霧の湖
朝食ビュッフェを食べ終えた帰り道、昨晩と同じように非常階段を通って自室のある階まで歩いていると、階下から上ってきた水島篝と対面した。が、彼女の様子はいつもと違って見えた。
「おはよう。」
「カオリから話しかけてくるなんて意外なこともあるものね。」
「朝早くから、それも陽の当たらない非常階段でサングラスをかけているなんて随分と意識が高いんだな。」
「昨日の陽射しで思ったよりも肌が焼けたから反省して終日かけることにしたの。」
「笑ってもいいか?」
「勝手にすれば。」
「似合ってないわけではないんだが、あまりに非合理が過ぎてなあ。」
もう一度彼女の顔を見て噴き出しかけた。サングラスの奥から放たれた睥睨が私を突き刺した。私は急に彼女がいたたまれなく思い始め、
「じゃ、また近々。」と手短に別れの挨拶、脱兎のごとくその場を去った。
朝食ビュッフェを終えた後、ゼミの一同はまた貸し切りバスに乗って山を下り、半数のゼミ生が昨日訪れた美術館の近くの岸辺で降りた。今日はシュノーケリングの日らしい。いわゆる緩ゼミと称される落伍者集団組織の緯糸は弛み過ぎて下限を知らないようだ。これではただの観光と変わりがない。が、慣れというのは恐ろしいもので、やる気を表す下に凸の放物線の最小値を調べたらこのゼミの値よりも低い所は無いと開き直れるだけの自信があった。実際、我々の目と鼻の先でレンタル業者が海難事故を防ぐ為に熱心に講義をしているが、落伍者で構成された「年少組」の心はといえば相も変わらず上の空で、そのいかにも気の抜けた生返事に業者の顔も引き攣り始めた。
「冷たい」と女の声。昨日相田と一緒に歩いていた金髪の田舎顔の女が当然のことで全く言語化する必要のないことを大げさに言い放った。腹に脂肪を弛ませた相田が、屠殺間近の豚の断末魔のような返事をした。シュノーケリング班は教授含め8人いる中でちょうど半数だったため雑音の数が常より少なく、非常に快かった。もう一方のカヤック班はツェールスーデン湖と支流の分岐点から3㎞に渡って川下りをするらしい。水島篝は今頃真顔で渓流の波しぶきと遊んでいることだろう。例え彼女がシュノーケリング班に居たとて、水着を拝むことは出来そうになかったから別に離れ離れでもそんなに残念には思わなかった。それに、あのサングラス姿を見て笑いを堪えきれる自信が無い。思い返せば、バスに乗っている時もかけっぱなしであった。また、福原には前もって私がカヤック班を選んだというブラフを貼っておいたため、彼の姿もここにはない。危機管理は徹底していた。改めて風景を眺める。目の前には雄大な湖、監視はいない。私は水を得た魚の如く桟橋から勢いよく飛び込んだ。水底は沖に進むにつれて深くなっていったが、それでもなお少し潜ったところですぐに底の砂が見えたので意味もなく胡坐をかいた。そのうちに水底にまで差し込む光の揺らめきに興を覚えて浮上し、水面から顔を覗かせると自分がまだ岸からさほど離れていないことに気づき、一層沖への探索をせんという機運が高まったが、一人行動故に遭難しても助けが来ないのは十分承知のことだったので、美術館の先にあった古めかしく物々しい威厳の溢れた建築物を目印として、また水底めがけて潜り始めた。カジカや手長エビが巨人の襲来に恐れ慄いて身を隠した。底面を這うように泳いでいると、ちょうど建物の正面に来たところで砂が正方形に盛り上がっていて、出来心から砂をかき分けようと思い立った。いざ払ってみると砂が堆積したものではなく石が台座上に象られたものであると分かり、注視してその盛り上がりを追うと縦方向に10mほど続いていた。そして飽きもせず砂埃を払っていると、台座の四隅のうち二つに根の部分だけ残った切断面の粗い石柱を見つけたので、私は近くにあった貝殻を拾ってきて石柱を叩き、その欠片を持ち帰ろうと試みたが水の中では思うように力が出せず目論見は失敗に終わった。意味もなく壊れた石柱の辺りを徘徊していると、光沢のある鎖が柱を取り巻いており、その鎖の先には小さな箱があった。その小箱は永年水に晒されていたらしく錆だらけであったが、実際近くで観察すると見た目に比してそんなに古めかしいものではないと分かった。私は出来心から、手に持っていた二枚貝でラッコのように鎖と小箱の継ぎ目を叩くと、衝撃に耐え切れなかったのかあっさりと分離した。目的のない旅行に限って、このように強烈な匂いを漂わせる手掛かりらしきものが見つかるのは何故だろうか。誰かの悪戯や子連れの観光客を楽しませるための宝探しの置き忘れであったらどれほど気が楽か。
