蒐集・再編
七月になって、期末試験期間まで残り二週間というところまで来た。今日はゼミの課題である地域文化、とりわけ習俗についての3000字程度のレポートの参考文献を探しに貴重な休日を費やして大学図書館に籠っている。古文書管理書庫での出来事以降も図書館には通っていたが、足を止めるのは専ら新書の一角で重厚な本と向き合うことのないまま一か月が流れた。大学生らしからぬ体たらくである。入口を入ってすぐ右にある個人データを照会すると「ラゾーンネと改称」が返却済みになっていた。返却日時を見るに、期限ギリギリで返却したと分かった。流石に延滞はまずいと気を使ってくれたのであろう。それから私は人文学の書籍を集めた3階に上がり、民族・宗教・文化と書かれたコーナーに入って本を物色した。先道の専門家たちが黒塗りになった資料や史料から損傷の少ない部分を拾い集めてつぎはぎしていった研究書が所狭しと並んでいる。そして、その多くは検閲で弾かれないように比喩をふんだんに使ったり、極力まで抽象的な表現を用いたりしているため非常に難解であり、殊に理科系偏重の世の中にあって手を伸ばす学生もなかなか居らず、目下絶滅の危機に瀕している。また、黒塗りの資料が原典とはいえ、客観性を保つことを諦めなかったために断定調がやけに少ないのも不人気の一因であろう。史料批判を何度も繰り返して歴史の空白を埋めたところで、得られる体系や知見は所詮夢物語に過ぎないと考えると、人文学者たちの置かれている苦境に落涙を注がざるを得ない。史料が欠けているならまだしも、すぐ近くにある答えが黒塗りで潰されてしまってはどうにもならない。そんなことを考えながら物色を続けていると、コーナーの隅に「ドラコグロッケ島の習俗について」という題のハードカバーを見つけた。私はすぐさま本を棚から引っこ抜き、周りの眼を避けられるような研究個室に入った。目次を開くと、章の中に鐘伝説と海蝕洞窟のタイトルがあり、巻末には光歴1986年4月17日初版の文字と、その横に1986.1988.dejazensiertの印が押されてあった。全ての本の巻末にくっついているパルシア語の検閲済という単語には慣れて久しいものの、見るたびに心臓が高鳴りだすのでなるべく関わらないようにしたいものなのだが。が、この本はこの前のとは違って書庫に収まっていたわけではないのでそこまで禁忌に触れたという感覚は無い。私はとりあえず鐘伝説の章から開けてみることにした。
「……文化と習俗とは海に落とせし鉄鐸の同じく共鳴せしむるところとして、近頃其の退廃的の絶えず存続すべからざる勢いのあるも、其の微細を穿てば、無数の琴窟に均一に響ける通奏低音の如く或る種合目的的の制度を胚胎せし処是有るべくして、肯ぜずに六合しき。」
検閲の攪乱に丹精を込めただけあって、文章が悪意に満ち溢れている。もし国語を別の言語としていたら、一生読むことができなかったであろう。先道者には敬意を払えと言うが、これでは数少ない新参も篩を通り抜けることができず、どう考えても絶滅一直線の道は避けられない。
二時間かけて二章分を読み終えた後、付箋を張った頁を軸にノートを取り始めた。この本の中で最も重要な情報とはすなわち、山から嫁いできた姫と島に鎮座している海龍の結婚を祝う大鐘落としという風習がかつてこの島一帯に存在していて、それが今の小鐘落としにつながっているのではないかという指摘と、海蝕洞窟の奥地にあった無数の穴はいわゆる「横穴墓」であり、炭素年代測定の結果によれば約2500年前のものであったという指摘であった。どちらの記述も検閲を潜って黒塗りを免れたというのが奇妙なくらいである、三章目の山姫と海龍のルーツについて言及したであろう章はほとんど黒塗りであったことを考えると、次第に検閲の方法や基準が気になってきてしまう。これまでを振り返ってみても、私の読んできた本の巻末には大抵、発行年度の検閲印の横に1988の印が付されてあった。私の経験からして、1988年に学内のすべての図書に一斉検閲が行われたと考えてよいだろう。その一方で、最近の新書コーナーなどには発行年度の検閲印だけが付されており、二度も修羅場を潜らずとも済むようになったらしい。しかしながら一年に数万冊と発行される本に対して、そのすべてを検閲の対象とするのは非常に手間のかかる作業であるに違いない。大方、電子上の未だ書籍化されていない原稿に対して改正を迫ったりして黒塗りの手間を省くのであろうが、内容をいちいち吟味するのは到底気の遠くなる作業であるはずであろう。そのように考えると、検閲は特定の単語群に対して反応するように仕向けられたシステムのようなものだと捉えるのが妥当であり現実的である。その選別を行って、あまりに特定の単語を使用しているようであれば内容の精査に踏み込んで間引きや黒塗りを行うのだろう。もっとも、この本のような特定分野の学術書は、システムに頼ることなく逐一内容を読み込むほうが向こうにとって効率的であるに違いないのだが。
