11.
シャルル殿下とお話をした次の日から、彼との距離が少し近くなったように感じていた。
相変わらず彼は忙しいようで、顔を合わせるのは朝食の時間だけという一日のほんの僅かな時間だけれど、彼の宣言通り勉強で分からないところがあるときに尋ねれば、彼はすぐに答えてくれた。
そして、最後には決まって「無理はするな」と声を掛けてくれる。
その度、心配してくれているのが分かり、少し……ほんの少しそれが嬉しくも感じていた。
(元々期間限定の妃だし、距離が縮まっていることに意味があるわけではないけれど、でも、仲が悪いよりはずっと良いわよね)
それよりも、この国のことをもっと知ることが母国の存亡に繋がるかもしれない、と気を引き締めて勉強を続けていたある日のこと、朝食の席に顔を出した彼の様子がいつもとは違うことに気が付き声を掛けた。
「シャルル殿下、おはようございます。 何かありましたか?」
「そう見えるか?」
「え、えぇ。 眉間に皺が寄っていて難しい顔をなさっているので……」
そう私が口にすると、彼は長く溜息を吐いた後答えた。
「……実は、陛下が君を交えて食事がしたいと仰っている」
「!」
(……皇帝陛下……!)
前世で私の国にまで攻め入ることを決断を下した張本人。 数多の戦争を繰り返し、多くの犠牲と引き換えに国を手中に収めてきた元凶の人。
そんな私の動揺を悟ったシャルル殿下は、少し視線を落として言った。
「君を陛下に会わせるつもりはなかったんだが、どうしてもと聞かなくて。
君が拒否すれば、体調不良を理由に断るつもりだったんだが……、聞くまでもないな。
やはり、この件には断りを入れよう」
「お待ち下さい」
私はシャルル殿下に向かってそう静かに制すると、震える拳をギュッと握って告げた。
「皇帝陛下とのお食事ですね。 分かりました。
是非ご一緒させて下さいとお伝え下さい」
私の言葉に、彼は大きく目を見開き慌てるように言った。
「無理をしなくて良い。 君と交わしたあの“契約”がある限り、君が会う必要はないんだ」
「いいえ、私も本当はご挨拶をしなければと思っておりました」
むしろ、結婚してから2週間以上が経っているというのに、一度も会っていないことの方が問題だろう。
(きっと、シャルル殿下がずっと断ってくれていたんだわ)
多分、私が皇帝陛下に会うことでデメリットになる部分……、離婚しにくくなることや私自身にも負担がかかると思ってのことだろう。
(それでも、私がここで逃げるわけにはいかない)
皇帝陛下の方から私と話がしたいと食事の席を設けてきているのだ、もしかしたら何か考えや策があってのことかもしれない。
(考えたくはないけれど、未だにフランセルを属国にしようと企んでいてもおかしくはないし)
それを免れるためにも、まずは会って話をしてみないと対策のしようがない。
そんな思いを胸に、じっと彼の碧色の瞳を見つめれば、彼は観念したように息を吐き言った。
「……分かった。 君がそこまで言うのなら約束を取り付けよう。 ただし」
彼はそこで言葉を切ると、私を見つめて言った。
「陛下は平気で君を傷付けるようなことを言うかもしれない。
何を考えているか分からないお方だから、まともに言うことを聞いてはいけない。
分かったか?」
「! ……はい、分かりました」
彼は頷くと、席を立った。
「朝食は部屋で摂る。 ……ここへ来たのは君と話がしたかっただけだから」
そう言って、シャルル殿下は部屋を出て行ってしまう。
一人取り残された私は、彼の言葉を思い出す。
(……彼は最初から、私が話を受けると思って忠告しに来たんだわ。 だとしたら、やはり皇帝陛下はかなりの要注意人物ということになる)
シャルル殿下がわざわざ会わせないようにしていたのだ、話を受けたからには気を引き締めなければならない。
(皇帝陛下が何をお考えなのか、そして、まだ戦争をするおつもりがあるのかどうかが気になるところだわ……)
例えその標的にフランセルがならなかったとしても、私が彼と婚姻を結んだことでフランセルに協力を要請され、戦争に巻き込まれるようなことがあったら、それもフランセルの存亡の危機になりかねない。
