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朧湛  作者: 東瑠璃
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転編、序


 世界地図の中でも北方に位置している割に、ラゾーンネの夏は暑い。土地柄のせいも多少はあるのかもしれないが。

「道という道がコンクリートで塗りたくられる前は、扇の風だって幾分かは涼しく感じられたであろうに。」

どこかで読んだ海外の随筆の一節を引きながら団扇をはためかせていると、扇子の両面に貼られていた広告に目がついた。「今からでも遅くない。」という紋切り型のキャッチコピーの横には兎とも河童とも似つかない珍妙なキャラクターがしたり顔をのぞかせていた。私はその表情にどことなく薄気味悪さを感じたので、扇の回転数を上げてなるべくそのキャラクターを見ないように努めた。が、10分もしないうちに腕の筋肉に限界が来たため、とうとうその広告を見ざるを得なくなってしまった。その煽動的な謡い文句からして、私は勝手に予備校の広告だと決め込んでいたが、よく見ると駅前留学の広告であり、決して社名にも覚えがないわけではなかった。金色に光った文字列を読むに、扇に付された説明会の日付の期限まではあと残すところ二日しかないらしい。留学に行く気など更もなかったにも関わらず、焦燥の念に駆られて心拍数は上昇していった。

「今からでも遅くない、か。」

紋切り型のフレーズに沿って埋め込まれた光沢がやけに眩しく思われた。八月の中旬、そういえば水島篝は辰鎮へと旅行、もとい留学しに行くと言っていた気がする。諸悪の根源はそれか。私は仰向けをやめて上体を起こし、幻像機で駅前留学のサイトを訪ねた。一通り調べるも、団扇の広告内容に該当するページが見つからない。先ほど放った団扇を再度手繰り寄せて期日を見直すと、期間年には去年の数字が記されていた。不気味なキャラクターの上方に用意された吹き出しにはご丁寧に「事業発足30周年の特別キャンペーン」という文章が載せられていた。道理で見つからなかったわけである。30周年を祝ったのなら、31周年を祝っても良さそうなものである。31だって、2進数の観点から見れば十分特別な数字である。5桁すべてに1がつくのだから。こんなに縁起の良いものはない。やがて、脳内で屁理屈を並べ立てるのにも、今にも剥がれそうな団扇の隅の糊付け部分を爪で圧すのにも飽きが来て、ぼやきを一つ、

「遅いじゃないか。」

愁嘆は夏の気怠さに溶けていった。


 階下から掃除機の音が聞こえる。暗に外へ出て行けと催促されているようで、実家というのに居心地が悪い。かといって、どこにも行く宛はない。足音を掃除機の音に紛れ込ませて階段を下りて、菓子棚から煎餅でも取ることにしよう。音を立てれば使いに走らされる、リスクに見合わないリターンである。しかしこちらとて無策ではない。足裏の接地面積を最大にすれば、つまり隙間なく足裏を板にくっつけるようにすれば、音を殺して歩くことなんて造作もないのだ。生育環境は技術の母である。獲物を捕まえんとするカマキリのような、椎魯であるが静止してはいないといった動きで菓子棚まで近づくと、意図せず和室の桐箪笥の上にあった祖父の遺影が目に入った。顔のあちこちに畳まれた皺が淋漓として駆けている、写真全体が一つの箚青のようだった。そういえば写真の彼はいったい誰だったのだろうか。

「薫、あんた家にいたの。」

「出不精の息子に放つセリフでは無いな。」

「あのさ、」

「今年は帰省はしないんだっけか。」

寸でのところで使役命令を阻止することができた。が、その対価としてずいぶんと間抜けな質問をしてしまったものだ。

「はあ。今年って。もう10年近く帰省なんかしていないじゃないの。」

「そうだったっけ。」

知らぬ存ぜぬを突き通すのも意外と難しい。

「何年か前にお父さんが一人で行ったときは、ちょうどあんたが予科受験の年だったわね。まあ、あんたももう大学生なんだから、行きたきゃ勝手に行けば良いのよ。」

父に対しては未だに「お父さん」呼ばわりするほど熱が冷めていないのに、父方の実家に対しては執着がないというか薄情なのは、どこの主婦にも見られる普遍的な現象なのであろうか。

「へえ。」

適当に相槌を打って、注文の入る前にさっさと二階へと避難しようとしたが、階段の手すりに手をかけたところで私は母にこう尋ねざるを得なかった。

「費用負担は。」

「それはもちろん、往復代くらいは。10年ぶりの帰省になるわけだし。」

思いがけない返答だった。冗談半分のつもりだったのだが、こうなっては虚言で終わらせるのも勿体ない。

「よし決まった。今日の夜寝台に乗って行ってくる。」

「あっそう。」

母は掃除機を片付けると、洗面用具のストックを確認し始めた。つい先日ゼミ合宿があったばかりなのだから、そんなに準備に時間がかかるはずもない。それに、他所の土地ならいざ知らず、今回の目的地は祖父母宅である。洗面用具など、無ければ借りればよいだけの話である。

