30.
「準備は良い?」
そう尋ねると、彼は真剣な表情で頷いた。
私は息を吐くと、パチンッと指を弾く。
すると、周りを覆っていた虹色の光は消え、止まっていた“時”が正常に動き出した。
そして、私達の目の前で剣を振りかぶっていたはずの陛下は、目を見開いた後、口を開いた。
「……何をした」
「互いの剣を、納めただけです」
シャルルが静かにそう告げる。
そう、陛下とシャルルの手にしていたはずの剣は、何処にも見当たらなかった。
それもそのはず、時を止めている間にシャルルが剣を隠したからだ。
その言葉に陛下はシャルルの隣にいた私を見て、怒りを露わにした。
「お前の仕業か。 やはり、魔法がないというのは嘘だったんだな」
「嘘ではありません。 ……ただ、目覚めていなかった魔力が目覚めたのです」
私も陛下の瞳を真っ直ぐと見つめそう返せば、陛下は憎らしげに呟いた。
「忌まわしい。 何が目的だ」
「目的……、いえ、願いはただ一つです」
シャルルは言葉を切ると、じっと陛下を見つめて言った。
「私は、貴方と話がしたいのです」
その言葉に、陛下は目を丸くした。
そして、怒りに震える声で言った。
「そんな言葉に騙されるとでも思っているのか。
第一、今更お前と話して何になる」
「シャルル殿下は騙そうなどと思っておりません、陛下。
……私の魔法で貴方を殺すことを選ばなかった。
その時点で彼は、貴方に殺意を持っていないということです」
「!」
陛下の目が僅かに揺れる。
(そう、シャルルは陛下の行動を咎めこそすれ、憎しみや恨みなどの感情を抱いているわけではない)
それは、前世でも同じだった。
私の魔法は、“時”を止める魔法。 故に、証拠も跡形もなく何でも消せてしまう……、つまり、人を殺めることにも使えてしまう。
ただ、シャルルはそれを望まなかった。 もちろん、私も。
(私が一番恐れていることだと話したから、余計にシャルルは望まなかったのかもしれない。
けれど、最初から彼の口から陛下を倒すという発想はない様子だった。
それは、きっと)
「……シャルル殿下は陛下のことを、家族として心から想っているのです」
「……!」
陛下が大きく目を見開いた。 その様子を見て思う。
(あぁ、きっと陛下は……)
シャルルは、スッと息を吸うと、静かに口を開いた。
「どうか私の話をお聞きください、陛下」
「……」
陛下は無表情のままシャルルを見下ろした。
シャルルはそれを肯定と捉え、話を切り出す。
「私は……、いえ、僕は、貴方にとても大きな嘘をついていました」
一人称を変え、“素”に戻った彼は、胸に手を当て柔らかい口調で続ける。
「僕は、強い人間じゃない。 父上のように剣を振るうことも、ましてや戦争をすることも出来ません。
民が血を流すことなく、国が平和であって欲しいと切に願うのは、自分が弱いからだと、心のどこかで思っていました。
……けれど、そう告白した僕の言葉を、否定してくれた人がいた」
そう言って、彼は私を見る。
その碧色の瞳の中には、強い光が宿っていて。
「彼女は、僕のこの気持ちは弱さではなく強さなのだと、そう言ってくれました。
いつだって、何度でも。
その言葉に僕は救われ、やっと気付くことが出来ました。
僕の考えは、間違えではないのだと」
彼はそっと瞳を閉じると、やがて真っ直ぐと陛下を見据えて言葉を口にした。
「戦争をすることのない平和な世界を作ることこそが、私達だけではなく国の幸せに繋がるのだと。
例え父上がそのお考えに反対であったとしても、僕は自分が信じたこの想いを貫き通します」
彼は隣にいた私の手を取った。
力強く、ギュッと。
それに応じて、私もその手にそっと力を込め、陛下に向かって口を開いた。
「皇帝陛下、単刀直入にお伺いします。
……貴方は本当は、戦争をすることが本望でないのではないですか」
「!? リリィ?」
その言葉に、隣にいたシャルルが驚いたように私を見た。
私はシャルルをチラッと見てから、再度陛下に向かって問いかけた。
「史実を勉強し、ある違和感を覚えました。
それは、今まで行ってきた戦争の中で、クラヴェル国側から仕掛けてきた戦争は一度もありませんでした」
「っ、まさか」
シャルルはハッとしたように私を見た。
(私の読みが当たっていれば、陛下は……)
「陛下自身も、本当は戦争することを止めたいと思っているのではありませんか?」
「……!!」
皇帝陛下は、今までで一番動揺しているようだった。
その姿は、図星だと言っているようなものだろう。
(……やっぱり)
ただ、例外もある。
クラヴェル国側が唯一戦争を仕掛けようとした……、前世では実際に仕掛けた国がある。
それは、他でもない“フランセル王国”、ただ一か国だけ。
陛下はそれでも、認めようとはせず警戒しているように言葉を返してきた。
「何を言っている」
「貴方は、フランセル国以外に国を攻めようとしたことはない。
……そして、フランセル国を攻めようとした理由は、フランセル国が保持している魔力を奪い保有すれば、他の国への牽制になると、そうお考えになったのではありませんか?」
「父上は、そんなことを……?」
シャルルが驚愕に目を見開いたその時、陛下は次の瞬間私に向かって歩み寄ってきた。
咄嗟のことで対応出来なかった私より先に、シャルルが私をその背に庇ってくれる。
陛下は私の前に進み出たシャルルの胸倉を掴むと、血走った瞳で怒鳴った。
「貴様らに何が分かるっ!!
