表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/72

第三幕 壊れゆく意思 Ⅵ

 薪の火が明るい。


「お待たせしました。大したものではないですが、召し上がってくださいね。明日はシーリスさんを助けに行かなければなりませんので、少しでも食べて元気をつけてください。」


 俺は紫苑から汁物が入った椀を受け取る。


 本当はすぐにでもシーリスを助けに行きたいところだったが、神人であるアリエスは夜の化身という側面も持っており戦うのであれば、アリエスが一番弱る正午近くが良いとの鬼火の意見に従った。


「ありがとう。」


 俺がそう言うと、紫苑は少し残念そうに控えめに笑う。


「本当は近くの町まで行けると良かったのですが……。近くにアリエスがいる今は、領域華から出る時間を出来るだけ減らしておいた方が良いと思いまして、こんなものしか作れなくて、ごめんなさい。」

「そんなことはないよ。色々ありがとう。」


 俺はそう口にすると、椀に口をつける。


 野草が中心の汁物のようだが、とてもおいしい。

 この森で採れたものだと思うが、限られた食材で、こんな料理ができる紫苑が凄いと感心する。


「凄くおいしいよ。ありがとう。」


 俺は素直に感想を口にする。


「お世辞でも嬉しいです。まだまだありますので、たくさん食べてくださいね。」


 紫苑は控えめに笑う。


「それにしても、巻き込んですまなかったね。」


 俺は改めて紫苑を向いて、頭を下げる。


「あ、あの、頭上げてください。私がクレスさんに受けた恩に比べれば、たいしたことではないです。だから、私の方こそありがとうございます。またクレスさんに逢えて嬉しかったです。」


 そう言って笑う紫苑。


「こんなこと聞いて良いのか分からないけれど、俺は君とどこで会ったのかな? いつまでも思い出せないと君に失礼だし、教えてくれないか?」


 俺がそう言うと、紫苑は鬼火がいるであろう空を見上げながら、静かに口を開いた。


「だいたい十年ぐらい前です。私がクレスさんに出会ったのは。そのころ、クレスさんは各地を旅されていませんでしたか?」

「ああ、今から十年前といえば、剣術修行で各地を旅していた時期だ。」

「そのころ、私は東方の端の国、倭の伊岐という町で暮らしていました。父は流行り病で私の物心つく前に亡くなってしまったので、母の揺と二人で暮らしていました。」

「伊岐……。まさか? あの時の子供が、君なのか?」

「思い出してくれましたか?」


 シーリスは少し嬉しそうな表情を浮かべる。

 確かに十年くらい前に、伊岐という町を訪れたことがある。


 その時に町の診療所の前で座り込む女の子に出会った。


 話を聞くと、母親の調子が悪いがお金がなく、途方に暮れているとのこと。

 俺は駆け出しの薬師だったが、その女の子を放っておくことが出来ずに、彼女の家に行くことにした。


 俺は、女の子の母親を助けるために自分が当時知っていたあらゆる薬を使ったが、彼女の母親の身体の不調の原因は分からなかった。

 村にいる医師にも診療代を払い、診てもらったが、結局原因を解明することはできなかった。ただ、栄養価の高い食事をとらせることで少しだけ回復した。

 寝込んでいた彼女の母親が歩ける程度回復したのを見届けてその家を後にした。


 結局、女の子の母親の病気を治療することはできなかった。俺が薬師として最初に味わった挫折だ。


 もしかしたら俺は無意識にこの出来事を忘れようとしていたのではないか? 

 自分が無力であることをごまかすために……。だから、紫苑の事をなかなか思い出せなかったのではないか?


 そう考えると自分が本当に情けなくなる。


「あの時、クレスさんは私たちに本当に優しくしてくれました。私の母も本当に感謝していました。」

「でも。結局、君の母親の病気を治すことはできなかった。あの時はすまなかった。」


 俺は、紫苑に頭を下げる。


「そんな、クレスさん、頭を上げてください。私はあの時のことを今でも本当に感謝しています。クレスさんはお金も満足に支払えない私たちを見捨てずに救ってくれた。……それに私の母は、病気ではなかったんです。」

「病気じゃない?」

「そうです。私も母が亡くなってから、母の体の不調について知ったのですが、私の母は鬼女。妖魔でした。人間である父と恋をして私が生まれました。鬼女は本来、人間を定期的に食べないと徐々に弱っていくんです。でも、母は父と結婚してからずっと人間を食べようとしなかったようです。それは結局、五年前に亡くなるまで続けていました。」


 妖魔。確かにはっきりとは覚えてはいないが人間離れした美しさがある人だった気がする。


「……亡くなったんだね。ごめん。嫌なことを思い出させた。」


 そう言う俺に、紫苑は少しだけ微笑んで口を開く。


「大丈夫です。母は、自分の信念通りに生きたのだと思います。私はそう考えるようにしています。」

「強いんだな。」


 そう俺が口にすると、紫苑が首を振った。


「違いますよ。私はクレスさんのおかげで頑張れたんです。あの時の恩返しをするためにずっとクレスさんを探していました。それに母から……。」


 紫苑はそう口にすると、はっとした表情になる。


「もしかして、母はクレスさんの正体に気が付いていたのかもしれないですね。だから私にあんなことを言ったのかもしれません。」

「あんなこと?」

「クレスさんに出会ってからずっと私は母に、将来必ずクレスさんの力になるよう言われてきたんです。」


 そう紫苑は言うと、俺に微笑みかける。


「だから、私はクレスさんの力になるために頑張ってきました。クレスさんがいたから頑張れたんです。」

「そうか。そう言ってもらえると嬉しいよ。ありがとう。でも。……俺のしたことは、多分、俺の中のリエルという存在がさせたことなのかもしれない。」


 俺は自分の中で引っかかっている思いを口にする。


 自分の正体を知らされても、何故か納得している自分がいた。


 どうしてか?

 俺はどこかで自分の正体に気が付いていたのではないか?


 そう考えると、言いようもない不安に襲われる。俺の意識は、俺もものなのだろうか?

 俺の中にいるリエルという存在が作り出したものなのではないのだろうか?


「クレスさん、それは違います。確かに私の母は、クレスさんが神人なのに気が付いていて、クレスさんの力になるよう言ったのかもしれません。でも私は、クレスさんに会いたくて、クレスさんの力になりたくて、私はクレスさん、貴方を探していたんです。こんなことを言うと母や鬼火さんには怒られるかもしれませんが、私にとっては、リエル様は正直どうでも良いです。クレスさん、私は貴方に会いたかったんです。クレスさんがしてくれたことに感謝をしているんです。リエル様は関係ありません。」


 今までないほどはっきりとした紫苑の声。

 紫苑の言葉で、俺の中で引っかかっていた何かが壊れる気がした。


「紫苑、ありがとう。なんだか君の言葉で心が楽になったよ。」

「それは良かったです。それに……、ようやく名前呼んでくれましたね。」


 紫苑はうつむきながら口を開く。


「あ、ごめん、つい。嫌だったか?」


 俺が紫苑の名前を言ったことに気が付き慌てていると、彼女は笑いながらこう口にした。


「全然、嫌じゃないですよ。むしろ少しだけクレスさんに近づけたみたいで、嬉しいです。」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