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雪の下  作者: 海勢 真輝
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なつ

この話は、十年以上前に書いたものをこの度修正したものです。今の時代ではわかりづらい部分もあるかもしれませんが、ご容赦ください。

    なつ


 「直江春一(なおえ はるいち)」と宛名された手紙の返事を書いて投函したのは三日前のことだった。


『あっちゃん、字きったねぇな。昔からだよな。中学のとき、担任のカッパに「おまえは学年で字の汚さで五本の指に入る」って言われたよな。読みずらい。

 

 相変わらずバカべぇやってんな。ゲコはなにやってんだ。自分の車てめぇんちに修理出したって儲けになんねぇだろうが。小学生の頃から数えてぶっ壊したの何台目だ? いい加減家が建つだろ。


 今度そっち方面に仕事でいくんでよ、ちょっと寄ろうかと思ってる。七月の二十六日。駅につくのが昼過ぎかな。当日、時間わかったらラインするんで、よろしく。


 御雪舞十八年ぶりの復活か。その頃、帰れたら帰りたいけど、どうかな。まぁ、会って話しようぜ。じゃあな。』

 

 電車を降りたところで大きく背伸びをした。体が伸びたら欠伸が出た。それほどがっつり寝てもいなかったろうに、体がだるいし、頭もすっきりしない。まるで時差ぼけでもしているかのように。

 ――海外にはまだいったことねぇけど。

 たぶんこんな感じなんかな。オレンジ色の電車は、この駅で一旦車内を掃除したあと折り返しでまた戻っていく。乗り込む人はぽつぽつ。


 東京に出ると言って家出同然にこの駅から上りの電車に乗ったのは今から十四年前、十八歳のとき。あのときの駅員さんも今はいない、無人の駅になってしまった。

「おう、ハル。がんばってビッグになって帰ってこいよ」

「富さん」と呼ばれていた駅員さんに改札でそう言って励まされた。電車で高校に通っていて、富さんとは普段からよく話をした。

「こんな町を出て東京でビッグになる」

 いつもそんなことを言っていた。


 自動改札を抜けながら、富さんの顔が浮かんできた。濃い眉、大きな口、大きな声、いつでも誰にでも笑顔だった。

結局、あの日が最後になってしまった。今ではどこにいるのやら。

 学校から帰ってくる、ただいま、と富さんに切符を渡す。煤けた壁に変色したポスター。雑然としていて、冬になれば真ん中にストーブがどんと陣取って、いつでも近所の人が集まって会議を開いていた。あの頃の田舎臭かったロビーも今ではすっかりきれいになって、平日の昼間、ひっそりと静まり返っている。

「そうでもないか」

 駅を出れば、夏の日差し、押しつぶされるほどの蝉の声は昔と変わっていない。駅前に立つ大きな観光案内板。緑の間に道路を意味する黄緑の筋がぐねぐねと這っている。山と川、あとは申し訳程度に温泉があるきり。軽く見上げながら思わず溜息が漏れた。

「だーれだ」

 いきなり視界が奪われた。生温い感触が、気色悪い。

「おい」

 ふざけんな、言おうとした瞬間、股間に衝撃!

「ぐぉ!」

 喰われた! そして耳に吐息。ざわっと鳥肌。

「五本じゃなくて三本よ」

「いっでぇ! ばっか、おめぇら! マジ放せって!」

 思い切り暴れて悪魔の掌からなんとか逃れた。股間を抑えてうずくまる。

「おかえり」

「おかえり」

息絶え絶えに見上げる。懐かしい顔が二つ、並んで笑っていた。

「ただいま」

 これだけ言うのがやっとだった、目に涙を溜めながら。


「おまえな、手紙出すならもっと早く出せよ」

 助手席に座る男がそう言って後ろを振り向いた。眼鏡で長髪、顔の輪郭に沿ってうっすらと無精髭が生える。耳に息を吹きかけた、雑賀晃(さいが あきら)

「ちゃんとついただろ」

「ついたよ、昨日な。俺らだって仕事持ってんだ、いつでも出れるってわけじゃねぇぜ」

「最近はコンピュータでなんでも制御できんじゃねんかい」

「おめぇ、豚なめんじゃねぇぜ。豚舎の掃除に豚の体調チェック、人の手でやらなきゃならんことは山ほどある。おめぇと違ってきれい好きで神経質だ、接し方にも人間以上に気をつかう。なにより」

「しかしアレだな、駅はきれいになったけど、他はあんまし変わってねぇな」

「聞けよ」

「そうでもねぇべ。この辺りは随分道も綺麗になった。ガードレールもついたし」

 運転手は車の持ち主、ゲコこと新納力にいろ ちから

 茶髪にピアス、は高校時代。今は茶髪だがさすがにピアスはない。汚れの染み付いたつなぎ、さっきの股間の痛みを思い出して、後部座席から蹴りたい背中……。

 ルームミラー越しに目が合って、にっこり笑顔は昔から憎めない無邪気さ。なんだか二人とも、昔と変わらない。

 この空間が、ひどく落ち着く。

「そういえばゲコまた事故ったんだろ。この車か?」

「そうだよ」

「大丈夫なのかよ」

「ハル、俺が手紙出したの一ヶ月前だぜ。それでなくたっておまえ、こいつは五日後には完璧に直してたからな」

「だいたい、おまえ体は大丈夫なんか? そんなに事故ってばっかで怪我しねぇのか」

「事故事故って、こないだはちょっとぶっけただけだべ」

「ちょっとぶつけただけっておめぇな、車の左側大破してただろうが」

「体は無傷だ。なら事故っていわねぇ」

「それはおまえだけだ」

「でも去年、こいつ峠道で事故ったときは、車大破したのに足首捻挫して首ちょっと鞭打ちになっただけで次の日から仕事したんだぜ、なぁ」

「ガードレール突き破って一つ下の道路まで転げ落ちた。あんときは流石にこえかったけど、そんな大した高さじゃなかったから。ロールケージで補強もしてたし」

「それはこのマークⅡじゃねぇのか」

「別の車だ」

「バカだな、相変わらず」


 窓の外を流れる景色は緑一色。一色といってもその緑は濃淡織り交ざって決して一様というわけではない。風に揺らぎ光を弾く。

 ここに喧騒はなく、クラクションの代わり、鳥たちが高い声を飛ばしている。対向車がくると「はっ」とするほど。今の自分が暮らす世界とは、全く別のものだ。


「おまえらのアレも、最近結構テレビ出てんな、ハル」

「出てんな、ハゲ」

「ハゲてねぇよ。どこがハゲてんだよ」

 おお、本物だ。ゲコがびっくりしてみせる。ルームミラーから視線をそらす。

「なんだっけ、『はげまげどん』だっけ、ハゲ」

 一瞬湧き上がった怒りの感情を、鼻の穴から吹き出した。昔っからだ。

「相方のドン北村って人も面白いし、いいコンビだな、はるまげどん」

 あっちゃんがフォローを入れる。いつも三人のまとめ役だ。

「まぁな、漸くな。最近やっと食えるようになってきたって感じだよ」

 食えりゃ大したもんだ。あっちゃんの言葉は、まるで独り言のようだった。

「おまえ、アレか、親には言ってあんのか」

「なにを」

「今日くること」

「言ってあるよ」

 ずいぶん驚いていたな。

「この前、おまえのかあちゃんに会ったとき恥ずかしいって言ってたけど、でも、顔は笑ってたな。嬉しそうだったぜ」

「しょっちゅう電話がかかってくるんだ。正直うぜぇよ」

「んなこと言うんじゃねぇ。おまえが出てったあと、大変だったんだぜ、なぁ」

「んだ。親父さん、あんなもんはうちの子じゃねぇ! つって叫んでた」

「おかげで町じゃおまえの話はタブーになった」

「そうかい」

 近所の人間に「うちの子じゃねぇ」言ってる親父の姿は容易に想像できた。その顔が十四年前のものであることは疑問にもならない。

 親父にも、最近少しは認められてきただろう。いろいろ物も送ってくれるし、電話でも話をするようになってるから。


「アレか、おまえのうちにいっていいんか?」

「ああ、うん、頼む」

 駅からおよそ二十分、家が見えてきた。それはまるで夢の中、記憶の中の思い出を見つめているようだった。

 ――こなければよかった。

 車が止まる直前、心がガクンと落ちた。家の敷地に入るために、こちらもそれなりの「代価」を支払った、ということだ。入場料のようなものだ。


 車から荷物をおろし、二人に別れを告げた。夕方にはまた会う。

 空を見上げてみた。別に見たかったからではない。心にしこりを抱いた息子が暫くぶりに実家に帰ってきときには、そうすることになっているから。

 直射日光という割りに、空は白く滲んでいた。皺がよったように、所々雲が白く固まっている。

 東京ほど暑くはないと、そんなことでも自分を「上」に起きたかった。庭の土が足の裏に違和感だ。そんなことでも自分を正当化したかった。

 玄関を入る。母親が出てくる。

「おかえり」

「ただいま」


 山の夏は短い。

 家の庭のボダイジュが深緑の葉の下に沢山の花を蓄えるのを見ると、この季節、子供心にワクワクしていたのを思い出す。

 一ヶ月以上ある長い休みの間、短い夏と一緒にめいっぱい野山を走り回ったあの頃。部活にいそしみ、遊びにいそしみ、恋にいそしみ……。

 今となっては全てが懐かしい。思えば、初めてのキスは中二の夏休みだった。初体験は……。

「俺が殺し屋なら、おまえ死んでたぜ」

「あめぇな、気づいてるね」

 築百年近いこの家で、玄関から物音立てずこの部屋までくるのは不可能だ。そのことはあっちゃんだって熟知している。

「その程度の『絶』じゃ俺の『円』から逃れることはでき」

 ない!