っ、何も知らないくせに……、誰にもこの気持ちが分かるものかっ!!」
「そんなの、分かるわけがないでしょう!!!」
「「!」」
私は、皇帝陛下より大きい声で怒鳴った。
それにはシャルルも、陛下まで言葉を失って私を見つめた。
そんな二人を見て怒りを露わにしたまま言葉を続けた。
「言わなければ誰にも分かるわけがない!
それに、どんな理由があれ戦争をすることを正当化しようだなんて冗談じゃない!
人を傷付けてまで正当化する理由っていうのがあるんだったら言ってみなさいよ!!
私が判定してあげるわ!!」
「リ、リリィ、落ち着いて」
シャルルが声を上げるが、逆に私はそんなシャルルに向かって思っていたことを口にした。
「それはシャルルも同じよ! 貴方達家族は圧倒的に言葉が少なすぎる!!
好きだと言う割には、守りたいだとか言って、大事なことほど何一つ私には話してくれないじゃない!
大事にすることイコール守ることだなんて思わないで!
……私はただ、貴方に守って欲しくてここにいるんじゃない。
自分の手で幸せを掴みにきたのよ!!」
「ご、ごめん、リリィ。
君は、そんなことを考えていたんだね。 知らなかった、ごめん」
陛下に胸倉を掴まれていた手が緩んでいたようで、シャルルは慌てたように私の方を振り返り、私の目元をそっと拭う。
そこで初めて自分が泣いていることと、陛下に向かってありえない暴言を吐いていたことに気が付き、ハッと口元を手で押さえる。
(こ、皇帝陛下でありシャルルのお父様に向かってなんて事を……!)
咄嗟に謝ろうと口を開きかけた私に対し、陛下が先に呟いた。
「……レリアにも、同じことを言われたことがあったな」
「レリア……?」
今まで一度も聞いたことのない名前に、私とシャルルは顔を見合わせる。
女性の名前だろうか、と首を傾げた私達に対し、陛下は静かに口を開いた。
「レリアは、私の妻であり、お前の……、シャルルの母親だ」
「「!!」」
“レリア”。
陛下自身が箝口令を命じ、書物にさえ名が載っていない王妃殿下の名前が出てきたことに、私達は衝撃を受ける。
誰より、シャルルが一番息を呑んでいた。
陛下は踵を返すと、私達に向かって言った。
「……付いて来い。
そうすれば、お前達が知りたがっている王妃のことも、この国の歴史の真実も、全て教えてやる」
「……シャルル」
私は隣にいる彼を見上げた。
シャルルは私を見て頷くと、意を決したように口を開いた。
「行きます。 そして、教えてください。
私の母上……、王妃殿下のことを」
陛下はそんなシャルルの言葉に返す代わりに、一瞥した後歩き出す。
私達は力強く手を握り合うと、陛下の背を追うように歩き出したのだった。
大変遅くなってしまい申し訳ございません!
作者史上多忙な期間を過ごしておりました。
無事にそちらは落ち着きましたので、連載を再開したいと思います。
クライマックスですので、もう少しお付き合いいただけたら幸いです。
よろしくお願いいたします!




