蛙文・人面・偕老同穴
ゲシーストワール駅の荘重な赤レンガが車窓から見え始めた頃には既に約束の時間を過ぎていた。いつもの改札を抜けて、集合場所であった銀杏並木の起点の噴水まで駆けるとゼミ生一同がたむろしているのが見えた。その統率の無さと言ったらまるで遠足道中の幼稚舎の子供のようであったので、後れを取っていたものの我関せずという風に少し迂回しながら近づくと、それに気づいた薄毛の白井が私の姿を見るなり深々とため息をついた。白井の目線を追っていた福原が手を振るといよいよ無視することもできなくなり、足早に噴水へと近づいた。全員の到着を確認するとゼミ教授は甲高い声で点呼を取りだした。
迅速急行の中は快適であった。冷房は自由に調節ができ、席の前方の網棚に折りたたまれた奪熱シートのおかげで、コンクリートの照り返しで毛穴から湧いた汗が再度体内に戻っていったのでタオルハンカチを鞄からとる手間が省けた。隣席には品のありそうなご高齢が座っていて、ひじ掛けに体重を預けたような形で深く眠っていた。私は反対側に眼を移して窓の外を眺めた。電線が織り成す規律的な波は、実際には韻文に近い散文のようなもので高さや傾きに僅かな差があった。私は脳内でサーファーを立てて波乗りをさせて楽しんでいたが、隣席の突発的な鼾でサーファーは波を失い海の彼方に弾け飛んだ。その時、折よく轣轆の響きが近づいてくるのが聞こえ、ほどなくして乗務員が菓子を売りに来た。私はとうに絶えたと思っていた乗車販売が今なお存続しているという事実に驚嘆し、別段喉が渇いていたわけでもないのに乗務員を呼び止めて水を買ってしまった。トンネルに入るやいなや窓に電子広告が流れる御世に、ひどく前時代的な接客文化がひっそりと同衾しているという時代の選好ともいうべき奇妙な現象に一人感動を覚えた。
目を覚ますと隣席は空になっていた。車窓はいつのまにか鄙びた農村風景に様変わりしていて、電車はかつて浸食を繰り返したであろう河岸段丘を遥か下方に見下ろせるほど高い所を走っているのが分かった。ちょうど菱形とも形容されるラゾーンネの左下辺の付近を縫うように進んでいるのだろうか。トンネルをいくつか抜けると少し標高が下がり景色の細部に焦点を当てられるようになった。水田を見張る模型の鷹が横八の字を描いて風を切っている。国土が縦に広いために南北で主食が変わるのは尋常の洟垂れ小僧でも知っていることで、これが北部にでもなると模型の鷹は荒涼としたジャガイモ畑の警備に当たるのだろう、ロールベールと牛と共に。
約三時間揺られた後ようやく降り立った最終駅は南国の島の都市を模倣したらしく駅舎の屋根は橙色で統一されており、非常に陽気そうな、だが一方で静穏な印象を与えた。今後の予定を話す三峰教授をよそ眼に駅壁の覆輪目地に畏敬を偲ばせていると、水島篝が私を常に視界に留めておけるぐらいの距離を保って此方を凝視しているのに気づいたので、その場を離れて「年少組」の輪の方に少し近づいた。目下正午過、これからの予定はといえば、手始めに地方公共団体出資の美術館で地方に息づいた芸術文化とやらを鑑賞して、後に遊覧船に乗り、夜は格式高い旅館に泊まるということだった。二日目の夜からはツェールスーデン地方特有の日待ち講というものに参加するらしいので、すこしでも良いところに泊めてゼミ生の溜飲を下げようと画策したのだろう。私は待ち合わせ時間の13時半になるまで各々自由に行動してよいという三峰教授からの通達が耳奥まで届ききる前に動き出した。無論、福原を煙に巻くためである。過去問の恩義は到底測りがたいものであるが、それとこれとは別問題である。それにたかだか一時間程度の自由時間では孤独を感じるにも足りないであろう。私は駅の前に設置されていた足湯の方向とは反対の、より標高の高い方を選んで歩いた。駅から上方へと続く階段を上りきったところで振り返ってみると追手は誰もいなかったので安堵した。やがて階段を上りきると小さな公園が現れた。湖を取り巻くように形成された街の様相を一望できる場所として拵えられた公園であろう、観光客という観光客は皆、景色を見るまでもなく写真を撮っていた。フェンス越しに遥か下方を見ると落ち窪んだ臍に水が張ったような湖が見える。ほとんど丸に近いような形で、湖面の煌めきと合わさって周囲の山を反映させている様はさながら鏡と例えるのが適当であった。100モントで湖の周辺を舐めるように観察するための望遠鏡が鎌首をもたげて鎮座していたのを横目に私は双眼鏡を取り出した。吝嗇ゆえ、100モンド単位で生きているのである。湖畔に沿って敷かれた遊歩道を歩くつがいや子供連れ、暢気に湖上を往来する白鳥、真夏の酷暑の中厭いもせず道路整備に精を出す労働者などがそれぞれその存在の有機的なるを主張していた。と、時計台が鳴って正午から一時間が過ぎたことを伝えた。私は写真を二三枚だけ撮ってすぐさま踵を返し、元の道の半ばにあったパン屋でパンを買って雑に腹の中に放り込んだ。
