逐沢
どうやら刻一刻と迫るモラトリアムの終焉から逃れそうもないことが殆ど決まりつつある。決まるという、二元的な動詞に過程の属性を付与するのは、何とも語義矛盾のような気がしてならないが。それはともかく、大業を成し遂げる人間という者は大方既に大学卒業までの23年間以内に頭角を現しているものだ。休業明けの日が到来するたびに、現実世界を構成している歯車の周りに渦巻く曇りが取り払われて、轟く金属音が徐々に澄んでいくイメージが鮮明になる。いつか南ベルクーゼの洞窟で採掘した蒼翠石も、生涯労働賃金ほどの値打ちがあるわけではない。もって15年といったところであろう。
居間には誰も居なかった。母親の靴もない。テーブルの上にはラップ掛けされた目玉焼きが一つだけあり、内側に水滴がびっしりと付いていた。水滴のついた手で意味もなくテレビをつける。戦後復興の要となった伝説的な女歌手の一生を追った番組が流れている。
「終戦直後、頽廃香る闇市の日曜日は希望に溢れていた。老若男女が彼女のリサイタルを求めて集まった。彼女の歌手活動の淵源はここにあった。」
ちょうど番組の冒頭部であったというのもあり、ぼんやりと最後まで視聴することにした。ドキュメンタリーの主役、天海つぐみと言えば、ラゾーンネで知らないものはないほどの傑物である。ラゾーンネ歌劇団の創設、戦後初の文化勲章受章、国連共同基金代表と一たび功績を挙げれば枚挙に暇がないが、生涯に渡って独身を貫き、巨万の富を持ちながら豪邸で蕩尽するようなことはなく、没落華族が売り払った古民家を終の棲家としたというからいよいよ謎は深まるばかりである。
エンドロールを見終えた後、いつにもまして重い足取りで大学へと向かった。昼の電車はボックス席を独占できるので、一方の肘をつきながら優雅に車窓風景を味わえる。県境近くの田の稲も実りの頃を迎え、稲と稲の間の木漏れ日注ぐ葉陰の揺曳を映さなくなって久しい。かような景色も国の南においてのみ見られるものであり、否、嘗ては見られたものであって、北国では直接針葉樹の木漏れ日を見上げたに違いない。泥炭地と冷風吹き荒れる北国では、馬鈴薯が穀物の代役となったという歴史的経緯を考えるに。
南北の歴然たる食文化の差を考えていたとき、ふと古代山都神話に対する水島篝の考察が頭をよぎった。その地理的断絶からして常識的には俄かに信じがたい、だが文化・言語・社会の面において両者が奇妙な相同性を見せているのも容易に閑却されえぬ一事実である。水島篝の前では古代神話の無作為を主張したものの、そもそも和睦という筋書き自体が胡乱な雰囲気を醸し出していることは否定しきれない。渡来の支配者が、圧倒的な距離を隔てつつも永年いがみ合っていた南北の勢力を和平に導くなど果たして可能なのか。武力による威圧に頼ったことはほぼ間違いないと見てよい。しかし、それならば旧支配者が和平という筋書きを拵えた意図は何であろう。作為の影はこれよりも遥かに深いのかもしれない。
秋学期の初講義はゲンズブール教授の法思想史であった。私はもはや定位置と化した最後部の席を陣取り、いつものごとく彼が口を滑らせる時を待った。程なくして講義が始まったが、今日は見慣れた後頭部が見えない。教授が戦中の話を語りだすやいなや、すかさずノートを取るあの優れた器量を持った後頭部が。
「今日は記念すべき一週目の講義なのでね、出席票を回しま...せん。」
敵意が一斉に教壇へと向かう。春学期に採点基準は試験のみと説明していたので、常連客は動揺の色を一つだに表に出さなかった。新参者の動揺を見逃すまいと手始めに右を向くと、教室の端の席に例の後頭部の姿を認めた。ポストモダンが芸術文学のみならず法思想にも浸潤し始めた背景を説いたエスプリ溢れる講義が中盤に差し掛かったころ、突如として教授が口を滑らせた。
