~初めてのおしごと~ 1
牢屋から店までのルートを示したメモを貰い、私はこの場を後にした。
「店の物は薬品以外なら何を使ってくれても構わん。服や金は家の色んなところに散乱してるから店の掃除のついでに探しておいてくれ。客が来ても私はいないと告げてくれればみんな帰ってくれるはずだ」
木製の少し古びた椅子をガタガタ揺らしながら、暇そうな顔をしてトコマは言う。
まるで子供のような振る舞いに、今すぐにでもここから出たくて堪らないという切実な思いがひしひしと伝わってくる。
「分かりました。ちゃんとそこで大人しくしててくださいね?暴れまくってここの人達にも迷惑かけちゃダメですよ」
「分かってるさ。ここのヤツらとは全員顔馴染みだ。安心しろ。」
どうしよう、まるで安心できる要素が何一つないんだが。
店に帰る途中でラキアとカルハに会った。
カルハは中学生くらいの年頃だろうか、私よりも頭ひとつ分くらいは背が低い。
それに対してラキアは2mは余裕でありそうな程の巨漢だ。スキンヘッドと相まってヤのつくヤバいお仕事の人にも見える。
この2人が歩いているのを傍から見るととても犯罪の匂いがする。一応これでも親子らしいので変なことは聞かないようにしよう。
彼らの家はトコマの店と近くにあるということなので、途中まで一緒に帰ることにした。
「ソーラさん、あの後大丈夫でしたか?トコマさんが捕まったらしいですけど……」
「すごい元気だったよ。暇そうにしてたからたまには会いに行こうと思う」
「ハッ!あいつは牢屋に入れられて反省するようなタチじゃねぇ。どうにかしたいと思うなら1度好きなだけ暴れさせりゃあいいのさ」
「あの人に暴れさせたらこの街がいくつあっても足りない気がしますよ」
「まぁな。ハッハッハ!あいつを抑えることなんか誰もできやしねぇってことさ!」
「お父さん!トコマさんをそんなバケモノみたいな扱いしちゃダメでしょ!」
「あーすまんすまん。次から気をつける」
「ほんとぉ?」
「そういえばラキアさんとトコマさんって長い知り合いなんですか?同年代には見えないんですが。」
「あいつは俺がガキの頃からずっとあの見た目だ。性格も全然変わらんからタチが悪いんだよな。」
ラキアさんは40代くらいには見える。
そのラキアさんが小さい頃から見た目が変わらないってことはあの人は一体何歳なんだ……?
また謎が増えてしまった。
その後も一緒に飯を食ったり、街の話を聞いたりして目的地に向かった。もう少しで着きそうだ。
そうだ、悪蟲について聞くのを忘れていた。
「ラキアさん、悪蟲ってなんですか?トコマさんはラキアさんから聞けって言われたんですけど……」
その瞬間、ラキアの目は真剣な眼差しに変わり、口元から笑みが消えた。
「トコマの野郎、どこまでも人をおちょくりやがって……。まあいい、お前は何も知らなそうだから教えてやる。悪蟲はな、30年前に現れた人類の敵だ。」
「人類の敵……」
「俺はあのクソ虫共を絶対に許さねぇ!必ず絶滅させてやる!」
通りにいる人達が一斉にこちらを向く。
「お父さん……!声が大きいよ……!」
「すまねぇ。俺は一足先に家に帰ってる」
そう言ってラキアは行ってしまった。
体は大きいはずなのにその背中はどこか寂しげな、儚さを感じてしまう。
「ごめんね。お父さん、悪蟲の話になるといつもああなんだ」
「何かあったのか?」
「私のお母さん、悪蟲に殺されたの」
「そうか……それは悪いことを聞いたな。カルハもすまなかった。気軽に聞いていい質問じゃなかったな。」
「いいの。私が小さい頃の話だしあんまり覚えてないの」
カルハの目はどこか寂しげだった。
「それでね!輪廻会のお話の中に悪蟲が出ることが予言されてたって噂があるの!」