今度は私が一番先に着いた。景勝地を前にして皆かまけているのだろう。そういえば先に双眼鏡で湖畔を俯瞰した時に、湖の穏やかな波紋に立ち向かうようにして入っていった男に見覚えがあった。駅のベンチでうたた寝していると坂下から相田とゼミの女がやって来た。相田という男はすこぶる臆病な子豚のような男で、そのためによく周囲から下に見られるような態度を取られる。が、彼の負け癖も非常に根強く、そういった獅子にも狼にもなれないハイエナを相手どるのは得意であるらしく、全く反抗心を見せないばかりか従順を貫いて相手の関心が無くなるまで堪え忍ぶ術を熟知している。水島篝がかつて相田に対して敬語で対応したのも、そのような生存特化の処世術を評価したからではないだろうか。相田がゼミの女にからかわれて笑っている。ゼミともなると、サークルとは違い体育系の脳無しは見る影も無くなるので、彼の生活にも少しは平穏が訪れることだろう。待ち合わせ時間まで残り僅かの所で福原と薄毛の白井が走ってきた。私は二日目から共に行動することになっている人を探した、すると彼女はかろうじて視界範囲の内にあった木陰からぬるっと出てきた。三峰教授の点呼で人数を確認し、全員でバスに乗って湖畔沿いにある美術館へと向かった。
美術館の入口には出鱈目なオブジェが整然と所せましに並べられていた。その中にイルカが口先で球を弄しているのがあり、絶好の位置に球があったので私は助走をつけて思いきり蹴り飛ばしたくなったが、何とか自制を効かせた。入館料は予め払っているということだったので、年少組の隊列からはぐれないように館内へ入った。少しして三峰教授が振り返り、ガイド役になる旨を告げた。私はそろりとその場から離れて反対側にある展示場へと向かった。身を隠した展示場が陶器を特集したエリアであったということはすぐに気が付いた。薄明りの照明に浮かぶように置かれたいくつかの陶器、数にして50くらいであろうか。左半分が薄緑で右半分が黒の陶器が目玉の品らしい。奥の方に進むと、掘り出し物と付された一角があり、これまでとは趣の異なる作品群が並べられていた。どれも私の眼を引くようなものばかりであったが、とりわけ奇異であったのは鉢型の底から頂きに向かって二本の蛇紋のようなものが並行して伸びており、器の中心部で交差して円を描いてまた再び元に戻るといった模様が彫られた作品であった。その頂きには蛙だか爬虫類だかのような生き物が口を開け、その口の中に極限までに抽象化された子供の顔のようなものが静かに虚空を見つめている。私はその囚われた子供と眼があったような気がして、即座に顔を反らした。不規律に脈打つ拍動をたゆませながら深く呼吸をし、恐懼の麻痺している内にもう一度その器を見ることにした。すると、蛙の真下に先の蛇紋の双線が走っていて、蛙と双線を除く箇所は触れるものを裂くほど鋭利に尖っていた。刺々しく荒々しい鱗の表現だと察するに時間はかからなかった。私はしばらく釘付けになった。というのは、今までの人生においてこれほどまでに象徴的で意味深な美術品というものに出会ったことが無かったのだから。取っ手のようなものは元から一つもない上に、欠け落ちた訳でもない。使用者は鋭利な鱗に触れて手に跡をくっつけながら使っていたのだろうか。現代的な美術作品であれば実用の道を度外視して作られても造作のないことだろうが、これは明らかな出土品であり鉢型という形から実用とは常に縁ありという関係であっただろう。全くもって難攻不落の謎の塊である。熟考の森に誘われて迷い込んでどれほどの時が流れたであろうか、静謐な空間を破るようなガイドの声と知性のない足音ではっと我に返った。入館してからもう一時間が経過していたのか。私はこの美術品が解説されることを期待して、密かに陶器区域に侵入してきた年少組の一団に加わった。私の存在に気づいた水島篝が冷たい視線を向けてきた。ガイドを筆頭に寄り道もせずひたすら直進する様はアヒルの親子の巣替えそのものであったが、進行方向に掘り出し物の一角があったので不満を顔に纏いながらも最後尾をつけていた。が、豈図らんや一団は掘り出し物の一角には寄らず、その手前を直角右方向に曲がっていった。今しがた眼前で行われた有り得ない軌道に思わず舌打ちが漏れた。期待が外れて打ちひしがれた重たい頭を徐に揺り上げると、腕を組んでいた水島篝と眼が合った。彼女は双方間を一瞬だけ結んだ緊張の糸から何かを察したようで、それからは定期的に私を監視してきた。私が合流してから30分ほどして年少組は自由行動の号令を聞いた。一人の時間を奪われまいと湖を正面に構える屋上のテラスの腰掛に座って炭酸飲料を流しこんでいると、鉄製の階段を上る足音が聞こえた。気にもかけないといった素振りで飲み物の蓋を開けると、蓋はまるで意思でもあるかのように手元をするりと抜けて地面に落下した。
