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第三幕 吸血鬼シーリス・エリザベート Ⅱ

 暫く歩いていると、辺りに木々が増え始めやがて目の前に森が見えてくる。

 森に入ると、シーリスが突然立ち止まる。


「どうした?」

「一応ね。」


 シーリスはそう言うと、人差し指を噛む。


「我は紅の眷属を統べし者。呪われし赤き力を持ちて万象の全てを我が物とせん。『深紅ブラッディーサーヴァント』。」


 シーリスの血が滴り落ちながら地面に落ちる前に、深紅の蝙蝠に姿を変え空に飛び立ってゆく。


「あの蝙蝠達は?」

「一応、斥候のような物よ。」

「斥候?この先に何かあるのか?」


 俺は、酒場で聞いた噂を思い出す。只、あの時シーリスは噂話を全く聞いていなかった気がするが……。


「さあ、どうかしら?只、何も無いとしても、森の中で迷いたくないもの。」


 やはり、あの噂とは関係なさそうだ。


「それもそうだ。それにしても便利な能力だな。」

「そうでもないわよ。あの子達が見た物は、一度あの子達を呼び戻して私の身体に取り込まないと、私には分からないのだから。」

「思ったより制約があるんだな。」

「そういう事よ。」


 シーリスは頭を覆っておるフードを外すと、再び歩き出す。

 森の中に入って、日の光が直接当たらないようになったからだろう。

 吸血鬼とは、なかなか不便なものなのかもしれない。改めてそう思う。


 暫く歩いた所で、急にシーリスが立ち止まる。


「どうした?」

「……お客様よ。」

「客?」

「ひい、ふう、みい、ざっと二十人ぐらいかしら。はぁ、囲まれているわね。」


 シーリスは気だるそうに口を開く。


「囲まれている?何の事だ?」

「すぐに分かるわよ。ほら、隠れずに出てきなさい。」


 シーリスが大きい声を上げると、周りの木々の影から次々に人間達が姿を現す。その数は、シーリスが言っていた通り大凡二十人くらいか。


 その中には初見ではない者の姿もあった。

 確かクラウスとセルベスだったか?

 酒場の件の仕返しと言ったところだろうか。


「嬢ちゃん、俺達が潜んでいる事が良く分かったな。」


 クラウスが口を開く。


「私、貴方達と違って、とても目が良いの。」


 シーリスはクラウスを一瞥する。


「そうかよ。お陰で手間が増えたじゃねぇか。まぁ、良い。この代償は後で嬢ちゃんに払ってもらうとして、おい、兄ちゃん、昨日はよくも恥をかかせてくれたな。」


 身体の大きいクラウスがその身体に見合う大きさのナイフを抜く。


「へへへ、式術師かなんだか知らねえけど、これだけの人数は相手には出来ねぇだろう。」


 セルベスがそう言うと、周りを囲む二十人ぐらいの賊達は、それぞれの獲物に手をかける。

 不味いな。一対一なら負ける気はしないが、これだけの人数相手に無事でいられる自信が無い。それになによりシーリスが大人しくしている内にどうにかしないと。……とりあえず、隙を見て逃げるか。そう思いながらシーリスに目をやる。


 シーリスは、ニヤと小さく笑うと、一歩前に出る。


「ちょうど、良かったわ。少しイライラしていたの。ちょうど良く辺りには誰もいないようだし、少しぐらい暴れても良いわよね。ふふふ。」


 俺の背筋に悪寒が走る。

 まずい。

 手遅れになる前にどうにかしないと。


「おい、おい、嬢ちゃんが何を言っているんだ?もしかして戦うつもりかい?ははは、こいつはおもしれえや。」


 クラウスがそう言うと、辺りから下品な笑い声が聞こえる。


「ごたくは良いから、かかってきなさいよ。」


 シーリスは子供のように無邪気な笑みを浮かべている。


「ああ、残念だぜ。すげえ美人なのに、性格がこんなんだったとはな。俺は大人しい女の方が好みなんだが。」


 クラウスが残念そうに言うと、セルベスが下品な笑みを浮かべる。


「へへへ、兄貴、気の強い女は女で、色々と楽しみようがありますって。」


 クラウスもセルベスと同じような下品な笑みを浮かべる。


「それもそうだな。野郎どもやっちまいな。男は殺して良いが、女は生け捕りにするんだぞ。」


 賊達は、悲鳴に近い奇声をあげて、俺達に襲いかかってくる。


「我は紅の眷属を統べし者。呪われし赤き力を持ちて万象の全てを我が物とせん。『深紅ブラッディー死神デスサイズ』。」


 シーリスは、親指を噛むと自らの血で深紅の大鎌を具現化させ、一足飛びで向かってくる賊達に襲いかかる。



 シーリスが立ち止まるところで血飛沫が舞い、大鎌を振うところで首が飛ぶ。

 切り刻まれる人間だった肉の塊。

 まさに一瞬の出来事だった。二十人近くいた賊達の全てが死体となって血の海に沈んだ。


「ふふふ、あと二人、呆気ないわね。」



 地面に広がる血の海の真ん中で、シーリスの紫の瞳が深紅の色に輝く。


 身体が震える。

 声が出せない。

 こんな世の中だ。俺もこの手を血に染めた事がないわけじゃない。

 それでもこの光景はあまりにも凄惨過ぎた。

 腰を抜かして、震えているクラウスとセルベスにゆっくりと近づくシーリス。


「お、お前は、い、い、一体、なん、なんなんだ。」


 クラウスがうわ言のように口を開く。


「貴方達には関係ないわ。どうせすぐ死ぬのだから。私はね、貴方達のような愚かな人間を見ると無性に殺したくて仕方が無くなるの。だって、そうじゃない?醜い貴方達だって、その身体を切り刻めば、その醜い頭を切り飛ばせば、綺麗な紅色に染まるのだから。さぁ、最期に綺麗な華を咲かせなさい。ふふふ。」

「うああああああ。」


 クラウス達の断末魔を聞きながら、俺は激しい嘔吐を繰り返す。



 錯乱する。無意識に震える身体。

 段々、暗くなっていく視界。

 そして、意識を失った。


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