集中力が切れたところでゴーグルのメニュー欄から現在時刻を引き出して調べるとちょうど正午前になっていたので、渋々その場を離れて南に昇った太陽を背に美術館の方まで平泳ぎで帰った。更衣室で私服を着直し最後に靴下を履いたが、皴が増してふやけた様になった両手に対してフィンを着けていた両足は湖に入る前と何一つ変わらなかったことに感動を覚えた。
最初の集合場所まで駆けると、既に私以外のゼミ生は全員集まっていた。三峰教授は私が一団に加わるのを見届けると今後の予定を話した。
「午後は行政官舎に行きます。食堂にお邪魔して昼食を食べた後、観光部や文化促進部の方々から町おこしにおける行政の立ち位置やその他諸々を学びます。朝から体力を使ってお疲れのことと思いますが、くれぐれも粗相の無いように。それでは公共バスがあと10分で着きますからそれまで大人しく待ってましょう。」
皆心底疲れ果てたような顔をしていたので、教授から出た「大人しく」という文言は戒めとしても牽制としても機能せず空撃ちに終わった。金髪の女はとりわけ酷く、厚化粧が汗で落ちて人食い媼のような面構えになっていた。また、会話をしたことがない為に今まで言及を避けざるを得なかった教室の最前列で本を読んでそうな女もいつにも増して暗さに拍車がかかっていた。水島篝はまだサングラスをかけている。
やがてバスが来ると、年少組はバス側の事情など考えもしないといった様子で、蝸牛のようにぞろぞろと乗り口を上がっていった。
役所に着くと年の割に髭を野放図に伸ばした男が出迎えた。講義役を買ってくれる者好きにふさわしい風貌であったが、その男は挨拶が終わるや否や開口一番に野外活動で蓄えた疲労を労ってきたので、なかなか話の分かる奴だと私は手のひらを返し脳内の内心点に満点をつけた。無論、今後の展開はこの時から分かっていたことで、薄毛の白井を除くゼミ生は眠りこけているか船漕ぎをしているかであった。対面時にいきなり講義時の爆睡を見逃すことを匂わせた、というよりかは免罪符を配った向こうに責任がある。私は疲労が重荷となってのしかかるまでの時間が人よりも長かったので、寝はしなかったものの、テーブルのシミと室内にもかかわらずサングラスをかけ続ける水島篝の観察で手一杯であった。講義終わりに三峰教授にそのことについて如何と尋ねると、彼女は生まれながらの色弱で色彩補正をするために専用のサングラスをかけているということだった。教授が口を開いて10秒も立たずにそれが明らかにハッタリと分かったが、教授は疑いの顔一つせず喋りきった。私は品行方正は芸よりも身を助くという教訓を得た。外に出ると昼下がりの涼風が服を通り抜けた。これからは男女に分かれて民宿に泊まる予定となっていた。そして日待ち講という一風変わった地域のおしゃべり会に連れていってもらい、そこで地域文化を学ぶということになっていた。
民宿は期待していたよりも遥かに気品があり、殆ど旅館のような佇まいであった。庭園は椛に覆われていて、池は熱気の取り払われた夏の万緑を映していた。
「ここが宿泊部屋です。一応四人部屋ということにはしてありますが、元は宴会部屋だったので無駄に伽藍としています。」
家主のぶっきらぼうな喋りに我々はただ頷くばかりであった。二分もしないうちに家主が説明を終えて離れると福原が口を開いた。
「随分と広いね。」
それを聞いた相田が会話を繋ごうと
「僕は太っているから部屋の面積を奪ってしまうと心配してたんだけど、これなら大の字になってもあまりまくりだね。良かった。」
と返した。横にいた薄毛の白井もまんざらでもなさそうな表情を浮かべていた。不満だったのは私だけであった。
しばらく隅で寝転がっていると、福原と薄毛の白井が喋っているのが聞こえた。互いに互いを敵視している節があったので意外であったから耳だけ傾けて内容を盗み聞こうと試みた。
