悪の宰相を倒した後の話 side入り婿
その話が降って湧いたのは唐突だった。
「だからな、今度の戴冠式にはお前に行ってもらいたいわけよ?」
「私にですか?王でも、王太子でもなく、私が?」
なぜ?と首をかしげると、父上は特大のため息を吐いた。ぱくりとパンを口に運んだ二番目の兄上が、私と同じように少し首をかしげた。
「確かに、不思議なお話ですわ。どうして、王太子や第二王子ではいけませんの?」
少しキツイ口調で正妃が父上を責める。母を見ると、全く気にしていない。相変わらず自分以外への関心が薄い人だ。
「うーん……第二王子は軍の要職にあるからなぁ。王太子は新婚だし、時期的に儂が国を空けるのはちょいとまずい。かといって、王族以外を送ると後が怖い。そこでお前だ」
……待ってください、言いたいことは解りました。確かに、最近国内に不穏な動きが見てとれるから父上が国を空けるのはまずい。同じ理由で将軍である二番目の兄上も動けない。
しかし、『新婚だから』なんて適当な理由をでっち上げてまで王太子を行かせられないって、私は一体どんな危険な国に送られるんですか?
「しかし、聞いたことがない国ですね。人魔共和国とはどこにあるのですか?……戴冠式があるということは王制なのでしょうけれど、共和国?」
殺伐とした空気に耐えかねたのか、義理の姉に当たる王太子妃が無邪気を装って尋ねる。先頃正妃の縁者から迎えた彼女を、娘のいない国王夫妻はことのほか可愛がっているから、この空気が少し和らげばいいんだけど。
「隣です。魔王領が人魔共和国と国名を改めると聞きました」
一番目の兄上が穏やかに答えた。
「まあ。では、魔王が国を持つのですか?」
義姉上が目を丸くする。その肩を優しく抱き寄せて、兄上はゆるゆる首を振った。
「人の王が立つそうだよ。とはいえ、魔王が内政に食い込むようだから、安心はできないけれど。大事な弟をそんなところへ送りたくはないけれど、他に人がいないのも事実だ。私からも頼むよ」
「……そういうことなら」
元より第三王子なんて、スペアのスペアだ。今年騎士の位を得たばかりの私の使い道なんて、このくらいが精々だろう。
側妃の母上は反対なんてしないだろうし、正妃は息子たちを溺愛しているから、絶対に行かせたがらない。無難な人選だろうと諦めて、私は噂の国へ行くことにした。
戴冠式は盛大に行われたが、他国の使者は王族の三男四男ばかりで、どこも考えることは同じかと少し白けた。共和国側の参加者は人間と魔族が半々くらい。
どうも、女王に忠誠を誓っているという風ではない。
黒に近い茶髪に似たような色の目をした女王は、特に美人というわけでもなければ、魔力が強い感じもしない。平々凡々を絵に描いたような人だった。
年齢がかなり若いし、人望がないのかと思ったけれど、共和国の人々の反応を見るとそうでもないらしい。
女王の傍に、魔王と勇者が侍る。このふたりだけは心底女王を慕っているようだった。
なるほど、あのふたりを慕っている者たちが、彼らが認めた女王を認めない訳がないということか。
「えーっと、とりあえず今日は参加してくださってありがとうございます。人魔共和国は名前の通り、人間と魔族が共に平和に暮らせる国を目指すので、他国に戦争を仕掛ける予定はありません。あ、でも仕掛けられたら生きてることを後悔する程度には叩き潰すつもりなので、よく考えてから行動してくださいね?」
女王のスピーチが始まり、場が静まり返る。
前半はなんの問題もないのに、後半の内容が面白すぎる。しかも、魔王より邪悪な笑顔つきだ。
周囲が「魔女」だの「魔王を従えるのも納得の邪悪さだ」だのと囁き合う中、私は必死で笑いを堪えていた。
けれどその時は謁見して祝いの品を渡して終わりだった。
それきり人魔共和国に行くこともなく、私は自国で騎士として働く日々を送った。一番目の兄上には娘が生まれ、国王夫妻は孫娘にでろでろだ。
転機が訪れたのは、母上が亡くなった後だった。二年半に及ぶ闘病の末だったせいか、元々情が薄いのか、私は母上の死を悲しむことはなかった。
それをどう勘違いしたものか母方の叔父が、「王になりたくはないか」と持ちかけてきたのだ。もちろん、私は「そんな気はない」と突っぱねたのだが、周囲が勝手にお膳立てして、あとは私が御輿になるだけにまで整えられてしまった。
父上に相談しようにも、間の悪いことに人魔共和国のリーフプラウ王国が侵攻してくるという話があって、顔を見る暇すらない。
仕方なく姪の顔を見るついでに義姉上に話をしてみる。上手くすれば一番目の兄上を経由して父上まで話が行くかもしれないと考えたからだ。
私の話を聞いた義姉上は一言、「やっぱり側妃様のお力は偉大でしたね」と微笑んだ。
「母上の?どういうことですか?」
「まあ、まさかあなた、側妃様がわざと素っ気なくなさっていらしたのに気づかなかったの?」