「この前の合宿の時に用意した洗面用具一式を使いまわすから。」

「でもこの前、洗顔が切れて借りたとか言ってなかった?」

「あ。」

「ほら。家のやつを持っていきなさい。」

「へい。」

「何日間泊まるの。息子が行くと連絡しなくちゃならないんだから。孫とはいえ、突然戸を叩かれては困るだろうし。」

「三日間くらいかな。」

「じゃあそう伝えておくから。」


 予約欄を見ると寝台は既に満席であった。テーブルの上の眼鏡は手を伸ばしても届かなさそうであったので、近くにあった母親の幻像機デバイスを拝借して祖父母の住むイリヤベートまでの往復を探していたのだが、連休でもなしに、あろうことかシャワーのない二等まですべて埋まっているとは。

「今週って連休あったっけ。」

「毎日連休の御身分にはそんなこと関係ないでしょう。」

あるのかないのかの二択以外、回答のしようがないと思われるのだが。幻像機のカレンダーには日曜日を除き、朱色の数字は見えなかった。


 鈍行でイリヤベートまでの道を行くとなると、少なくとも5時間はかかるだろう。祖父母宅のある県へは、ベルクーゼの山裾を抜けていく道程と先日のツェールスーデンまで臨海を沿いつつ、そこから内陸部に曲がっていく道程との二つがあるが、前者のルートは本数が少ないうえに嚙み合わせが悪く、万一眠りこけて乗り継ぎに失敗したりすると、獣の咆哮を背景音楽に、建付けの悪い窓に蛾の犇めく掘っ立て小屋のような粗雑な建築物の中で数時間を過ごさなければならない。また、生存競争に敗れた獣の投身自殺の場として人気なのもこの路線であり、良く電子掲示板に衝突の知らせが流れる。月に二度ほどの頻度だろうか。人の世でなくとも世知辛いものは世知辛い。衝突した車両があまりに多く、田舎で予算にも余裕がないために車両の点検でさえ満足にいかない。憂えるべき現状であるが、電車愛好家からは現状維持の声が多数上がっている。殊に彼らの中では車両の凹み具合から機体の名前を当てる遊びが流行っているらしい。甚だ酔狂であるが無風流ではない。後者のルートを時刻表に照らしてみると、約二時間後の12時14分に一本あるというのが分かった。それから4時間後の16時10分に同じのが出発するらしいが、そっちに乗った場合、到着は22時手前ということになろう。年寄りの生活スタイルを崩すようなことは差し控えるべきである。


「となると、12時か。」

私は箪笥の引き出しを開け、整然と折り重なった服を上から順に三日分引っ張り出し、大学予科の時に使っていた空のカバンにねじ込ませた。それから足をばたつかせて進行方向を洗面所に移し、掃除機による大規模粛清でもはや虫の息となっていた埃を奮迅させながら、また足裏に張り付いた粉塵の綾なす模様を確認しながら行進した。

「埃!」

洗面所までたどり着いた一軍に向かって母が放った言葉はその一語のみであった。私は行進を止め、足裏を確認し、残党が思いのほか集まらなかったのに気づくと、それらを手で捏ねて数本の棒にして、さらば逆賊と力なくゴミ箱に放り捨てた。

「床と壁面の道に沿って行進していたら、あらまあこんなに。」

母は私の一連の動作を見ていなかったようで、何の反応もよこさなかった。

「洗面用具の用意、出来たわよ。今日の夜出発するんでしょう?」

「いや、昼にした。あ、床掃除はもうやったから不要だよ。」

「珍しく気の利くこと。」

洗面所のゴミ箱を見てミミズとなった逆賊の製造過程を見るがよい。

「服は。」

「用意した。いつも同じ組み合わせしか来ていないもんだから、引き出しの上から順に取るだけの簡単な仕事だったね。」

「あっそう。」

「ん。」

「金は。」

「駅の銀行で引き出す。」

「飯は。」

「知らん。」

「はよいけ。」

「。」


家を出て自転車のある庭まで歩くと、かごに折り畳み傘が投げ込まれていた。自転車の向かいの窓は閉められていたが、外側の網戸は窓の位置からは著しくずれていた。思い出したようにその場でイリヤベート県の天気事情を調べると、今朝方に台風が過ぎ去ったばかりらしく、猛暑の注意書きが出ていた。そして、今晩遅くにまた雨が降り出すそうだ。と、何気なしに頤を上げるとエストリッヒの空は雨催い、隣家の紫陽花からは雨の匂いが漂う。私は急いで自転車に跨った。