「今日激流に飲まれてカヤックに水が入って気が動転した時さ、水の掻きだしに協力してくれて大いに助かったよ。あの時は本当に絶体絶命だったからさ。」
「前後ろに分かれているとはいえ同じ船だったから。必要に駆られて助けただけです。」
「それでも助かったよ。ありがとう。」
「うん。」
「でもなぁさんの落ち着きっぷりといったら凄かったよな。俺と同じ前列に居て、同じ状況に陥ったのに無言で水を捌いてるの。どんな修羅場を潜ったらあんなに逞しくなれるんだろう。」
「あの人は一際異彩を放ってますからね。」
「俺、地元に戻ったらサングラスを買うことにしたよ。」
「何だったんですかね、あれ。日焼け防止かな。でも初日はしてなかったような。」
「さあ、なぁさんの考えていることは分からない。」
なぁさんという俗称がすっかり浸透しているのも面白いが、薄毛の白井が福原に対して敬語を使っているのも面白い。吊り橋効果ではないが、ハブとマングースの関係であった福原と白井の間に一種の連帯感と緊密感が芽生えたのはこの堕落と怠惰のゼミ合宿が生んだ正の遺産といっても過言ではない。会話が終わって福原が便所に向かうと、入れ替わるようにして家主が部屋に入ってきた。
「皆さん、少し早いですが晩飯の準備ができましたよ。各自の用を済ませたら居間まで来てください。それと、先に白布の被り物を渡しておくので取りに来てください。ご存知の通り、日待ち講にはこの被り物が必要になるので。」
そんなことは一切合切聞かされていなかった。あの天然な教授のことだからきっと言い忘れたのであろう。あれほど仕切り役に向いていない人もいないであろうから。適材適所という箴言が身に染みる。
丙も丁もつけがたい夕食をかきこんだ後、黄昏の中民宿を出た。昼時にここに来た時は庭園や相田のサンダルからうすら見える踵のひび割れに気を取られて家の細部まではよく見なかったが、この家の軒下にも白い布のようなものが下がっていた。首を伸ばして注視すると、白布には風除け防止の透明なビニールが被せられていた。先ほど配られた傘の機能をも果たしそうな白い被り物と何か関係がありそうだということだけは分かった。家主の運転する車に乗せられ、日待ち講と称される駄弁り会の開かれる公共センターまで運んでもらったが、家主の運転はその穏やかな性格に比して荒く、声色も何かに怯えているような震えがあった。その勇猛で危険な運転のおかげで、日没前には駐車場に着くことができた。先客は予想していたよりも遥かに多かった。
「公共センターはこの先の長い階段を下ったところにあります。もうすぐ霧も出てくるので足元にはご注意ください。」
私は左右を見回したが、どこにも霧や霞の立ち現れる気配は無かった。朝方旅館を発つ前に天気予報を確認した時、日中と日没後の気温の差は特にないと地方局の天気キャスターがはにかみながら言っているのを覚えていたので、何とも不思議な心地になった。階段を降り始めてからだいぶ経った。公共センターの姿はみるみる大きくなっていったが、歩けど歩けど一向に入口に着く気配がない。正午であれば大体の距離感を推測することが出来るが、黄昏時の仄かな暗がりで思うように視界が明瞭にならなかった。道の半ばにあった木製の案内看板を過ぎると階段を挟んだ両脇に大木が現れ始め、階段の幅が狭くなっていった。狭くなった階段を突き進むと低地に出た。件の公共センターは目前にあった。それは鬱蒼とした森の中に包まれるように建っていて物々しい雰囲気を漂わせていた。公共センターという付け焼刃丸出しの名前にしては非常に荘重な造りで、遥か昔から変わりゆく湖と人間を見つめてきたような出で立ちであった。建物を挟んだ向かいの森からは静かではあったが、熱風を孕んださざ波が聞こえてきた。
「さあ、入りましょう。」
家主の一言を皮切りに野郎達は各々上げた顎を下ろして中へ入った。私も遅れを取り過ぎないようにゆっくりと後を追うと、またも屋根の軒下に白い布のようなものが垂れ下がっていることに気づいたが、今まで見たようなものとは違って一個ではなく大量に吊り下がっていた。
入口を抜け、漆塗りの木製の廊下を通って大広間に着くと、数にして100人くらいの老若男女が既に世間話を始めていた。皆が全員白布を頭に被っていたので誰が誰であるかは判別出来ず、またその異様な光景にたじろいでいたが、やがて白布の群衆の中から、室内にもかかわらずサングラスをかけている間抜けを見つけて安堵した。三峰教授が我々の到着に気づいて、大広間の隅にゼミ生を集合させた。
