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21.

 その日の夜。

 部屋の扉をノックする音が聞こえ、扉を開けた先には心配そうな表情を浮かべたシャルルの姿があった。


「調子が悪いと聞いた。 大丈夫か?」


 私はその言葉に対する返答はせず、代わりに口を開いた。


「シャルル殿下、お聞きしたいことがございますので、私の部屋に入って頂いてもよろしいですか?」

「!!」


 彼は目を丸くし、狼狽える。


「い、いや、それはちょっと……」

「少しだけで構いませんので。 ……大事なお話です」


 私がそう口にし、じっと見つめれば、彼はうっと言葉を喉に詰まらせたかと思うと、観念したように頷いた。


「……分かった。 君がそこまで言うなら」


 そう言って私の願いに応じ、部屋の中へと入る。

 パタンと扉を閉じてからすぐ、彼は二人きりになると言った。


「リリィ、いくら僕でも夜に男を部屋に通しては駄目だよ。 君は可愛いんだから、特に気を付けないと」

「貴方と私は、“赤の他人”だから?」

「え?」


 彼のアイスブルーの瞳が大きく見開かれる。

 私はそんな彼に詰め寄り、核心を突くための質問をした。


「陛下に言われたの! 私と貴方は婚姻などしていない、“赤の他人”だって! 

 それは、本当なの?」

「……っ」


 彼が動揺している姿に、その答えを聞かずとも分かってしまって。

 私はギュッと胸の辺りを抑え、「どうして」と呟いた。


「どうして私を、そこまで“期間限定のお飾り妃”にしたかったの?」

「……」


 彼は何も言わず、ただ黙るばかりで。

 私はそんな彼に苛立ちを隠せず、胸ぐらを掴んで言った。


「答えて! 貴方は何を考えているの!?

 いつまで……、どこまでが演じている“貴方”で、どこからが本当の貴方なの……っ」


 頭の中はグチャグチャで、目からは涙が溢れて止まらない。

 なおも口を開いてはくれない彼に対し、私は力なく腕を下げ、自嘲気味に笑って言った。


「……私、一人で勝手に浮かれていたの。 

 貴方が素を見せるのは私の前でだけなんだって。

 貴方に近付けた気がして、嬉しかった」

「!」

「でも、それは私の勘違いだったのね。 ……ふふ、馬鹿みたい、私」

「っ、リ」

「気安く名前を呼ばないで!」


 私はシャルルの胸をドンッと押した。

 よろけ、私を見る目には悲しみの色が渦巻いていて。

 そんな彼に向かって、ありったけの感情をぶちまける。


「貴方がそんな顔をする資格なんてないわ! 

 ……最初から、私には肝心なことを何一つ教えてはくれなかった。 今もそう!

 結局、あの日から何も変わっていなかった。 そうよね、私を脅し、ここまで連れてきた貴方のことなんて、分かるはずも分かり合えるはずもないのだから」


 私がそう結論付けると、彼は何か口を開きかけたものの、黙って俯いてしまった。

 そんな彼を見て声を荒げる。


「もう良いわ。 私、明日城を出て行く」

「え……」


 彼が顔を上げる。 その彼に向かって、涙を必死に堪えて笑みを浮かべて言った。


「陛下は私が出て行くことを望んでいるようだし、もう貴方にこれ以上振り回されるのはごめんなの」

「……!」

「それでも……、もし貴方がここにいて欲しいというのなら、手紙でも何でも良いから、その意図を教えて」


 私は最後の望みをかけて……、彼にここにいて欲しいと言って欲しくて、彼の言葉を待っていると、やがてゆっくりと口を開いた。


「……分かった」

「!」


 期待する私に告げられた言葉は、残酷なものだった。


「リリィ・フランセル。 君はもう自由だ」

「え……」


 彼はアイスブルーの瞳を真っ直ぐと私に向け、静かに言葉を紡いだ。


「時は満ちた。 この契約は、本日を以て解消とし、君を皇太子妃から外す」

「……!」


 驚きのあまり目を見開く。

 無表情でシャルルの口から発せられたその言葉は、酷く冷たく感じられて。 私は声を出すことができなかった。

 代わりに、瞳から溢れた涙が頰を伝い落ちる。

 彼は踵を返すと、背を向けたまま言った。


「君を傷付ける結果となってすまなかった。 だが、安心してくれ。 フランセルに我が国が攻め入ることだけは何が何でも阻止する。 

 君の大切な人達も含めて、これ以上傷付けることがないよう、この命に代えて尽力すると。

 私の我儘で君を振り回してしまいすまなかった。

 もう今後一切、君とは関わらないようにする」

「っ、シャルル!」


 私が名を呼んでも、彼はこちらを見向きもせずに部屋を後にして行ってしまった。

 私はそのまま、力なくその場に座り込む。


(違う、私はこんな風に離れることを望んだのではない)


 ただ、振り回されたままでも良いから、側にいたかった、彼に必要とされたかっただけなのに。

 私は、それ以上を望んでしまったのだ。 彼も、私と同じ気持ちでいてほしいと……。


(でも、それは無理な話だったんだ)


 だって彼は……、彼の心の中には、既に失ってしまった“誰か”がずっと離れずにいるのだから……。


(失ってもなお、その方のことを一途に想っているなんて)


「ふふ、彼らしい……」


 呟き笑ってみたけれど、ツンと目頭が熱くなり、私はそのまま一晩中涙が止まらなくなってしまったのだった。





「リリィ様、本当にもうお戻りにはなられないのですか……?」


 侍女のアンナの言葉に私は頷き答える。


「えぇ。 私はもう、ここには戻らないわ。

 他ならない殿下がお決めになったことだもの」

「っ、そんな! それは何かの間違いではございませんか?」

「いえ、彼の口から告げられたんだもの。 励ましてくれてありがとう、アンナ」


 アンナは私の言葉に涙ぐむ。 私は他にいる侍女達にも声をかけた。


「短い間だったけれど、お世話になりました。

 確か私のお見送りをしてくれた後は、皆休暇を頂けたのよね。 大変だったと思うから、ゆっくり休んでね」

「リリィ様……」


 私は小さく笑みを浮かべると、「それではね」と手を振り、馬車に乗り込む。

 馬車が静かに発車し、遠くなっていく城を後方の窓越しに見つめ、私は静かに涙を溢したのだった。




 城を後にしていく馬車を、シャルルは静かに見つめていた。


「これで、良いんだ。 

 どうか……、僕がいなくても、平和な世界でリリィが幸せに暮らせますように」


 そう呟き、目を閉じ開いたアイスブルーの瞳には、強い信念だけが宿っていたのだった。

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