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~最初の出会いと逃走劇~ 1

 「うっ……、うっ……、ハァハァ……」


 どうしてこんなことになったの?!

 私はどうしたら良かったの!


 草むらの中に身を隠し、見つからないように息を殺す。

 運動なんてほとんどした事の無い体を必死に動かしたせいか、心臓がバクバクと脈打っている。


 心音で見つかりたくはないので、必死になって止めようとするが、緊張のせいかうまくいかないようだ。


 「お願い……。見つからないで……」


 すぐ近くに『ヤツ』がいる。俺を殺そうとしている異形の化け物。あんなもの、今まで生きてきた中で見たことがない。


 逃げる時に草や木の枝で切った傷がちりちりと痛み、血が滲む。


 「もう……帰りたい……」


 そんな弱音を口にした時、背後から草をかき分け何かが近づいてきた。


 俺を追ってくる人外の暗殺者。2m以上の体躯を持つコウモリ頭のカマキリが今、静かに俺の後ろへ這い寄る。


 どうしてこうなったのか。何が悪かったのか。

 俺はつい先程までのことを走馬灯のように思い出した。


 ~~〜~~~〜~~〜〜〜〜〜〜〜〜〜





「ううん…、ここは…?」


 さらさらと流れる水の音と共に目を覚ますと、見なれない地面に大の字になって寝そべっていた。所々に石があるせいで寝心地は非常に悪い。また、目の前には音の正体と思われる大きな川が流れている。


 いきなり川辺に寝そべっているという意味不明な状況に置かれると、人はとても激しく動揺するものだ。


 「はい?意味がわからないんですけど。ベッドで寝る準備をした所までは覚えている。そこまでは覚えている。いや……そこしか覚えていない……?」


 記憶の欠如。

 1番最後の記憶は昨日の夜のこと。いつもとなんの代わり映えもしない毎日を変えるためにネットに書いてあった古典的な都市伝説を試したのである。


 5cmの正方形の紙を用意し、そこに六芒星を描き、その星の真ん中に赤色で「飽きた」と書く。

 それを、枕の下に入れて眠ると、翌朝、その紙がなくなっており、普段とは何となく違った空気を感じる。

 そういった有名すぎて存在自体がネタになっているようなくだらないもの。


 「嘘でしょ?待って待って、怖すぎるんですけど……」


 軽い恐怖を覚えながら、取り乱すまいと体を起こす。

 一旦自分のことを思い出してみよう。私の名前は羽崎ソーラ、年齢は18、そうだ、思い出せ、思い出せ。

 他の記憶は……?

 思い出せない……。

 家族の顔も友達についても何も思い出せない。


 寝る前にネットで見た情報や、いつも見ているはずの自宅周辺の地形なんかは思い出すことができるから、忘れているのは人の顔だけ?

 いや、違う。恐らく忘れているのは他にもある気がする。


 とりあえず体を起こして体を探ってみるが、財布もスマホもなくなっている。

 というか勝手に服を着替えさせられたようだ。

 見たこともないような服。素材は綿に近いが、それとは少し違う肌触りなのがこの状況と相まって不安を加速させる。

 自分が誰なのかを証明してくれるような物を何一つ持っていないことを知り、激しく落胆する。

 スマホがないので時間や日付を確認することもできない。


 そしてこの場所だ。目の前にはそこそこ大きめの川、水は綺麗だがとても深いのもあり、奥深くには真っ暗な闇が鎮座している。


 「……?」


 水の反射を使って自分の顔を見てみると、そこには真っ白な長髪の女子高生がいた。

 元々私は黒髪のはずなのだが、完全に脱色されて綺麗な白髪になってしまっている。



 一旦現実を見ないように川から離れ、辺りを見渡す。

 後ろ、というか辺り一面には鬱蒼とした森が拡がっている。森が深すぎて光が入り込まないのか、木々の奥の方までは見えない。


 しかしこの森は何かがおかしい。なんと言ったらいいのだろう。生気を感じないのだ。鳥や動物の気配を全く感じないことが、その不安をさらに加速させる要因のひとつになっている。


 周りを見ても有益な情報は得られないことがわかった。

 というかなぜこんな所に?わざわざここまで運んで来たやつがいるということなのか?なんのために?


