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第十四話:上総の母親と珠洲村朔

「ほんっとに大馬鹿者ね、あんたは!!」

二時過ぎに面会に来たお袋の第一声はそれだった。傷に響いて、俺は顔を顰める。

「お袋、悪い・・・傷に障るから声のトーン下げて・・・」

呻くように言うと、お袋は自業自得よ、と最もなことを言ってくれた。うん、こうもはっきりといってもらえるとある意味感動だ、と俺は一人感心する。

「全く、ちょっと歩けるようになったと思ったらすぐこれだ。・・・家に息子さんが大変ですって電話があった時はどうしようかと思ったわよ・・・・・」

「・・・・・・悪い」

お袋は見舞いの品だろう、果物を袋から出してパイプ椅子に腰かけた。果物ナイフで桃の皮を剥きながら、

「あんた他の患者さんと言い合ってたんだって?」

「言い合ってなんかないよ。・・・・ただ、変なじいさんだったから、」

「変なじいさん?」

「・・・・・・変っていうか、俺に興味があるって近付いて来たんだ」

お袋はますます眉を寄せる。眉間に更なる深い皺が刻まれるのが偲びないが、口に出すと叩かれるに決まっているので、口には出さないことにした。傷が開くのは一回で良い。

「興味ですって?」

「・・・・・・・俺が通り魔に刺されたっていうこと知ってたらしくって・・・・・」

「・・・・・・・」

お袋は桃を綺麗に切り分けて、俺に渡してくれた。サンキュ、と言いながら受け取った桃を食べると、みずみずしいそれのおかげで渇いていた口内が潤った。

「そんなに広まってるの?」

「・・・さあ。面と向かってそう言ってきたのはそのじいさんが始めてだったから、何とも」

「・・・・・・・・・・・・そう。で、それから?」

「・・・俺の病室の前に、何回か同じ少年が来ていたって、言われた」

ぴくり、とお袋の頬が微かに引きつる。何か検討が付いているのだろうか。

「でもその少年は決して中には入ろうとしなかったって」

「あんたは、」

「?」

「あんたはその少年とやらに検討が付いてるの?」

お袋の口調は何処か固い。俺はそれを不思議に思いながらも、応える。俯いて、

「・・・・・浅葱、だと思う」

あのじいさんの言っていた外見や特徴は、恐らく浅葱だ。七ヶ月前、俺の前から姿を消した親友。俺に、別れを言いに来たあの夜の光景がまざまざと蘇る。そして、今も目にちらついて離れない七色の閃光。

「浅葱君、ね」

お袋は小さく呟くと、椅子から立ち上がった。

「お袋?」

「手が汚れたから洗ってくるわ。何か飲みたいものある?」

「いや、別に。・・・何か顔色悪いように見えるけど、大丈夫か?」

「あんたが心配掛けさせるからでしょう」

「・・・・・だから悪かったって。大人しくしてるから・・・・・・」

そうは言いながらも、俺はあのじいさんを探すつもりでいた。そして浅葱のことを訊くのだ。そうしないと気になって気になって療養どころではなかった。

「また病院の方に迷惑かけたらどうなるか分かってるわね?」

にっこりと笑いかけられて、俺は寒気に体を震わせた。

「わ、分かっておりますお母様」

「よろしい」

お袋は満足げに頷いて、病室を出て行った。俺はふう、と溜息をついて背もたれにもたれた。








三分くらい闇雲に走った僕は、もう大丈夫かと思って立ち止まった。緊張状態で走った所為か、息切れが激しい。

「はあ、はあ、はあっ・・・・・・」

他の人の邪魔にはならないように、道端によって息を整える。後ろを振り返るが、吉川君も、僕を助けてくれた人の姿もない。追って来ている気配もない。

「今の、誰だったんだろう、」

もっとちゃんとお礼を言いたかったのに、と僕は悔やむ。吉川君に痛い目に合わされていないだろうか心配になる。でも、頭の中では大丈夫だろうと思っている。あの、一切温度の感じられない冷たい瞳。凪君にも通ずる瞳だった。

・・・・・・・・・・まさか、“滅死人”の関係者?

