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2.

「シャルル殿下の求婚をお受けする!?」

「はい」


 お母様の言葉に私はしっかりと頷いてみせれば、両親は顔を見合わせた。

 そして、昨日まではいなかったお兄様、それからお姉様方が声を上げた。


「正気なのか、リリィ」

「私は反対だわ」

「そうだぞ、リリィ。 無理をしなくて良いんだ」


 最後に口を開いたのは、前世で私を守ろうとしてくれたお姉様で。

 そのお姉様を見て私は笑みを浮かべて口を開いた。


「ありがとうございます、お姉様方。

 ですが、私はこの意志を変えるつもりはございません」

「何故」


 心の底から私を心配してくれているのだろう。

 お姉様は戸惑ったように尋ねる。

 そんなお姉様を安心させるべく、私は言葉を返した。


「確かに、この求婚をお受けするのが怖いとも感じました。

 相手はあのクラヴェル帝国なのですから。

 ……ですが、私もいずれは何処かに嫁ぐ身です。 それが少し早いだけのことと考えれば良いのです。

 私の婚姻が家のためとなるならば、私は喜んでお受け致します」

「……リリィ」


 お姉様達は良く分かっているはずだ。

 この婚姻を結ぶことで、クラヴェル帝国との繋がりができ、その繋がりによってクラヴェル帝国が妃の国に攻め入ろうとはしないはずだということを。

 また、大国であるクラヴェル帝国と強固な関係を持つということは、フランセル王国の周辺諸国にその力の強大さを示せる、つまり周辺諸国も迂闊には手出しをしてこれなくなる。

 特に、最近はクラヴェル帝国が力を持っているということもあり、近隣諸国はいつ自分達も戦火に巻き込まれるかと緊迫状態にあると聞く。

 そういう点では、この婚姻もデメリットばかりではないということになる。


(それに、私には幸い魔力がない。

 だから、お姉様達が嫁がれるよりもずっと、私が嫁ぐ方が魔力の悪用をされないようにしてきたフランセルにとって好都合だわ)


 魔力がないことがこんなところで役に立つとは思っていなかったな、と考えつつ、そんなことを口にしたら家族に怒られてしまうので心の中で留め置いていると。


「……本当に、後悔はしないんだな」


 今度は、お父様に継いで次期国王となる5歳年上のお兄様がじっと私の目を見て尋ねた。

 その言葉に私は頷き、お兄様の目をしっかりと見て返す。


「はい。 私は、自らの意志でシャルル・クラヴェル様に嫁ぎたいと思います」

「……それならば良い」


 お兄様はそう呟くように言うと、お父様に向かって言った。


「では父上、クラヴェル国に返事を致しましょう。

 その代わり、シャルル・クラヴェル殿下に頼み事をしても宜しいでしょうか」

「何を頼むつもりだ」

「それは……」







「姫様、お支度が出来ました」

「ありがとう」


 侍女の言葉に閉じていた瞼を開け、鏡を見る。

 そこに映し出された姿を見て最終確認を行なっていると、侍女が「お似合いです」と口にしてくれた。

 いつにも増して着飾られた自分の姿に、私は思わずため息を吐きそうになった。


 求婚をお受けする旨を伝えてから一週間後、シャルル殿下が直々にこちらを訪れることになっていた。

 今度は真夜中のお忍びの訪問ではなく、私の婚約者として公式的な訪問で。

 本来その訪問はなく結婚をとのことだったのだが、私のお兄様が出した条件というのがこれに当てはまった。

 返事を出す際、お兄様が願ったこと、それがこのシャルル殿下の訪問だった。


『シャルル殿下がリリィに対し何故求婚したのか、またその誠意を知りたい。

 そうでなければ、大切な妹を良く知らない者に嫁がせるわけにはいかない』


 ただでさえシャルル殿下は皇太子であらせられるお方だから忙しいはず。 それは難しいのではないかと私は言ったが、お兄様は断固として譲らなかった。 それに家族も同意したことによって、その条件付きでならば求婚を承諾すると返答すると、驚くほど早く返答が返ってきたのだ。


(三日後、そちらに訪問させて頂きますと……。

 その手紙も皇子の直筆で、とても丁寧な文面だったわ)


 本当に、シャルル殿下はどうして私に求婚したのか。

 私に魔力があるとでも思っているのだろうか。


(それはまずいわ。 結婚してから魔力がないと知ったら、役立たずとして殺されてしまうかもしれない。

 下手に隠すのもバレてしまうだろうし、まだ結婚していない今日お伝えしないと)


 と、あれこれ考えれば考えるほど不安になってきていると。


「姫様、シャルル・クラヴェル第一皇子殿下が御到着されたそうです」


 呼びに来た従者に、「今行くわ」と告げると、軽く頬を叩き自分を落ち着かせるため目を瞑った。


(大丈夫、彼とは初対面ではない。

 今日こそ落ち着いて、彼と話すのよ。

 でなければ、前世の二の舞になってしまいかねないのだから)


