28.
次の日、彼は約束通りおすすめの本を沢山持って来てくれた。
そんな彼のお陰で、退屈だった幽閉生活に彩りが与えられたように感じる。
それに、最初は警戒していたけと、彼と過ごす内に彼は悪い人ではないのだと思うようになった。
むしろ、悪い人に騙されてしまうのでは、と思ってしまうほど純粋だった。
(だから)
そんな彼に思いを寄せるのに、そう時間はかからなかった。
「シャルルは、物知りね」
ふとそんなことを口にすると、私に本の内容を説明してくれていた彼が顔を上げ、驚いたように言う。
「と、突然だね」
「だって、私でも本は沢山読んでいる方だと思っていたけれど、貴方はそれ以上に思えるわ。
その本だって、異国の言語で書かれているじゃない」
私がそう言って彼が手にしている本を指差すと、彼は「そうだね」と口にした。
「僕が本を好きなのは、本には沢山の先人達の知恵が詰め込まれているからなんだ。
最初は勉強のために読んでいただけだったけど、本の中の世界はずっと広くて、見たことも聞いたこともない世界が沢山あって。
どれだけ自分がちっぽけな存在か、思い知らされるほどだよ」
「それは私も、分かる気がするわ。 ……私は、貴方も知っている通り特別な魔法を使うことが出来る。
だから、箱入りと言われるほど、何の苦労もなく家族に大切に育てられた。
だから、本の中の世界が、私に外の世界を教えてくれたようなものなの」
「……僕達は、似ているのかもしれないね」
「似ている?」
彼は小さく頷くと、手元に視線を落として言った。
「ただし、僕は君とは違って守られていたのではなく、父上の命令で閉じ込められていたんだ」
「それは、どうして」
「僕が、陛下に意見したからだよ。 ……僕は、陛下のやっていることは、間違っていると思うんだ」
「……!」
「僕は、昔から誰かに向かって剣を振るうことが嫌いだった。 ……誰かを傷付ける、傷付き血を流しているところなんて見たくない。 戦争なんて、以ての外だ」
ギュッと、彼の手がきつく握り締められる。 彼はそのまま言葉を続けた。
「でも、それを進言したら陛下には鼻で笑われ、一蹴された。
そして、僕が考えを改めるまでは部屋から出るなとまで言われたんだ。
……僕がもっと強ければ、陛下を説得して、戦争を止めることが出来るのにって」
「……シャルル」
彼は思い詰めるように、自分を責めるように言った。
「僕のせいだ。 僕のせいで、戦争は続いてしまった。 結果、君の父上を殺してしまったんだ。
……僕が、君の大切な人の命を奪ったんだ」
「違う」
「違くないよ。 僕は、弱虫だ。 弱くて、中身も空っぽでどうしようもない人間なんだ」
「シャルル!」
私は、そんな彼の頰に手を伸ばし、こちらを向かせた。
その瞳は、涙で滲んでいて。
(貴方はずっと、そんなことを考えていたのね)
だから、私にこんなに優しくしてくれていたんだといたら……。
「貴方は、弱虫なんかじゃない」
「……そんなこと」
「私の言うことが信じられない?」
「それは」
シャルルは戸惑ったように私を見つめる。 私は、はっきりと口を開いた。
「私は、貴方が弱虫だとは思わない。 お父様である陛下のやっていることを間違えていると言える貴方は、凄く立派だと思うわ」
「! ……僕が?」
「えぇ。 ……誰よりも人の痛みが分かり、寄り添おうとすることの出来る貴方は、即位したら賢いその頭で、国を良い方向に導いていくことが出来るわ」
「……リリィ」
「私が保証する」
そう言って笑みを浮かべてみせ、言葉を続けた。
「それに、お父様の死が貴方のせいでないことくらい、貴方と過ごして来たこの一ヶ月で分かっているわ。
……だから、自分を責めないで」
「……!」
「私は、貴方を信じる。 そして、味方でいるわ」
「……っ」