義姉上が言うには、母上は私を王太子の対抗馬にしようとする勢力から守るために関心がない振りをしていたとか。
影では正妃や父上が呆れるほど私への愛を叫んでいたとか。
一体誰の話だ、それは。
呆然とする私に、義姉上は小ぶりな宝石箱を手渡した。
「開けてご覧なさい」
義姉上に促されて箱を開けると、中には珍しいピンク色の小石と、色褪せたリボン、菓子の包み紙にドライフラワーなどがいっぱい詰め込まれていた。
「これは……」
記憶にないものもあったが、いくつかは覚えがあった。
ピンク色の小石は、五つかそこらの時に拾ってきて、母上に渡そうとした物だ。受け取って貰えなかったが。
学校で使っていた記章も、騎士になった記念に贈ったブローチも、全部とってある。なんだかすごく力が抜けて、私は椅子に座り込んだ。
「は……は……」
自分でも、笑いたいのか母上を呼びたいのか分からなかった。けれど、その宝石箱は私に兄上の対抗馬になんてなってやるものかと決心させるに十分なものだった。
私は父上に無理を言って時間を作ってもらい、一時的にでも国外へ出られる任を与えてくれと頼み込んだ。時間稼ぎにしかならないことは解っていたが、それでも対策を考える時間が必要だった。
「ふむ……じゃあ、人魔共和国への特使を頼むわ」
悩んだのが馬鹿みたいに思えるほど、父上はあっさり仕事をくれた。
港がない国が、海を欲して島国である我が国を手に入れたがっている。そのために人魔共和国の港を使いたがっているから、そうなる前にどうにかしてこいと言うのだ。
人魔共和国の属国になることも辞さないという。
「それは、やり過ぎでは?」
「いやだって、国が領地になったところで治める範囲は変わらんし?ぶっちゃけ、国政めんどくさいんだもん」
それでいいのか、国王よ……。
父上がいいと言うならいいんだと自分に言い聞かせて、私は人魔共和国へ入国した。そして数年ぶりに女王に謁見して、父上の言葉を伝える。
「え、ヤダ。属国とかいらない。飛び地治めるのって大変だし、ぶっちゃけ国政とかめんどいのにやること増やしたくない」
……それでいいのか、国王よ。
というか、他国の特使、それも王族に向かってぶっちゃけすぎだろう。
「それにしても、戴冠式もあなただったよね?王子とはいえ、騎士団所属で外交担当じゃなかったと思ったんだけど。よっぽど信頼されてるのか、それとも国内でなにかあった?」
女王の言葉に、私は目を見開いた。数年前に一度会ったきりの私を覚えていたこともだが、国内での私の役割まで覚えているとは。しかもそこから、国内の不穏な動きすら推測して見せる。
なるほど、これが勇者と魔王を虜にする女か。
気づけば私は彼女の巧みな話術によって洗いざらい話していた。そして、全て聞き終えた女王は、至極軽い調子で「じゃあ、私の嫁にくる?」と尋ねてきた。
嫁?婿じゃなくて、嫁?
疑問は残るけど、結果から言えば私はその申し出に飛びついた。他国に婿に行ってしまえば、国内の貴族たちは手が出せない。父上はこの国と国交を結びたがっているから否やは言うまい。
「じゃあ、できるだけ早急にお父様にその旨を伝えて、引っ越してきて。国内の反発を防ぐためにもうひとり王配を立てるけど、仲良くするんだよ?」
幼子に言い聞かせるように言われて、私は大きく頷いた。なんてことだ、この短時間で私も女王に魅了されてしまったらしい。
こうして私はいきなり決まった婿入りのために、身の回りのものだけをまとめて人魔共和国へと移り住んだ。母上の宝石箱は私が持っていくべきだと正妃に力説されて、荷物の中に入っている。
それから半年と少し。
結婚式の当日に、国内の反発を押さえるために共に結婚式を挙げることになったもうひとりの新郎と私は、揃いの婚礼衣装を着て無言でお互いを見つめあった。
「……どうして、こうなったんでしょう?」
体のラインを隠すようにふわりと広がった袖と、なだらかに裾まで流れる白い衣装。と、ティアラにとめられたヴェール。手にはレースの手袋をして、白百合の花束を持たされている。「だって、」と改造した白いタキシードを着こんだ女王は、心底楽しげに笑って言った。
「言ったでしょ、私の嫁にくる?って」
確かに、言われた。だからって、だからって……!
「諦めましょう」
どこかここではない遠くを見て、もうひとりは乾いた笑った。
こんなはずではなかったのに……もう家族に顔向けできない。
引きずられるようにヴァージンロードを歩きながら、私は心の中で絶叫した。
一体どうしてこうなった!?とーー。
お読みいただきありがとうございます。
前日譚をネット小説大賞に応募しようと思いたち、なにかの足しになればと投稿してみました(*´ω`*)
お子様たちの話もこの後投稿するので、よろしければそちらも読んでいただけると喜びます←