24.
私達が絨毯から降りたところで、城門前にいた人々が私達に気付き声を上げた。
「リリィ様だわ!」
「バジルさん!」
「一緒にいるのはフランセルの方々か?」
リリィ様、と声を上げ走り寄ってきたのは、いつもの服とは違い外套を羽織った侍女達の姿で。 中にはアンナの姿もあり、声をかけた。
「皆、どうしてここに? 今は休暇中ではなかったの?」
「城から火の手が上がっていると、侍女仲間に知らされこちらに参ったのですが、何故かシャルル殿下の命だと言われ、城への立ち入りを許されないのです」
「!」
(やはり、侍従達にもシャルル殿下の計画は知らされていないんだわ)
彼は極力人員を控えることで、侍従達を巻き添えにして罪に問われないようにしているのだとしたら……。
「……アンナ、落ち着いて聞いてね」
「は、はい」
私はアンナの肩を掴むと、その場にいる侍従達に聞こえるように口を開いた。
「城の中で、シャルル殿下が皇帝陛下と戦っている。 私達を助けようと、彼が反旗を翻したの」
「!? ほ、本当ですか!?」
私の言葉にアンナは動揺し、周りにいた侍従達もざわつき始める。
私はそのまま言葉を続けた。
「このままだと、シャルル殿下のお命が危ない。 そう思って、私も急いでこちらに来たの。
バジルさんが持って来てくれた彼からの直筆の手紙にそう書かれていたから、間違いはないわ」
「嘘をつかないで頂きたい!」
「!」
話していた私の喉元に、冷たい何かが突き付けられる。
見ると、衛兵が構えていた槍先を私の喉元に突き付けていた。
それを見ていたもう一人の衛兵が、慌てたように「リリィ様に刃を向けるなんて」と止めているが、槍を持った兵士は言った。
「シャルル殿下の御命令です。
何人たりとも城内への立ち入りは許すなと。
ましてや、リリィ様はこの国には関係のないお方なのですから」
「そんな言い方は……っ、リリィ様?」
反論しようとしてくれたアンナを手で制すと、私はその衛兵に向かって言った。
「関係ない? そうね、本当なら関係なかったわよ」
「!?」
私はその槍の柄の部分を掴むと、前に身を乗り出し声を荒げた。
「だけどね! 彼は私を引き止めた!
何でも一人で抱え込んで、危ないと思ったら私を突き放すような真似をして。
……だったら、彼を守る人はどこにいるの? 本当は誰よりも傷つきやすくて繊細なくせに、強がりを装って強情なフリをして。
助けて欲しい、力を貸して欲しいと言ってくれればそれで良かったのに!
いつも肝心なところで私を必要としてくれないのが、彼の悪いところよ!」
「リリィ様」
「通して」
私は狼狽える衛兵をキッと睨むと、声を張り上げ言った。
「私は、シャルル・クラヴェルの妃よ! ここを通しなさい!
それが私の命令です!」
私の勢いに気圧された衛兵二人は、顔を見合わせるとやがて槍を下ろして言った。
「……分かりました。 ですが、ここから先は危険な場所だということをお知り置き下さい」
「えぇ、承知の上だわ」
私がそう言って頷くと、衛兵は門の内に向かって門を開けるように言う。
ギギギと門が開くのを見計らうと、衛兵は口を開いた。
「……シャルル殿下が、リリィ様の身を誰よりも案じていらっしゃいました。 絶対に傷付けるなと。
くれぐれも、お気を付けて」
私はその言葉に目を見開き、やがて笑みを浮かべて言った。
「ありがとう。 ここの守りはまかせたわ」
「! ……殿下を、お救い下さい」
私はその言葉に力強く頷くと、開かれた大きな扉の中へと足を踏み入れたのだった。
見慣れた城内は、シンと静まり返っていた。
「リリィ、ここから先は手分けしましょう。
私の魔力探知でお兄様と火を消しに行くから、貴女はミレーヌと従者さんの三人で殿下を探しなさい。
怪我をしては駄目よ」
「お姉様……」
お姉様はニコリと笑うと、お兄様と共に廊下を走り出す。
「私達も行くぞ、リリィ!」
「はい!」
私はミレーヌお姉様の力強い声に頷くと、廊下を走り出した。
「バジルさん、殿下のいそうな場所は!」
「まずは陛下のお部屋でしょうか! そこから順番に見て行った方が早そうです!」
「分かったわ!」
「案内致します!」
バジルさんに先導され、その後ろを私、そしてお姉様と、不気味なほどに誰もいない長い廊下を駆ける。
そして、城の最上階の部屋に辿り着き、部屋の扉を開けたところで、倒れている複数人の人々を発見した。
「っ、大丈夫か!?」
ミレーヌお姉様が倒れている内の一人に声をかけると、その人は目を開けた。
そして、お腹あたりを押さえながら、ハッとしたように言った。
「わ、私は平気です! それより殿下は……っ」
「彼がどこにいるか分かる!?」
私が膝を突き尋ねると、その人は「リリィ様!?」と驚いたように声を上げ、少し考えるような仕草をした後、意を決したように口を開いた。
「陛下を追い、大広間の方へ向かわれました」
「大広間……、うっ」
「リリィ!?」
(また……!)