 背後のあっちゃんに向き直りつつ、パッと畳を前方に一回転した。背後、座っていた縁側の板がパンと鳴った。

 片膝立ちで振り返る。

 縁側を降りたところにゲコがいた。思い切り振り下ろした直径一センチほどの木の枝がぼっきり折れている。

「おめぇ、殺す気か! もっと加減しろよ!」

「腕は鈍ってねぇみてぇだべ」

 三人がお互いの顔を見合って満足そうに頷いた。


 昼の二時過ぎに帰ってきて、いたのは母親だけ、その母親も入れ違うように出ていった。

「普通、駅に着いたときに『駅だよ』くらい電話するもんでしょうよ。わかんないから一応お昼作っておいたのに、なにこの中途半端な時間は」

 そんなことを言いながら、バタバタと家からいなくなった。

 芸人に「中途半端」は一番こたえるやつ。作ってあった飯を食ってテーブルの上を片付けた。

 一度テーブルの近くに横になったが、何かに誘われるように縁側に胡座をかいて、ぼっけら外を眺めた。

 会ってまず何を話そうか、いろいろと考えていた。

 父親はいないだろう。母親に何て言うか、何て言われるか。

 たぶん父親はいないと思うが、もしいた場合。最悪、母がいなくて父親だけが残っていた場合、父は、自分は、どんな顔で向き合うだろうか……。


 母親の態度には、救われたと言うべきだろう。十四年という歳月の重さ、気まずさは感じなかった。

 電話ではちょくちょく話をしてるし、父も母も一丁前にダメ出しなんぞすることもある。こっちが思うほど、あの人たちは重く感じてはいないのではないか。

 そんなことを考えた。

 ――母親とは、ああいうものか。

「案外変わってねぇ」

 生まれて初めてかもしれない、こんな時間を持ったことは、しかし、なんだか懐かしい、目の前を風が抜ける度に、眼前の景色は青さを増していった。


 目が覚める。ティーシャツとハーフパンツで横になって、腕と脚が汗でべとついていた。

 家は静かなままだ。黒くて重たそうな振り子時計がもうすぐ四時をお報せ。それを見て便所に立ったのは、必ずしも尿意を催したからではなかったが。

 十四年間を一気に埋め合わせたような時間の締めくくりに畳の上を一回転したのはその直後だった。


 家の一人息子より先に台所にいき、冷蔵庫の一番下の段を明け、麦茶とグラス三つをもってきた二人の「曲者」。

 その二人が先に口をつけたのを見てから麦茶を飲んだのは、まさか毒入りを警戒したわけではない。

「どうだ、久しぶりの実家は? 十なん年ぶりだ」

「十四年かな。意外と、普通だったな」

 誰かいたのか。母親が。

「お母さん、別の人になってなかったけ? 若いフィリピン人とかに」

「っせい!」

 ゲコの頭を思い切り、突っ込んだというより、はたいた。

「いたっ! なにすんだぁ。傷害事件だ、プロが素人に本気で突っ込みいれてからよ」

「何言っとんねん、ぼけぇ、プロボクサーちゃうっちゅうねん」

 危うくグーで殴るところを、なんとかパーで打ったのだ。車の中でのことも含め、すっきりした。

「親父さんとは、アレか」

「まだ会ってねぇ。ま、電話ではちょいちょい話ししてるから。最近じゃダメ出しとかするし、調子のって」

 あっちゃんは笑いながら頷いてくれた。ゲコは、まだ頭を撫でている。


 話している内に母親が帰ってきた。

「いらっしゃい。ゆっくりしてって。麦茶なんかもあるから」

 それだけ言って家の中をバタバタと動き回った。

「おまえ、アイドルとかの知り合いはいねぇのか。携帯の番号、知ってんだろ」

 あっちゃんが顔を近づけて声を落とした。

「え?」

「今だと、なんとか四十八手とか」

「は?」

「アオカンシックスナインとか」

「そんなアイドルいるか。そんなもんAVのタイトルじゃねぇか」

 ちょっと紹介してくれよ。おいら女優なら五十くらいまで全然いけっぞ。……。


 いつの間にか外が色を帯び始めていた。

「そろそろいくかね」

「もうか。まだ五時半だぜ」

「田舎の夜は早いんだよ」

「疲れてめんどくさくなっちまったよ」

「なに言ってんだ。みんな待ってんだぜ。なんせこの町のスタアなんだから」

 あっちゃんは右手で眼鏡を直した。

「そうそう、スタア。方言使って漫才やったら、たぶんもっとうけるべ」

「それもう何人もやってっから」

 寧ろこの話題にこれ以上付き合うのが面倒になった。いぐべいぐべ。言いながら立ち上がった。つられて二人も立ち上がる。

「よっこいしょういち」

 麦茶とグラスを三人で片して。

「かあちゃん、ちょっと出かけてくっから」

あらそう、もうすぐお父さんも帰ってくると思うけど。

「夕飯は?」

「いらない。同窓会っつうか、飲み会だから」

 気をつけていってらっしゃい。母親の言葉に送られて、三人は家を出た。


「あったまいてぇ」

 寝苦しくて目が覚める。暑い。頭が重い。どう寝返りをうっても、布団から外れて畳の上を転がってみても一向気分がよくならない。仕方なし、起きた。

 外ではすっかり夏ができあがっていた。日の光、蝉の声、ホトトギスの鳴き声、走り回る子どもたち、夏休み。


 熱気のあふれる外の様子と対照的に家の中は静かだった。

 ミシミシと階段を踏み、一階に下りる。降りながら時計が鳴っている。薄暗い室内に時計の白い文字盤がぼんやり浮かび、針は十時を指していた。

 台所で水を一杯飲む。冷蔵庫を開けて、麦茶をまた一杯あおる。

「フー」

 と息をはいた。

 家のどこかで風鈴が鳴った。多分、客間の軒下だろう。その風鈴の音色が今この家で最も大きな音だった。

 唯一の存在。

 風鈴の音が、またも思い出を運んできた。


 実家は農家だった。父親は毎朝早くに家を出ていき、母親も祖父も父の手伝いのために昼間はほとんど家にいなかった。

 夏休みに入ったある日、目が覚めると家がまるっきり静かだった。

 目覚めた直後のまどろみに、言い難い不安が襲った。

 薄暗い階段を降りる。段を踏む度にミシミシと鳴る音が、もう一人誰かの足音みたい。

 居間のテーブルの上には置手紙と朝ごはん。台所にいって冷たい麦茶を飲んで、居間でテレビもつけずにごはんを食べた。今日と同じように、家のどこかで風鈴だけが鳴っていた。

 しかしその寂しさはいつまでも続くわけじゃない。

 母親の用意してくれたごはんとおかずがすっかりなくなるその少し前、慌しい足音が家の中庭まで押し込んでくる。

「ハル! 川いくぜ!」

「川いくぞ!」

 二つの大きな声が、痛んだ心に沁みる風鈴の音色を弾き飛ばしてくれる。そう、ちょうどこんな風に。

「おーい、ハル、久しぶりに川でもいこうぜ」

「川いくべ、川」


 あれから十数年経って、地面をリズミカルに蹴っていた駆け足も、風鈴を圧するほどの勢いも失せてはいたが。

「まだ寝てるんだべか」

「相当飲んでたからな。こっそり起こしにいこうぜ」

 中庭の縁側で、ミシと鳴った。今日は二人一緒のようだ。

「まだわかんねぇのか。この家の敷地に入ったときから感じてたぞ」

「なんだよ、起きてたのか」

 さも残念そうに。起こしにきたんじゃねぇのかよ。

「今起きたとこだよ。暑くて寝てらんねぇ」

「ならちょうどよかった」

 二人は堂々と床を踏み鳴らして居間までやってくる。

 テーブルを囲むように腰をおろしながら、あっちゃんがたくあんの漬物を二切れつまんだ。コリコリといい音がする。

「んだ。早くいくべ」

 家は蝉たちに包囲されていた。ミンミンニイニイできる限りの声をはる。それが彼らの婚活であるなど、いちいち考えたりしない。

 包囲されているというより、すでに一斉射撃を受けているようだ。彼らの鳴き声は、そのまま暑い夏を語る。

「川って、おまえらな。このクソ暑いのに外で遊ぶのかよ」

「あついから川だろうが、なぁ」

「あったりめぇだ。クソ寒い冬の川に入るバカはいねぇべ」

「真冬の川に飛び込むなんざ、お笑い芸人くらいだ。あ」

「なんだその『あ、言っちゃった』みたいな顔は」

「ついうっかり」

 よくもまぁ抜け抜けと。

「飛び込んだよ、真冬の川に。おまえらも一度やってみろ。あれはあれでなかなかいいもんだぜ」

「おいらも一回車で飛び込んだ」

「おまえ、いつか死ぬぞ」

 そんな冬の川での出来事を思い浮かべると、じわっと全身を汗が包んだ。

「いくべ。ハルはそのカッコでいいんか」

 白のティーシャツにハーフパンツ。帰ってきて着替えた記憶がないような、あるような。

「ちょっと顔だけ洗ってくる」

「じゃあ茶でも飲んで待ってらぁ」

あっちゃんがそう言うと、二人はズカズカと台所へと向かったようだ。勝手知ったる人の家。全く本当に、この二人はいつまで経っても。


「おい、歩くのかよ」

「は? 川すぐそこだぜ。そんなことも忘れたのか」

「いや、覚えてっけど……」

 蝉の声だけではない。真夏の太陽に熱せられ、道脇の雑草が呻き声をあげる。そんな「何か」が聞こえているような。

「ハル、もうばてたのか」

「もうすっかり都会の人間だべ」

 うるせぇ。そう反論する気力もなかった。ビーサンがペタペタずるずる。

 実際、家から五分と歩いていない。なのにこのざまだ。東京の不愉快な暑さに比べれば、こっちのはずいぶんと素直だろう。東京で生きることに比べれば……。

 これが「夏」なのか。「夏」とはこういうもんだった? 