「これから私たちは日待ち講に参加します。というか、参加しています。今きた野郎連中は白布を被ってくださいね。えー、この地域では12年に一回、右見夏至の月の満月と左見冬至の月の満月に皆で籠って駄弁りながら夜を明かすという風習があります。あ、右見夏至は今でいう立秋の辺りで、左見冬至は立春の辺りね。右見地域文化として非常に稀有な例なので、是非とも生きた学問を学んでください。」
「ちょっと待ってください、本当に夜通しここにいるんですか。勘…」
これから待ち受ける苦難を想像して、ついうっかり口を滑らせてしまった。教授は私の発言に対し
「トイレもあるし、おやつだって沢山出るから。それに会議室だって借りてあるからなんとか頑張ってくれ給え。」
と答えて場を離れ、老婆の会話に割り込んでいった。
「どうすんだよ。」という私の嘆きを余所に、「年少組」は星々に散らばっていった。水島篝だけが私の隣に残った。
「どうするの?」
「どうもこうもない。好き好んで赤の他人の饒舌を聞く馬鹿はいない。まして部外者なんかに含蓄のある話なんかしないだろう。会話をするだけ無駄ということだ。」
「あっそ。じゃあ会議室に閉じこもって繭でも作るの?」
「期待しとけ、とびきり強固な糸作ってるから。」
「ふん。」
会話が途絶えた。私は二階にある会議室に行くために廊下に出た。薄暗い廊下を歩いている内に窓を見つけたのでのぞき込むと、森一面に濃霧が発生しているのが分かった。先の家主の予言が正しかったということが証明されたが何か腑に落ちず、私はどうしても外の様子が見たくなった。公共センターは思いのほか広く、廊下を延々と歩いている内に自分がどこにいるのか分からなくなった。ポケットに入っていた小銭を曲がり角に置くと、案の定道を周旋していると分かった。元々裏口でもあればよいという軽薄な心持で廊下を彷徨ったので、幻像機を通して水島篝に助けを求めるというのも何か情けなく感じて躊躇った。この建物は分岐が多いらしい。というのは、一本道であれば迷うはずがないからだ。当然の理である。私は分岐となる道ごとに進む方向に小銭を寄せ置いて、迷路を突破しようと試みた。二回目にして通ったことのない道に出た。最初に迷い込んだ道と違って灯り一つない暗がり道であった。道の横の円形の窓から
外を見るも深い霧で何も見えない。分岐路を進んで知らぬ道に出た時は、これで無事に大広間まで帰れるのではないかと淡い期待を抱いていたが、そんな希望的観測は須臾にしてはじけていった。すっかり困じ果てたので直感の儘に道を進んでいくと、たどり着いたのは大広間ではなく錠のかけられた扉であった。私は扉に左耳をつけてその部屋の音を聞いてみるうちに、カタカタと地震が起きた時に茶瓶が小刻みに揺れて立てるような音がした。しばらく耳を傍立てていたが、その急かすような落ち着きのない音にだんだんと苛立ちを覚え、扉を一蹴りするとカタカタという音は止まって物音一つしなくなった。その後最後の分岐まで戻ってきて小銭とは逆方向の道を辿ると光が見え始め、三人の子供の走る姿が目に入ったので私は胸をなでおろして床に座った。そしてその中でも特に溌剌としていた一人の子供を捕まえて聞いた。
「つまらないだろう、帰りたくならないのか?」
子供はきょとんとした顔で
「滅多にあることじゃないし、友達とも夜遅くまで遊べるから楽しい。」
と答えたので、私は続けざまに
「俺を大広間まで連れて行ってくれないか。」
というと、子供らは尻尾取りだかかくれんぼだかを中断して私を案内してくれた。私は退屈しのぎに会話の嚆矢を放た。
「俺はな、体はこんなんでも心はガキのまんまだからさ、良い年こいてまだプケモンに嵌ってるんだ。」
「お兄さんプケモン知ってるの?」
「ああ、全プケモンのタイプを答えられるぞ。」
「そんなもん俺だって出来るもん。しりとりしようぜ。」
「望むところだ。」
