第五幕 神人 Ⅱ
アリエスが軽くその大剣を振ると、その剣の軌跡上にある空間が漆黒に染まる。次の瞬間、その漆黒に染まった空間に存在していたすべてが消滅する。今までそこには何もなかったように。
俺はあの漆黒の大剣を知っている。
『神々の黄昏』あの漆黒の大剣は、かつて神が創造したすべてを断ち切り、無に帰す。あの大剣に切られたら最期。与えられる結果は、完全な消滅。
俺の意思もあの大剣に振れれば消滅させられるだろう。
「予定より少しだけ早くなってしまったけれど、とりあえずお兄さん、邪魔な貴方には消えてもらうわ。私が欲しいのは神人であるその身体とその身体に宿る私のお兄様なのだから。」
アリエスは漆黒の大剣を構え、宙を浮いたまま俺に高速で近寄ってくる。
俺は無意識に右手を天に掲げる。
右眼が暖かい。自然に口が開く。
「一つ……知恵。二つ……勇気。三つ……節制。四つ……正義。五つ……信仰。六つ……希望。七つ……愛。この世界を照らす七元徳。生を司る徳。『神の創生』。」
俺の右手に白い暖かい光が集まる。
気が付くと、俺は白い大剣を手にしていた。
俺はこの白い大剣も知っている。
『神の創生』アリエスの『神の黄昏』と対を成す俺の中に眠るリエルの力。全てを創生した神の力。『神の黄昏』を無効化できる唯一の力。
俺は手にした白い大剣で、アリエスの漆黒の大剣の斬撃を受け止める。
激しい音と共に周りの空気が振動する。
「『神の創生』!?」
アリエスの瞳が見開く。彼女の動きが一瞬止まったタイミングを俺は見逃さなかった。
俺は、宙に『神の創生』を投げ、神威を抜刀する。
宙に投げられた『神の創生』は空間に溶け込むように消えていく。
神威が白い炎をまとう。
俺はその神威でアリエスを袈裟切りにする。
アリエスは驚いた表情のまま、白い炎に包まれる。
アリエスの絶叫があたりに響き、彼女は崩れるようにその場に倒れこむ。
確かな手ごたえ。
俺はすぐに後方に飛ぶ。
着地と同時に不意に全身の力が抜けるのを感じる。
急に力を使った反動だろうか?身体から力が抜けていく。
膝が地面に付く。
炎に焼かれながら崩れ落ちるアリエス。
俺は一瞬、シーリス達の方を向く。
……なんとかシーリスと紫苑達は守れたか。
前のめりに倒れると意識を失った。
遠くでシーリスの声が聞こえた気がした。
※
力の反動だろうか。
私は全身の痛みを堪えながら、背中に意識を集中させ、深紅の翼を構築させる。
深紅の翼をはばたかせ、クレスに向かって飛ぶ。
倒れこんだクレスの身体を掴むと、宙返りするように元いた場所の付近に着地する。
クレスの意識はないが、息はしている。
とりあえず安堵する。
その安堵もつかの間、白い炎に焼かれながら、アリエスは立ち上がる。
……本当に化け物なのか?
次の瞬間、急に身体が重くなり地面に叩きつけられる。
「……逃が、さない。……絶対に、逃がさない。」
目から血の涙を流しながら壊れた笑みを浮かべるアリエス。
私は絶望を感じながらも全身に力を入れて、立ち上がろうと顔を上げる。
その私の視界があるものをとらえる。
アリエスの近くの地面から見たことある大きい黒い山高帽と古びた燕尾服に身を包んでいる男が現れる。
……ゲーテ。
「……おじ、さま。遅、いですよ。」
ゲーテに話しかけるアリエス。
手を組んでいたのか?
「まぁ、まぁ、そういうな。私も忙しいのだよ。それよりかなり苦戦しているようじゃないカネ。」
ゲーテの聞き覚えのある嫌味な声があたりに響く。
「……そんなことは、……どうでも……良いわ。それより、力を貸して頂戴。」
「ああ、分かっている。」
そう呟くとゲーテは、素早く振り返る。
次の瞬間、ゲーテの腕はアリエスの胸を貫く。
私は、一瞬、何が起きたのか分からなく、茫然とその光景をただ見つめていた。
「……裏、切ったの?」
血の涙を流すアリエスの瞳が大きく見開く。
アリエスが右手に持っていた『神の黄昏』が消えてなくなる。ダメージを受け過ぎたせいで、維持できなくなったのだろうか?
私の身体が軽くなる。
ゲーテの不快な笑い声があたりに響く。
「ひゃひゃひゃ。笑わせないでくれ。アリエス、私は最初からお前などに力を貸したことはない。私は三百年前からこの時をずっと待っていたのだよ。友との約束を守るためにな。」
「……友?」
「私が友と呼ぶのは、今も昔もリエルだけだ。」
アリエスが吐血する。
「アリエス、私の祖力は分かっているな。お前が起きるのはまだ早い。もう少し寝ててもらうぞ。」
「『祖力解放』。」
ゲーテの叫ぶ声があたりに響く。
「死者が集う永遠の交差点。儚い幻想に溺れる。邪教と罵られようとも。歩みを止めることはない。
信じる正義があるのだから。【死の矜持】。」
辺りの空間がいびつに歪み、漆黒の世界が広がり、ゲーテを中心に灰色の縦横の線が伸びる。
「我が正義の名のもとに眠れ。『正義の矜持』。」
地面から無数の剣が現れる。
無数の剣は、ゲーテとアリエスを貫く。
ゲーテは吐血しながらニヤリと笑う。
「……止めろ、止め、ろ、止、め、ろ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ!!」
アリエスの気が狂ったような叫び声があたりに響いた。
「……ルル。」
ゲーテは落ち着いた声で名前を呼ぶ。
「はい。」
ゲーテに名前を呼ばれたルルは突然、地面から姿を現す。
「私の代わりに神人の器の力になれ。」
「……畏まりました。」
「……良く聞き給え。しばらくはアリエスを封じてやる。その間に神の欠片を集めろ。今度こそ、この世界を元の形に戻せ。ひゃひゃひゃ。」
ゲーテは嫌味な笑い声を上げると、落ち着いた声で呟いた。
「リエル、我が唯一の友よ、お前との約束、ようやく……叶えたぞ。」
ゲーテが作り出した漆黒の世界は、ゲーテとアリエスを飲み込むように圧縮され、消えていった。
私はその光景を茫然と見ていた。