 そんな思いを抱きかけた。あいつらが言った通り、

 ――俺はもう、こっちの人間じゃなくなったか。

「おい! どこまでいくんだよ!」

 気力体力と同様、ガクンと視線を落として路肩の石を数えるように歩いていた、声に反応して前を向いた、そこに二人はいない。


「おーい、大丈夫け?」

 ゲコのものと思われた声に引っ張られ顔を向けると、二人は既に芝生の土手を下って川の岸に立っていた。

「別に俺らは構わんけど、どこだって」

 口ではそう言いながら、二人はとっとと靴と靴下を脱ぎ、つなぎの足を膝までまくって川に足を踏み入れていた。

 その様を一瞬見下ろしてから、ゆっくり川へと降りていった。ふと沸いた苛立ちは、すぐに川の水に流した。


 流れたのは一瞬の「苛立ち」だけではなかったらしい。そこから転がるように土手を降りると、ビーサンのまま川に飛び込んだ。

「ダァー、死んだわマジで」

 ハーパンビーサンでつなぎに遅れをとるわけにはいかん! とばかり、水と戯れ、二人と戯れた。


 川を吹き渡る風が今日ほど心地いいと思ったことは今までなかったろう。あるいはとっくの昔に忘れてしまったのか。

 家に一人残され、そこに現れた二人の男の子たちと一緒に遊んでいた頃は、どうだったんだろう、こんなに気持ちよかったんだろうか。

 あっちゃんとゲコと離れ、悪い仲間とつるんで家にろくすっぽ帰らなかった高校時代。

 あの頃もこんな風に河原で寝そべってぼんやり時間を過ごしたことがあったけど、あの頃はどうだったんだろう……。

 もう、どこか遠い昔のことのように、今の自分とは別の人間のことのように……。

「おまえらさ、楽しいか?」

 桜の木陰が土手の上を川に向かって伸びている。大きな梢の影に男三人、並んで寝そべっている。

「あ? なにが?」

「いや、ここにいて、毎日楽しいのか?」

 多少の皮肉はこもっていたろう。暑さで自制心も緩みがちではあったにしても。

「楽しいってば楽しいし、辛いってば辛いし。でも、そんなのどこにいても同じだろ。生きてりゃ楽しいこともあるし辛いことだってある、だろ?」

 あっちゃんは大人だ。川では三人のおっさんに代わって数人の子供たちがバシャバシャやっていた。

「まぁな。そうなんだけどさ」

「言いたいことがあるなら言っちまえよ」

 とは聞き返さない。歯切れの悪さが重さを醸す。気づかないあっちゃんではない。ゲコもちゃっかり黙ってやがる。いつも適当なことばっかり言うくせに、変に空気を読む。

 言いたいことならあったさ。だからと言って軽々しく言える言葉ではない気がした。友達だからこそ言えない。


「もう十二時なるな、ゲコ」

「……ん? ああ、もう時間?」

「おう、そろそろ戻ろうぜ。おい、おまえよだれ、草ついってっぞ」

 静かだと思ったら、ゲコのやつ、眠っていやがった。寝惚けた顔を見て、体を起こしたあっちゃんが声を出して笑った。

「もう仕事か」

「自営業だからちったぁ時間の融通がきくんだけどよ、そろそろ戻らないと、親父に怒られっちまうからな」

「俺はこれから買い物だ。修理に使う部品が足んなくてよ。ちょっとふもとまでいってこねぇと」

「そうか。悪いな、わざわざ抜けてきてもらって」

 自然に出た言葉。言われるまでもなく気色悪い。

「なんだよ、気持ちわりぃ。どうせ暑くて仕事どころじゃねぇけどな」

 そんな言葉が嬉しくて、ちょっと緩んだ。三人とも上半身を起こしている。

「飯でも食いにいこうと思ったんだけど、どうする?」

「あ」

「いいべいいべ、また夜会うんだし。日に何度も見る顔じゃねぇって」

「おめぇな」

「だな。こんな冴えねぇツラ見ながらじゃ、折角の飯がまずくなるぜ。つうことで、ここらで解散かい」

「おい、いくっつってんだろうが」

「うっせぇ。いかねぇってんだろう。家になんかあるだろうが。家で食え、家で」

「冷蔵庫に卵がいっぺ入ってた。それでもかけて食っとけや」

「なんでお前がそんなこと知ってんだよ。おい、いこうぜ」

「ゲコ、家まで頼むよ。ハルはどうする? まだいるか?」

 言いながら、二人が立ち上がる。

「いや、だからよ」

「まあいいや、まだいろわ。俺ら先に帰っから。いつまでこっちにいんだっけ?」

「え? 明日の昼ころ帰る予定だけど」

「そっか、じゃあまた夜いくからよ。それまで休んどけや」

「ちゃんとシコシコ抜いとけや」

「じゃあな」「じゃあな」

 土手を登り、二人はさっききた道を戻っていった。その後ろ姿を少し見送って、再び横になった


 口では「いく」などと言っておきながら、結局立ち上がることはなかった。


 会話を苦々しく振り返った。食欲などない。ムカムカと、胃液が逆流してくるようだ。「あ」と言葉に詰まった後の自分の発言は二日酔い以上に気持ち悪かった。

 ――変わっちまったな……。

 二人に絶妙な気の遣わせ方をさしてしまった……。

 三人、家が隣同士というわけではないしそれほど近いわけでもない。もっと近くに他の同級生もいたが、物心ついた頃には三人でいつも遊んでいた。

 親同士が親しくて家族ぐるみで付き合っていたというのが大きな要因なんだろうが、それでも他の近所の子どもたちではなく、ほとんど常にあの二人と遊んでいたということは、子どもなりに馬が合ったんだろう。


 小学校中学校は町に一つずつしかなかったためにずっと一緒だった。いつも一緒に遊んでいた。

 中学のときはみんな違う部活に所属し、それでも帰りは一緒に帰ってきていた。

 高校で別々になると、一人はちょっと道を外れたが、実家には連絡しなくても二人には必ず居場所を教えた。

 高校卒業、一人は町を飛び出して東京に出た。二人とも「がんばれよ」といって送り出してくれた。

 東京に出ると、驚くほど連絡をすることがなくなった。それどころではなかった。

 あっという間に時間が過ぎていき、日々暮らしていくことに必死で故郷と友人に思いを馳せる余裕もなかった。

 何度か引越しを繰り返すうち、昔の思い出と一緒に二人の連絡先を書いたメモもなくしてしまった。どこにあるか、忘れた。


 漸くある程度人生の方向性が決まり、経済的に楽ではなかったが、それでも心に若干の余裕が生まれたのが東京に出て八年目九年目。

 仕事も徐々に増えていき、それなりに芸能界でのやりかたもわかってきた。漸く、両親に連絡を取ることができた。

 これで帰れる。昔の仲間たちとまた会える、遊べる!

そんな喜びはなかった。

 全てが遠かった。距離だけでなく、思い出も、友情も。全てが遠い昔、今の自分とは非連続な別の世界の出来事のように。


 自分はもうあの頃の自分ではない。

 東京で、芸能界で生きてきた、あんな山奥で暢気に暮らしている人間とは、もう違う種類の人間になった。

 あいつらはいい友達だったが、住んでる世界が違ってしまった。もちろん親友だ、だけど、あいつらと共有できるものが、果たしてこれから先にあるだろうか。

 それでも、故郷に錦を飾るという意味で、そろそろ昔のダチに会ってみるのもいいかな、くらいに考えていた。

 もしくは、俗に言うテレビ的な言葉を使えば、東京でビッグになっても「俺は昔のままの俺で、地元に帰ってくれば昔と同じように仲間と遊ぶんだ、でも忙しくて滅多に帰ってこれないんだけど、ホントは昔みたいにバカやりたいんだ」とか。そんなテレビ番組でコメントするとしたら。


 要するに、光輝いている自分を見せびらかしたかったんだ。

 川では子供たちの楽しげな声が、水飛沫と一緒に弾けて太陽の光に煌いていた。

「そっちそっち、シゲ、そっちいった! 捕まえろ!」

「わかってるって、ちょっと黙っててよ、魚が逃げちゃうだろ」

「シゲ、シゲ!」

 ……。

 目を開けば、夏、元気な子供たちが聞こえてくる。

 目を閉じれば、夏? 

