第四話:敵対宣言
昼休憩、俺は川下につかまる前に教室を出た。
思った通り、此の村紫が静かについてくる。
誘い出されたことに気付いているのかいないのか。
恐らく気付いているのだろうと思った。
生徒が思い思いに散らばっている騒がしい廊下を歩き、二階に降りる。
二階から特別棟への渡り廊下を通り、特別棟へ。此の村はついてくる。俺は図書室横にある保管室ー持ち出し禁止で重厚な書籍が保管されている部屋に入った。滅多に人の入らない、通常教室三分の一ほどの大きさの部屋には高い本棚があり埃っぽかった。浅葱が好きな場所だったなと思い、背後に向かって言った。
「ここ、浅葱が好きだった場所だよ。感想は?」
此の村紫は感情ののらない声で答える。
「私には好きになれそうにないな」
「じゃあ俺たち、仲良くなれそうにないな」
「……最初から馴れ合う気はない」
低い声だな、と思う。そして抑揚が一切ない。俺は此の村を睨み付ける。
「お前、浅葱のこと知ってるのか」
「だとしたら?」
「…あいつのことを話せ。お前は俺に浅葱は何処か訊いてきたけど、俺の方が知りたいんだ」
此の村の表情は変わらない。じっ、と俺を観察している。
「此の村」
「そんなに訊きたいか」
「あ?」
「そんなにあの男のことを訊きたいのか」
もしかして素直に教えてくれるのだろうか。意外な事態に俺は、眼を見開く。
「お、教えてくれるのか?」
「訊きたいのか」
「き、訊きたい…」
俺が頷いた瞬間、此の村が初めて笑った。だが明るい笑い方ではなく、にいっと唇の端だけをあげるという不器用なものだった。背中に寒気が走る。
「お前がそんなに一生懸命だったら、浅葱空良は泣いて喜ぶだろうな……人間のように」
人間のように、という言葉に俺は眉をしかめる。まるで浅葱が人間ではないみたいな言い方ではないか、と思ったのだ。
「お前のせいだぞ」
「…!?」
指で指され、加えて非難された。性でムッとする。
「…何がだよ」
「自覚なし、か」
「あ!?」
「お前があいつに感情を与えたせいで、私が出張る羽目になった。組織も人員不足で良い迷惑だ」
何を言われているのやらさっぱりだ。
「意味分かんねぇんだけど」
「私たちにとって感情などただの足枷にしかならない。だがお前が浅葱空良に感情を与えたせいで、あいつは使い物にならなくなった」
「…使い物って、」
物に対するような言い方に、俺は更に腹がたった。
「あいつは物じゃないんだぞ。それに、お前は浅葱とどういう関係なんだ。浅葱は今何処にいるんだ!」
訊いている内に苛立って来た俺は、思わず此の村の肩を掴もうとした。だが伸ばした手をガッ、と片手で難なく掴まれる。え、と思ったときには腕を捻られ俺は痛みに呻いていた。
「いっ、つう!」
「私に触れるな、ゲスが」
此の村が平坦な口調で告げる。ぎしっ、と不穏な音が腕から響き、余りの激痛に涙すら出てきた。
「はな…せよっ」
「ふん」
離せと言ったのは俺なのだが、いきなり離されたせいでバランスを崩す。思わず膝をついた俺を、此の村が上から見下ろして来る。軽蔑しているのかと思いきや、やはり感情ののらない瞳でしかなかった。
「…私の質問をもう忘れたのか。『浅葱空良は何処』と訊いたんだぞ。そんな私があいつの居場所を知っていると思うのか」
「っ、でも浅葱とは知り合いなんだろ」
「一応な。だが、今あいつにとって私は一番の脅威だろうな」
意味深な言葉に、俺は更に理解不能状態になってきた。頭がパンクしそうだ。
「どういう意味だ」
「さて、ね…。そこまであんたに教える義理はないだろ」
今さら黙秘か。意味が分からない。俺は此の村を睨み付けるが、腕の痛みが収まらない今、此の村に突っ掛かる気にはなれない。だがこいつが浅葱のことについて詳しいのは明らかなのだ。しかも、かなり。俺が睨むと、此の村は鼻を鳴らした。馬鹿にされているのだと気づく。
「ただ…一つだけ教えておいてやる」
「……何を」
「……」
少し間を置いて、此の村はハッキリと言い切った。
「……私は浅葱空良の敵だ。発見次第、殺す」