溌剌な子供の他にもプケモンの知識に自信のある子供はいたようで、私の眼に向かって煌々とした視線を送った。当然、その意を汲み取らないわけがなく、その二人の子供も参加させた。しりとりをしながら大広間に戻ると、周囲の視線が私に集まった。まもなくしてその子供らの母親が、話し相手に渡った旦那や子供の自慢話のターンを飛ばさんが如く此方に寄ってきて子守りの礼を述べた。
「息子が見えなくなって探そうと思っていたところです。本当にありがとうございます。」
「いえいえ。」
「それにしてもうちのがきんちょは本当に落ち着きがない。ちゃんと離れるなって言ったでしょ。良い子にしてないと鬼が上がるわよ。」
聞き慣れない言葉であった。私は子供が反省の弁を述べる前に合図を送って掣肘させ、割り込むようにしてその不思議な言葉について言及した。
「鬼が上がるとはどういう意味ですか。」
「ああ方言だったのね。簡単に言えば、そうねえ、怪我をするとか迷い子になるとかで使うのかしらねぇ。」
「鬼ってあの鬼ですか。角が生えていて棍棒を持っているあの。」
「ええそうですが。今私たちがここに籠って夜を明かす理由も、満月には鬼が外を歩いて危ないからみたいですよ。昔よく祖父や祖母に口うるさく言われました。分別が着く頃になってようやく、そんなのはただの迷信だと分かったのですが。」
「では、ご老人は未だにその迷信を守っているというわけですね?そして世代を隔てた貴方たちも。」
「ええ、家にいると言うと五月蠅いので。」
「ねぇもう一回しりとりやろうぜ。」
「後でな。」
私と父母の間の力関係を誤解した聡い子供が発言権を作り出して話の骨を折ろうとしたので、少し表情を
強張らせて微笑み交じりに介入を阻止すると、子供は口を噤んで直立不動になった。私は追及の手を止めずさらに付け加えた。
「重ねてお聞きしたいのですが、軒下に吊り提げられている白布のようなものと我々が頭から身を纏うようにして着ているこの白布は似ていますが同じ由来の物ですか?」
「私には分かりかねます。ただ、どちらも鬼を寄せ付けない魔除けのようなものであるということは分かります。それと、軒下に吊られているものは胞衣です。」
「胞衣?」
「えーと、、子供を産んだ時に出てくる胎盤やその膜のことです。」
母親は恥ずかしそうに言った。此方も気を使ってそれ以上の詮索を諦め、
「私の些末で品性に欠けた質問に慇懃に答えて頂きありがとうございました。」
「研究のお役に立てたのなら幸いです。それと、その髪は地毛ですか?」
「ええ。」
「気に障ったならすみません。」
「いやいや。」
一回目のしりとりが私の意図的な自爆で幕を閉じたことも知らず、有頂天になった子供達は私に二回選を申し込んできた。私は懐中時計を引っ張り出して短針が8時を越えたのを確認すると、今度は出来る限り長く続けてから降参した。暇つぶしとしてついでに尻尾取りにも参加して、思わぬ汗をかいた。やがて9時を回ると大広間に動きが見られた。皆でおやつを食べるらしい。子供らに手を引かれて廊下から大広間に行き、畳の上に座ると金平糖の盛られた皿が配られた。
「なんとも不健康な。」
「そういうことになってるんだもん。俺たちもこれを食べるために来たようなもんだし。」
「なるほど。」
「兄さんも食べてみいよ。甘いから。」
「なんで無駄に七色もあるんだ?」
「そんなの気にしたこともないや。」
「そうか。」
そう言い放って、私は緑の金平糖を一つ頬張った。
「うまい。」
「味覚も子供だね。」
「子供のくせに気の利いた事言うじゃないか。明日はプケモン持ってくるから勝負してやるよ。」
「負けないよ。」
その後も子供は私から離れず、意図せず体力を蝕まれた。もし一か月前に運動を習慣づけていなかったら一体どうなっていたことだろうかと考えると恐ろしくなった。10時を過ぎたあたりで子供の動きが急に鈍くなったのを見計らって私は解散を命じ、母の膝で眠りこける前に一緒に歯を磨くように諭した。子供たちは目を擦って見開き、眠気を誤魔化そうとしたが10秒も経たないうちに重たい瞼に逆らえず目を薄開きにしていた。私はこの好機を逃さんと子供たちにシャワー室のある洗面所まで案内させるついでに会議室のある場所へも寄らせた。洗面所の奥に着いていた窓を覗いた。未だに霧が立ち込めているらしい。私は大広間でそれぞれの母親に子供を預けた後、直ちにその場を去って会議室に避難した。