「そういえば君は輪廻会の導師見習いだっけ」
「うん。輪廻会に入れば使徒様が私たちを守ってくれるような気がするの」
「使徒様?」
「お話の中に出てくるの。えーとどんなお話だったかな」
カルハが思い出しながら語ってくれた話はこんなものだった。
ある日突然、この世界の果てから災いがやってくる。
その災いは、人が生まれ、そして死ぬというサイクルをとても気に入り、自分も真似して作ろうとした。
しかし上手くいかなかった災いは人を妬み、全てを滅ぼすために子を生み出した。
災いの子らにより大勢の人が死に絶えたが、人々は希望を捨てなかった。皆の思いがひとつになったその時、再生の使徒が降臨する。
再生の使徒は災いを打ち倒し、人々の平和を約束してくれる。
正直に言うと聞いてもあまりよく分からなかった。
どんな事があっても再生の使徒様が何とかしてくれるから希望を捨てずに生きようね!っていう話なのか。
「友達が言うには、災いが生み出した子供こそ悪蟲じゃないのかっていう説もあるみたいだよ」
「詳しい情報はまだ分からないって訳か」
「うん。だから私たちは使徒様を待つことしかできないの」
店に着いたので、カルハとそこで別れた。
2階建てのこじんまりした小さな建物が私を出迎えてくれた。
初めてここに来た時はサラッとしか見ていなかったが、中はとても酷い有様だった。
机の上には本や資料が山積みになっていて、その紙の上に置かれている、例の苦いココアの入ったコップ。
紫の粉が大量に入った瓶が倒れて、そこから床に向かって線が引いている。
床にも紫の粉が散乱していて、先程の爆発を見た俺は血の気が引いた。
「いきなり爆発とかやめてくれよ?」
トコマからはこの店の掃除を頼まれていたので片付けない訳にはいかない。仕方なく俺は、店の入口付近に置いてあった箒を持ってきて床の粉やホコリを集めた。
どうやら、暗くなると部屋の明かりに自動で火が灯るようになっているらしい。
掃除に集中していた私は、部屋が突然明るくなって心臓が飛び出そうになるほど驚いた。
しばらく掃除をしたこの部屋は、俺が来る前と比べると見違えるほどに綺麗になっていた。
部屋の奥にあった何かの薬や粉が置いてある机はなるべく触らないようにして、床や机に置きっぱなしだった本は2階にあった本棚五十音順に並べた。
異世界の本のはずなのになぜ五十音順で並べられるのか、そもそもなぜ日本語なのかなどは今考えても意味が無いので考えないことにしよう。
それ言ったらなんでみんななんで日本語で喋ってるのって話になるし、考えても無駄だよね。
窓も拭いて曇りひとつないほどにはピカピカになった。
窓の向こうはもう暗闇で相当時間が立ったことを知る。
「掃除もだいたい終わりか、あとは床なんだけど……」
この床、粉やホコリを掃いても掃いてもどこからか新しい粉が見つかるのだ。明らかにおかしい。
どうやら床に落ちてる紫の粉は爆発しないらしい。
トコマさんが調合とか言ってたし、これを加工して爆薬にでもするのだろうか。
その時、視界の隅で何か動くものが見えた。
それに気づかれないようにそっと移動し、棚の隙間を見た。
紫色の毛玉が床に同じ色の粉を落としながら隠れていた。大きさは3cmくらいだろうか。毛に隠れたつぶらな瞳と目が合う。素早い動きで棚の隙間に手を入れ、そいつを捕まえようとするが、間一髪のところで躱されてしまう。
「コイツ!クソ!ちょこまかと逃げやがって!毛玉のくせに動くな!」
私はその毛玉を捕まえるのに掃除をするのと同じくらいの時間をかけた。
せっかく掃除した部屋を粉だらけにしながらも、ようやくそばにあった瓶の中にこの毛玉を入れることができた時、窓の外は明るくなっており、眠気が限界まで達した私はそのまま床に倒れ込んで寝てしまった。