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第十話:哀しみの再会

「こんなのにやられ放題とは、一昔前の“瞬殺機械”も堕ちたものだな」

「う、げほっ、ごほっ!」

僕は咳とともに血も吐き出した。白いシャツと白い雪が赤く染まる。息を整えることもままならぬ内に前髪を掴まれ、上向かされる。細まった眼が冷徹に僕を見据える。

「な、凪君、」

「お前に名前で呼ばれたくないな」

「っあ…!」

突き飛ばされ、僕は地面に倒れる。凪君ー僕が恐れている“滅死人”二人の内のの一人ー浅月凪(あさつきなぎ)君は倒れて咳き込む僕を見下した後、凪君が来るまで僕を痛め付けていた“組織”所属の女の人に歩み寄った。

「きっ、さま…我ら“組織”に楯突くのか…!」

頭から血を流し、右腕を折られながらも凪君に怒鳴り付ける。

「誰の采配かは知らないが用済みになった“組織”の人間を処分するのはボクたち“滅死人”の役目だ」

「……っ、くそが」

「本当のことだろう。それに、あいつだけはボクが絶対に殺すんだ」

その言葉が、僕の肺腑を抉った。

「今すぐこの場から去れ。どうしてもあれを殺すというなら、ボクに勝ってからにするんだな…」

「くそ」

毒づきを、凪君は溜飲を下げたのかこちらに戻って来る。

「……“力”を使わないのは何故だ」

「……」

僕は凪君を見るために顔を上げたが、

「顔は伏せてろ」

革靴の踵で頭を押さえつけられる。額が地面にぶつかり、激痛が走った。

「う、うぅっ…」

「答えろ。“力”を使わないのは何故だ。そんなにボクに見つかるのが怖かったのか」

「…ぼ、僕はっ」

凪君から痛いほどの殺気を感じる。

「……怖い。凪君が怖い、でも」

「でも?」

「此処では、戦いたくない……!」

「は、はははははっ」

僕の心からの叫びは、凪君の哄笑に掻き消される。

「そうか、お前、確か前にこの街にいたことがあったよな!!そして“感情”を知り、ボクたちに狙われる羽目になったんだったな!思いでの地というやつか!!」

嫌な予感が心を蝕む。凪君が声を張り上げて笑うときは、何かが彼の狂気に触れてしまったときー

「誰だ?お前に感情を教えた奴は」

「……っ!」

それだけは答えるわけにはいかない。腕や足を折られようが、眼を潰されようが、蘇芳君の名前を出すわけにはいかない。話したら最後、凪君は必ず蘇芳君を捕らえる。僕を、苦しめるために。

「ふぅん、黙秘…か。生意気だな」

「いっ…!」

掌を踏まれ、にじられる。

「黙秘すればボクが諦めるとでも思ってるの?」

「あうっ、いっ…たい、」

「当たり前だよ。痛め付けてるんだから、痛く感じてもらわないと困るでしょ?」

凪君は僕の前にしゃがみ込むと、僕の胸ぐらを掴んで身を乗り出してきた。至近距離で、僕と凪君の眼が合う。

「…っ」

「言えよ。お前に感情なんて玩具を与えたのは、だ、れ、な、ん、だ」

「言わない、」

「あ?」

怯む弱気な自分を抑え、僕は拒否する。

「絶対に言わない!凪君には、言わないっ!!」

「…ふぅん、そう。分かったよ」

凪君の琥珀色の大きな瞳が、嗜虐的に歪む。怒りのためか、白い頬にサッと赤みが走る。

「教えてくれたら、また逃げ回るチャンスを上げようと思ったのに。お前はいつまで経っても馬鹿で愚図だな」

「……」

「反論してみたら!?」

いきなり頬を平手で張られ、眼の前で火花が散ったような錯覚を覚えた。「っ」

「良い、分かったよ。そんなに死にたいなら今すぐ殺してあげるよ。大事な思い出の地でなぁ」

凪君の右手が振りかぶられる。抜き身のナイフが月の光に反射して鈍く発光する。僕は迫り来る死の気配に怯えて、眼を力一杯瞑った。

「……っ!!」






「…?」

でも僕を死に導くような衝撃はやっては来なかった。焦らしているのだろうか、と思いながら恐る恐る眼を開ける。

「あ、」

間抜けな声が漏れた。

「はっ、はあ、はあっ」

「な、んで……」

僕の前に、懐かしい背中があった。凪君の、怪訝そうな顔がちらりと見える。

「俺の、…大事な親友に何しやがる……」

「………」

「ぐっ、う」

「嘘、嘘!」

一番会いたかったけど、今この状況で会いたくはなかった。一番巻き込みたくない人だったのに…。

「そうか、お前か」

納得したように呟き、凪君は、蘇芳君の脇腹に刺したナイフを無慈悲に抜いた。鮮血が吹き出し、蘇芳君の体が力なく倒れた。

「あ、」

「あさ…ぎ、」

「蘇芳く、ん。どうして、ここに……」

そんなこと訊いてる場合じゃないのに。早く救急車を呼ばないと。立て。早く。凪君の楽しげな声が鼓膜を、心臓を、震わせる。

「こいつか。こいつがお前に感情なんて玩具を与えたんだな。く、くくくっ、良いものを見せてもらった。素晴らしい友情だよ、あはははははははっ!!」

僕はガタガタと震える手で、傷口に触れる。蘇芳君の体が痛みで痙攣する。

「何で、こんな…」

「お前のせいだろう」

「っ!」

凪君はナイフを鞘に戻しながら、冷たい眼で僕と蘇芳君を交互に見た。

「貴様が下らん郷愁を抱いてこの街に戻ってきたからこんなことになった。そいつが血だらけで転がってるのは、お前のせいだ」

「っ!!」

……本当はこの街に来る必要はなかった。たまたま近くに来ただけ。なのに、僕は抗えなかった。たった二年しかいなかった場所なのに。その目的だって、“組織”に指示された視察でしかなかったのに。なのに、僕は。

「大サービスで救急車は呼んでやる。あとは好きにするんだな……お前を殺すのはまた別の機会に取っておくよ」

陰鬱に笑いながら、凪君は去っていく。携帯電話を片手に。

「……」

蘇芳君は、ぜぇぜぇと荒い息を繰り返し虚ろな眼差しを僕に向けているだけ。

「…な、」

「…、」

「ま…た、あ…えた、な」

「っ!!」

また、会えたな。

「どうして、そんな…ことっ!!」

僕のせいなのに。僕のせいで刺されたのに。七ヶ月前、あんな別れ方をしたのに。

「…どうして、」

蘇芳君が悲し気な眼で僕を見ている。蒼白な顔。白い呼気も徐々に弱くなる。

「……っ、てしん…ゆ、う…だろ」

だって、親友だろ。

「う、」

もう駄目だった。涙腺が決壊したかのように、涙が止まらなくなった。僕は声を上げて泣いた。蘇芳君にまだ親友だって思われていると知ったこと、僕をかばって刺されたこと、僕が戻ってきたからこうなったと凪君に言われたこと、すべてのことが重なって、僕の心は押し潰されそうになっていた。

「う、うわあああっ!」

心の底からの声を上げて泣く僕の耳に、微かにサイレンの音が響いていたーーーーー





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