27.
「貴方の情報が本当かどうか、調べさせてもらったわ」
「え、もう!? 昨日の今日で!?」
私の言葉に、目の前にいる男性……、シャルル・クラヴェルは酷く驚いている。 私はそんな彼に向かって言葉を続けた。
「えぇ。 貴方の言っていた“私以外の人質”について調べたの。 そうしたら、貴方の言う通り、本当に東の塔の地下に数名、私の国の騎士が捕らえられているのを確認したわ」
「……ま、魔法を使ったの?」
私が頷くと、彼は感心したように言った。
「君の魔法って本当に凄いんだね……」
「少し、大変だったけれどね」
魔法は便利であるように見えて、少し力を使うだけでも身体に負荷がかかる。
昨夜私が使った時を止める魔法は、部屋を脱出してから走って全ての塔を調べるまでに、一時間ほどは使っていたから、その分一日中眠り込んでしまったほどだ。
(……それに)
人質の中には、ここにいるはずのないミレーヌお姉様の姿があった。
多分、私の予想として、お姉様は王家の人間であることを隠してここにいる。 だから。
(目の前にいる彼も、そのことは知らないはず。 まだ味方であるという確証はないから、この情報は秘密にしておきましょう)
彼は「そっか……」と呟き、頬をかいて言った。
「僕の方でも、一応調べていたんだけどね。 分かったことは、その人質は、君が万が一逃げた時のための保険用にと、クラヴェル国側から要求したそうだよ」
「! ……そう」
(つまり、クラヴェル国側は、まだ私が逃げる気でいると思っているというわけね)
クラヴェル国側からの要求があったからこそ、逆にお姉様が忍び込むことが出来た。
そして、お姉様の目的は。
(私を救い出すため……)
「……なるほどね」
私は腕組みをすると、こちらを見る彼に向かって口を開いた。
「貴方のことを全て信じたわけではないけれど、とりあえずは信じてみることにするわ」
「! 本当!?」
机を挟んで向かいに座っている彼は、私の言葉に前のめりになる。
どうしてそんなに嬉しそうなのだろうか、と思ってしまったが、一応頷き、ただしと言葉を続けた。
「貴方のこと、もう少し教えてくれるかしら。
お互いにまずは、自己紹介をしましょう。
さすがに私達、お互いのことを何も知らなさすぎるもの」
私の提案に彼は目を見開き、「それもそうか」と納得したように言うと、彼の方から少し改まって口を開いた。
「改めまして、僕はシャルル・クラヴェル。
この国の皇太子で、歳は今年で24になるよ」
「え、ちょっと待って、24!?」
「どうかした?」
私はその数字に思わず声を震わせた。
「あ、貴方私より4つも年上なんじゃない!」
「ということは、君は20歳? 随分と大人びているね」
「あ、貴方が子供っぽいのよ……!」
「まあ、よく言われる、かな」
彼はそう言って頬をかく。
(いやいや、さすがに私より年上だとは思わなかったわ!
え、今更だけれど私、態度を改めた方が良いのかしら? 敬語を使う、とか……)
「……ふふっ」
私が真面目に考え込んでいたら、彼が吹き出して笑うものだから、思わずムッとしてしまうと、彼は「いや」と笑って言った。
「ごめん。 君は考えていることが全て顔に出るものだから、つい。
良いよ、余計な気を遣わなくて。
むしろ、敬語なしで話せる人が今まで周りにいなかったから、こうして話せるのは友人みたいな距離感で嬉しい」
彼がそう言って無邪気に笑うものだから、私は少し動揺してしまいながらも口を開いた。
「そ、そう? では、お言葉に甘えてこのままでいさせてもらうわ」
「うん。 そうして。
……えっと、歳は言ったから……、性格は君の言う通り、僕は城の中でも名ばかりの皇子で通っているから、良く臣下から言われるのは世間知らず、かな」
「!? 貴方、そう言われて怒らないの? 馬鹿にされてるじゃない」
私が思わず声を上げると、彼は困ったように肩を竦めた。
「まあ、事実その通りだと自分でも思うからね」
「……」
私が何も言えずにいると、彼は「後は……」と言ったきり少し沈黙してから、顔を上げて言った。
「君の質問に答えた方が早い気がする。
何か質問はある?」
「……普段は何をしているの?」
「あー……、えっと、部屋に篭っていることが多い、かな。
僕は公務とか一切陛下から任されていないから、とりあえず即位した時のための勉強をしているよ」
「勉強熱心なのね」
「……そうでもないよ。 ぼくに出来ることは、このくらいしかないし」
彼の言葉に、私は思ったことを口にした。
「何だか、貴方は自分を卑下しすぎている気がするわ」
彼はそれに対し、目を丸くした後あっさりと頷いた。
「そうかもしれないね。 僕は、自分に自信を持てるほど、何か特別秀でたものはないから」
「……」
「こんな話をしてもつまらないよね。
君は、周りからは何て言われているの?」
彼は話を切り替え、私に話を振ってきた。
それに対し、私も答える。
「周りからは……、そうね、本の虫って言われたことがあるわ」
「へぇ! 君は本が好きなんだ。 僕も本は好きだよ。 ちなみに、どんな本を読むの?」
「そうね、有名どころでは『ロミオとジュリエット』かしら」
「『ロミオとジュリエット』……?」
「え、知らないの? 私の国では、城下で凄く流行っていたのよ」
今でも人気なんじゃないかしら、と口にする私に対し、彼は首を傾げた。
「僕の国では、城下でもその本の題名は聞いたことがないな……。
どういう話なの?」
「簡単に言うと、戦争で敵対する家同士の男性と女性が、恋に落ちるという物語よ。
敵対していてもなお、惹かれ合うっていう描写がとても素敵なの」
「敵対しているって、まるで僕達みたいだね」
「! ……」
私は思わず反応し、どう答えれば良いか分からなくなってしまう。
それに対し、彼は我に返ったようで、顔を赤くさせると、ぶんぶんと手を横に振った。
「ち、違うよ!? この境遇がって意味ね!
