第三幕 壊れゆく意思 Ⅰ
胸に微かな痛みを感じる。
重い瞼を開く。
色を失った世界が瞳に映る。
……何だ、ここは。
「あ、クレスさん、目が覚めましたか。良かったです。」
突然、目の前に少女の顔がある事に驚く。
確かこの少女は、紫苑という名前だったか?
何だろう、頭に何か柔らかい物を感じる。段々意識がはっきりする中で、紫苑に膝枕されている状態である事に気が付く。
俺はその良く分からない状態に驚き、身体を起こす。
「クレスさん急に起き上がって大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。ありがとう。」
起き上がって、周りを見回す。セピア色の何も無い空間が広がっている。
「ここは?」
「領域華が作り出した空間の中です。場所はえ~と、ヤテ村より北に少しだけ歩いた街道です。」
「……領域華?」
どこかで聞いた言葉、さっきシーリスが口にしていたような気が……、シーリス、徐々に記憶が戻り始める。自分の胸に突き刺さる金色の細剣。死を覚悟するほどの深手だったはずだ。……助かったのか?
「……俺は生きている、のか?」
「はい、大丈夫ですよ。何とか間に合いました。本当に良かったです。」
「間に合う?何の事だ?」
「あ、そうでしたね。私の祖力【魂の慈悲】は、ある程度の怪我なら治す事が出来るんです。わずかですけれど、急所を外れていて本当に良かったです。」
「祖力、ああ、君には妖魔の血が流れているんだったな?」
先程のシーリスと紫苑の会話を思い出す。
「あ、祖力は分かるんですね。そうですね、厳密に言うと私は半分妖魔で、半分人間ですけれど。」
金色の細剣が刺さっていたはずの胸に手をやる。
綺麗に傷が塞がっている。
「助けてくれてありがとう。」
「あ、いや、そんな、私なんかがクレスさんのお役に立てて良かったです。」
急に目線を下に落とす紫苑。
それにしても、あの黄金の髪の女の子はいったい何だったのか?そういえば、シーリスはどうしたんだ?辺りを見回すが、彼女の姿はない。
「シーリスの姿が見えないんだが?」
急に紫苑の表情が沈痛な面持ちになる。
「えっと、あの、その、私達をあの場所から逃がすために囮になって、それで、その……。」
口ごもりながら下を向く紫苑。
「囮って、シーリスは、無事なのか?」
「えっと、その、多分、もう……。」
紫苑は、目に涙を浮かべながら俺を見る。
自分の瞳孔が無意識に広がるのが分かる。
鼓動が速くなる。
どういう事だ?
もう……の後に続く言葉は何だ。
鼓動が異常に早くなる俺の前に、青白い炎が現れる。
「お前達、何辛気臭くなってるんだよ。あの姫様はまだ死んでないぜ。」
「え、本当ですか?でも鬼火さん、全然シーリスさんの妖気を感じられないんですけれど……。」
紫苑の声が少しだけ明るくなったのが分かる。
「紫苑が気付かないのも仕方ないぜ。相当弱っているからな。まぁ、このままほっておけば数日で多分死ぬぜ。」
「場所は分かるのか?」
俺が口を開くと、鬼火は俺の前に移動してくる。
「おい、おい、舐めないでもらいたいものだ。俺の祖力【千里眼】を使えば、場所くらい正確に掴めるさ。」
「分かるなら、場所を教えてくれないか?」
俺は立ちあがる。
「教えるのは構わないが、どうするつもりだ?」
「どうするって、助けに行くに決まっている。」
「馬鹿かお前、あの姫様の近くにアリエスがいる。完全に罠だぞ、止めておけ、殺されるだけだ。」
「アリエス、誰だ、それは?」
「ちっ、お前、アリエスの事も知らないのか?」
鬼火の炎が揺らめく。
「クレスさん、アリエスとは先ほど私たちを襲ってきた女の子の事です。」
紫苑はそう俺に説明すると、言葉を続ける。
「あの、鬼火さん、シーリスさんは私達をおびき寄せる人質として、生かされているということですか?」
「十中八九、間違いないぜ。相手はあのアリエスだ。いくらあの姫様でも一人で勝つ確率はほぼゼロに等しい。それでも今姫様が生きている。理由として考えられるのは、逃げれたか、捕まったかのどちらかだ。まぁ、前者はありえない。姫様の近くにアリエスの神気を感じるからな。今の状況から考えると、姫様はアリエスに捕まっていると考えるのが妥当だろう。何故か?理由は簡単だ。姫様は俺達をおびき寄せるための餌なんだろうぜ。気配を抑え、領域華を使用している今の俺達をアリエスが見つける事は難しいだろうからな。」
「それじゃ、直ぐにシーリスさんの身に何かが起こる可能性は低いって事で良いんですよね。」
紫苑が再度、鬼火に確認する。
「ああ。」
鬼火が揺らめく。
「あの、クレスさん、事情は今聞いた通りです。焦る気持ちは分かりますけれど、少しお話を聞いてもらえないでしょうか?クレスさんは、知らなければならない事がたくさんあるように思えます。」
紫苑が真剣な顔で俺を見つめる。
どうする?
シーリスを今すぐ助けに行きたい気持ちが強い。
それに今から紫苑が俺に伝えようとしている内容は、シーリスが俺に隠そうとしている内容である可能性が高い。俺は幻想華の情報以外余計な詮索をしないと彼女と約束している。
しかし、シーリスを助けるためには、一度情報を整理する必要がある事も確かだ。彼女を人質にしている奴の事すら分からないのだから。
少し、悩んだ後に俺は口を開いた。
「……確かに分からない事が多い。すまないが、教えてくれないか?」
「ありがとうございます。でも、あまり時間が無いので、今は必要な最低限の情報のみをお伝えします。」
紫苑はそう言うと、地面に座り込む。
「クレスさんも、座って下さい。必要な事だけ話すとしても、そんなに短い話ではないですから。」
「ああ、ありがとう。そうさせてもらうよ。」
俺はその場に腰を下ろす。