 子供たちは遠くなり、暗闇の中に何かが膨らんでいく。東京での生活、事務所、相方、芸能界、彼女……。不安、迷い、恐れ。

 十四年という歳月の重さがのしかかってきた。初めてと言っていい。頭の先にある桜の木が倒れてきたかのような重さ。

 ――俺は、もう帰ってくるべきではないのかもしれない。

 自分に言い聞かせるように、ゆっくりと頭の中にその言葉を流した。

 落ち着いて、桜の木をどけようとした、というか、その言葉で桜の木を消せると思った。

 消えないようだ。

 空は青く、雲は白い。

 半年ほど前にいった沖縄の青空とは、まるで違うものだ。

 もちろん東京とも。

 沖縄の空はきれいだった。南国の、突き抜けるような空と、そして海。

 こっちにゃ海はないが、空も、沖縄と比べるとなんだか濁っているような。

 沖縄、またいってみたい、何度でも。この空は、なんか退屈で……。

 いつの間にか、子供たちの声がやんでいた。

 重たい体をやっと起こして川を見下ろす。シゲとその仲間たちの姿はなくなっていた。

 それでも静寂とはほど遠い。この雑多な、煩雑な感じ。東京の賑わいとは似ても似つかない。

 ぼんやりと眺めていると、何かがパッと閃いた、瞬間。

 ウウウウウーーーーー。

 空が鳴った。空襲警報ならぬ、お昼のサイレン。懐かしさと可笑しさでにやけた。

「腹減ったなぁ」

 沖縄ではマングースの被り物を着てハブと戦った。腕を噛まれたときは死んだと思った。被り物の腕だったから、それは危ない笑いに変わったが。

「なにしにきたんだんべ」

 確かに、みんなちやほやしてくれる。親友だった、なんでも言い合えると思っていた二人さえ、なんだか気を遣ってくれている……。

 まるで自分が望んだ状況になっている。はずなのに、この胸のつかえはなんだろう。

 ――ここはもう自分のいるべき場所では……。

 心の中で繰り返してみても、心に刺さった桜の枝は抜けない。

 すっきりするどころか、なに、この寂しさ、のようなものは?

 おもむろに立ち上がる。

 桜の影を出て、直射日光を浴びようかという瞬間、ふっと辺りが暗くなる。

 見上げると、大きな雲が太陽を隠していた。

 どわっと、夏の音、音音音に襲われた。

 その場でぐるっと一回り。

 一周回って時代が変わるわけもない。川の流れをちょっと眺めて、ふらふらと歩き始めた。

 さっき感じた寂しさ、不安さえも暑さに解けて蒸発していくようだ。

 自然のパワーの前に、己の小ささ、無力さ、だらしのなさと弱さを痛感した。己の小ささ……。股間に目をやる。

「そんなに小さくねぇし。下ネタかよ」

 言って一人でにやけた。だいぶやられているようだ。

 それでも、言うべきことは言わねばなるまい。いや、言ったほうがいい。

 二人に、言っておこうと思った。

 捨てるのはいいが、捨てられるのは、ご免だ。

ビーサンをズルズルさせて、家への道をよろよろと戻っていく。


 ふらふら帰ると、みんな両親も祖父も戻っていた。昼、父親と同じ卓を囲みながら、どことなく気まずい。会話がない。

 ――昔っからこんなもんだったかな。

 電話ではもっと話をするのに、面と向かうと、なんかしゃべりづらい。

 母親も黙ってもぐもぐしている。多分、この辺の変な感じもわかっているだろうに、この人は、やはりできている。

「おまえ、最近太ってきたんべ。腹、ちょっとメタボみたくみえるぞ」

 口火を切ったのは、親父の方だった。

 最近太ってきたって、まるでちょくちょく会ってるみたいに……。昨日はほとんど顔を合わせていない。実質、十四年ぶりの息子に言った最初の言葉が、「メタボ」たぁ……。

「親父は、少しやせたんじゃ」

 細くなったように見えた、思い出の中の「親父」より。真っ黒に日焼けして、皺もくっきり。

 こんなに皺々だったかな。横顔をちらちら。

「栄養吸い取られてるみてぇだろ、向こうはよく肥えて」

 男二人の視線が母親に集まる。

 というか、視線を引き寄せる何か、殺気というか迫力、オーラを、この女性は発している。三人の中で最も迫力のある体型をした……。

「なんか言った?」

 明らかに息子が睨まれた。でき過ぎた。心を読まれるとは。

 笑い声が出たわけでもない。その後も会話が飛び交ったということもない。ぽつりぽつり、おかずをつまむように言葉を発した。

 それでも何か満ちていた。

 自分も大人になったのだ。十四年という歳月は、まんざら不味いばかりでもなかった。それに気づいたことが素直に嬉しかった。


 西の空に見事な入道雲が立つ。夕方、縁側から空を見ていた。蒸し暑い中に、

「ザザァ!」

 突然バケツをひっくり返したような雨が降る。みんなは畑に出ている。

 心配がないではないが、胸がざわつくようなことはない。

 凄まじい雨に辺りが真っ白になって間髪入れずにドドンと空気が痺れる。

 稲光が黒雲を縦横に走り、幾筋も地面に突き立った。

 シェンロンが出てくるときは恐らくこんな感じに違いない。今日の勢いだと、本場のデカイほうが出くるだろう。


 屋根に穴を明けるほどの雨音に包まれて。

 懐かしかった。

 東京だって夕立はある。それこそこの時期はしょっちゅうゴロゴロピカピカやってる。ゲリラ豪雨ってやつ。あっちでの大雨の恐ろしさは実際に体験したものでなければ理解はできまい。

 あっちでは、夕立はじっくり眺めるようなものじゃない。

 同じ夕立なのに、田舎と東京で違う見え方感じ方をするのか?

 同じ夕立を? 

 そうではなく、それは別のものだ。

 田舎の夕立と東京の夕立は、全然別のもの。

 こっちでは、どんなに雨が降ったって町が沈むようなことはないから。

 親たちは心配ない。ここの人たちは昔から、上手に付き合っているのだ。都会の人間みたく、困り果てて空を睨み付けるようなこと――。

 目が眩んだ。まるで時間が止まったか、あるいは天国の入り口に立ったか。

 ドドドォォォーン……。

 やりきった、どや見たか、という余韻が辺りに響いた。

 意識が現世に戻ってきたとき、自分の体はうつ伏せに寝ていた。偉いもんで、咄嗟に伏せたらしい。

 とんでもなく近い場所に落ちたのか。扇風機も止まってしまった。

 扇風機はすぐに動き出した。

 十五分ほどで、雷雲は頭の上を通り過ぎていく。雨も小降りになり、じきにやんだ。

 蝉や鳥たちの声が戻ってくる。雲の隙間からのぞく磨かれたような空色は既に濃さを増していた。

 西の空が朱に染まる。桃色の雲が町の上を足早に流れ流れる。鮮やかな藍色が、焼けを山の向こうに追い落とす。

 二人が迎えにきたのは、それから更に三十分ほど経ったころだった。


「ハル、じゃあ今日も最初に、一発」

 あっちゃんの仕切りで会が始まる。

 面子は昨日とほとんど変わっていまい。今日見えない顔と、今日見える顔と、あるようであるが、わかるわけがない。

「ただいまご紹介に預かりました、わたくし……、元気ですかっ! 元気があればなんでもできるっ!」

 乾杯までに生中で三杯は飲んでいる。「古い」という誰かの声など。

「誰だ、今古いとか言ったやつ、立てこの野郎っ! えー、今古い言ったやつ、言ったヤツの中の言ったヤツ、出てこいやぁ!」

 クスクスという、苦笑いにも似た笑い。

 突然の猪木から突発的に高田延彦へ。近いようで遠い。あたかも6チャンと8チャンくらい大きな違いだ。

 さらにそこから「ペリィです、港を開けてください」と片言の日本語でペリーの物真似パクリをするにいたって、激しい笑い声が一人分上がって、すぐに静まりかえった。

 店内に携帯の着信音が響いた。あ、もしもし。

「でんのかよ! 乾杯!」

 かんぱーい! 直後に、室内の温度が二度は上がったに違いない。


 お笑い芸人と飲める! と言ったって主役のもとにワッと集まってくるようなことはない。

 結局、テーブルごとに飲んで、しかも、主役がいようがいまいが盛り上がっている。

 主役はといえば、機嫌がいいのか、疲れがアルコールに刺激されて超テンション上がっているのか、楽しくて仕方がない。

 自らテーブルを巡り、面識のある人よくわからん人、間に割り込んで肩組んで、酒を飲んで、笑った。

「ねぇ、シャカリキの二人と遊んだことある? わたし、テルがちょー好きなんだけど」

「たまに飯食ったり、飲んだりするけど、テルね、めちゃめちゃ遊び人だよ。ぶっちゃけ、女絡みではあんまりいい話聞かないね。一晩で何人とやったとか、遊び用の携帯持ってるとか言ってたかな」