「そういえば、今年は終戦50年ですね。ラゾーンネの公式見解では9月15日ということになっておると思いますが、パルシアでは16日なんですね。えーと、今日ですね。それで、パルシア政府では機密事項の外交文書でも50年経てば必ず開示しないといけない義務があるんです。とはいえ、両国間の関係は特別なものでもありますから文書の開示には一定の範囲が設けられるでしょうね。私個人もその辺りは非常に気になっているところでして、文書と法制史の比較研究をするために講義を早く切り上げる必要があるんですね。」
そう言って教授が突然黙り込んだ。教室がざわつき始めたからだろうか。このような動きはやかましい学生に主導権を奪われた際の教師の常套手段であって、今更たじろぐ私ではなかったが、話している題が題であるだけについ教授の反応が気になった。筆をおいて教壇の様子を窺うと、教授は雑談に花を咲かせていた学生には目もくれず、ただ一心不乱に私の眼を瞠若していた。私は照準を定められた雉のように慌てふためき一目散に右を向いた。視線の先で水島篝の肩が跳ねた。どうせならば左を向けばよかった。意識下で彼女に助けを求めたというのか。教室が静まり返って、言わば精霊が通り過ぎた後で再び教壇を向くと、教授は机の赤紙を見ていた。その後、教授は忙しそうに水を口に運ぶなり、束ねられた赤い票を片手に教壇を離れ、最前列の学生に手渡した。そんなにも粗雑に手渡しては、後日通販サイトでの出席票の価格帯が下落しそうなものであるが。
「今回は特例です。ラゾーンネの文部省が出席加点制にしろとしつこいので。」
筆を収める音が教室の壁に反響した。講義終了チャイム前のプロローグのような筆収めの合奏といい、時々教授が不憫に思えてならない。もっとも、それらは月が経つにつれて弱々しくなっていくので、そこに学期初めの風物詩の如き情趣を見いだせたりもするのだが。私はすっかり気分が悪くなったので、白瀧という偽名を書いて出席票を提出することにした。水牛のような群れが去るのを待って、教壇の上に置くと教授が手招きしたので心臓の鼓動が加速した。
「毎回、熱心にノートを取ってくれているようですね。今日の講義はどうでしたか。」
教授が言う。当たり障りのない質問であるが、どんなに私が言葉を選んで無難な回答を心掛けようとも、すべてを見透かされるような不利な状況に陥ってしまったという感覚が拭えない。
「ポストモダンのメタ言説が法思想に沁み込んでいくとしたら、それはそれでとても退屈です。」
「君は」
疑問符だか読点だか分からぬような返答であった。私の後方にいる誰かに問いかけたような。
「君は?」
「ああ。君は実定法の講義の時、非常に退屈そうな顔をしていることでしょうね。失礼なことを言いました。話を変えましょう。最近は特に仲良くしている人がいるようで。お互いの駆引きが面白くて、私の若かりし頃を思い出してしまいますね。ちょうど、私もパルシアの大学にいた時、想い人があったのですよ。」
「へえ。」
「筆を持ち上げるときもおくときも殆ど一緒のタイミング。二人とも余話が好きなんですね。」
教授がまた後方を一瞥した。黒アゲハのような服で身を飾った気高い人を。
「ディターレン総司令官に仕えたその貴重な体験を聞きたい方は沢山いらっしゃると思いますよ。まだ出版社から話は来ていないのですか。」
「同じような体験をした人なら山ほどおりますからね。長く引き留めて申し訳ありません。最近は学内に不審な人間が入り込んでおるようですから、何卒気を付けてください。我々も取り締まりに尽力いたしますので。」
「はあ、そうですか。」
最後の警句が何を指しているか、私にはそれが分からなかった。ただ取り締まりという言葉が底はかとないディストピアの雰囲気を伴って響いたことだけは分かった。