 前世の二の舞という言葉が、私の心に深く突き刺さる。

 彼は前世で、私達の国に攻め入った敵国の皇子だ。

 今世だって、クラヴェル帝国は戦争を続けており、血塗られた歴史を歩んでいることに変わりはない。


(あちらが何を考えているのか知らないけれど、彼らの思う壺にはならない。

 私は私に出来ることを……、彼らを利用するつもりでこの婚姻を受け入れるのよ)


 いつまでもビクビクと怯えているわけにはいかない。

 私には守りたいものがあるのだから。






 大広間の扉を開いた先、そこには数日前、それから前世でたった一度だけお会いした、私の旦那様になる予定のその方はそこに立っていた。

 以前と違うのは礼装であることだけで、後はいつ会っても真っ直ぐと私を見つめる、紺色の前髪から覗くアイスブルーの瞳は変わらない。


(いつ見ても綺麗な顔……)


 そう思ってしまうほど、彼の顔の作りは精巧で、女の私より美人なのではないかと思うほど。

 そんな彼のアイスブルーの瞳と見つめ合っていると、まるで時が止まったかのように感じられるから不思議で。

 思わず見つめ返してしまっていると、軽く咳払いをするお父様の声が聞こえてきて。

 私はハッとして慌てて居住まいを正し、淑女の礼をして言った。


「お初にお目にかかります、シャルル・クラヴェル殿下。

 この度は私の我儘で御足労頂きありがとうございます」


 お初にお目にかかります、という言葉を敢えて強調してそう声をかければ、彼はそれに気付いたのか少し驚いたような顔をしたものの、この前とは違いほんの少し笑みを湛えて言った。


「こちらこそ、突然求婚の申し込みをしてしまってすみません。

 さぞ驚かれたことでしょう」

「えぇ」


(それはもうね……! 貴方のお陰で前世の嫌な記憶まで取り戻してしまったわよ!)


 内心イラッとしながらも、そんなことは噯にも出さずに答えれば、彼は憎らしいほど長い睫毛を伏せた後、今度は玉座に座っているお父様に向かって胸に手を置き口を開いた。


「突然の求婚にも関わらず、御承諾頂けたこと、本当に嬉しく思います。

 私は彼女のためならば、どんな望みでも叶えたいと思っております」

「!? どんな望みでも……?」


 私が思わずそう口にすれば、彼は私をチラリと見て頷き、再度お父様と向き直ると言った。


「はい。 結婚に際して、そちら側の持参金は一切不要です。

 結婚式やお披露目式、婚礼衣装などもすべてこちらが用意致します」


 その言葉に、私を含めてその場にいる皆が驚愕した。

 シャルル殿下は更に言葉を続ける。


「ですので、リリィ姫が嫁ぐ際には身一つで来て頂いても構いません。

 服や装飾品の類も、必要とあらば用意させて頂くつもりです」

「……では、こちらは何もする必要がないと?」

「はい。 リリィ姫が来て頂けさえすれば、私は他に何もいりません」

「「「!?」」」


 お父様に向かってはっきりとそう告げたシャルル殿下に、私達は驚きを隠せなかった。


(私さえ嫁げば、他に何もいらないだなんて……、それに、彼の言い方ではまるで、初対面同然の私を好きだと言っているようだわ……!)


 色々な感情が混ざって内心悲鳴を上げる私だったが、その空気を破ったのはお兄様だった。


「……君がリリィに尽くしてくれようとしているのは分かった。

 だが、何故そこまでリリィに固執する?

 君はリリィに、何を望んでいるんだ?

 魔力か? フランセルの血か?」

「お、お兄様!」


 直接的なお兄様の、少し怒気を孕んだような声に、私は青褪める。

 確かにお兄様が心配してくれているのは分かっているけれど、まさかそんなに直接尋ねるとは思わず咄嗟に名前を呼んだけど、シャルル殿下はすぐに答えた。


「いえ、私が望んでいるのは、この国でも、この地に住む方々に宿る魔力でもございません。

 先程申し上げた通り、私が望んでいるのはただ一つ。

 リリィ姫が、側にいてくれることだけです」

「……!」


 そう言って、彼は私を見つめた。

 その真っ直ぐな、どこまでも澄んだ眼差しに吸い込まれそうで、心臓が大きく脈打つ。

 尋ねたお兄様自身も戸惑っているようで、黙ってしまった。

 そうして流れた沈黙を破ったのは私だった。


「陛下。 

 一度、シャルル殿下と二人でお話させて頂いても宜しいでしょうか」

「私もその方が良いと思う。

 シャルル殿下、お時間はよろしいだろうか」

「はい、問題ございません。

 私もお話させて頂きたいと思っておりましたので」


 お父様の言葉にシャルル殿下が頷いたのを見て、私は「失礼致します」と淑女の礼をしてから、シャルル殿下と共にその場を後にしたのだった。


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