34.
途中から、前皇帝視点に入ります。
「わぁ……」
「シャルル、酔ったりしていない? 怖くない?」
「全然大丈夫だよ! それより、こんなの初めてだ! 物語の世界がそのまま広がっているなんて……!」
「あ、あまり身を乗り出さないでね、危ないから」
そうはしゃぐシャルルを注意しながらハラハラと様子を見ていると、前方にいたミレーヌお姉様が呆れたように言った。
「リリィは母親か。 これではどっちが歳上なのか分からないな」
「す、すみません」
我に返ったシャルルがシュンとしながら居住まいを正すと、後方にいた長女のお姉様が笑った。
「あらあらミレーヌ、良いじゃない。
“空を飛ぶ”なんてフランセルの魔力持ち……、今では私達王家くらいしかこの魔法は使えないのよ?
逆に魔力酔いをせず、こんなに喜んでくれる方がいるというのは新鮮だから、お母様も喜ばれると思うわ」
そう言って手を叩くお姉様に対し、私は頷きシャルルに向かって言った。
「お母様の魔法だし、この先経験することはあまりないだろうから、楽しむと良いわ。
ただし、身を乗り出しすぎないでね」
その言葉にシャルルは大きく頷き、嬉しそうに眼下に広がる景色を見つめたのだった。
レア先生から話を受けた私とシャルルは、レリア殿下を探すため、遠く離れた地へと向かうことになった。
ただし、場所がクラヴェル王国から遠く離れた場所に位置しており、馬車で向かうだけでも3日ほどかかる長旅になってしまうため、お母様に協力を求めて“空中浮遊”の魔法を使ってもらったのだ。
また、次期国王であるシャルルと、同じく王妃である私二人だけで行かせるのは心配だと、付き添いでお姉様二人が一緒に来てくれた。
そんな経緯があって、今私達はこうして情報を頼りに向かっているところで。
私はチラリと横を見れば、シャルルが嬉しそうに景色を見渡しているのが分かる。
(……今のところ大丈夫そうね)
今朝までシャルルは、人前ではあまり顔に出さないよう心がけているつもりなのだけろうけど、緊張している様子だった。
無理もない、一年前までは顔も名前も知らなかった実のお母様に会えるかもしれないと思ったら、その緊張と不安は計り知れないだろう。
(シャルルからしたら、口には出さないけれど、どんな理由があれお母様に捨てられたと思っていてもおかしくないのだから……)
今こうして、魔法の絨毯に乗ることで気分転換になっているようだから、丁度良かったのかもしれない。
「こんなに綺麗な景色は初めて見た……」
そう心から感嘆の声を漏らすシャルルを見て、私とお姉様方はそっと顔を見合わせ笑みを浮かべた。
レア先生の話によると、“レリア王妃殿下ではないか”と思われる女性は、元クラヴェル帝国の領地だった場所にいるらしい。
ただし、今その場所は、クラヴェル王国の領地とするか、または国として独立するかで話し合っている最中であるという。
ちなみに、空中浮遊で移動する場合は5時間ほどで着く場所である。
「リリィ、あれがそうじゃないか?」
ミレーヌお姉様が指を差した方向に、森の開けた場所にポツンと建っている建物が見えた。
小さな尖塔が2本立ち並び、赤い屋根の可愛らしい建物は、事前にレア先生から聞いていた話の条件に当てはまる。
「そうだと思います、ミレーヌお姉様」
「!」
私がそう口にすると、シャルルの顔が強張った。
その手に力が入っているのが見て取れて、私はそっとシャルルの手に自分の手を重ねると言った。
「大丈夫、私も一緒にいるわ」
シャルルはその言葉に頷き、重ねた手を繋ぎ直して固く握り合う。
私達が絨毯から降りると、長女のお姉様が口を開いた。
「私達はここで待っているわ。 二人で行けるわね」
「ありがとうございます、お姉様」
「時間のことは気にしなくて良いぞ。
とりあえず素振りでもしているからな」