 

 駅の無料駐輪場に着くと、休日にも関わらず自転車が所狭しと並んでいた。ハンドルの曲がっているもの、サドルのないもの、酸化が進んでもはや錆となっているもの、これらは一刻も早く廃棄すべきである。自転車を押して空きを探していると、ほどなくして大道を少し外れたところに一台分の空きを見つけた。隣には原付が留まっていた。ナンバーを見ると、REPの略称文字がついていた。REP、つまりレックスエンプロヴァンス市はラゾーンネの南東にある列島である。25年近く前の旧式の原付であんなに遠いところから一体なぜここに来たのだろうか。しかもこの原付では60キロまでしか出せないであろうに。興味の赴くままにその原付を物色していたかったが、出発時刻まで時間がないので仕方なくあきらめることにした。

 

 ツェールスーデンまでの道のりはこの前と同じであるから、窓外の風景も退屈凌ぎとはならなかった。それに携行した本が悪かったようだ。まったく中世時代のパルシア正教の大全書なんて選ぶべきではなかった。パルシア神学が後の哲学や諸科学に多大な影響を与えたことは認めざるを得ない周知の事実であるが、如何せん旧来の箴言や戒律の相矛盾する徳目を無理くり弥縫して正当化しているから、現代の価値観から見れば屁理屈以外の評価を寄せることが出来ない。現代において覇権を握っている先進国の中の中枢国がこのような出鱈目な教えを道徳の要石としていること自体、未開部族に勝るこの世の不思議である。道理でラゾーンネにパルシア風の道徳が染みつかない訳だ。文字が上から下へと滑り降りるのに合わせて、肘から頬が滑り落ちた。まどろみの中でも向かいの老年が此方を見て笑いを堪えているのには気づいていた。学のある人間ならば、失笑の中にも幾ばくかの同情ぐらいは寄せたであろう。大全書を背中に据えてしばらく眠った後、停車時のブレーキ音で目を覚ました時には遂にツェールスーデンの二駅前まで来ていた。山間を走る列車を見上げるような形で湖が顔を表している。ちょうど視界の先の辺りはいつかの間欠泉がある場所であろう。私は間欠泉での彼女の発言の真意を再度読み取ろうとしたが、腹が減ってそれどころではなかった。ツェールスーデンに着くも、乗り継ぎの良い時間を選んで出発したので湖を眺める時間はなく、駅弁を買ってイリヤベート行きの列車扉が開くのを待った。その奥で今しがた私を運んだ列車が回想という目的地に向かって走り出した。鈍行とはいえ、ほとんど迅速急行と変わりはない。その差僅かにして約45分くらいである。どう考えてもコストとパフォーマンスが見合っていない。この前の交通費代がいやに馬鹿らしく思われた。

 

 続く路線は7両編成であり、先の路線よりも需要のないであろうことが推察された。インフラ機能のために廃線せずにいるが、会社にとって重荷であることには変わりない。このような場合は官民共同出資型に舵を切ろうにも、外れくじを自ら引きにいく企業などあるはずもなく、大方国のほうで面倒を見ることになるのが約束である。以前、国家鉄道民営化の改革案を提出した首相がいたが、インフラを民間に任せれば国の存亡に関わるだろうという、党の元老的存在であった官房長官の一声で敢え無くお流れになった。さる光歴1980年代初頭の椿事である。

 機体も主要線のお古のようで、座席の反発感に歴史を感じざるを得ない。しかしながらそこまで悪い心地がしないのは、まだ迅速急行が特急であった時代の機体を頂戴したからであろうか。紐で編まれた眼前の小物入れにラゾーンネの観光雑誌が滑りこんであったので、暇つぶしに眺めることにした。巻頭にはラゾーンネの全体図が載っており、島国といえどそれなりの国土面積を持っていることを改めて認識した。それにしてもラゾーンネという国は絵にかいたような菱形である。菱形の形相を阻害せんとその左角から生えている根は、いまや昔懐かしのドラコグロッケ島である。次いで菱形の右斜め下にある、小さいとも言えない黒子のような島は旧式原付の故郷である。そして、今回の目的地であるイリヤベート県はベルクーゼ本山のこれまた右斜め下の盆地にある細長い海なしの土地である。菱形を人の顔に見立てた場合、イリヤベートはちょうど口の左端部分にあたる。地方中枢都市の一つであるが、他に比べ山間にあるので海運の恵みに与ることはなく、また中心部以外は牧場や畑が広がってどこか落ち着いた印象がある。ツェールスーデンからは約100キロほどであり、1時間半も電車に揺られればじきに着くほどの近さである。列車が山に入った後も私は車窓などお構いなしに、水島篝の生まれたであろう北国のほうを見たり、ツェールスーデンを起点として延びている、いわゆる蚕の道に沿った国道を指でなぞったりしていた。結局雑誌の中身を見ることなく列車はイリヤベートに着いた。さすがは夏の盛り、17時台でも蒼穹が広がっている。