決して深い意味で言ったんじゃ……っ」
「お、落ち着いて。 大丈夫だから。
それに、彼らの物語は悲恋なのよ」
その言葉に、彼は肩を震わせ、ショックを受けた顔をする。
「え、悲恋なの……?」
「えぇ、そうだけど?」
「僕、悲恋は苦手なんだよなあ……」
「あら、それを言ったら世の中に出回っている物語は、悲恋で終わるものが多いじゃない」
「そうなんだよね。 だから、僕としてはハッピーエンドの物語を出して欲しいと常々思うよ」
その言葉に、思わずクスリと笑ってしまうと、彼は「え、何かおかしなことを言った?」と気にするから、私は言った。
「いえ、貴方はロマンチストなんだなと思って。 そもそも、男性はあまり恋愛小説には興味がないと思っていたわ」
「世の中の男の人達がどうしているか分からないけれど、僕は本は基本何でも読むよ。
悲恋系の恋愛小説も読む度、やはり僕はハッピーエンドの方が良いなと思うけれど……、君もそうは思わない?」
「そうね、私もハッピーエンドの方が心は落ち着くわね。
でも、『ロミオとジュリエット』の場合は、それぞれの恋愛感情の描写が素敵だから……、その中で特に有名になったほどの場面もあるくらいだから、貴方にも読むことを是非おすすめするわ」
「そう? そこまで君が言うのなら、今度取り寄せて読んでみるよ」
彼の言葉に、私は手を叩き言った。
「えぇ! 是非、そうして。 読み終わったら感想を語り合いましょう」
「ほ、本当にその本が好きなんだね」
「えぇ。 私の家族はあまり本を読まないから、こうして誰かと本について語り合えるとは思わなかったわ!
貴方が本を好きだと言ってくれて嬉しい」
私の言葉に、彼は笑った。
「うん、僕もだよ。 まさか、共通の趣味がある人と巡り合えるとは思わなかった。
もし良ければ、僕からもおすすめ出来る本を持って来るけれど……」
「え、良いの!? ここにいても、部屋で何もすることがなかったから嬉しいわ」
そう私が声を上げれば、彼は一瞬で表情を曇らせた。
「……ごめん、窮屈な思いをさせてしまって」
「な、何故貴方が謝るの。 貴方だって私との結婚を命令された被害者じゃない」
私の言葉に、彼は顔をぶんぶんと横に振った。
「僕は被害者じゃないよ! むしろ、僕は……っ」
そこでハッと何故か顔を赤らめ、不自然に黙り込んでしまう彼に対し、私は首を傾げると、彼は俯きながら言った。
「ぼ、僕はその……、こうやって話せる人が今までいなかったから、君とこうして出会えて、嬉しいくらいだよ」
「!」
「っ、な、なんて君にとっては、ここにいることなんて何一つ良いことでないよね!
少しでも早く君を解放してあげられるように、頑張るね」
「……えぇ」
彼は困ったように笑うと、立ち上がり言った。
「もう夜は遅いし、部屋に戻るね。 後、夜は冷えるから、暖かくして寝てね。 おやすみ」
そう言って出て行こうとする彼に向かって私は……、声をかけた。
「あ、貴方のおすすめの本、明日持ってきてくれるんでしょう!?」
「えっ……」
彼は、私の声に驚いたように振り返った。
そんな彼の澄んだ薄い青の瞳に見つめられて、私はドギマギとしてしまいながら言葉を続けた。
「その……、楽しみに、しているわ」
「! ……うん」
彼はその言葉に頷き、嬉しそうに破顔した。
その表情に思わず見惚れてしまった私をよそに、彼は今度こそ出て行ってしまった。
「〜〜〜な、何なのあの人……!」
あまりにも、彼が無邪気に笑うから。
「……ううん、駄目よ、気を許しては。 あの人が私を騙している可能性の方が大きいのだから……!」
私はそう、自分に言い聞かせるのだった。