「・・・・そんな大層なものではないよ」

「っ!?」

いきなり耳元で囁かれて、僕はギョッと身を引いた。全く気配を感じなかったから。

「無事逃げ切れたみたいで良かった」

平淡な口調で言われても、今一喜べない。それでも僕はお礼を言わなければ、と焦った。

「あ、あの、さっきは・・・・・・」

「お礼は良い。・・・君に訊きたいことがある」

「な、何ですか?」

「君、浅葱空良?」

「!!」

僕の名前を知っている。そう知った途端、僕は僕の中の危機感が最高潮に達したことに気付いた。突き飛ばして逃げようとしたけど、それより先に発された言葉に、思わず足を止める。

「蘇芳上総に会いたいんだろう?」

「・・・・・・・・え?」

「会わせてあげようか?」

「・・・・・・・・・」

僕は戸惑いを隠せず、警戒心を消さないままに相手を見つめる。

「・・・・あぁ、君の名前だけ知っていて僕の名前を教えないのはフェアじゃないね。・・・僕は珠洲村朔。朔、で良いよ。・・・・君が襲われているのを助けたのは、殆ど偶然。定期検診の日で病院に行こうとしててね。君が嫌がってたから、助けた。打算もあったけど」

名前以外にも色々なことを話して来る。この人は、一体、

「どうなの?会いたいの、会いたくないの。蘇芳上総に迷惑がかかるとか、この街がどうこうなるとか、そういうことは考えなくて良い。君が、蘇芳上総に会いたいか会いたくないか、それを聞きたい」

真剣な瞳で見つめられ、僕は満足に息をすることも出来ない。何でそんなことを訊くのか。蘇芳君とどういう関係なのか。それに、

「会える・・・・・・、の?」

「・・・・・・・・・」

「蘇芳君に会えるの?」

素直にそう訊く僕を、僕は心の中で嘲笑う。まだお前は期待しているのか。蘇芳上総と以前のように親しく出来るだろう、と。

「・・・・会いたい、と」

「あの、あなたは一体・・・・・・」

「警戒してるね。・・・ただ敵ではないよ。今の所はね」

「・・・・・・」

不意に、眼の前の人とどこかで会ったことがあるような気がして、思わずまじまじと相手を見る。

「何」

「あ、い、いえ・・・・」

「君が蘇芳上総に会いたがっているのは分かった。ただ、それには条件がある」

「・・条件?」

嫌な予感が急速に膨れ上がる。“滅死人”に投降しろ、とでも言われるのか。僕は息を呑んで言葉を待った。

「・・・・・蘇芳上総に一目会ったら、すぐにこの街を出て行く」

「!!」

「これが、君が蘇芳上総に会える条件だ。・・・この条件を呑まないなら、面会をさせることは出来ないよ」

「一目、っていうのは、」

「そこまで詳しくは言われてない・・・でも、そんなに長い時間でないことは確かだね」

僕は口を閉ざし、考える。蘇芳君には会いたい。会って、七ヶ月前にあの日に、あんな形で姿を消したことを謝りたかった。蘇芳君があの時のことをどう思っているのか、僕がいなくなったことをどう思っているのか知らない。もしかしたら清々したとでも思っているかもしれない。・・・でも、久しぶりに会ったあの時、蘇芳君は僕を凪君の攻撃から庇ってくれた時、この人は自分を待っていてくれたんだと実感していた。気のせいかも知れないけれど。ただの勘違いかも知れないけれど。

「・・・・・・・・・蘇芳君に、会わせて下さい。少し言葉を交わしたら、直にこの街を出て行きます。約束、します」

本当は、ずっとこの街にいたい。また学校にも行きたい。皆で勉強して、皆でスポーツをして、時々まじめに話し合ったり、時々喧嘩したり、したい。人間らしく、過ごしていたい。・・・でも、僕は知っている。僕が此処にいるだけで、大切な人たちに迷惑が掛かってしまうということを。それくらいなら、僕はこの街から離れよう。せめて、大切なものは、自分の手で守りたい。だから。

「絶対、この街に留まるようなことはしません、だから、蘇芳君に、」

「その言葉に、嘘はないわね?」

「!」

懐かしい声に、僕はその方向を向く。朔さんの背後に、一人の女性が立っていた。蘇芳君に良く似た整った顔が、僕をじっと見つめていた。

「おば・・・さん、」

女性ー蘇芳君のお母さんは、一点の曇りもない澄んだ眼差しで、僕をだけを見ている。

「これ以上上総を、あの子を傷つけたら・・・・・私はあなたを絶対に許さないわよ」

「・・・・・・・はい」

僕は、お母さんの様子に怖気づきながらも、頷いた。お母さんはそう、と呟き僕を手招きする。

「いらっしゃい。上総に会わせてあげるから」

今?急な話に、僕は慌てる。

「い、今すぐですか?」

「嫌なの?」

「い、嫌というわけでは・・・ちょっと驚いたから、」

「時間、ないんでしょう?」

「!」

この人は一体何処まで知っているんだ?僕の正体までも知っているのだろうか。僕がお母さんの素性に考えを及ぼそうとしているのを、朔さんは敏感に気付いたようだった。

「余計なことは考えるな」

ボソッと耳元で囁かれ、僕はビクッと身を震わせる。

「行きましょう、浅葱空良君」

お母さんの何処か悲しげな口調に、僕は思わず頷いていた。






上総のお母さんは一体何者なんでしょう。そして、彼女の手引きで浅葱は上総に会うことになります。その再会は、果たしてどうなるのでしょうか。

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