魔女と獣と子供
その日は、新月の晩だったと記憶している。
遠出した集会からの帰りに、少し余裕があるからといつもと違う道を通って帰る。ここは近場の街からも離れていて、人がいないからか思ったより通りやすかった。
夜目は効く方だが万全とは言えない。警戒しつつも歩いていると、魂の気配がしたのを感じたが、やけに小さい。虫は小さすぎて魂は感じることが出来ない。獣か何かだろうかと姿を消して近付くと、そこにいたのは一匹の獣と子供だった。
「……こども」
声が出て、獣がこちらを向いた。声を出した所為で姿隠しが消えたらしい。眠そうな子供もこちらを向く。歩いてきたにしては身ぎれいすぎ、だがここから街までは子供の脚で歩けるほど易しくはなかった。
「おねえさん、ここどこ?」
子供は無邪気にそう言った。獣の方はこちらを警戒しているのに、主人らしき人がここまで無邪気では何とも言いずらい。
首を横に振ると、そうかあ、と危機感のなさそうな返事が返ってきて、こちらが返答に困ってしまった。
『このこ、連れていってくれませんか。……出来れば、あなたの家に』
獣が鳴き声でなく言葉で告げる。それに驚きながらも、理由をようやく察した。喋る獣など、人にしてみれば気持ちが悪いだけだろう。
「キミはいいのか?」
『巻き込んでしまったのは私。気味悪がられたのも私。彼は、私を庇った所為でこんなところに捨てられた』
「いいんだよ、僕が死んでもおとうさんは喜んでくれるもん」
「……は」
突然の言葉に子供を見ると、さっきの表情が変わらないまま告げる。
「ずっと言ってたよ、いらない子だ、勝手に死ねばいのにって。せいせいするって」
むしろこちらが怖くなってきた。……なんなんだ、この子供は。頭が痛くなりそうなのを堪えて、もう一度獣の方を向く。
「キミは何が出来る、それによって、子供を助けるか決める」
『……教えて頂ければ、それなりには。今は、喋るくらいしか出来ませんが。恩は必ず、返します』
その目は真剣で、先程の態度を見る限り、恩を違えるようには見えなかった。まあ、飽きるまでだ。と腹をくくろう。
「いいだろう、取引とキミの研究の為だ。その願いを受けようではないか」
『感謝します。……魔女殿』
「……わかんないけど、どこかいくの?」
「ああ、お前もついて来い。……そして"勝手に死ぬな"」
言霊による弱い暗示。自分の傍で生きる以上、死にたがりでは困る。
「?」
無邪気なままの顔を見て、さて連れて帰ったら何から教えるか、服は……と、思ったより大変そうな未来には目を瞑った。
*
……○○年後
「聞いてください。魔女様が探してた薬草見つけました!森の外れにあったんですよ」
「そうか。……もうあそこまで行けるようになったか」
『人の成長とは早いものですからね』
小さかった子供は私よりも背が大きくなり、身体もがっしりし始めた。獣の方も大きくなったが、大型犬くらいの大きさだから可愛いものだ。
「では、それは保管用に処理を頼む。少し出掛けて来るからな」
「あー、ちょっと待ってください」
そう告げると、何故か旅装になって私の後ろにひっつく。獣はその光景を妙に優しい目で見守っていた。
「お前は連れて行かんぞ?集会に出かけるだけだしな」
「嫌です。付いていきます。魔女様と獣を守る役目は僕のものですから」
「……死にたがりでなくなったのはいいが、妙な育ち方をしたものだ」
『薬草は私がしておきます、魔女様はお早く』
二対一では分が悪い。それに、獣も子供も頼りになるくらいになったのは確かだ。
「……いくぞ、はぐれるなよ」
「はい!」
新月の奇妙な拾い物達は、今も私の傍で生きている。