「イリヤベート駅からまずはバスで祖父母宅から近い複合商業施設まで行って、そこからの3㎞はまあ遠くもないし折角だから歩くか。」

 

 地方中枢都市だけあって駅前は人が多く、街道も華やかであったが、複合型商業施設に着いた頃にはエストリッヒの地元と大差なくなっていた。ゲシーイストワールの一局集中の弊害であろうか、それとも盆地とはいえ高地は元来人が住むに適していないからであろうか。複合商業施設の裏をツェールスーデンから伸びた高速道路が走っている。12年前を最後にイリヤベートには足を運んでいなかったため、大型商業施設の誘致も高速道路のリニューアルも想像を超えて新鮮なものに映じた。道路沿いの店は様変わりしているようであった。それにしても、幼年の記憶というのは曖昧で加減知らずなものである。右側と記憶づけていたガソリンスタンドが左側にあったり、親戚の世間話に飽きて時間を潰した公園を改めて見てみると子供ですら満足に走れないほど小さかったりする。公園には自販機があったような気がしたのだが、実際は公園から少し離れた解体工場の入口にあった。が、親戚の連れ子と飲んだ濃厚桃の缶ジュースはまだ売られていた。値段は20モンドほど高くなっていたようだが。この地味な記憶の照合の経験が走馬灯に選ばれたりするものなのかもしれない。兎にも角にも、こうした記憶上のオブジェクトと偶然再会する際の一喜一憂を享受するために、敢えて私は祖父母宅の住所を控えなかったのである。

 車の進入を防ぐポールに尻を預けて鉄から涼を取っていると、都市街のほうから暮れ六つを知らせる鐘が鳴った。夕の五つと六つの二回に限って鐘が鳴るのは昔からよく覚えていて、子供ながらに自宅に戻って全国の時報を調べたが、このような変則的なパターンはこの街を除いてほかにはなかった。恐らく今もそうであろう。

 

 祖父母宅が高速道路から近いところにあったのは確かである。たとえそれが幼年時の曖昧な記憶に依するものであろうが、高速道路の位置を変えることは殆ど不可能であるから珍しくも記憶の通りなのであろう。理性の非道具的使用とは大方このことであろう。壁沿いを歩くと杉林に入り、やがて既視感のある田舎道が現れた。高速道路下のトンネルから広がるようにして一本道が数本並行に連なっている。その中でも、ベルクーゼ山連峰の右端の山に立つ気象観測塔が直線状に見える道こそ祖父母宅へ通じる道である。

「相変わらず堆肥臭いなあ。」

台風が去ってまだ一日も経っておらず、畑も水浸しであるのに堆肥の臭いはいまだ消えぬままであった。と同時に、春先と夏場は帰省すべきではないという本能の訴えが臭気を介して10余年ぶりに木霊した。それに応ずるように、嗅覚もまた記憶を分有している知覚だという認知学の教授の話を思い出した。無論、その認知学の成績が可であったことも。

「だいぶ近くまで来た。もう100mもないはず。」

里芋畑が見えた。祖父母宅の辺りは里芋畑が多く、蓮のような大葉が光を受けて悠々と葉の筋を広げていく様を夜影残す朝まだきによく観察していた。親戚の連れ子は大抵私の言うことを聞き、尊敬の眼差しを向けたが大葉の観察に対してだけは理解も尊敬もされなかった。

 台風の齎した水たまりが里芋の根を隠し、大葉の落とした夕影が水面に揺らめいている。昨夜に地元を発っていたのなら、大葉から滴る滂沱の涙を見逃すことはなかったろう。太陽の鼓舞ですっかり溌剌を取り戻してしまったらしい。落涙には塩っ気がない。目脂もない健康的で純粋な潤い。水たまりが茫洋さを演出して忽然と出現した幽邃たる夕景を忘れじと、畑に沿って鈍々と蟹歩きをしていると背後から胃袋を掴んでくるような香りが漂った。


振り向くと、いつまでも昔と変わらない祖父母宅が出迎えた。


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