一連の会話を終えて教室外の外付け階段に出ると、晩夏の残した清風が吹き付けて張りつめた糸を解いた。涼を取るために掴んでいた手摺はいつしか寒気のみを伝え、手を離すと掴んでいた部分が曇っていた。歩かされるようにして辿り着いた階段の終点、食堂と正門の分かれ道で立ち止まり溜息をつくと、羽を透かしたような黒いブラウスが日陰に同化していくように颯爽と食堂側の角へと消えていった。食堂まで彼女を追って、50年前の外交文書の機密事項というものを暴いても良いが、向こうとて同じことを考えているに違いない。とすれば彼女の方から既に声を掛けてこないのはなぜだろう。先のゲンズブール教授の発言を牽制と捉えたのか。外交文書の開示制度を口外したのはブラフであり、確かに不審な人物とは我々のことであったと考えれば妥当な判断である。ゲンズブール教授が我々を監視しているような空気は感じられなかったが、パルシア側の御大であることには変わりないのだから、いくら警戒しようとも警戒しすぎることはない。
次の講義はとても出席する気が起きなかったので、今しがた出た講義棟の近くにある噴水広場のベンチで時間を潰すことにした。寝そべって雲流を眺めようにも、朽ちた木製ベンチの溝に埋まった食殻を蟻が運んでいくのを見てしまっては行動に起こせまい。心なしか背中が痒くなって、首筋を払うと指紋ほどの幅の蟻が地面へ飛んで行った。いよいよ気が休まらなくなって、ベンチから立ちあがると隣のベンチで恰幅の良い男が本を顔の上に乗せて寝そべっているのに気が付いた。背があるからか、肘掛けにふくらはぎを投げ出して非常に窮屈そうである。ちょうど泉にいた烏が水浴びを終えたらこの場を去ろうと思っていた私の関心は即座に隣の男に移った。噴水が何度目かの休止期間に入った時、烏が後に来た雀に容喙し始めた。怒号だか嘲笑だか判然としない両者の啼鳥で、隣の男が寝返りを打つと、顔の上の本は勢いよく落下し、その衝撃音でもってようやく彼は目を覚ました。
「うお、吟遊か。」
顔が割れるまで隣の男が吟遊であるとは全く気付かなかった。
「平沢か、久しぶりだな。」
私と彼との間には6つ7つ差があるが、彼には年嵩の威厳を感じないし、また彼の方でも長幼の序などは過去のものと見做しているようである。
「今年で卒業しないと除籍ですが、進捗どんな感じですか。」
「進捗も何も、まだ一周目だろう。」
「代返、三回くらいならしますよ。学部違いますけど。」
「後輩の情けは受けねえ。」
どこかで聞いたセリフである。確かパルシアで放映禁止となった泥棒のアニメだったか。相も変わらず周囲から浮き立つようなトンガリ帽子とボロボロの外套を纏っており、もはや存在自体がダダイズムの残滓と言うべき風貌。
「今季何単位分受けてるんでしたっけ。」
「16だ。」
「よく108も取れたもんですね。身内に宰相でもおりましたっけ。」
「そりゃあ、大学2年の末には95ぐらい取れてたからなあ。」
「ありゃ。」
「3年からは全国を放浪したり、ストリップ劇場で清掃員やりながら復員のジジイに器楽を教えてもらったりで忙しかったからなあ。」
「時折、ゲシーストワールの場末にある劇場近くの酒屋で目撃情報が上がっていたのも?」
「確かに私だが、その時はまだ大学に入っていないだろうよ。御身。」
「目撃情報が上がるくらいの有名人ってことです。それにしても目撃情報って。吟遊の他には熊か朱鷺にしか付きませんよそんなの。」
「残念だが、近々私のレアリティは急落の一途を辿るだろう。」
「ということは今期はどこにも行かないんですか。」
「そうだ。が、近々後期の講義料を出してもらいに里帰りしなくちゃならん。」
「ご両親は甘いんだか厳しんだか。んで、郷里はどこでしたっけ。」
「ツェールノルデン。国の真北、湖があったとこ。」
「あった?」
「なんだ知らんのか。ツエールスーデンの湖と違って此方のは空なんだよ。」
私にとっては衝撃的な事実であった。威容猛々しい神のお膝元であるはずの北湖がまさかそんな事態になっているとは。
「冬の間だけとかですよね?」
「いや、もう1000年近く。」
「乱掘とか取水とかですかね。」
