうかこの婚姻を受けてほしい。

 君が望めば、私は君と関わらないようにするから。

 陛下の目に付かないところであれば、城の中も自由に探索して良い」

「……殿下の言う、“時が来れば”というのは、いつのことでしょうか?」


 私がそう口にすれば、彼は目を見開いた後、「それは」と困ったように告げた。


「確かなことではあるが、いつかまでは断定出来ない。

 だが、出来る限り早く君を解放してあげられるようには努力する」

「……」


 彼の真摯な言動に、嘘偽りはないことははっきりと分かった。


(私を出来る限り早く解放する?

 本当に、何を考えているのか分からない。

 だけど、ここまで言われても破棄をしたとして、もし前世のように家族を守れなかったとしたら……、それこそ私がこうしてもう一度やり直ししている意味がない)


 私には、家族を守る術……、魔法も知力も持ち合わせていない。

 ただ、出来ることは今の段階で一つだけある。


「……分かりました」

「!」


 私は長椅子から立ち上がり、部屋の外で控えていた侍女に紙とペンを持ってくるよう伝える。

 そして、持ってきた一枚の紙にペンを滑らせ、それを殿下の目の前に置いた。

 そこには、“リリィ・フランセルとの白き結婚を、時が来たらば離婚を約束する”とだけ記されている。

 驚く彼に向かって、私ははっきりとその目を見て告げた。


「先程の条件を守って頂けるのでしたら、その婚姻をお受け致します」

「本当か!?」


 今度は彼が勢いよく立ち上がったのを見て、私は驚きつつも「え、えぇ」と頷けば、彼は自分が立ち上がったことに気が付きハッとしたように、慌てて座り直す。

 そして、軽く咳払いをしてからペンを取り、その誓約書に署名し、私の目の前に返してきた。

 それに目を通す私に、彼は言った。


「結果的に君に迷惑をかけることになってしまったが、君がこちらで快適に過ごせるよう尽力しよう。

 改めてこれから宜しく頼む、リリィ・フランセル」


 そう言って彼に手を差し伸べられる。

 その手を見て、前世のことを思い出した。


(前世でも、こうして彼が私に向かって手を伸ばしてきたっけ)


 彼は私を助けようとしていたようだけれど、私がその手を取ることはなかった。


(そんな私が、まさか今世ではこの手を取ることになるなんて)


 彼らが何を考えているのか分からない。

 だけど、私に与えられた選択肢はただ一つだけ。

 私は自分を落ち着かせるために深呼吸をしてから、差し伸べられた手にそっと自分の手を重ねた。

 その手は思っていた以上に大きく温かかった。

 そして顔を上げ、彼のアイスブルーの瞳を見上げて言った。


「こちらこそ宜しくお願い致します、シャルル・クラヴェル殿下」


 こうして私の運命は、前世とは違う歯車を……、運命の歯車を大きく狂わせる第一歩を歩み出したのだった。

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