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神無き世界~悠久の時を生きる深紅の令嬢とかつて神さまと呼ばれた人間~  作者: 蒼 葉月
第一章 悠久の時を生きる深紅の令嬢
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第一幕 深紅の令嬢 Ⅰ

 私はこの世界が嫌いだ。


 この偽りの世界が……。


 多くの嘘と多くの血と屍の上に作られた仮初の世界。

 

 そんな拷問のような悠久の時を私は生きている。今でも。


 わずかな望みに縋りながら。



          ※



 旅を始めてもうかれこれ三年近くの月日が経とうとしていた。


 俺の名前はクレス・ハーゼル。各地を転々としながら、幻想華げんそうかの情報を集めている。未だに手掛かりの一つも手に入れてはいないのだが。

 幻想華、それはどんな病もたちどころに治してしまうといわれている幻の薬。


 但し、実際に見たという者はおらず、本当にあるのかどうかさえも定かではない品物だ。


 しかし諦めるわけにもいかず、結果が出ていない焦りを抑えながら、新たな情報を求めて北に向かって街道を歩いていた。


 快晴の青空、夏の日差しが容赦なく降り注いでくる。暑さに耐えながら街道を進む。


 はるか北の大地には、一年中雪と呼ばれる物が降り続き凍えるような寒さの土地があると聞いたことがあるが、今はそんな事は信じられなかった。自分が育った故郷から遥か北にあるこの大地でさえ、こんなにも暑いのだから。


 人から聞いた話などは総じて曖昧なもので、それが唯一の幻想華の手がかりという現実に、溜息をつかずにはいられない。


 街道を歩き続けると、目の前に森が見えてくる。


 二日前に立ち寄ったヘルリアという小さな町で買った地図を広げる。その地図には森の表記などまるでない。


 紛い物か粗悪品を掴まされたか。そう考えながら思わず溜息をつく。


 落ち込んでいても仕方ないので、とりあえず歩を進める。



          ※



 ……目を覚ます。



 何十年振り?

 時間の流れが分からない。

 私の結界に入った侵入者がいる。

 久しぶりの来訪者。


 私の結界に侵入できるという事はそれなりの実力者という事。

 私は起き上がり、寝ぼけた頭で侵入者の気配を追う。

 突然、私の身体が震える。



 ……気配を追う事が、出来ない。



 侵入者は間違いなく私の結界の中に入ったはず、ということは私の索敵能力は平時の何十倍の感度になっているはずなのに、気配を追えない。


 いったいどういう事だろう?


 眠気が急激に覚めていく。


 私は立ち上がると、テラスに向かって歩いて行く。

 久しぶりに風をこの身に受ける。


 正体を確かめる必要がある。


 空を翔けるイメージ、背中に力を入れる。

 鈍い痛みと共に、私の背中から二筋の深紅の血が流れ出す。


「我は紅の眷属を統べし者。呪われし赤き力を持ちて万象の全てを我が物とせん。『深紅ブラッディーアラー』。」


 次の瞬間、背中から流れる血が宙に広がると、私の背中に深紅の翼が形成される。

 その翼を羽ばたかせると、私は漆黒の空に身を投げた。



          ※



 おかしな森だ。



 方向感覚を失わないように辺りを注意深く観察しながら歩いているはずだが、周りの風景が少しも変化していない事に気が付く。

 若干の焦りを覚え始める。

 確実に迷い込んでしまったようで、方向感覚も徐々に失われていく。

 気が付くとあたりには霧がかかり始めていた。


 徐々に、霧深くなっていく。

 見通しが悪くなりこれ以上進むのは危険だと判断し、とりあえず霧が晴れるまでその場に座り込む事にする。

 その時、右腕の腕輪に嵌めこまれている青玉サファイアが光っていることに気が付く。


「その腕輪が光ったらすぐにその場を離れろ。それは、お前に危険を教えてくれる腕輪だ。良く覚えておけ。」


 師匠の言葉を思い出す。

 今まで何回も命の危険を感じる事はあったが、この腕輪が光る事はなく完全に忘れかけていたことだ。

 その腕輪に気を取られていたが、何かの羽音によって意識は現実に引き戻される。

 霧の中に普通の鳥だとは思えない大きな影が浮かんでいる事に気が付いたのだ。


 何か得体の知れないモノが近くにいる。とりあえず腕輪の事は後で考える事にし、辺りを警戒しながら静かに立ち上がる。

 その影が近づくにつれ、羽音が段々大きくなってくる。もはやその音は何か大きな翼を羽ばたかせるようなものに変わっている。


 確実に鳥などではない何かが近づいてきている。



 心拍数があがり、緊張感が高まる。



 次の瞬間、思わず言葉を失う。

 それもそのはず霧の中から現れたのは、異様としか表現する事のできない生き物だったからだ。

 その生き物は、身体が人間の頭部のような形状をしており、その身体と同じくらいあるのではないかと思われる異様に大きな耳を羽ばたかせ、宙を浮いている。

 生首が両耳を羽ばたかせ宙を浮かぶ姿を彷彿させるようなその生き物は、おぞましい以外の何者でもなく、思わず後ずさりをする。


 何だ、こいつは。


 恐怖心で思わず腰に佩いている刀の柄に手をかける。

 しかし、その刀が鞘から抜かれる事はなかった。何故なら化け物が言葉ではなんとも形容しがたい甘美な鳴き声を辺りに発した事で、急に抗いきれない強烈な眠気に襲われたからだ。

 宙を浮くその化け物は、周りをつかず離れずの距離で旋回している。

 まるで俺が眠るのを待っているようだ。


 やがて眠気に耐え切れなくなり、その場に膝を屈する。

 その化け物は徐々にこちらを警戒しながら近づいてくるのが分かる。

 化け物の皺くちゃな顔が視界に入る。


 次の瞬間、化け物は奇声を上げながら俺の肩に噛み付く。

 獣のような鋭く長い二本の牙が右半身にめり込む感覚。

 化け物は喉を鳴らしながら、血を吸っているようだ。

 不思議な事に痛みを感じない。


 ただ、徐々に意識が朦朧としてくる。

 意識を失いかけた時、急に辺りに凛とした声が木霊する。


「やめなさい。その人間に手を出しては駄目よ。」


 化け物はその声を聞くなり、肩から牙を抜き大人しくその場に蹲る。


 声のするほうを向くと、視線の先には一人の少女が立っている。


 小柄で華奢な身体で白い大きな薔薇が腰元に付いた漆黒のドレスを着ている。透けるような白く透明感がある肌、猫のように鋭く大きい紫の瞳と白銀の長い髪、あどけなさが多少はあるものの、見た事がないような完成された美がその少女にはあった。


 その少女に見惚れながら、蹲る様にその場に倒れる。

 地面には大量の血が広がり、身体と意識が深紅の液体の中に沈んでいく。


 静かに駆け寄ってくる少女。


 彼女は、軽い荷物でも持つように俺の身体を抱き上げると微かに笑みを浮かべる。


「大丈夫。必ず助けるわ。」


 初対面のはずの彼女だが、近づいてみると何故かとても懐かしい香りがする。

 気持ちが穏やかになる仄かに甘い香り。


 この香りに身に覚えがある。



 そんな事を考えながら、俺は意識を失った。



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