(もうあんな思いはしたくないし、させたくない)
魔法が使えない私に出来ることは、情報収集をして対策をすることなのだと改めて心に誓ったのだった。
皇帝陛下との食事は話を受けた次の日の夜、皇帝陛下とシャルル殿下、それから私の三人で晩餐会を行うことで決定した。
(やはり皇妃殿下はいらっしゃらないわよね……)
ずっと気になっている、家系図の皇妃の欄の空白。
それが何を意味するのか、まだシャルル殿下にも聞けずじまいなのだ。
(レア先生に聞いても良かったのだけど、今の皇族の情報って探りを入れていると捉えられてはいけないから聞き辛いのよね……。
それに、シャルル殿下に聞くのも、お母様を亡くしたことで辛い記憶があったとしたらと思うと、それはそれで聞き辛いし……)
と、もやもやとした気持ちを抱えたまま、とにかく今は晩餐会に向けて集中しようと、その日のレッスンをテーブルマナーの確認にあて、それが終わったら侍女のアンナと共にドレス選びをすることにした。
そして、テーブルマナーのレッスンが終わる頃、レア先生は口を開いた。
「流石はリリィ様ですね。 テーブルマナーについては全く問題ないでしょう」
「ありがとうございます」
テーブルマナーについては、散々淑女教育の一環で厳しく指導を受けていたこともあってレア先生からお墨付きを頂いた。 クラヴェル国特有のマナーがあったらと懸念していたが、特にその心配は無用だったため、内心ホッとしていると、レア先生が正面の席に座り口を開いた。
「そして、会話についてですが、こちらは皇帝陛下の方からお話を振られるまで、口を開かない方が良いでしょう」
「! そうなのですか?」
私の問いに、レア先生は首を縦に振ると、そこからは少し声を潜めて言った。
「皇帝陛下は、非常に頭が切れるお方です。 今回は、リリィ様と初めてお会いすることになるので、そういった時は特に良く見極めていらっしゃるように思います」
「……つまり、私が皇太子妃として相応しいかどうかを判断なさっている、ということですね?」
「えぇ」
レア先生はさらに言葉を続けた。
「皇帝陛下は良く人を見ていらっしゃいます。
もし、陛下の逆鱗に何かしらで触れた場合、例えシャルル殿下のお妃様でいらっしゃるリリィ様といえど、追放されることもあり得るでしょう」
「!」
(陛下の逆鱗に触れた場合……)
追放されるだけならまだ良い。
だけど、もしフランセル王国を標的にされるようなことになってしまったら……。
(本末転倒も良いところだわ)
そんなことを考え、黙り込んでしまう私を案じてレア先生は言った。
「安心して下さい、リリィ様。 貴女は聡明なお方ですから、大丈夫です。
……ただ一つだけ、陛下の御前で口にしてはいけない話題がございます」
「! それは……、もしかして」
「はい。 きっと、リリィ様はもうご存知だと思いますが……、この国の“皇妃殿下”についてのお話です」
その言葉に、私は息を呑む。
(やはり、この国には皇妃に何か秘密があるんだわ)
そう確信し、意を決してレア先生に尋ねる。
「ずっと不思議に思っていました。
何故、現皇妃殿下のお名前がどこにも記述がないのかと」
レア先生はその言葉に首を横に振り答えた。
「それについては、私を含め、この国の人々は知らされていないのです」
「知らされていない……?」
「はい。 そのため、様々な憶測が飛び交っているのですが……、真実は何一つ分からないままなのです。
私がこの城に働きに来た時には、既に皇妃殿下はいらっしゃらず、城内では皇帝殿下の命令により、今もなお皇妃殿下について緘口令が敷かれています」
「緘口令……」
皇帝がお触れを出すほどの“何か”がある。
皇帝と皇妃の間に一体何があったのだろうか……。
レア先生は私を見て言った。
「その話題さえ出さなければ大丈夫です。
後は皇帝陛下の質問にだけお答え下さい。
無事の成功を、お祈りしております」
「……はい」
私はギュッと、自身の手を握ったのだった。
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