第四幕 決意 Ⅰ
あたりを注意深く、観察しながら進む。
洞窟特有の湿っぽい空気が鼻にまとわりつく。
洞窟内には、銀色の人型をした金属のような質感の何かが徘徊している。
顔はなく、表情は分からない。
これが鬼火が言っていたアリエスの化身だろうか?
洞窟の壁に隠れながら、様子を伺う。
鬼火が言っていることが正しければ……。
急に銀色の人型をした何かの動きが一斉に止まると、地面に溶け込むように消えていく。
やはり鬼火の言った通りだ。
全部で七体いるアリエスの化身は、一体一体が強い力を持つ代わりに意思を持たず、強い妖気などに反応して襲い掛かる習性があるらしい。
多分、あの銀色の人型をした何かは、紫苑と鬼火のところに向かったのだろう。
あの二人が作ってくれた時間を無駄にはできない。
俺は、あたりを慎重に見まわしながら歩を進める。
洞窟はところどころ整備されているが、人の気配はまるでなかった。鉱山跡か何かだろうか?奥に進めば進むほど、暗くなっていく。
俺は式術の力で小さな炎を灯すと、その光を頼りに奥へと進んでいく。
しばらく進むと、奥が明るい。
俺は小さな炎を消すと、明かりを目指して歩を進める。
奥に進むと、開けた場所が見える。
俺はゆっくり隠れながら、開けた場所に目をやる。
そこには、銀の杭で手足を岩肌の壁に打ちつけられている少女の姿が目に入る。
シーリスだ。
俺はシーリスの周りを見回すが、そこにはアリエスの姿は見えない。
ここまでは鬼火の言った通りだ。
鬼火の話を思い出す。
まだ完全に力を取り戻していないアリエスは、一番力の落ちる正午近くに僅かな時間だが、眠りにつき、代わりに七つの化身が姿を現わすらしい。
俺たちの作戦はこの僅かな時間にシーリスを助け出し逃げ切る事だった。
今が、チャンスだ。
俺はシーリスに駆け寄る。
「シーリス、大丈夫か?今助ける。」
俺が声をかけても、シーリスは反応しない。
シーリスは大丈夫なのか?
俺は、シーリスの手足に打たれている銀の杭を引き抜こうとした。
「……う、あっ、うう。」
流れる血と共に、シーリスが小さなうめき声をあげる。
良かった。まだ生きている。
シーリスの手足を布できつく縛る。彼女の力、命の源である血をあまり失わせるわけにはいかない。いくら不死身と云われる吸血鬼でも、血を大量に失うとどうなるか分からないからだ。
そのまま、シーリスを背負うと急いで進んできた道を引き返す。
早くこの場を離れなければ。
歩き出すと聞きなれた少女の声が耳に入る。
「……クレス、なんで、……なんで助けに来たの?」
今までに聞いたことがないほど、か細く震えている声。
「……助けたかったから。それだけだ。」
俺は、正直に自分の気持ちを言葉にする。
「それより、目が覚めたなら、俺の血を吸ってくれ。アリエスに見つかった時に、シーリス、君の体力が少しでも戻っていてくれた方が対処しやすい。」
俺は首筋をシーリスに向ける。
「……クレス、私が貴方にしようとしていたこと、……もう、貴方は知っているのでしょう?」
「ああ、すまない。君を助けるために色々知る必要があった。君の目的が俺の中にいるリエルという存在ということも。」
「……それでも、貴方は、私を助けに来たの?」
「ああ、君の目的は関係ない。俺は君を助けたかったから。それだけだ。」
シーリスの身体に力が入るのが分かる。
「……あのね。私、自分が死ぬと思ったとき、リエル様じゃなくてクレス、貴方の顔が浮かんだの。もう一度、貴方に逢いたいって。いつの間にか私、貴方の優しさに救われていたみたい。だから……貴方をずっとだましていてごめんなさい。」
シーリスは泣いているようだった。
「大丈夫だ。気にしなくて良い。君には君の事情があったんだろう?それより話はあとにして、今はここから逃げることだけを考えよう。とりあえず血を吸えるなら吸ってくれ。」
俺はできるだけ優しい声でそう言うと、首筋をシーリスに向ける。
「……クレス、貴方は本当にどうしようもないお人よしね。本当にどうしようもない馬鹿よ。……でも、貴方が馬鹿で本当に良かった。」
シーリスはそう口にすると、俺の首筋に白い牙を突き立てる。