「そう考えるのが妥当なんだが、深堀りすると何か変なんだよなあ。」
違和を感じた部分について、彼はその詳細を語らなかった。
「とりあえず、学費納入期限を見に行きましょう。」
「ほうい。」
随分呑気な返事である。北の人間は一人しか知らないが評判に違わず真面目で勤勉であるから、少なくともこの人の家系は土着ではなく三世代内に南から越してきたと考えざるを得ない。学内の掲示板まで移動する僅かな合間にも、道脇のソメイヨシノに張り付いた蝉を取っては前胸を摘まんで防犯ブザーのように鳴らしたり黙らせたりしているくらいであるから、吟遊という通名がむしろ本名であるに違いない。自分が詠わぬ時は蝉に詠わせるのである。
「あの、周囲の顔に書いてある文字が見えますか?」
「今は五月でもないし、そもそも蝉は蠅ではない。それに虹と蛇を同じ単語で用いた国はあるし、カブトムシとゴキブリを同じ種類として認識した国もあるが、蠅と蝉を同じと見做した国は聞いた試しがない。言語による認識の差異は文化となって豊国の土壌となるゆえ、私はそこら辺に関しては注意深く調べてきたつもりだが、もしかすると見落としがあったかもしれない。」
「哲学部が言うから哲学的に聞こえるのか、吟遊の語りが哲学的な雰囲気を醸し出すのかわかりませんね。」
「哲学部は思ったよりも馬鹿が多い。数理が出来ず、社会を語る大局観もないから、今ではすべてを奪われた搾りかすとなった哲学に縋り付くのだ。」
「その順番を変えた哲学者の名言なら辛うじて知っているのですがね。兎に角、蝉の絶叫でせっかくの熟考の機会が台無しです。」
事務棟の柱に持っていた蝉をくっつけて彼は掲示板の近くへとやってきた。
「全然岩に沁み込まないなあ。」
「そりゃあ、歌人があの歌を詠んだのはデイサイト質凝灰岩に囲まれた山の中でしたから。」
「ほう。」
「それはそうと、納入期限ですが今月の連休明けまでみたいですよ。あらま後一週間しかない。」
「来月にでも帰ろうと思っていたのだが、これでは間に合わないなあ。」
「ここからツエールノルデンまでは距離もありますし、電車で行くとしてもあの辺りは廃線区間が多くて不便ですね。」
「マイカーがあるから、そこは問題にはならないかな。」
「放浪ばかりしている割によくもまあマイカー買う金がありましたね。」
「地元の車社会しか知らない過保護な母が買い与えたのだ。」
「なるほど。」
四限終了のチャイムが鳴り響き、雑踏が次第に増え始めた。落葉が渇いた音を立ててコンクリートの上を駆けていく。
「平澤。」
今にも空気に溶けそうな気弱な声であり、何かを懇願するような調子を帯びていた。
「はい。」
「かれこれ6年目からは親を説得して学費を得るために毎期のごとく里帰りをしている。最初の何回かは1年分を与えてくれたが、今はこの通りだ。」
「はあ。」
「だからだなあ。いや、何でもない。」
「後ろ盾がなくとも勘当はされないでしょう。少なくとも今年限りは。」
「それじゃあ、私は次の講義があるので。」
「卒業がかかってますからね。ここで止める訳にもいきません。」
「では。」
「あ。」
「はい。」
「後ろ盾の件は別として、私も週末の里帰りに同行したいのですが。」
吟遊は事務棟の柱に張り付いた蝉をさも煩わしいように見つめて、私の顔を見ずに答えた。
「ゲシーストワールから西へ二つ離れた駅、出発は夜中、時刻は土曜に日が変わったあたりで。」
「了解です。」
吟遊が去ったのを見計らったかのように柱の蝉は一連のリズミカルな絶唱を披露し始めたが、私が横腹を突くや否や柱の蝉は垂直に小便を撒き散らしながら彼方へ飛んで行った。
続く講義は環境法であったが、初週ということもあって講義自体は30分も経たぬうちに終わってしまった。せっかく大学まで来たのだから、済ませられる用事はなるべく今日中に片付けておきたい。私は幻像機を取り上げ、先日龍恋の石片の分析を頼んだ地質マニアと連絡を取ろうと試みた。今日まで顔見知りの癖に連絡先も知らないという異常な関係をだらだら続けてきてしまったため、彼と連絡を取るときは彼が運営しているネット上のブログの掲示板にメッセージを送るという面倒な過程を経なければならない。