 と、人気芸人を落とすことは忘れない。そんなテーブルはさっさと離れる。

「ハル、おまえ、さきんこと付き合ってたんだろ? 今どうなってっか知ってっか?」

 さきんこ、我孫子佐紀(あびこ さき)。中学の同級生で学校のアイドルだった。で、聞いてきたのが萩原修。

「ムーさん、それ昨日も聞いたよ」

「え、そうだっけ?」

「今大阪にいんだろ? なんだっけ、アレと結婚して」

「そうだよ。アレ? なんだよ、知らねんきゃ。やっぱりなぁ。アレだよアレ」

 どれだよ。

「しょうさまん、そう、しょうさまん」

「ああ、商社マンね」

「そ、しょうさまん。大阪にいって、全然帰ってきやしねぇ」

 昭和のボケだな。なにいうとんねん! さきんこに愛を込めて。大阪風突っ込み。

「遠いからな、大阪は」

「全く、どいつもこいつも出ていったきり帰ってきやしねぇ」

「俺は帰ってきただろ?」

「おめぇはよ、おめぇはよ、おめぇはホントにがんばってからよ、応援してっから、ハル、な、応援してっからよ、ホントに……」

 泣き出した。昨日と全く同じだ。テンドンだな。トーク番組で使えるかも。

 クラスは一学年一クラス、二十人ちょっと。その中でここにきてるのが半分くらい。

 他に親しく遊んでいた先輩後輩がきて、総勢二十人ほどか。短くても十四年、みんなの顔を見ていない。

 それでも、顔を見ると名前やあだ名が自然に出てくるのは不思議だった。

 その不思議さが、ハイテンションに油を注いだことは否定できない。

 自分の席に戻ってくると、「ふう」とわざとらしく息を漏らした。

 どうした、疲れたか、というあっちゃんの言葉に対し、「いや」と言ったきり、言葉は続かない。

 全員となんらか言葉を交わしただろう。疲れた、少し眠いのか。

 酔いもちょっとさめてきた。

 テンションが一気に落ちていく。高所から飛び「落ちていく」バンジージャンプ直前の自分の横顔とかぶったのは単なる偶然だ。

 何をはしゃいでやがる、この偽善野郎、周りに合わせて媚びた笑顔振りまいてんじゃねぇぞ。

 彼らの表情は、楽しそうだった。

 いや、実際愚痴も聞かされた。楽しいばかりではない。しかし、

 ――俺ほど苦しんだ人間は、いない。

 誰も彼も、今の自分に対して憧れのようなことを言う。「この町から芸能人が出るなんて、しかも俺らの友だちなんて」

「頑張ってくれ、応援してる」

「おいしい思いしやがって、今度東京遊びいくから、そんときは」

「俺も東京でっかな」

とかとか。

 本心ぶちあけろ、みんなドン引きするぜ。

 両肘をテーブルにつき、掌を組んでそこに額をのせて目を瞑った。

 明るい店の照明を嫌う、濁った思いのその表面に浮いているのは「彼ら」の思いか。

 さきんこは、もう帰ってこないだろう。

 盆と正月、連休に旅行がてら帰省することはあっても、こっちに住むことはあるまい。

 彼女は可愛い子だった。十四年という歳月は、彼女をさらに美しい女性に変えていることだろう。

 大阪にはたまにいく。いったら連絡してみようか。しょうさまんかなんだか知らないけど、会えばどうにかなっちゃうかも……。


 出ていった人間が帰ってくるのは二通りだ。

 「勝者」として自分を見せびらかしにくるか、それか「負け犬」として逃げ帰ってくるか。

 自分はまだ「勝ち組」なんかじゃない、確かに、ちょっと調子乗ってる。

 でも別にここが嫌いになったわけじゃない。ただ、自分の生きる世界はここじゃない。

 芸人仲間が言ってた。久しぶりに帰省して東京に戻ってくるとき、

「じゃあ、もう帰るから」

 と何の気なしに言ったら、

「帰るなんて言わないでおくれよ、あんたの家はここじゃないか」

 と、母親が少し寂しそうに笑いながら言ったそうだ。

 自分もそうだ。頭の中にははっきりと向こうに「帰る」という意識がある。

 それは悪いことじゃない。

 中途半端な意識では、戦っていくことなんかできない。

 あそこで勝つことなんて、できねぇ。

「おい、なに難しい顔して飲んでんだよ」

「え?」

 あっちゃんに声をかけられ、なぜか、驚いた。

「仕事のことでも考えてたのか?」

「いや……、まぁな」

「ハルはすっかり向こうの人間だべ」

 お馴染みの二人に挟まれた。なぜだろう、少し窮屈な気がした。

「そんなことねぇけどよ。ただ明日の今ごろはもう向こうにいるんだなぁ、と思って」

「仕事のことなんか忘れちまえ」

「いやそれは」

「そういう訳にもいかねぇか。厳しい世界なんだろ、芸能界ってヤツァ」

 あっちゃんが少し熱っぽい、酒が回ってきているらしい。その熱にあてられたわけでもないだろうが。

「ぼけっとしてるとあっという間に置いてかれちまう。実力だけじゃない、なんつうか、運つうか、勢い、タイミングみたいなもんもあるから。なんであの人が、って思ってるような人が全然出ていけない。すっげー面白いのに。そして辞めていく。厳しいとかなんとかより、理不尽な世界だよ」

 やはり熱にあてられた。逆に、熱に触れて酒がさめてしまったか。

「それでもよ、そこでちゃんと生きてる人間が俺たちの同級生だってんだからな。俺ももちろんだけどよ、みんな期待してっからさ」

 肩に置かれたあっちゃんとゲコの掌が重かった。そろそろ終わるか、あっちゃんが呟いた。

「みんな、今日はここらへんで終わりにすべぇ」

 大きな声が店内に響き、ざわつきは徐々におさまっていった。

 どこかのテーブルで燃え残りのような笑い声が控えめにあがった。すぐにおさまる。

 あっちゃんが「じゃ」と言いかけた。

「ハル、なんか面白いことやってくれよ」

「おまえがやれよ」

 突っ込みの条件反射で言葉が出ていた。

 その言葉は「突っ込み」などという多少とも洗練されたものでは全くなかった。

 炸裂した理性の箍を締めなおす「もう一人の自分」はいない。

「なに?」

「おめぇがやってみろっつんだよ。こんなとこでできるわけねぇだろ」

 相手はわかっていた。高校のときの先輩だ。当時からガラの悪い人間だった。話をしたはずだが、何を話したか、記憶にはない。この金髪とうもろこし野郎。

「なんだてめぇ」

「まあまあ、先輩ちょっと落ち着いて。こいつもちょっと酔っ払ってるみたいだから。ハル、もうちょい大人しくしてろって。今終わりにすっから」

「うるせぇな、誰だおめぇ、なに仕切ってんだよ」

 この金髪は昨日もいた。

 昨日も今日も、あっちゃんが仕切っているのをさんざん見てるだろうが。

「すんませんね、もう終わりにするんで、ておい、ハル、やめろ」

 歩き出していた。

 歩きながら、あっちゃんの声に軽く右手を上げた。

 そんなに広い店じゃない。通り道にある足をガツガツ蹴っ飛ばしながら、その先輩を見下ろす場所まできた。

「ハル! おい!」

「謝れ。あっちゃんに謝れ」

「うっせぇな。てめぇ調子乗ってんじゃねぇぞ」

 男が立ち上がりかけたのを隣が抑えた。

 とうもろこしのいきんでる表情、隣の人の手につながれている様子、滑稽だ。

「あんたが謝ったら、なんでもしてやるよ。面白いことしてやるよ。いや、じゃあ、俺が先に面白いことすっから、そしたらあんたも謝ってくださいよ。ちょっと目つぶって」

 嫌そうな顔ながらパツキンは素直に目を閉じた。

 素直に目を瞑ったパツキンの、意外にもあどけない顔を見て、鼻で笑ってしまった。

 テーブルに載っているビールの中ビンを両手に持って、男の頭にかけた。

「コント、ビールかけ」

「ぶあっ! てめぇ、ぶっ殺すぞ!」

 かかってきたもろこし野郎を迎え撃とうとしたが、体が動かない。

「放せ!」

 顔面に飛んできたパンチは辛うじてかわしたが、ボディの一発はかわせなかった。

 間に飛び込んできた人間がもろこしを押し返す、うまいこと自分の椅子に落ちた。

 再度立ち上がったもろこし野郎の足元で、土下座をしていた。

「すいません。今日のところは帰ってください。後できっちり謝りにいきますから。ほんとすいません」

 土下座をしているのは、あっちゃんだった。羽交い絞めにされている体はほとんど動かせない。

「ゲコ、放してくれ、放せ!」

 吊られるときに付けるハーネスをしているかのように、体をギリギリと締め付ける。

 もろこしと連れが席を立ち、あっちゃんを見下ろしながら三人の横を通りすぎていった。

 ――あっちゃん、なんで土下座なんかしてんだ……。

「待てや、パツキン、てめぇ!」

 ――つまらないから、俺が、頑張ってないから……。

「なんだこらぁ!」

「早くいってくれや!」

 ゲコが叫んだ。

 チッ、と舌打ちを残し、もろこし先輩はようやく店から出ていった。

「俺は、みんなの人形じゃない!」

 それでも、二十人近くがまだ残っているが、店内は、静まり返っている。

「俺は、人形じゃない」

 俺が頑張ってきたのは自分のためだ。誰かのためじゃない。他人を喜ばすためじゃない。

 頑張ったのは俺だ。

「俺だって、一生懸命やってるし、頑張ってるし。もっと頑張んなきゃいけねぇの、わかってるけど」

 いつの間にか体は自由になっていた、ゲコの体は自分の背中から離れていた。

 見えていなかった、いつの間にか、あっちゃんが目の前に、近くに立っていた。

「ハル、みんなだってそんなつもりで言ったわけじゃねぇ。誰も人形だなんて、思ってねぇって。みんなお前のこと応援したくて」

 なんでみんなに応援されなきゃいけないんだ。なんでみんな俺のことを応援してるんだ……。

「重てんだよ。はっきり言って、そういうの、うぜぇんだよ」

「ハル!」

 胸倉をつかまれると、体の力抜けた。

「俺はよ、うぜぇって言葉が大っ嫌いなんだよ!」

 音のない店内にBGMが浮き上がる。「夏の日の1993」。有線のリクエストだろうけど、懐かしいのが流れてんな。

「うぜぇなんて言わないでくれよ。みんな、おまえのこと応援してんだぜ」

「それがうぜぇっつんだよ。この十四年の俺のこと知りもしねぇじゃん。十四年間、俺がどんな思いで東京にいたか、どうやってここまできたか、わかんねぇのに!」

 勝手に土下座して、胸倉つかんでおいて、なんでそんなことを言うのか。

「わかんねぇよ、そんなの。でも、それがお前の選んだ道だんべぇが。高校んときさんざんビッグになるっつって町出てって、今んなって泣き言かよ。情けねぇ」

 そうじゃなくてさ。

「期待とか応援とか、その前に自分でやってみろってよ。山奥に引きこもってチマチマ働いて、毎日毎日同じこと繰り返してあっつう間にジジイババアか。いっぺん外出てみろっつんだよ」

