花屋の奥
同じ学校の同級生の女子三人組とすれ違い、苛立ちを募らせる。ギッと目を鋭くして一瞬睨みを利かせた。何故こいつらはのうのうと生きているのだろう。苛立ちの矛先はお前たちだというのに。何故平然とした顔をしているのだろう。分からない。まあ、そんなものなのだろうか。罪悪感というのは。
「あいつ、鹿東じゃん。亜墨と仲良かったんだって。」
「亜墨死んじゃって鹿東ずっとボッチだもんねー。ははっ。」
なんなのだろうか。本人を目の前にして聞こえるように陰口を叩くことを平気でする。
「なんかこっち見てるよ、きもい。」
煩い。こっちはお前達がキモくて吐きそうなんだよ。息が詰まり、呼吸ができなくなってくる。苦しくなり始めたので私は、そこを足早に通り過ぎていった。しばらく真っ直ぐに歩いて行くと、道端に小さな青い花が咲いている道に着いた。
私はこの道を、その先の花屋さんに行く目的で、毎週日曜に必ず通るのだ。
人通りが少なく、薄暗い。寂れた裏路地。
段々と気持ちが落ち着いてきたので、少し大きめの溜息をつく。花を買いに行くだけでどっと疲れてしまった。さっさと花を買って帰ろう。
しばらく歩いて、ようやく目的地が見えてきた。もう少しだ。ポケットの中に入れていた赤いがま口財布を出して中身を確認する。はした金ではあるが、花を買う金はある。
「あのー…、シオンの花束ください。」
小さな声で呟くように言いながら花屋に入る。しかし、店員さんが見当たらなかった。しかも、店の中まで花が咲いており、その代わりに店の奥にあった小さな会計する場所が無くなっていたのだ。
「あれ、店員さん?」
店の奥に入り、店員さんを探すが見当たらない。今日は普通の日曜日であり、祝日とか閉店の日ではなかった筈だ。段々と、奥へ入って行く。
「痛!って、何これ…。」
何かの植物に引っかかり、片腕に引っ掻き傷の白い線が残った。
絶対に何かがおかしい。ここの花屋はもっと小さかったはずだ。こんなに奥へ進んでも誰もいない上に、植物の量が増えてきているような気がする。いや、絶対に入り口付近より明らかに増えている。気が付けば私の足元が森の細い小道のようになっていた。
「絶対にこれはおかしいよね。引き返した方がいいよコレ。」
心細くなり、少しずつこの事態が怖くなってきてしまう。引き返そうと後ろを振り向くが、
「あ、あれ?なんで、さっきこっちから真っ直ぐに来たのに…。」
道が無くなっていた。私は草をかき分けて来たわけでなく、小道に沿って歩いてきたのに。振り返るとそこには植物が暴力的なまでの緑を誇っていた。そして辺りには色とりどりの花があちこちに咲いている。こんな状況じゃなければそれらはとても魅力的な光景であっただろう。
どうしよう。家に帰るどころか、これじゃあ引き返せない。
そこまで考えてふと、あることが思いついた。ここまでの全てが夢だったのではないか。そうだ。私はいま実は家のベットで眠っていて、ここは全て夢の世界…いや、夢の中なら痛感なんてないだろう。何故なら夢か現実かを区別つける方法として自分の頬を捻るというものがあった。先程植物に引っ掛けた腕は確かに痛かった。つまり、夢ではないということか。ちくしょうめ。そのことに気付いてしまった己を憎んだ。
「ちょっとちょっと、どうなってんのこれは…。」
奥へと進んで行くにつれて段々と暗くなっていく。先の不安しか見出せないぞ、この景色は。
異常なまでの草花に侵食されている店内に、もはや恐怖を通り越し、苛立ち以外の何者でもない感情を抱く。
「誰かー!居ませんかー!」
いま出せる最大の声量で叫んだ。しかしどこからも返事はなく、ただ虚しい反響で終わる、と思ったその時、
「ねぇー!誰かいるのー!?」
女の子の声がした。声的に十歳そこらくらいの声。
返事がきたということは、私以外にも誰かいるのだ。それにホッとし、胸を撫で下ろした。
「うおーい!俺以外にも誰かいんのかい!?」
先ほどの女の子の声から一変、耳がビリビリする程の大声が聞こえた。次は男の人の声だ。
ここに来た人はたくさんいるのだろうか。もしかしたら帰り方が分かる人もいるかもしれない。そんな不確かな希望ができた。先程まで絶望的に見えた草花達が、少しばかり綺麗に見えてきた。ここの小道の向こうに行けば、会えるかもしれない。小道を進む足が、少しばかり弾んだ。