36・ サバ談義。
勇者は渋々と言った仕草で鯖に手を付けます。
小さく切って口にして咀嚼して飲み込むと、残り全部、一口で頬張ったまま、私に驚いた顔を向けます。仕方がありませんね、私が白ワインを注いだグラスを渡しますと、勇者はひったくるようにグラスを掴むと、一息で飲み干しました。
「サバってこんなうまい魚だったか、日本の物とは違うのか?」
「私だってこんなに美味しい鯖を食べたのは初めてよ、周りの反応見れば分かるでしょ」
私はゆっくりと鯖を口にします、そして、更にゆっくりとグラスを一度掲げてから口にします。皆の生唾を飲み込む音が聞こえてきそうです。
また勇者が面倒くさい顔しているので、さっさと種明かしをしますか。
「マリ、別に鯖を選んだわけじゃないのよ」
「どういう事だ?」
「レストランで仕入れた魚、当日に捌ききれないと廃棄されるので、余っているのを、もらって来ただけで、魚は何でも良かったの。別に一種類じゃなくても、何種類か混ぜこぜでも、良かったらしいわ」
「たまたまサバだったと?」
「そう、一級品の鯖」
「だってサバだぞ」
「鯖の生き腐れは間違った認識で、一日位熟成させた方が、旨味が出るらしいわ、ただ、表面に雑菌が繁殖して臭みがあるからって、敬遠されるのね」
「その臭みはどうするんだ?」
「私のマール、ザブザブかけていたわ」
「おかしいな、じゃあ、あの暗号は? 魚が必要だったんだろう?」
「私も聞いたの、あれは『魚は爺の藻塩』と言う意味だそうよ。魚は心当たりがあると言っていたでしょ、あの塩だけで十分だと思っていたんでしょうね。たまたま、私が美味しい魚料理の店を紹介してもらって、マリはただ魚が食べたくて、ついてきたら、そこで偶然、経木を手に入れただけ」
「経木は何に使ったんだ?」
「経木に含まれる樹液の香り成分、加熱すると揮発して芳香するのだけど、お爺さんのは温度が高すぎなのだそうよ、石窯の前に居て気付いたって言っていたわ。だから、藻塩を振りかけた後に、炭火と焼き網の間を出し入れして、鯖に最良の香りがつく様に、微調整したそうよ」
「燻製みたいなものか」
「焼け落ちる脂も防げるから、一石二鳥だって」
「なるほどなあ」
「藻塩と経木を使って炭火で焼けば、大概美味しくなるって」
「それもマリの技術あっての事だろう」
「それはもちろんでしょう」
「後、ちょっと見た目寂しいよな」
「それこそ、綺麗な盛り付けとか、ソースを作らせたら、マリの独壇場でしょう、こちらの食文化レベル考えたら」
「あぁ、あのピザを見れば分かる。獣っ娘の作ったピザも旨そうに見えたし、実際、旨かったけど、マリのは格が違うって言うか、洗練されていたよな。ピザ見て、旨そうじゃなくて「あぁ綺麗だな」って、初めて思ったよ」
「それに、すごく大切な事なのだけれど、この料理……」
私は一息ついて、白ワインをあおってから言いました。
「マリの、ある「想い」が込められているの」
「何?」
「それはいえない!」




