23.
「駄目だ」
「っ、どうして!」
叫ぶ私の肩に手を置き、「落ち着け」とお姉様は強い口調で言う。
「リリィを誘き寄せるための罠だったらどうする」
「では嘘ではなく本当だったら!? このまま彼を……、シャルルを見捨てろというの!?」
「嘘ではなく真実なら尚更、リリィを行かせるわけにはいかない。
……危険だと分かっている場所に、大切な妹を送り出す奴が何処にいるんだ。
リリィ、お願いだから考え直してくれ」
「……っ」
肩を掴むお姉様の手が痛い。
その強さから、どれだけ私のことを心配してくれているかが伝わってくる。
でも。
「……嫌です」
「!」
私はお姉様の手を掴み、負けないくらい強い力でギュッと握って言った。
「もう、彼と離れ離れになりたくない。
このまま一生のお別れだなんて、そんなの嫌です!
彼も私も幸せになれない、そんな結末は!
もう二度と嫌なの……っ」
その時。
―――キィンッ
あの時聞いた音が、私の耳に響く。
それと共に強い金色の光が、私の足元から光り出した。
「「「!?」」」
その場にいた誰もが……、それ以上に私も、驚き目を見開く。
その光は、数秒間私の足元を照らすように光を放ち、やがて幻だったかのように消えてしまった。
(……今のは)
私が何かを思い出せそうになっていた時に、ミレーヌお姉様は「まさか」と呟く。
何かご存知なのかと尋ねようとした私より先に、お兄様がポツリと呟いた。
「……本気なんだな」
「え……」
お兄様はバジルさんの手を引き立たせると、私に歩み寄ってきて口を開いた。
「覚悟は、出来ているか」
「!」
お兄様の言葉に、私はその瞳をまっすぐと見つめ返し、はっきりと返事をした。
「はい」
お兄様は私をじっと見つめた後、「分かった」と頷き、顔を上げて言った。
「リリィを連れて、クラヴェルへ向かう」
「っ、正気か!?」
「ミレーヌ。 ……リリィはもう、子供じゃない。
自分で決めたことだ、尊重してやってくれ」
「〜〜〜あーもう! 分かったよ!
リリィに傷一つ付けさせなきゃ良いんだろ!?」
「お姉様……」
ミレーヌお姉様は「準備をしてくる」と口にすると、部屋を出て行った。
お兄様はそんなミレーヌお姉様の姿を見届けてから、私に向き直ると口を開いた。
「私も、リリィと共に行こう」
「!? お、お兄様まで!?
そういうわけには参りません!」
「私だってリリィを守りたい」
そんな会話をしていると、後ろから声が聞こえてきた。
「では、兄妹で行くと良いわ」
「「お母様!/母上」」
部屋の外には、お母様とお父様、それから長女のお姉様の姿もあって。
驚く私に、お母様は続けた。
「兄妹で行けば大丈夫よ。 私の子供達は無敵だわ」
その言葉にお父様は頷くと、私とお兄様とを交互に見て言った。
「私達はこの国を離れるわけにはいかない。
……だから、兄妹全員で力を合わせて、必ず生きて帰ってきなさい。
それが条件だ」
「! お父様……」
私は思わずお父様とお母様に駆け寄る。
そして、二人をギュッと抱き締めると、力強く頷き言った。
「帰ってきます。 必ず、この国に。
私の愛する人達を守ります」
「……リリィ」
「本当に立派な淑女になった」
お母様とお父様の私に私は笑みを溢すと、お母様はパチンと指を弾いて言った。
「私達にも、力になれることはあるわ。
貴方は結界を張って。 私は風を使って子供達を送り届けるわ」
「!! お父様、お母様……」
ありがとうございます、と頭を下げれば、お母様達は笑って頷いてくれたのだった。
「準備は良いわね」
お母様の言葉に私達は頷く。
その頷きを見て、お母様の手から風が送られると、その風に乗ってふわりと私達の乗った絨毯が浮き上がり、瞬間景色が移り変わっていく。
「わわっ」
空中浮遊に慣れていないバジルさんが驚きの声を上げたものの、お兄様がバジルさんの腕を取って「大丈夫」と口にした。
「母上の風魔法は落ちる心配はありません。
後は父上が私達を守る防御結界を張ってくれているので、風圧で吹き飛ばされるなんてこともないでしょう」
「そ、そうなんですね……」
バジルさんは、その間にも物凄い速さで流れ行く景色を見て圧倒されていた。
私も、久しぶりに見るお母様方の魔法の偉大さに感謝しつつも、頭の中は彼のことでいっぱいだった。
(シャルル……)
「なあ、リリィ」
私の前方にいたミレーヌお姉様が、私を振り返り口を開いた。
「あの手紙には何が書かれていたんだ?
