第五幕 神人 Ⅰ
……。
何もない空間。
そんな空間に飲み込まれていく感覚。
ふいに何かが聞こえる。
「……、……。」
ばらけて拡散していく意識をかき集めて、聞こえる何かに意識を集中させる。
「ク……レス、…クレ…ス。」
微かに聞こえる。
クレス? それは、何だっただろうか?
思い出せない。
「クレス、クレス!!」
今度ははっきり聞こえる。
クレス? それは……、何だったか?
俺の……名前だ!!
急に全てを思い出し、意識が覚醒する。
目を開ける。
シーリスが俺に縋りつき、泣きながら俺の名前を呼んでいる。
ああ、この声だ。
俺をこの世界につなぎとめてくれたのは。
「ほんとうにしつこい女ね!! そんなに死にたいなら今、ここで殺してあげるわ。」
アリエスは不快そうに叫ぶと、両手を前に翳す。
「万象は等しく終わりを迎える。定められた運命は変わらず、祈りもけして届く事は無い全てに終わりを告げる神の意志。『虚無の終末』。」
アリエスが作り出した漆黒の球体は、ふわりと宙に浮かぶと六つの小さな球体に分解して宙に広がる。
六つに分かれた漆黒の球体は、急に速度を上げてシーリスを囲む。
俺はシーリスの頭を優しく撫でる。
「シーリス、もう大丈夫だ。」
俺は立ち上がると、右手を翳す。
次の瞬間、俺とシーリスを囲んでいた漆黒の球体が消し飛ぶ。
力の使い方が分かる。
「……お、兄様?」
アリエスの表情が変わる。
俺は満身創痍のシーリスを抱き上げると、一足飛びに悶え苦しむ紫苑の側に移動する。
身体が恐ろしく軽い。
紫苑が付けている呪いの般若面に手を添え、力を入れる。
ガラスが割れるような音と共に呪いの般若面が真っ二つに割れる。
今まで悶え苦しんでいたのが嘘のように静かになる紫苑。
「シーリス、辛いと思うが、紫苑と鬼火を頼む。式具を強制的に外した反動でしばらくは目を覚まさないと思う。」
「貴方、本当にクレス?」
シーリスは肩で息をしながら、俺の顔を見つめる。
俺はシーリスに静かに頷くとアリエスの方を見る。
「……お兄様、じゃないの?」
アリエスの問いに、俺は静かに首を横に振る。
急にアリエスが叫びに近い声を上げる。
「お兄様の身体から早く出て行け!!この偽物!!」
アリエスの表情が正気ではない。余裕な表情を保っていた彼女の姿はそこにはなかった。
「お兄様すぐに助けます。」
アリエスはそう呟くと、左手を天に掲げる。
「一つ……傲慢。二つ……物欲。三つ……嫉妬。四つ……怒り。五つ……色欲。六つ……貪食。七つ……怠惰。この世界に蔓延る七つの罪。死に至る罪。『神の黄昏』。」
黒い光がアリエスの左手に集まる。
その黒い光はやがて漆黒の大剣に代わる。
アリエスがその漆黒の剣を手にする。彼女が手にした瞬間、漆黒の剣には不思議な色の文字のようなものが浮かび上がる。
空気が振動する。