「東京に出てんのがそんなに偉いんか! 町出てくんがそんなにえれんかよ!」

「親から仕事引き継いで、自分の子供にまた引き継いで、それじゃ産まれた時点でてめぇの人生決まってんじゃねぇか。こんな山に産まれたばっかりに、もっともっと楽しいことあんのに、自分のやりたいこともできずに死んでいくなんて、そんなんでいいのかよ!」

「おまえにだって俺らのことわかんのか! お前に、こっちで生きてくことがどういうことか、わかんのかよ。わかってたまるかよ!」 

「だからさ」

 そうじゃなくて。

「情けねぇよ、ハル」

 だから、情けねぇとか情けあるとか、そういうことじゃねぇって。

「お……」

 あっちゃんの「情けねぇ」は非難してるわけじゃない。

 心にズシンとくるのは、その多分にドラマじみた言葉ではないのだ。

 顔を逸らしたあっちゃんの、眼鏡の耳かけの部分こそ、心に突き刺さる。

 その場の空気と同じく張り詰めていた心臓に穴が開いた。空気が抜けていく。

 自分の足で立つと、あっちゃんとも、誰とも目を合わせることなく吐き出した。

「帰ってこなければよかった」

 その言葉にはいくつかの意味がある。少なくとも二つの感情がぶつかりあって生まれた言葉だ。

 足元がぐらつくような感覚。転がり落ちるように、店の入り口から外に出ていた。


 店から出た途端、気持ち悪くなって近くの電柱に嘔吐した。気分は最悪だった。

「飲み過ぎた」

 自分で自分に口裏合わせるように呟いた。

 夜風に吹かれて歩く。

 きれいな夜空、月は既に山の影に姿を隠してしまったらしい。

 暗い中に電灯がぽつりぽつり。

 道の脇から湧き上がる虫の音。「間を通る」というより「トンネルを抜ける」といった感じ。

 それは、己とは全く無関係にある。

 店を出てすぐ追いかけてきたゲコに送られて家まで無事に帰ってきた。

「じゃあな、おやすみ」

「ああ……、おめ、大丈夫か?」

 店を出てから、それが最初の会話だった。

「ん? 大丈夫だよ、おやすみ」

「おやすみ」

 ゲコの視線を背中に感じつつ、しかし一度も振り返ることなく家に入った。

 家の中は真っ暗だった。

 壁を手探りしながら這うように台所までいくと水を一杯あおった。トイレにいって出すものを出し、二階に上がって着替えもせず横になった。

 そのまま眠りの底に落ちてしまえばと思ったが、目を瞑ると、ぐるぐるぐるぐる回っている。

 回っている、自分の体のほうだ。

 どこまでも、落ちていくのか、昇っていくのか。「1993」も回っている。

 近しい苦い思いではなく、「夏の日」の思い出が浮かんだ。

 太陽ギラギラ、暑くて川に飛び込んだ、あの日。

 後悔はなかった。むしろさっぱりしている。

 前もって、その「宣言」をしにきたわけでないことはもちろんだ。

 言ってしまった今、言ってよかった、という感想がある。

 それを言うことこそ、この「帰省」の意味ではなかったのかとさえ感じている。

「夏の日」の思い出と「1993」が交互に浮かんでは思いを収束させていく。

 目をつむる瞼の向こうが白く光った。雷は、夕方の名残。

 半ば酒に浸った脳みそで作るイメージだ。

 明日の朝、目が覚めて恐ろしい孤独感に襲われたとき、果たしてそれに堪えられるかどうか。

 そんな不安を出したり隠したりしているうちに眠っていた。


 不快感とともに目が覚めた。

 飲んで、歩いて、汗も流さず着替えもせずに眠ったからだ。

「ズボンくらいは脱いだのか」

 ほとんど脱げかけたトランクスを見ながら呟く。そんな記憶も曖昧だ。

 不快感は生理的なものだけではない。

 飲み屋でのことが蘇る。

 最初から妙にフワフワしていた。思い返すと、やたらテンションが高い。

 張子の虎。弾ける寸前のバブル状態だ。

 弾けた直後の混乱、反発。

 そして萎んでいく感情経済。

 反動、嘔吐。そういえば、元気がない。トランクスはぺちゃんこだ。朝だというのに。

 外はすっかり明るかった。今日も既に、すっかり夏だった。

 全身を不快な汗に包まれながら、下に下りて水を飲んだ。

 そして冷蔵庫から麦茶を一杯。

「起きたかい」

「ん」

 今朝は母親がいた。だからなんだというわけでもないが。

「朝ごはんあるよ」

「ん」

 時刻は朝の八時ちょい前。

 昨日帰ってきたのが夜中の十二時過ぎだろうから、起きるにはちょうどいい時間と言えば言える。

「ちょっと散歩してくる」

「あら、そう」

 今はまだ飯をかきこめる状態ではない。

「あっちに、何時にいくの? 今日いくんだろ」

「十時過ぎには出るよ。昼頃の電車に乗りたいから」

「けっこう早いんだねぇ」

「ああ、明日から仕事だから」

「あんた、顔色悪いわよ、大丈夫かい?」

「ちょっと飲みすぎたかな。ちょっといってくらぁ」

「気をつけなよ。川なんかに落ちんじゃないよ」


 外に出る。と、暑い。

 二日酔いの頭にこの陽射しは相当きついものがある。母親の心配はまんざら的外れではない。

 思い返して気持ちが澱むということはなかった。

 むしろ、帰ってきたときは、故郷に対して「下」に見ている部分があった。

 昨日の夜までそんな気持ちがあったかもしれない。あっちゃんやゲコと遊んでいたときでさえ。

 今は、そんな気持ちはない。

 あっちゃんに向かって言ったこと、あっちゃんだけに言ったわけではないが、それは「間違い」であったとは思われない。

 本音と本音をぶつけ合った。お互いにとって、それだけでも「帰ってきた」意味はあるように思えた。

 それが寂しさをより引き立てるのかもしれない。

「成長した、大人になった」ことを実感するのが友達との喧嘩別れだったか……。

 あっちゃんとあれほど本気でぶつかりあったことはない。

「喧嘩」自体が成長の証だった。

 お互いが自分の人生にある程度自負を持っているからこその喧嘩だった。

 四、五人の子供たちが脇を走って追い越していった。

 このクソ暑いさなかに、よくあんなに走れるもんだ。自分にもあんな頃があったんだろうか。

 当然のように子どもの自分とダブっていた。

 目の前をかけていく小さい自分の背中から糸がつながっている。細い光の糸は自分とつながっている。

 ここで後ろを振り返ったわけではないが、今の自分の背中からも糸が伸びているはずだった。

 親友、仲間、後輩先輩(もろこし頭も含む)との別れが大きな孤独感にならない理由、決定的な寂しさを免れている原因がこの糸の先にある。というのはなんとも皮肉だ。

 それは自分が「今の自分」を作るために真っ先に棄てたものだったから。

 久しぶりの夏らしい夏、故郷の夏が「寒さの夏、おろおろ歩く夏」にならずに済んでいるのも「ソレ」のおかげだ。

「ふぃぃ。あっついぜよぉ」

 昨日の川原に今日もきていた。

 さっきの子供たちが、やっぱり川の中で遊んでいた。

 昨日と同じ桜の影、芝生の土手を二三歩下り、そこに腰をおろした。

 朝八時の太陽光線が降り注ぎ、周りの草木が音を立てて焦げる中で、子どもの膝丈ほどの大して深くもない川はサワサワと涼しげにせせらいでいた。

 昨日とは全く違う。

 昨日は数年前とも違っていた。次にくるときも、また違うのだろう。

 あんな風に三人で遊ぶことは、もうないのだろうか。

「そういや、ゲコがいたな」

 昨日ついてきてくれたのだな。あいつだけは、いつまでも変わらないような気がした。

 目を閉じていると、引き込まれるように眠っていた。

 はっと目が開いた。夢を見たようだ。なんだかひどく雑多な、ごった煮のような夢だった。

 友だちがいて、後輩先輩がいて、昔の彼女がいて、今の相方やなんかも出ていたような。

 夢の中の言葉は、なんだか川で遊ぶ子どもたちの叫びに似ていようで。

 携帯を見ると、八時半になるところだった。

「しまった、朝の連ドラみんの忘れた」

 上半身だけ飛び起きたが、またすぐにたドカッと背中を芝につけた。

 そして再び目を閉じた。眠りが誘うことは、なかった。

 顔の上でさえずるヒヨドリやメジロの声が、くすぐったい。子どもたちの笑い声が、くすぐったい。そんなところから手を伸ばして、くすぐらなくてもよかろうに……。


「じゃあいくから」

 時刻は十時二十分過ぎ。全身ずぶ濡れになって家に戻ってきたのが一時間ほど前。

「いつまでもバカやってないで、少しは大人になんな」

