第一幕 神人アリエス Ⅱ
「アリエス様、本当に宜しかったのですか?」
赤いドレスを纏った顔が全く同じ三人の女性達が私を囲む。
「どういうこと?」
「いえ、殺すか、捕食してしまった方が宜しかったのではないかと思いまして。それにヴィヴィアンを逃がしてしまいましたし。」
三人の中で、紫色の髪が一番短い女性が口を開く。
「そうね、正直ヴィヴィアンはここで殺しておきたかったけれど、あの深手ならほっておいても勝手に死んでくれるわ。それにね、人間達はこれでいいのよ、ステンノ。この方が、あの人の器が見たとき面白いと思わない?」
「私達の石化の呪いは、完全なものじゃないですよね。そのことを姉様は心配されているんじゃないですかぁ。」
ステンノと呼ばれた女性と全く同じ顔で、同じ紫色の髪が少しだけ長い女性が口を開く。
「エウリュアレ。そんな事は知っているわ。だって、貴方達の呪いを解けるのは、たぶん、幻想華の力だけだと思わない♪。」
幻想華という言葉を聞いて、ステンノとエウリュアレの二人の顔色が変わる。
「そういう事よ。アリエス様は、すべてお見通しなのよ。姉様達は心配しすぎなのよ。」
三人の中で、紫色の髪が一番長い女性が口を開く。
「そうね、メドゥーサは相変わらずお利口ね。ヴィヴィアン程の聡明な人が、隠遁華をあの人の器に渡すなんて、無謀な賭けに出てくれたから、私達には完全にあの人の器の居場所を掴む事が不可能になったわ。あの人の器の居場所を掴む為の最低限の布石は打っておかないとね。ここの人達を、こうしておけば、あの人の器はいずれ嫌でも必ずレクトリアに向かわずにはいられなくなるからね。」
「それでは、レクトリアに向かえばよろしいでしょうか?」
ステンノが口を開く。
「そうね、ステンノ行ってくれるかしら?」
「はい、仰せのままに。」
「但し、気をつけてね。十ニ個ある神の欠片の中で、場所が知られている物にはそれなりの理由があるわ。幻想華の場合、レクトリア自体が流砂の中を移動しているから簡単には見つからないわ、それに守護者である第四の大剣、旱魃の王ヴリトアは十ニの大剣の中でも屈指の戦闘能力の持ち主だからね。」
ステンノは頷く。
「私達はどうしたら良いですかぁ?」
今度はエウリュアレが口を開く。
「とりあえず、エウリュアレとメドゥーサは他の神の欠片を探して。」
「器が戻ってくる可能性があるなら、私はこの村に残り、器が戻るのを待ち伏せた方が良いんじゃないですか?」
メドゥーサが私を見る。
「貴方、何時から私に意見出来るようになったの?」
私の声のトーンが落ちる。
その声を聞き、三人の顔が青ざめる。
「も、申し訳ありません。私ごときが立場を弁えない発言をしました。」
「あはっ♪分かれば良いのよ。今後気をつけてね。メドゥーサの言う事も分かるのだけれど、いつ戻ってくるかどうかも分からないし、私の力を元に戻すためにも、今は神の欠片を探す事を優先しようと思うの。」
私の声のトーンが戻った事で、三人の緊張が解ける。
「今はまだ十ニの大剣はお互いに協力する事は無く、極力干渉し合わないように存在しているけれど、私とあの人の器が現れた事で状況はおそらく変わるわ。十ニの大剣個々なら勝てる相手だけれど、協力されると面倒だわ。それに七帝達が動かない内に、神の欠片を一つでも多く手に入れたいの。」
「……七帝、ですか?」
メドゥーサが口を開く。
「そうよ、名前ぐらいは効いた事あるでしょう?太陽帝バハムート、月帝天狐、大地帝フェンリル、海帝リヴァイアサン、死皇帝ゲーテ、不死帝フェニックス、深紅の女帝イリス、イリスは三百年前に私が殺したから、正確には今は六体ね。七帝全てを相手にするとなると、私でも勝てるか分からないわ。」
「アリエス様でも、勝つのが難しいのですかぁ?」
エウリュアレが心配そうに私を見つめる。
「心配しなくても大丈夫よ。七帝はお互いに干渉し合わないし、協力することなんてありえないわ。各個撃破していけば良いのよ。」
エウリュアレとメドゥーサが頷く。
「三百年の長い間待っていたのだから、もう急がないわ。とりあえず私は一度帰って、もう少し力を取り戻すのを待つわ。貴方達は、貴方達の役割をちゃんと果たしてね。」
私は三人を見つめる。
「仰せのままに、お任せ下さい。」
ステンノが口を開き、残りの二人は頷く。
「今度こそ私はあの人の全てが欲しいの。あの人に相応しいのは、この世界で私だけ。それじゃ、お願いね。」
私がそう言うと、三人の女性は、消えるように姿を眩ました。
「……お兄様、今度こそ分からせてあげる。お兄様に相応しいのは、この世界で私だけだという事を。邪魔する奴らはお兄様の前で全員殺してあげる。あの時と同じように。そうすれば、今度こそ、今度こそ、お兄様は目を覚ましてくれるよね。お兄様が悪い訳じゃない。お兄様を誑かす奴らがいけないんだ。あああ、早く、早く、私だけのお兄様に逢いたい。この世界は、私達の二人だけのものよ。うふふふ。」
私は笑いながら、村の残骸を見つめていた。