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第二幕 異なる存在 Ⅲ

 紅の液体。よく考えてみると、葡萄酒は血を彷彿させる。だからシーリスは好きなのだろうか?そんな事をぼんやりと考える。しかし、聞きなれない低い男の声で、すぐに現実世界に引き戻される事になる。


「おい、そこの嬢ちゃん。そんなさえない男と一緒にいなくて良いだろ。こっちに来て、俺達に付き合いな。」


 声のした方を振り向く、すぐ後ろに赤ら顔の大男と小太りな男が立っている。俺は、予想が的中したと心の中で溜息を吐く。


「お客さん、うちの店で争い事はやめてくれないですかね。」


 酒場の主人らしき男が、その場を収めようと口を開いた瞬間、酒の空瓶が彼に向って投げつけられる。


「うるせえ、てめーには関係ないだろ。黙ってろ。」


 小太りの男が、投げつけた空瓶は運良く酒場の主人らしき男に当たらずに済んだが、それで彼は状況をただ傍観するだけの状態になる。

 周りを見渡す、さっきまでの喧騒が嘘のように静まり返っている。周りの状況から察してこの二人組は、それなりに名前が売れている賊の類なのだろうと察する。


 続いてシーリス方に視線を動かす。当の本人であるはずの彼女は、完全にこの二人組を無視している。

 それもそのはずだろうと、俺にはシーリスのこの行動を理解する事ができた。彼女から見れば人間など自分よりはるかに小さい存在にしかすぎないのだから、気にする必要もないのである。

 

 しかし、自分に害が及べば話は別だろう。

 シーリスが静かにしているうちに、この状況をおさめなければならない。

 静かに立ち上がり、二人組に相対する。


「おい、兄ちゃん、お前には用はないんだよ。引っこんでな。」


 小太りの男が威勢良くつっかかってくる。


「言っても無駄かもしれないけれど、無駄な争いはしたくない。」

 

 小太りの男を無視して、少し後ろに控える大男の方を見る。


 完全に無視をされた格好になった小太りの男は、怒りの表情を全身であらわし、俺の胸倉を掴む。

 長い旅の中で、色々な経験をしてきたせいだと思うが、これくらいの事では動揺することがなくなっていた。


 それに俺には、この状況を収められるであろう切り札がある。

 胸倉をつかまれても全く表情を変えない俺を見た大男が大声を上げる。


「おい、セルベス。引っこんでな。俺がやる。」

「そりゃ、ねぇよ。兄貴。」


 セルベスと呼ばれた小太りの男が不満を漏らしたが、


「うるせえ。がたがた言ってねぇで、代われ。」


 大男がどなり声をあげると、セルベスは、黙って俺の胸元から手を放し一歩下がった。


「おい、兄ちゃん。俺をクラウス一家のクラウス様と知って刃向っているのか?」


 クラウスと名乗った大男が俺の前に立つ。

「悪いが、旅をしている者なので良く分からないんだ。それより、先ほどの質問の答えをまだ貰っていないのだが?」


 自分より一回りも二回りも大きいクラウスを見上げる。


「てめぇ、いい度胸してるじゃないか。少し痛い思いさせてやるぜ。」

「残念だよ。」


 俺はそう呟くと、右手を翳す。

 右手に光が集まり、拳ぐらいの炎の塊が形成される。

 それを見たセルベスの顔色が急に変わる。


「て、てめー、ま、まさか式術師スフィアルーラー。」


 俺は意識的に不敵な笑みを浮かべる。


「式術師なんて気狂い相手に出来るかよ。お、覚えてろよ~。」


 クラウスは悔しそうに大声をあげると、大急ぎで退散して行く。


「ま、待ってくれよ~。兄貴。」


 セルベスもクラウスの後を追うように退散していった。


 ……気狂いの力、間違いない。

 己の命と引き換えに奇跡の力の行使を可能にする、それが式術スフィアなのだから。

 二人が店を去った後、状況を傍観していた周りの客たちから喝采と拍手が巻き起こる。


 その周りの状況に驚きを隠せない俺だったが軽く会釈をし、席に着く。

 溜息を吐く。


 なんとか誤魔化せたようだ。


「助かりましたよ。それにしてもお客さん式術師だったんですね。本物初めて見ましたよ。いや~、あのクラウス一家には、本当に困らされていましてね。皆も今のを見て、きっと気分爽快だったんじゃないかな。お客さん、今日は好きなだけ飲んで、食べていって下さいな。お代は結構ですので。」


 酒場の主人らしき男は、満面の笑みを浮かべながら軽く手を叩く。


 横ではシーリスがあどけない少女のような笑顔を浮かべていた。



 月明かりで照らされた道を歩く二人。

 程よい酔い心地に身を任せながら歩を進める。

 結局、酒場の主人らしき男はほぼ強引に酒代を無料にしてくれただけでなく、今夜の宿の手配までしてくれたので、その宿に向かって歩いている。


「さすが、とでも言うべきかしらね。」


 シーリスが急に口を開く。彼女の方を向く俺。

 月明かりに照らされた彼女の顔。

 透き通るような白い顔は、酒のせいか少し赤みがかっている。酔っているのだろうか?


「何の事だ?」

「さっきの貴方の立ち回りの事よ。まぁ、あれくらいの相手、貴方の敵ではないことは分かっていたけどね。」


 俺は自分を褒めているシーリスに少し驚いた。やはり彼女は少し酔っているのだろう。


「君の前でああいう事をした事は無かったはずだけど、それに正直あれは見かけ倒しの力だよ。」

「どういう事?」

「説明しなくても知っているかもしれないが、本来式術師の力は式具スフィアコードという結晶体を身体に埋め込む事で、奇跡としか表現できないような様々な力を行使可能にするのだが、力を使うたびに、徐々に式具に精神を侵され、使いすぎると使用者に死すら与える事がある諸刃の能力だ。そんな力だが、なぜか俺は物心付いたころから式具無しで式術を使う事が出来たんだ。今のところ、俺みたいなのは珍しいらしい。……但し、やれる事と言えば小さな炎を具現化させられる事ぐらいだからあまり戦いには使えないのだけれど。」


 そうなのだ。生粋の式術師ではない俺は、小さな炎を創り出す事ぐらいしか出来ない。

 つまりハッタリにしか使えない能力なのだ。

 しかも、本当に必要な時以外は、使うなと師匠にきつく言われていた。

 本来命をも犠牲にする事がある力を無償で扱えるなど考えられないからだ。

 気が付かないだけで、何かを犠牲にしている可能性は極めて高い。

 要するに多用する事も出来ない。


 だから炎を見ただけで、逃げてくれたのは本当にありがたかった。


「ふ~ん。まぁ、良いんじゃない。式術の力の根源が何かも理解できない貴方達人間には、身の丈を越えた力なのだから。」

「どういう事だ?式術の力の根源?」

「説明しても、理解できないわよ。」


 相変わらずシーリスが何を言いたいのか分からない。只いつも通りこれ以上聞いても仕方ないと感じた俺は、彼女に尋ねる事を諦める。



 俺達はとりとめない話をしながら宿へ続く道を歩いて行く。



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