 「……何も分からない。一体どうしたらいいの?」


 ため息と同時に弱音が口から洩れ出す。

 このまま考えても埒が明かない。とりあえず下流に向かって歩いていこう。街に出るかもしれない。

 幸いにも川の傍には舗装なんて全くされていない、それでも人が一人分通れそうなけもの道がある。


 イノシシとかクマが出ても、何も持っていない丸腰の状態なのでどうすることもできない。だけどこのまま何もしないよりは幾分かマシだ。

 そう考えた私は、人が見えてくるまでこの道を歩いていくことにした。



 道中、暇なのでこれはゲームの世界なのでは?と思い込むことにした。暇だからしょうがない。

 こういう系のラノベでは

 「ステータス!!」

 とか言うとウィンドウが出るはずなんだけど、そんなものは影も形もない。実はステータスを確認したら私、最強でした!とかならどれだけ良かったことか……。


 「ん?記憶なんてないはずなのに、なんでラノベの存在なんか知ってるの?まあいいか!記憶が戻り始めてるっていうポジティブな解釈をしておこう。……帰ったら早く病院行こう」




 道を歩いていると、10m先くらいの木の横でなにか茶色い大きなものが動いていた。なんだろう。さっきから足音を立てて歩いてるから警戒心の強いウサギなんかは逃げてるはずなんだけど……



 「…………え?」


 それはバッタだった。みんなは小さい頃にトノサマバッタとかを捕まえたことがあるだろう。見た目はそれと同じだ。


 しかし目の前にいたそいつは()()()()()()()()()()()()()()()()()()。どう見ても30cmはある。

 さらに特徴的なのが脚部だ。

 跳躍するために使われる特徴的な後ろ脚には、まるで人間の目のような模様が無数に貼り付いている。

 いや、あれは模様ではない。本物だ。動いている。

 目がキョロキョロと忙しなく周りを見渡している。


 同じ大きさの同族と思われるものの死骸を食っているところから従来の草食のそれとは明らかに違う。

 普通のバッタもストレスか何かで共食いをすることはあると昔聞いたが、そんな雰囲気で共食いをしている感じではない。


 余程夢中で食っているのか、恐る恐る横を通り過ぎてもこちらを見向きもしない。

 足の目玉もこちらを見る様子はない。


 やばい……。こいつは絶対にやばい。

 全身がこいつから離れろと警報を鳴らしている。

 まだ食事していることを横目で確認してから、私は気づかれないようにその場を離れることにした。


 バッタから1秒たりとも目を離さずに後ずさる。

 嫌な汗が背中を伝う。一触即発、とは正にこのことを言うのだろう。余計な動きを見せてはならない。ただ少しの音を立ててもいけない。


 初めて見るこの化け物は、明らかに友好的な見た目をしておらず、きっと、今口に加えているものを食べ終わったらこちらに牙を向くだろうと予想する。


 「私に気づくな……。そのままメシを食ってろ……」


 1歩、後ろに後ずさる。幸いにも音を立てずに足を動かすことができた。この調子で、また1歩、また1歩と牛歩の如く下がっていく。その歩みとは裏腹に、私の鼓動はバクバクと激しく脈打っている。


 音を出したらヤバい。それは理解している。理解しているのだがこの心臓は鳴り止むことを知らないようだ。

 ドクドク、バクバク。緊張が限界まで達して今すぐにこの場で気絶してしまいそうだ。


 さらに2、3歩下がった時、私はその足元に落ちている湿った小石に気づくことができなかった。未知の生物と出会った衝撃や、様々な記憶を失った衝撃が周囲を把握する能力を失わせていたせいだろう。


 何はともあれ、ひとつの結論が出てしまったことは事実だ。私は明らかに危険と思われる生物の目の前で、ゆっくりとその場を離れようとしていたにも関わらず、大きな音を立ててその場に尻もちを着いてしまった。


 「痛った!」


 想定外の出来事に受け身を取ることが出来ず、その場に座り込んだ。

 予想に反してあまり大きな音は立たなかったが、そのあまりにも豪快で大仰な転び方は異形のバッタの目を引くのに十分すぎるほどのアピールをしてしまった。


 元々そいつは私の事なんか気にしていなかったのだろう。目の前に餌があって、それを食べるのに夢中になっていたはずだ。ライオンだって、満腹の時は本来獲物であるはずの草食動物が近くに来ても襲うことはないらしい。私が言いたいのは、普通の動物は非常事態、もしくは空腹でない限り他の動物を襲うことはないということ。


 それなら、他の動物を襲う時と言うのはどういう時だろう。1つ目に食料を調達する時、もう1つは自分の身を守る時だ。


 不幸なことに、どうやら目の前のバッタは私が転んだ動作とその時に立てた音を、餌を横取りするための威嚇と捉えてしまった。


 脚部に付いている目玉が一斉に俺を見る。あの視線から逃れることは相当難しいだろう。

 バッタは咥えていた肉片を離すと、猫の威嚇の声にも似た不快な音を立て始めた。


 「やば!」


 私はすぐに体勢を整えて走り出した。その姿は傍から見てもあまりかっこいいものとは言えないだろうが、それは命の危険と見た目を天秤にかけた結果の行動だ。

 そんな状況の全力疾走だったからか、自分でも驚くほどの速さで走ることが出来た。これが火事場の馬鹿力というやつなのかと走りながらに思った。


 バッタの方はと言うと、餌を取られると思って威嚇した相手が驚異的な速さでどこかへいなくなってしまったので、再び餌を口に運ぶ作業へと戻っていった。

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