 と母に怒られた。

 着替えて朝飯かっこんで帰りの支度して、かなり慌しい朝になってしまった。

「もういくの? 駅までどうすんだい? お母さん送っていけないけど」

「バスでいくよ」

 近くのバス停からバスに乗っても、この時間なら幾らなんでも間に合うだろう。

「そう。じゃあ、またいつでも帰っておいで」

「ああ」

「あとこれ」

 母親が差し出した、一通の封筒。

「お父さんから」

「え?」

「後で開けてみな」

「ああ、どうも……」

「電車の中で開けないほうがいいよ」

「え? なんで?」

「泣いたら恥ずかしいだろ」

 そういうことは口に出すもんじゃないだろ。

「向こうにいってから開けてみな」

「ああ、わかったよ。じゃあ、いってみらぁ」

「はい、じゃあね、元気でがんばんな。またいつでも帰ってくるんだよ」

「はいよ」

「今度くるときは東京のお土産もっと持ってきとくれよ」

「おお」

「あと、キムタクのサイン、お願い」

 すぐに返事ができなかった。ある種の励ましとも取れるが、多分本心に違いない。

「お父さんには、珍しいお酒とか、つまみとか。あ、時計が欲しいとか言ってたかな」

「は?」

「時計。そんなに高いのじゃなくていいから。クイズ番組が好きだから、日曜日の夜七時にやってるやつ、それに出たらお父さん喜ぶよ」

 どんだけ息子ウェルカムなんだよ。

「あと、そうだ」

 まだなんかあんのか。

「サインにはちゃんとわたしの名前入れてもらってね。写真はちゃんと撮っておいておくれよ。スマホで動画撮れるだろ。あたしの名前言ってもらって」

 お母さん、じゃなくて、ちゃんとあたしの名前を呼んでもらうんだよ。

「じゃあ」

 いってらっしゃーい、と母親が玄関の外まで出てきて見送っていた。

 流石に道路までは出てこなかったらしい。とぼけた別れ方で、あっけにとられる内に前に向かって歩き出していた。

 それでも、東京に「帰る」とは言えなかった。

 母親のためではない。自分のためだ。

 これ以上「ここ」とのつながりが希薄になって、もしなんかあったら。

「お笑いバブル」が弾けでもしたら……。

 行き場を失い、路頭に迷い、上野公園でそこの主の「げんさん」に弟子入り、元お笑い芸人として仲間内で人気者になり、ワイドショーに出てブレイク、ホームレス芸人として第二のお笑い人生が……、「ホームレス芸人」てなんか聞いたことあるような……。

 もう一度振り返った。誰の姿もそこにはなかった。

 母は、泣いていなかった。今も、泣いてなどいないだろうか、自分は……。

 涙は心の汗という。頬を汗が伝い、ツツと首筋を流れた。

 家からバス停までは歩いて五分。そこから駅までバスで二、三十分。そのバスは一時間に一本。

 ――時間調べとけばよかったかな。間に合うよな……。

 プ、プ、とクラクションが鳴った。

 道の反対側に車が止まっている。白のマークツー。

「ゲコ」

 似合わないサングラスをかけたゲコが運転席の窓を開けて、こっちを見て笑っていた。


「ありがとよ。ちょうどよかった。出かける途中だったのか?」

「いや。朝電話してよ、おまえのおかんに聞いたんよ」

 こういうの黙ってるとか、あの人、どんだけだよ。

「そうなのか。サンキュ」

 あえて気持ちを込めずに言った。それが精一杯だった。

 窓を全開に開けてずっと外を見ていた。

 エンジン音と風の音、暫く無言の時が過ぎた。

 くるときは退屈だと思っていた緑の景色、この日もやっぱり、退屈だな。これがバスだったら、きっと違った感じになっていたろう。

「俺じゃねぇべ」

「ん?」

 ぼそっとゲコが言った。

 なんのことか、最初はわからなかった。

「おめぇんち電話したのは俺じゃね、あっちゃんだ」

「……」

「あっちゃんから朝俺んちにも電話があって、このくらいにうち出るから、できたら送ってやってくれって」

「……」

 言葉がなかった。

「俺もそのつもりで朝から準備してたんだけどな、いつでも出れるように。ただ、ちょうど親父が出てて車黙って借りてきたっけ、帰ったら怒られるべな」

「……」

「どうした、ハル。おめ、まさか泣いてるんか?」

「ばっ、何言ってんだ、飲みすぎで、ちょっと頭がいてんだよ」

 実際泣いてはいなかった。

 が、ゲコの顔を見たら泣いてしまう、そんな気がして振り向くことはできなかった。

「大丈夫、ハルのやつが最後に泣いてたなんて、誰にも言わねぇって」

「泣いてねぇって言ってるべ」

 ほんとに泣いてない! しかし、明日には「ハル泣いた」として町中に広まっているに違いない。

 ――それも悪くない。

 ゲコがみんなに吹いて回るのを想像した。

 十四年分の夏休みが、もう終わろうとしていた。


 三十分ほど電車に乗れば途中の駅で新幹線に乗り換えることはできた。出る前はそれも考えていた。

 が、乗り換えることはしなかった。

 あの寂れた無人駅につながるレールの上でもう少しのんびり揺られていたい、そんな感傷があったのかもしれない。

 窓の外は変わらずの緑、緑。山や林、畑、田圃の間を抜けて、川を渡って、まばらな民家の屋根を飛び越えて。

 途中、母親に渡された手紙を読もうかと思って手に取ってみた。

 手に持ったまま二、三分、じっと見つめてみたり裏返してみたり、結局開けずにしまった。

 再び窓の外に目をやると、東の空に入道雲が膨れ上がっていた。太陽に照らされ、大きく育った入道雲が目に痛いほど白く輝いていた。

 山沿いでは夕方から雨になる。朝の天気予報でそう言っていたのをふっと思い出した。


 スマホに「車窓から」の景色を、心の中でナレーション入れながら録画していると、ゲコがいきなり話し始めた。

「ハルは知らねぇか、おめぇが高校卒業して東京出ていって、その年はめちゃくちゃ天候が不順で、農家の家は大打撃受けた」

 知らなかった。そんな話をされても、「それがどうした」くらいにしか思わなかっただろう、昨日までなら。

 ゲコが昨日の飲み屋でのことに関連して何か話したいのだということを、不快な思いなく理解した。

 普段のふざけたことを言うときと真面目な話をするときと、ちょっとした雰囲気や話し方の違いで瞬時に相手に悟らせる。ある意味、トークの天才かもしれない。

「おめぇんちの近くによ、赤城ってうちがあったろう、俺らのいっこ下にまさおってのがいたんだけどよ。おぼえってっか?」

「ああ、憶えてるよ」

赤城のまさお。中学校くらいまではよく遊んでた。「ハル、ハル」言っていつも後にくっついてた。

「その年の暮れによ、そのまさおの親父が包丁振り回して家族刺そうとしたことがあったんだ」

「な!」

 なんだそりゃ!

「それも知らなかったか。まぁ、無理心中だ。叫び声聞いて近所のもんが駆けつけたときには母親が血まみれで倒れてた。その母親と弟庇うようにまさおが親父の前に立っててよ、親父は血の付いた包丁持って突っ立ってた。向かい合ってたんだ。他のもんがきて余計に興奮したんだべ。いきなり包丁振り回し始めてよ、まさおたちに襲いかかった。それを取り押さえたのがおめぇの親父だ」

「ほんとかよ。だっておまえ、まさおの親父っつったら、めちゃめちゃ真面目で人がよくって、大人しい人だったろうが……。全然知らなかった。親父もオカンも何も言ってなかったぞ」

 ふと思い出したことがあった。まさおの家について。

 まさおの祖父は好奇心旺盛というか、野心家というか。さまざまな作物に手を出した。

 当時まだほとんど普及していない珍しい野菜の種や苗を仕入れてきては挑戦し、そして失敗した。

 借金を膨らませるだけ膨らませて、コロッとあの世へ旅立った。

 残された家族の苦労は大変なものだった。周りもできる限りのことをしようとした。

 食べ物を分けたり、お金を貸したりもしたが、実際どれほどの助けになったのだろう。

「大人たちは、真面目過ぎたのが逆に仇んなったんじゃねぇかっつってたけど。警察に捕まってそのままどっかの施設に入れられたっつう話だけどよ、それっきり帰ってこねぇ」

 衝撃的すぎる話だった。

「まさおたちは。その、母親と兄弟は」

「母親も命に別状はなかった。まさおと弟は軽くて済んだ。でも、まさおたちは母方の親戚に預けられて、母親も傷がよくなったところでその親戚の方にいっちまった。家はすぐに取り壊されて今は空き地になってる。気づかなかったか? 昨日川いったべ。あのちょっと先だ」