今度は、激しい頭痛を伴って、頭の中で何かが駆け巡る。
―――誰かの笑顔、温もり、広がる赤……
「……行かなきゃ」
「え?」
私はガバッと立ち上がると、驚くお姉様方の顔を見て言った。
「お姉様とバジルさんは怪我人の救護を!
私は大広間へ向かいます!」
「ちょ、おい、リリィ!?」
お姉様の呼び止める声に振り返らなかった。 足は一直線に大広間へ向かう。
まるで、何かに導かれるように。
(時間がない。 手遅れになる前に、彼を助けなきゃ!)
思い出せそうで、思い出せない“何か”。
だけど、その答えはもうすぐそこにある。
「〜〜〜あーもう!」
履いていた靴を投げ捨て、スカートの裾を皺になるのも構わず掴み持ち上げる。
何度も転びそうになるが、自分を叱咤して歩みを止めない。
(もう、あんな思いをするのは二度と嫌なの……!)
私がここにいる意味、それは。
バンッと大広間の扉を開け放つ。
そんな私の目に飛び込んできたのは。
「……!」
階段から転げ落ち、必死に立ち上がろうとする彼の姿で。
そして、壇上から彼を見下ろしている陛下の手には、鈍い光を放つ剣が握られていて。
脳内に、いつか見た“最悪”の光景が蘇る。
「……嫌」
「……リ、リィ?」
私に気付いた彼と目が合ったと同時に、私は走り出していた。
「これで終わりだ」
「……!」
陛下の無機質な声と、握られた剣を振りかぶり、シャルル目掛けて下ろされる寸前で、私はシャルルを庇い抱き締めるように身体を滑り込ませた……と同時に、足元が今までで一番強い光を放った。
―――キィンッ
(あ……)
景色が魔法によって虹色に変わったと同時に、私の脳内を膨大な記憶が走馬灯のように駆け巡った。
(……そうだわ、私)
全て、思い出した。
忘れていた……いや、忘れ去られるはずだった、全てを……。
(そして、この世でただ一人、その全てを知っていた人物がいた)
そう、それは、本来私しか動けないはずのこの空間で、動くことの出来ている彼……。
「っ、リリィ! しっかりして、リリィ!!」
私の両肩を痛いくらいに掴み、涙声で必死に名前を呼ぶ彼を見上げ、私は思わず笑みを溢す。
「……ふふ、シャルルは相変わらず泣き虫なんだから」
「……! リリィ、君、もしかして……」
私は大粒の涙を流すアイフブルーの瞳の目元をそっとなぞると、肯定の意味を込めてゆっくりと口を開いた。
「えぇ、思い出したの、何もかも。
私達がやり直しているのは、これで“三回目”だということも。
……そして、それを望んだのは、他ならない“私”だということも」
「!!」
そう、私が二回目だと思っていた現世は、実は三回目であり、一回目は失われた記憶であることを。
そして、その一回目で私達は……、私とシャルルは、
「ずっと、一人にさせてしまってごめんなさい」
「……っ」
心から愛し合っていた……―――