「ねえ。」
聞き覚えのある声だった。蓋を取ろうとして前屈みになっていたので声の主を見ることが出来なかったが、誰であるかは容易に分かった。
「何だ。」
「私のこと避けてるでしょう。」
「ああ。」
「二日目から共に行動することになっているとはいえ、あからさま過ぎない?」
「福原やその他にこの微妙な関係が知れたら面倒だからな。」
「そうなったらそうなったで別に良いじゃない。弱みでも握られてるの?」
「概ねそんなところだ。」
「嘘。」
「残念ながらこればかりは。」
「嘘。」
「そんなことはどうでもよいとして、何か印象に残った作品はあったか?」
「それはこっちのセリフ。カオリが舌打ちするなんて柄じゃないことするから何か怪しいものでもみつけたのかと思って。私個人で言えば、偕老同穴のミイラはかなり興味深かった。」
「偕老同穴?」
「この湖ってラゾーンネの南端にあるでしょ、昔は海に繋がってたみたいなの。それが段々と陸部に取り込まれて出来たことの証拠になるみたい。本来は海底しか生息してない生き物。」
「どこに展示されてた?」
思わず食い気味に質問してしまった。私の常なる平静を知っている彼女からすれば、少しの動揺でさえ読み取られるに違いない。
「そっちの手札も見せてくれたら考える。」
油断も隙も無い。もしあの時、本当にパルシア側の人間であったらと考えると恐ろしくなる。
「分かった。」
そう言って、彼女をあの異様な雰囲気を放っている器へと案内した。
「これは確かに奇妙というより他になさそうね。」
奇妙や奇異といった形容が真っ先に出てくるのは当然のことであるが、少しばかし予想以上の返答を期待していたせいもあってか聊か残念であった。
「あれは蛙?カメレオンにも見えるけどこの辺りには住めないだろうし。」
「その口の中に子供の顔のようなものあるだろう、シミュラクラ現象が起こっているだけなのか分からんが無表情なのに抽象化された両目の眼窩から静かに時流と見物人を見つめている、みたいな。」
「いや、見えない。何も。」
「驚かすなよ。」
「驚かしてない。本当に見えないの。カオリにはいったい何が見えているの?」
だんだんと室内冷房の冷風が身に染みてきた。背中から流れ出した汗が下着に張り付く。
「ここはもう去ろう。偕老同穴とやらを早く見せてくれ。」
彼女は何かを察して
「分かった。」とだけ返事をした。
それからは館内を全体を小走りで駆け巡るようにして作品群を見た。目当ての偕老同穴のある区域へは中央広場を経由して行くという近道があったとはいえ、陶器の区域以外は碌に見ていなかった私に対して気を使ったのか彼女は中央広場には寄らず、あえて各展示場の端にある順路を経由する道に誘導した。
「ありがとう。」
「ふん。」
彼女の足音の間隔が少しだけ短くなった。陶器の区域を抜け、オルゴールの区域を抜け、美術絵画の区域を抜けた。目当ての偕老同穴はなぜか繊維や織物の区域にあった。
「これ。」
偕老同穴の展示台の前につくと彼女は言い捨てるようにして最短の指示代名詞を発した。
「端っことはいえ織物区域に置かれてる理由が分かったよ。本当に糸を手繰り寄せたみたいな形してるんだな。うーん。雌雄一対のエビがこの中で一生を過ごすねえ、それも網に入った時は性別が未分化状態なのか。鴛鴦みたいに熟語にもなっているとは知らなんだ。」
「マイナーな熟語だとは思うけど。私も知らなかったし。」
「三峰教授は何か言及してたか?」
「素通り。」
「仕方ない。」
「面白いね。目の付け所がシャープだよ。」
「馬鹿にしてるの。」
「いやいや。」
「脳裏に焼き付けた?もう刻限が近いから走ったほうがいいかもよ。」
懐中時計は15時55分手前をさしていた。彼女は私が時計をしまい直すのを見届けると、私を置いて入口まで走り出した。私はふてぶてしい態度を気取ってゆっくりと彼女を追いかけた。