とにかく、海龍と山姫のルーツは検閲に引っ掛かった一方で、小鐘落としと横穴墓は引っ掛からなかった。私が知り得た情報はその程度で、後は憶測で補完するしかない。メモ書きを終えて背筋を伸ばした。遮光の日除けの隙間から外を眺めると、斜陽の陰りに反応して電燈が点いた。私は個人部屋を出てドラコグロッケの本を元の位置に戻した後、その近くにあった本をタイトルも見ずに三冊持ち出して図書館を出た。
電車は休日だというのに相変わらずの満車であった。平日に比べ車内の色合いは少し豊かになったようだが、労働者向けの転職広告、殆ど詐欺に近い臭いを放っている自己啓発墨書の宣伝、車内の半分以上をを埋める黒スーツのために、多少明るくなったと言え、車内の光はまだ暗く、海の中で儚い輝きを見せる六等星に留まっている。このように休日返上で労働に勤しむ国士が多くいるにもかかわらず、ラゾーンネの労働生産性は年々減少の一途を辿っているようで、とうとう南西の小国にも追い抜かれるまでに至ったというのだから、これほど愉快な話は無いのだが、3年後にはそんな愚国の操業に与する側として駆り出されると考えるとひどく憂鬱になってくる。せめて、あの奴隷の首輪を髣髴とさせるタイが無ければ、もう少し表現もオブラートになったのであろうが。私は両の継ぎ目という避難所に身を隠した後、退屈しのぎにさっき借りた三冊の本を斜め読みしてみた。すると、そのうちの二冊がラゾーンネの北東先端にある四島についての研究書であることが分かった。また北東か。最近やけに北東に好かれている気がする。本来ならばドラコグロッケの学術書を参考文献にしてレポートを作成したいところだったのだが、宵と被ったりしたら色々と面倒になるに違いない。不確定要素は出来る限り取り除いて仔細ない。本をカバンに戻したとき、奥底で何かが光った。おそるおそる掬い取ると、島の森で拾った石片と分かった。一つは宵に渡したが、残りの二つは敢えて内緒にしていたんだっけ。海蝕洞窟の感動やら水島篝のご機嫌取りやらで、その存在をすっかり忘れてしまっていた。試しに両手で二つ取って見ると微かに光っている。光っているのは石片全体ではなく、刻まれた文字のみらしい。あの時は森の中とはいえ昼間であったから見落としていたが、こんなカラクリがあったとは。光のおかげで前より文字は読み易くなってはいたが、何が書かれていたのか判然としないままだった。
それにしても、境界を意味する「uit」とついた地名を歩き回ったことで、藪から棒の思い付きにしてはそれなりの収穫が得られた。しかしながら、石片や横穴墓といった幾つかの点が見つかったものの、それぞれの関連が薄すぎて線を結びつけることが出来ない。そして、東端の「uit」や南北の端の「zer」といった未踏の地がまだ三つも残っているという事実も併せて考えると、仮に無理やり線を結びつけたとして、それが机上の空論の中で最も裏付けの取れていない説でなくて一体何であろうか。とにもかくにも、手持ちの札を増やさない限り話は進まない。
玄関を開けると整然と並べられた靴とは対照的に、少し大きめの踵の折れた靴が乱雑に脱ぎ捨てられてあった。居間に入ると今日の夕食が既に卓の上に乗っていて私の帰りを待ちわびていた。
「カオル、今日は里芋の煮っ転がしよ。」
「手の込んだ料理名だね。あ。」
私としたことがうっかり調子に乗ってしまった。
「何か文句あるの。」
「いやいや。とっても美味しそう、父さんもそう言ってた。」
父さんには申し訳ないが緩衝材になってもらった。
「お父さんが昨夜は蕎麦だったから今日は団子にしないかっていうのよ、月見でもないのに。だから代わりに里芋を使ってみたの。お父さん今二階に居るから、呼んできて。」
「ん。」
里芋はほどよく醤油と砂糖が効いていて即刻私のお気に入りに追加された。向かいで飯にありついていた父の、祖父との在りし日を偲ばせるような一言が重たい響きを持って私の胸を貫通していった。その日の夢は、かつて暦が捲れて時季を知らせにくる度に催行していた里帰りの記憶を踏襲したものであった。