皇太子は何をリリィに伝えようとしていたんだ?」
「!」
その言葉に私はどう返答すべきか迷っていると、後ろから長女のお姉様が声をかけた。
「あらあら、ミレーヌ無粋よ。 恋人同士のお手紙の内容を聞いてはいけないわ。
ね、リリィ?」
「お、お姉様、わ、私と彼はそんな間柄では」
「リリィは気付いていないの? 彼は貴方のために、命を賭して戦おうとしているのよ?
それに、自分がいなくなる前に手紙をだなんて、そんなの余程特別に想っていなければ書かないわ」
「……っ」
長女のお姉様の言葉に顔を赤くすれば、ミレーヌは「お姉様はすぐそういうのに結び付けたがるな」と呆れたように言った。
そんなやりとりを交わしているお姉様方を見ながら、私は手紙の内容を思い出していた。
『親愛なるリリィへ
君がこの手紙を読んでいる時、もう僕はこの世にいないかもしれない。
そんな勝手な僕を、どうか許して欲しい。
僕はずっと、君に大切なことを黙っていた。
君に伝えるのが、怖かったからだ。
それでも、君は全てを隠していた僕と向き合い、そして、“本当の僕”を見つけてくれた。
それがどれだけ嬉しかったか、感謝してもしきれない。
怖かっただろうに、いつだって君は僕よりずっと強くて、眩しいほどに美しい。
それなのに僕は、感謝を述べるどころか、君のことを沢山傷付けるだけ傷付けて、あんな別れ方をしてしまったこと、後悔している。
本当に、ごめん。
ただ僕は、君と少しでも長く居たかった。
それだけのために、君に嘘をついてまでクラヴェルへ連れてきてしまったんだ。
一刻も早く君の愛する家族のもとへ、帰さなければならなかったのに。
僕は、ある思いだけをずっと胸に、そして、その時のためにするべきことがあって準備をしてきた。
それは、皇帝陛下を自らの手で討つこと。
そうすれば、今度こそ平和な世を築けると。
本当は、こんなことをせずとも解決出来るはずなのだろうけれど、時間がなかった。
だから、こうするしかないと判断した僕を、許して欲しい。
それともう一つ、君に手紙で伝えたいことがあったから、僕は筆を取った。
それは、君が僕を知るよりずっと前から、僕は君のことを知っていたということ。
だから僕は、君に会いに行ったんだ。
……なんて、僕のことを知らない君としては、良い迷惑だったと思うけれど。
それでも、どうしても最後に君との思い出が欲しかった。
一目会うだけでは飽き足らず、嘘をついてまで君と過ごす時間を作ったんだ。
リリィ、君は何故僕が君をお飾りの妃にと望んだのか尋ねてきたことがあったね。
その時も嘘を吐いたんだ。
とても大きな、酷い嘘を。
リリィ、僕は君を……―――
「っ、リリィ、もうすぐ着くぞ!」
「!」
ハッとミレーヌお姉様が指を差した方角を見ると、クラヴェルの城が見えてきた。
ただし、明らかに様子がおかしい。
「……っ、城から火が……!」
城の一角から火が出ており、黒い煙が上がっていた。
私が悲鳴を上げると、長女のお姉様が出火元を探知するため目を瞑り言った。
「大丈夫、まだあの場所だけのようだわ」
「私の魔法で消せるから任せて」
長女のお姉様は火の魔法、お兄様は水の魔法の使い手であるため、そんなお姉様方の言葉に頷くと、閉められた城門に何やら人だかりが出来ているのが見えた。
私はそこを指差し言った。
「ミレーヌお姉様、城門の前で下ろして下さい」
「皇太子は城の中にいるんじゃないのか?」
「その前に、状況を把握するため話を聞きたいと思います」
「……分かった」
ミレーヌお姉様はそう言うと、魔道具を使って城にいるお母様に向かって私の言葉を伝えると、魔法の絨毯は門に向かって降下を始めたのだった。




