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序章

浅葱空良(あさぎそら)が俺の前から姿を消す前夜、俺は浅葱から呼び出されていた。月の綺麗な夜だったと思う。

「急にどうしたんだよ、浅葱」

「あ、ごめんね。寝てたかな」

浅葱は午後十一時過ぎにも関わらず、制服姿だった。塾に行っていない浅葱にしては珍しいと俺は思った。

「何かあったのか?」

「え?」

「いや、浅葱がこんな時間に外に出てるなんて珍しいからさ、驚いてんの」

「そ、そうかな」

俯いた浅葱が、何故か泣いているように見えたのは俺の気のせいだろうか。

「あ、あの蘇芳君」

「何?」

「急にこんなこと言うとビックリするかも知れないけど…」

「?」

俺が怪訝そうな顔で見ていると、浅葱が言った。俯けていた小さな顔をあげ、今にも壊れてしまいそうなガラス細工のような儚さを纏って、


「今までありがとう。蘇芳君に会えて、良かった」

「…浅葱?」

「この二年、すごく幸せだった」

何を言われているのか分からず、俺は立ち尽くす。

「……ほんとに、ありがとう」

微笑む瞳から、静かに透明な液体が零れ落ちる。月の下、浅葱の華奢な体が映えていた。

「浅葱?何言ってんの?何かあったのか?」

浅葱は微笑むだけで、俺の問いに答えようとしない。浅葱を見つめていた俺だったが、今更ながらに奴の左腕に白い包帯が巻かれていることに気づいた。

「……っ」

俺の視線に気づいたらしく、浅葱が顔を強張らせて包帯の辺りを右手で隠すように掴む。痛みがあるのか、隠した刹那に眼が眇められる。

「怪我でもしてるのか?ちょっと、見せてみ」

近寄ろうとした俺だったが、ー

「来ないでっ…!」

悲鳴じみた声音に、俺は反射的に足を止めていた。

「浅葱、一体どうしたんだ。腕だって…。また吉川たちに苛められたのか?」

「違う…違うから来ないで」

俺は段々と苛々してきた。もとより短気な方だし、訳の分からないことはさっさとすっきりさせたいタイプである。

「家でだらけてた人間をこんな時間に呼び出した上に苛つかせやがって、お前何様のつもりだよ」

「……」

「浅葱!」

「もう、会えなくなるから」

「は?」

「もう会えなくなるから、お別れを言いに来たの」

頭が混乱しかける。

「要約し過ぎだ。俺が納得出来るように言えよ」

「それは……」

浅葱が躊躇したのを俺は見逃さなかった。早足で浅葱の前に立つと、顔をはね上げた奴の左腕を取った。夜道なので分かりにくいが、何か染みのようなものが広がっていた。傷口から出血しているのだ、と悟る。

「いっ、痛いっ」

「一体どうしたんだよ、この怪我は!夕方まではこんなになってなかったじゃねぇか!!」

その時、背中に何か尖ったものを押し付けられた。前に立つ浅葱の眼が愕然と見開かれる。俺の後ろにいるのは、どうやら男らしい。低い声が浅葱に向かって放たれる。

「さあ、浅葱。大事な親友を殺されたくなければ、大人しく私についておいで」

声が震えている。俺は何が起こっているのか把握出来ず、馬鹿みたく突っ立っていた。頭の何処かで、押し付けられているのはナイフだ、とか後ろにいる男と浅葱は知り合いなんだな、とか考えていた。

「……蘇芳君を放して」

「放して欲しいなら私と来いと言っているだろう」

浅葱が俯く。噛み締めらるた唇から、意味のない呻き声が漏れ聞こえてきた。

「さあ、浅葱」

「……ほんとは、人畜無害なままで別れの挨拶したかったのに」

呟かれた言葉はか細く掠れていて。

「蘇芳君を傷付けるのは許さない」

浅葱が怪我をしている左腕を俺ーというより俺の背後にいる男に向けて突き出す。俺の背中に付けられていたナイフの先端が小刻みに震えていて、気が気ではなかった。そしてそれ以上に…、

「止めなさい、それ以上は、」

「蘇芳君、僕は」

言葉の続きは、浅葱から発されることはなかった。今にも泣き出しそうな顔で微笑み、何かを呟いただけ。何か言わなければ、と何かが俺をせっつくが俺は馬鹿みたく突っ立ったままだ。

「止めろ!」

背後の男が狂ったような咆哮を上げ、鼓膜が痺れた。男が俺の横を通り抜け、左腕を突き出したままの浅葱に突進して行く。浅葱が俺を見る。俺は呆然と見返すだけ。

「さよなら」

浅葱の口がそう象ったように見えた。「浅葱、」

ようやく言えたのはそれだけ。



次の瞬間、目の前で七色の光がはぜるのを見た。どおおおんっ!!と轟音が住宅街の夜気を震わせる。

「さよなら」

耳元で悲しげな浅葱のものらしい声を聞いた瞬間、俺は無様にも意識を失ったのだった。




そしてその夜以来、俺は浅葱空良を見ていない。





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