「気づかなかったな……」

 そんな話、思いよるわけがない。

「後にも先にも、あんな血なまぐせぇ話はあれっきりだけどな」

 二度も三度もあっていい話ではない。

 その光景を思い描いてみた。

 この町に、なんて不似合いな映像だろう。そんなの、まるで横溝正史の世界……。

「ハルの親父さんもよ、それまではでっけぇ声でお前の悪口言ってたっけ、それ以来聞かなくなった」

「そ……」

 言葉はすぐに行き場を失う。映像の中の人間の、誰一人にかける言葉は見つからない。そうなる前に、なんとかならなかったのか、と……。

「ハルの親父だけじゃね。みんな大人しくなっちまった。あんときゃ町全部暗くてよ、暮れも正月もあったもんじゃなかったべな」

 ただでさえ薄暗い冬が一層暗くなる。そのまま町全体が窒息してしまうかのごとく。

「まさお……」

 小学生のまさお。人のいいおじさんと優しいおばさん、いつも兄貴と一緒に遊んでいた弟。

 死んじまったわけじゃない、でも、もう二度と会えない……。

 ――そうか、あの川で遊んでた子ども、妙に懐かしいと思ったら、まさおだったのか……。

 太陽が町を白く焼いている。

 真っ黒に日焼けした草木が光を反射して、田舎道を走る白いマークツーの助手席に向かって光の粒をぶつけていた。


 さっきまで眼前にそびえていた山が大分遠い。

 線路沿いに大きなショッピングモールが姿を現す。

 まだまだ東京から離れてはいるものの、緑が徐々に少なくなってきていた。

 ガタン、目の前が暗くなると電車の線路を踏む音が一際大きくなる。トンネルに入った。

 黒く塗り潰された窓ガラスに映る顔。

 それはもちろん自分の顔であろう。

 ――みんなに謝らなければならない。

「みんな」の先頭にいるのはもちろん眼鏡の男だ。大きな借りができちまった。

 いくときはどんな顔をしていたろう。

 暗闇に自分の顔を浮かべるなどしてこなかった気がする。

 光の先に浮かべてみても、闇に彫り付けるようなことは、してこなかった気がする。恐くてできなかったような気がする。

 今だって、顔の造作が変わるわけはないが、向かい合い、受け入れることはできているようだ。


「おめの言ったとおりだ」

「なにが」

「町のみんながやりたくてもできないこと、ハルに乗っけて応援してるんだ」

 すまんと言いかけた。

 当然だ。だって、それが「俺たちの仕事」じゃねぇか。

「確かに情ねぇな。みんなのそういう気持ちを『うぜぇ』なんて言っちまってな」

 反省しきり。応援してくれる「ファン」の声を素直に汲めないとは。一人でも多くの人から「応援される」ことが。

「応援される」ことこそが、仕事なのに。

 返す返すも、情けない、醜態を晒した。酒が入っていたとはいえ。ゲコの横顔がニッと緩んだ。

「今朝、あっちゃんから電話きたとき、あっちゃん後悔してたべ。ハルの気持ちを受け止めてやれなかったっって。あいつの『コテージ』になれなかったって」

 コテージて……。FFか!

「いっつもいっつも心配してる。一番心配してるのはあっちゃんだ」

 妙に納得がいった。誰よりも心配し、誰よりも願っていてくれたに違いない。

「まだ続けるんだべ、芸人」

「当たり前だろうが」

 危うく詰まるとこだった。とぼけた顔してこの男は。

 しかし、言わせられた、このことが、自分の覚悟を再確認し、綻びを修復する「のり」になる。

 あるいは、一歩を踏み出す「バネ」になる。

 あっちゃんとその向こうにいるみんな、町の連中に投げつける。

 ――もう二度と「うぜぇ」なんて言わねぇ!

 重たい思いを力に換えて、それをまた吐き出して、みんなをもっと笑わせる。そう、みんなに喜んでもらいたいんだ。

「まさおも見てっかな」

 人懐っこい笑顔がふっと浮かんだ。それはいつまでも「小学生のまさお」のままだ。

「あたりめぇだ。おまえのこと誰よりも慕ってたんはまさおだ。きっとおかんと弟と一緒に見て大爆笑してんだろ」

「そうかな」

 ――だと、いいんだけどな……。

 いつか絶対まさおに会いにいく。密かに誓った。


 トンネルを抜けると、景色にグッと彩りが増した。建物が増えて賑やかになった。

 陽射しを受けてカラフルな家の屋根がキラキラと輝いてた。

 自転車に乗るおっちゃん、子どもの手を引いて歩くお母ちゃん、日傘をさして歩くおばちゃん。

 在来線の各駅停車とはいえ、すれ違う人々をあっという間に置き去りにしていく。

 過去から現在へ、まるでタイムトリップしているかのように。

 空が、だんだんせり下がってくるようだ。

 空気の密度も重くなり内臓が圧迫される。電車に乗ってる人も多くなる。戦地に赴く兵隊か……。

 実家の周りは山ばかり、なんにもない。

 夏が終わって秋がくればすぐ冬の足音を聞く。

 初雪は今日か明日かと毎日空を見上げる。

 そして一度雪が降れば町はあっという間に白くて厚い雪の下。熊にでもなったみたいに穴倉にこもって春がくるのを待つ。

 ――ただ待つだけだ。

 春が早くくるような機械やおまじないがあるわけじゃない。

 抗えない力に頭を押さえつけられ、じっと、待つだけ。

 でも、中には待てないやつだっている。

 自分から、「春」に向かって町を飛び出す人間だっている。

 ――出た先が春とは限らねぇけどな。

  それでもそのほうがいいんだと思ってた。

 そっちのほうが偉いんだと思ってた。

 違った。

 抗い得ない力に必死で耐えていた、じっと待っていた。

 彼らに向けた「うぜぇ」は嫉妬か、劣等感か。

 肌で感じた。

 抑え切れなかった。もろこし先輩にぶつけ、あっちゃんにぶつけた。

 戻ってきてやった、「テレビに出てる芸能人」が、ど田舎の故郷に帰ってきてやった。

 ――とは、どんだけイタイんだ、俺は。 

 汗顔の至り。

 前身の汗腺から汗が滲んだ。

 みんなにとっては日常の中の単なる非日常、たった二回のちょっと特別な飲み会だ。

 ――こっちにとっちゃ、この十四年を揺さぶられるほどのインパクトだのに。

 ここで生きていくという信念が、彼らを太く強く見せていた。ゲコが言った。

「なんだかんだ言っても俺たちはこの町が好きなんだ。それによ、俺らだって人生諦めたわけじゃね。みんなそれぞれ夢持って毎日生きてんだ。俺もあっちゃんも。この町でもできることがある、ここだからがんばれる夢があんだ」

 ま、お前みてぇにでっけぇ大したもんじゃねぇけどな。そう言って、こっちを向いて笑った。

 助手席の人間がまっすぐ前を見ているのに、運転してる人間が余所見をして。ゲコが笑っていることは、声でわかった。

「いつでもけぇってこれるなんて思うなや。俺とあっちゃんに女優の嫁さん紹介するまで、ぜってぇやめさせねぇ」

 最後に見せた、今まで見たこともないほど真剣な顔だった。駅について、最後の言葉だった。

 真剣な顔が演技であることはわかったけど、それに演技で返すゆとりはなかった。

 お笑い芸人のくせに、真顔で「おう、じゃあな」て。

 最後に「ありがとう」なんつって。

 独り相撲もいいとこだ。

 笑われるのじゃなく、笑わせろ。それが仕事だろう。

 東京という街は生き物だとどこかで聞いた。

 時々刻々、成長し、消えていく。スカイツリーの建設現場にロケにいって、自分を重ね合わせたこともあった。

 そんな芸能界こそ、盛者必衰の理を映す現代の平家物語。驕れる平家久からず。

 ――実際には大御所として長々君臨している人たちもいけど。

 明日をも知れぬは弱卒の性だ。力がなければ生きてはいけぬ。力だけでも生きていけぬ。

 上野駅で山手線に乗り換える。人ごみを掻き分け押し退け、己が進む道を切り開く。

 なるほど、戦場か。

 自分の生まれた町でこそ頑張れる夢があるとゲコは言った。まだ人生諦めたわけじゃないと。

 ――だったら俺は、どうなんだ。大事なものを擲ったのは、俺のほうじゃないのか……。

 他人の道を押し潰すように、まったく自分のことしか考えていない。

 袖触れ合う人を憎み、疎み、そうやって日々を暮らす「都会人」よ。

 そんな人たちに生かされる。まるで「笑い」という媚を売っているかのようじゃないか。

 ――俺は、夢をがんばっているんだろうか……。

『次は高円寺、高円寺』

 電車内に自分が降りるべき駅の名前がアナウンスされた。

 電車から出る。むっと自分の体を包み込んでくる。熱気、湿気、臭い、人ごみ、人いきれ。

 東京の空気が、再び体にまとわりついてくる。

 ――踏み出せ!

 ドアから出る瞬間、後ろの人に押されながらも座っていた座席を振り返った。

 何もないことを確認する。

 もう振り返るまい。小さく心に誓った。体の真ん中を通るレールを、ただ前に進むだけだった。

 東京の夏は、まだまだこれからだ。


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