シャルルは、ポロポロと涙を流す。 その頰を伝い落ちる涙を見て、彼が今までどれだけ一人で苦しみ、抱え込んでいたのかが分かった。
「……貴方は弱虫というより、泣き虫ね」
「っ、だって……!?」
私はそんな泣き虫な彼を、ギュッと抱きしめた。
少しでも私が味方であると伝わりますように、と祈りを込めながら。
そして遂に、運命の日を間近に控えた夜。
「……いよいよ、明日だね」
「……えぇ」
ここへ来て3ヶ月が過ぎた明日、私達は結婚式を迎える。
「これでようやく、君を解放してあげられる」
「……!」
その言葉に、思わずシャルルを見る。
そんな私に気付かず、彼は窓の外を見つめて言葉を続けた。
「君を自由にしてあげられると思うと、少しだけ心が軽くなる気がするよ。
君も、愛する家族の元に帰れるんだ。 ……リリィ?」
「……いや」
「え? ……っ」
私はシャルルに近寄ると、グイッと彼の袖を力任せに引っ張る。
そして……、彼の唇に、自分の唇を重ねた。
それはほんの一瞬の出来事で。 彼を見上げれば、碧色の瞳を大きく見開いていた。
私はそんな彼に向かって、思いの丈をぶちまけた。
「シャルルはこれで良いの!? 私は……っ、私は、貴方とこれで終わりになんてしたくない!
……私がフランセルへ帰ったら、もう二度と会えなくなってしまうのよ……?」
「! ……」
「シャルルは、それでも良いの?」
こんなの、許されるはずがない。 お父様を殺した国の皇子に恋をするなんて。
だけど、私は知ってしまった。
彼は誰より優しくて、孤独を抱えてもなお、自分の芯を曲げるようなことはしなくて。
そんな彼を嫌いになんて、恨むなんて出来るはずがなかった。
むしろ、危なっかしい彼を、一生側にいて支えたいと望んでしまう。
(これは、私の賭け)
私はじっと、彼が答えるのを待った。
だけど、彼は何も言わなくて。
こんな我儘を言っても彼を困らせるだけだ、もう諦めようと口を開きかけたその時。
「……リリィの、ばか」
「え……、っ!?」
気が付けば、刹那彼の腕の中にいた。
泣き虫だと思っていた彼からは想像もつかないほど、ギュッと強く、痛いくらいに抱き締められて。 心臓がこれ以上ないほど速く脈打つ。
そして、そんな彼の肩は震えていた。
「シャルル……?」
「リリィの馬鹿! 僕が君を、どんな思いで手放そうとしたか……っ、どれほど手放したくないか知りもしないで!
そんなことを言われたら、僕は、僕は……っ、君を一生放してあげられなくなる……っ」
「! ……シャルル」
「僕はもう、君が離れたいと、フランセル国へ帰りたいと言っても、放してあげないよ?
その覚悟が、リリィにはある?」
「!」
彼は、私を腕の中からそっと放し、顔を覗き込んだ。
私は、そのどこまでも吸い込まれてしまいそうなほどの碧色の瞳に見つめられ、はっきりと告げた。
「貴方を、心から愛しています」
「! ……僕も、心から君を……、リリィを、愛しています」
私達の瞳から、同時に涙が溢れ落ちる。
私達は微笑みを交わし、それを互いの指でそっと拭うと……、どちらからともなく唇を重ねたのだった。
思いが通じ合った私達は、何となく別れ難くて、手を繋いで言葉を交わした。
「ねぇ、シャルル」
「何?」
隣にいる彼が、こちらに目を向ける。
私はそっと身体の向きを変えると、彼と向き合って言った。
「貴方に聞いて欲しいことがあるの。 ……私達が、絶対に幸せになれるおまじない。
私が“特別”であることの理由であり、今まで誰にも……、家族でさえも知らない、最愛の人にしか話してはいけない秘密を、どうかシャルル、貴方に聞いて欲しい」
「……!」
シャルルは目を見開く。
私は真剣な表情でその返事を待っていると、彼はやがてゆっくりと頷いた。
そうして長い夜を越え……、ついに、私達の運命の日を迎えた。