ミレーヌお姉様が剣を見せてそう言ってくるのに対し、私とシャルルは笑みを浮かべる。
彼は頭を下げると言った。
「ありがとうございます」
その言葉に、ミレーヌお姉様はすぐに言った。
「礼には及ばない。 まだ本当の元王妃かどうかも分からないからな」
「つまり、ミレーヌも私も、ここにいらっしゃる方が貴方のお母様である元王妃殿下であらせられることを祈っているわ、ということよ。
いってらっしゃい」
「「はい!」」
私とシャルルは大きく頷き、再度頭を下げた後、森の中に佇む建物、“孤児院”へと足を向ける。
この孤児院こそ、レア先生が仰っていた王妃殿下に良く似た方がいらっしゃるという場所だった。
(レア先生が国中の孤児院を訪問した際にお会いした、と仰っていたのよね)
隣を歩くシャルルが、緊張しているのが分かる。
それでも、声を掛けることはしない。
きっと、今は目の前のことに集中した方が良いと思うから。
孤児院はもうすぐそこ……というところで、孤児院の中から誰かが出てきた。
「「あ……」」
私とシャルルは、同時に声を漏らして立ち止まる。
……風にたなびく紺色の長い髪。
それは、私達が探していた肖像画に描かれていた方と同じ髪の色。
その女性もまた、私達の存在に気付いた。
こちらと目が合い、大きく見開かれたその瞳は、髪と同色の紺色。
私達の間を、柔らかな風が吹き抜けていった……―――
(前皇帝視点)
「……レリア」
肖像画に向かってそう愛しい人の名を呼び、返ってくるはずのない声を、何年探し続ければ良いのだろうか。
皇帝の座を退いた私は、彼女……、レリアを探す毎日を送っていた。
そして、新たに皇帝の座に就いた私の息子であるシャルルは、帝国を解体し、元の王国の姿を取り戻そうとしていた。 その忙しい合間を縫って、一緒にレリアを探してくれている。
その隣にはもう一人、彼を支える新しい王妃の姿があった。
それが。
「……リリィ・フランセル」
彼女が来てから、シャルルは変わったような気がしていた。
シャルルは元々何を考えているのか分からない、私にさえ本心を隠しているような、幼い頃から大人びた子だった。
互いに本性を隠そうとするところは、もしかしたら親子で似てしまったのかもしれない。
ただ、あの髪色と真っ直ぐな眼差しは、間違いなくレリアの血を引いていた。
芯が強いところも、全てを見透かされてしまいそうな澄んだ瞳も。
だから私は、シャルルを避けた。
その眼差しが、私が“皇帝”として生きることを、間違いだと否定されているような気がして。
『えぇ』
そんな中で、私が間違えていると言いたいのかと尋ねた私に臆することなく、不思議なオーラを纏うフランセルの姫は、迷うことなく頷いたのだ。
そして、“この目で見てきた”という驚きの言葉を発したのだ。
その魔力を帯びた眼差しは、冗談だと鼻で笑えるものではないほど、真剣で暗い影を落としていた。
だからその時、私は姫の言葉で一瞬で目が覚めた。
(私のしてきた、“レリアを探し出すためには仕方がないこと”は、全て間違いだった。
そして、本当の答えはもっとシンプルで簡単なものだったのだ)
素直に助けを、周りに求めれば良かった。
血の繋がっている本当の息子であるシャルルにも、真実を伝えれば良かった。
ただそれだけのことを恐れ、戦争を繰り返す内に周りを信じられなくなっていたのだということに、息子と同じくらいの年代である少女の言葉で、ようやく気が付いたのだ。
(我ながら、情けないと思う)
そんな今の私を見たら、レリアもきっと、姫と同じように私を叱るだろうか。
(それでも……、一目でも良い)
幸せで生きている姿を見られれば、それで良い。
生きていてくれたら、それで良いのだ。
ただ願わくば、もう一度。
「……君に会いたいんだ、レリア」
そう口にした刹那、コンコンというノックの音が耳に届いたのだった。