「やあ。」
「もし。」
メッセージを受信すると通知が来るようなプログラムを作ったらしく、例え深夜に送ろうとも彼は即座に反応してくるため、ストーカーの素質において彼の右に出るものはない。幸いにも、彼は岩石以外に全く興味を示そうとしないから、今のところ私の周りは辛うじて平穏が保たれている。
「今日?」
「違。」
「明日?」
「明日。」
「昼?」
「下。」
「り。」
返信も見ずに掲示板を離れた。アクセスカウンターの値が二つ増えたのがとにかく私の気に入らなかった。記事を更新していないかブログ内をスクロールすると、収益性の高い卑猥な広告が追尾してきたので意味もなく再起動のボタンを押したが、思ったよりも立ち上がりが早かったため妙に鞄に放り込む気にならず、水島篝に先ほど取り交わした北行きの件を伝えてから画面を閉じた。その後、いよいよすることもなくなり、中央の桜並木を抜けて正門を越えたは良いが、大学正門前の電光掲示に今まさにこれから乗ろうとしていた電車の遅延情報が流れていたのを見てしまい、元来た道を引き返して図書館で時間を潰すことにした。
とりわけ目的もなく図書館に来たわけであるが、地理の区画を歩くうちにツエールノルデン一帯の景観を調べようという気が沸いた。幻像機で調べればほぼ同等の情報を得られるであろうが、ネットに載っている情報、少なくとも視覚的な資料に関しては紙媒体に比べると幾分か劣る。
それにしても1000年近く湖に水がない状態というのはにわかに信じがたい話である。それに、水がないと言っても完全に水の枯渇した状態であるのか、はたまた低草木が茂る湿地帯のような状態であるのか、あの吟遊の断片的な情報だけでは何も判断できまい。
写真を見る限りでは、湖の底は少しぬかるみのある土で覆われているようであった。どうやら葦が実るだけの水分はあるらしい。断続的に取水していなければすぐに元に戻りそうなものである。南湖の凪いだ水面に腹を晒しながら揺蕩った思い出があるばかりに、北の不遇な状態や南北間の格差に不思議の念を抱かざるを得なかった。似たような絵ばかり並ぶ重たい資料集を捲っていくと、巻末に奇妙な写真を見つけた。ある家族の日常風景を撮ったものであるらしい。住家の隅に向かって七色の菓子を投げている。写真横の注釈には「裏冬至(右見冬至)に撮った一枚。菓子を投げられているのは鬼である。北の鬼は目には見えないと言われている。」と書かれていた。私はその記述と写真に妙な引っ掛かりを覚えた。この七色の菓子は明らかにツエールスーデンで見た菓子と似ている。
ツエールスーデン一帯の住民にとっての鬼とは、二本角を生やした恐ろしい形相の妖怪を指していたが、北湖における鬼は不可視のものであるらしい。住民の中で鬼の像が確立していることと、その存在が不可視であることは別々の事柄であり矛盾を引き起こすものではないのだが、不可視である以上は明確な像を持たないと考えても筋が通らないではない。とはいえ、ツエールスーデンにおいて私はついに鬼の姿を見ることが出来なかったのだが。少なくとも、この写真を見る限りでは菓子の機能が一種の魔除けと推察されうること、これが正だとすれば、水島篝が以前私に語ったような神聖化された聖舞の青鬼とは根源を異にすることが明らかとなる。
気づけば時は日暮れに差し掛かり、帳が降りるのを待つまでもなくロールカーテンが一斉に図書館の大窓を覆った。改めて正門前の電光掲示を見上げると、列車は定刻通りの運行に戻っているようであった。
