第二幕 覚醒への胎動 Ⅳ
「ゲーデ様、いつまで遊んでいらっしゃるのですか?」
突然、地面から湧くように一人の少女が現れる。
町娘のような格好に、病的に青白く縫合跡が痛々しい肌。あまり長くない青い髪と冷たい氷のような青い瞳。何の表情も読み取ることのできない顔。
新手か。
ますますもって状況は絶望的だ。
「ルルか、ちょっと待っていたまえ。今良い所なんだよ。ひゃひゃひゃ。」
ルルと呼ばれた少女は、無表情のまま溜息を吐く。
「ふむ、話を戻そうか。深紅の姫が何を考えているかなんて今はどうでも良い。……クレス、ここでお前を殺すのは簡単な事だが、今日はこれで見逃してやろう。お前がこの先どうなるのか見てからでも殺すのは遅くない。」
ゲーデは自分の影を使って、吹き飛ばされた右手を拾うと影で作り出した細い糸で切り離された右腕を縫合する。
右腕を切り飛ばすぐらいでは、奴には大したダメージを与えられていない事を改めて思い知らされる。
「お前はさっきから何を言っているんだ?」
「なに、焦らずともその内分かる。」
ゲーテが指を鳴らすと、先ほどまでの墓標だらけの荒野はいつの間にか消え去り、元の街道に俺は立っていた。
「お前が持つ宿命からは逃れる事は出来ん。せいぜい、あがいてみるが良い。ひゃひゃひゃ。……ルル。」
「畏まりました。」
ゲーデは愉快そうに笑うと、ルルと共に地面に解けるように消えて行く。
……助かったのか?
息を吐く。
緊張感が一気に解けてゆく。
次の瞬間、シーリスの事を思い出し、彼女に向かって駆ける。
意識を失い、全身傷だらけなっているシーリスを抱き上げる。
恐ろしいほど軽く、華奢なシーリスの身体。こんな小さな体で俺のために戦ってくれていたのか。そう考えると目頭が熱くなる。
頭に地理を思い描く、今からハルトの街に帰るより先に進んだ方が良いだろう。確か少し先に大きくは無いが、村があるはずだ。
シーリスの傷の手当てをするためにも、一刻も早く急ぐ必要がある。近いに越した事は無い。
俺はシーリスを背負うと、歩き出す。
……神人。
急に脳裏に浮かぶ、ゲーデの言葉。
確か奴は俺の事をそう呼んでいた。
ゲーデが言っていた隠遁華、一体何の事なんだ。
それにあの人の形をした光とその後の一瞬だったが、自分の身体に起きた変化は?
分からないことが多すぎる。
ゲーテの言うことが正しければ、シーリスは何かを知っているはずだ。
当初シーリスは、俺を食料として必要としているのだと思っていた。
しかし、良く考えるとその考えは間違いではないのかと思えてくる。
血が必要なだけだったら命の危険を冒してまでゲーデと戦わなくても良いのではないか?奴が言うように他の人間を捕まえれば良いのだ。
シーリスの美貌を使えば、人間の一人や二人捕まえるのは簡単な事のように思える。
そもそも、俺ではなく他の人間を選べば、幻想華を探すという面倒な旅に付き合わなくても良かったのではないか?
考えれば、考えるほど分からなくなる。
首を横に大きく振る。
今考えても、分からない事だ。
「……ク、レス。クレス、早く、早く……逃、逃げて。」
魘されるようにシーリスが呟く。
シーリスの表情を見るが、相変わらず気を失っているようだ。
例え何か企んでいたとしても、そんなにひどい事はしないように思える。
思えるというより、俺は思い込みたいのだろう。
そんな風に考える自分に少しだけ驚く。
「今は、先を急ごう。」
俺は自分に言い聞かせた。