いつもより乗客が多いように感じるのは、少し前までダイヤが乱れていた余波であろうか。私は鬱屈とした林のような人並みを抜けて、さらに薄暗い車両の継ぎ目へと避難した。懐中時計を見ると、短針は7の真上を指していた。最寄り駅まであと僅かというところで、久方の登校故に全身にのしかかった疲労に耐えきれず、徐々に意識が朦朧としていくのを甘んじて受け入れるよりほかになかった。
双眸が圧迫した時に現れる宇宙のような晦冥に、一点の燦然とした光が忍び寄ったかと思うと、一縷ほどのか細い光が次第に増幅し始め、晦冥はついに一面の白で埋め尽くされた。そして瞬く間に白は輪郭と色彩を付け出し、かつて春の終わりに見た情景を映し出した。斜陽に灼けた稲の照り返しから古歌の節まで、あの日見た夢と寸分も違うところはなかった。
次いで流れてきた夢もこれまたどこかで見たことのある、しとど雨降る夜のバス停で静かに夫を待つ健気な妻の姿を映した情景であった。まだ公共のバスがイリヤベートの鄙びた村の杉下を走っている昔年の田園風景。しかし夏の盛りに祖父母宅で見たものとは異なり、私は妻の姿をバスの中から見つめている。停留所に着いた時、夫はバスを降りて待っていた妻と眼を合わせたが、その瞬間に景色は一変し、どことも知らぬ橋の下に男女が二人、橋の影で息を殺して追手が去るのを待っている光景に切り替わった。男女が向き合う構図は一つ前で見た停留所でのそれと全く同じであったが、女は若かりし祖母ではなかった。女の顔は夜に紛れている。先ほどの傘の中で広がっていた安堵の雰囲気は消え去って、橋下に身を隠す両者の間には張り詰めた空気が漲っていた。そして、夜が一点の隈もなく辺り一面を黒く染め上げると、すぐ隣にいた女は姿を消し、橋の下であった空間はいつの間にかに狭い暗室へと変わった。男は随分と老けたようで、まるで壊れかけの骨董にでも触るかの如く繊細に、花を開いた暗室の隅の植木鉢の土を掘っている。
それらの映像が流星のように駆け巡り、傍観者である私はたった一人の観客としていつ終わるとも知らない夢をぼんやりと眺めていた。最初からこの夢が夢であることには気づいていたが、悪夢ではなしに席を立つつもりもない。私は夢の中で誰の生涯を追いかけているのであろうか。
「先生。」
暗がりの端で誰かが誰かを呼んでいる。声の主は明白であった。昼に別れた黒いブラウスの彼女である。一つ違えば私の祖母になるかもしれなかった人。しかし、彼女にしては少し声色が高いような気がする。もし冷静沈着な彼女が僅かであれ天衣無縫の気質を持って育っていたら、きっとこのような声色を発するに違いないのだが。
「先生。」
浮き上がったスクリーンには春爛漫の千本桜、そして花見をする仲睦まじそうなつがい。男は桜の根本に背を預けて読書に興じている。女は地面から離れた大幹に腰を下ろして駘蕩たる春風を浴びつつ時折根本の方を窺っている。
「先生。」
幾分か距離が近くなった。先ほどは明朗な響きを伴った調子であったが、改めて近くで女の声を聞くとそれが淑やかさと高貴さとを兼ねたものであるように感じられた。一方で、花見をしているつがいの情景は相変わらず変化がなかった。が、吹く風は多少勢いを増したようで、緩く一本に束ねた女の後れ毛が風鈴の舌のように揺れていた。そのうちに、春蘭を追った花吹雪が私のところにも吹いてきて、足元に花びらが運ばれた。最も瑞々しい一枚を選んで拾い上げると、暗中一帯に扉の閉まる音が響き渡った。左手で摘まんだ桜の花びらが枯葉のごとく粉々に散り崩れていった。前方を向くと麗らかな春の情景は跡形もなく消えていた。
「先生。」
耳元で声がした。これまでの明るい調子ではない。何か後悔と私怨の入り混じった迷子の叫びにも似たおどろおどろしい声に私は突如として現に引き戻された。乗客は疎らであった。声の主を探したがどこにも見当たらない。両を彷徨って先頭車両まで着いた時、電車のアナウンスが入った。そのときになって、私はあの扉の閉まるような音の正体が最寄りの駅の閉まる音であったと気づいた。




