二
「今日から仲間になる、アウィンです。わからない事など、教えてあげて下さい」
ニコニコと私の事を二人の少女に紹介するアッシュ。
ーーーー仲間?
「……待って。“仲間”って、なに?」
「言葉通りですよ。アウィン、貴女はこれから“石使い”である私の使役となって頂きます」
「…………………………………は?」
何を言っているんだ、この子どもは。
使役?
……冗談じゃない。
誰かに命令されるなんて、まっぴらだ。
そんなの、前の世界で28年生きた私は充分過ぎる程に味わった。
年齢が上、会社に入った時期が先。
上司という役職だから、等々……。
あらゆる理由で、他者に命令されてきたのだから。
転生してまで、そんな立場になるなんて。
「じょ……っ」
冗談じゃない、そう言おうとしたその時。
ガシッと手を掴まれた。
「自己紹介も大切だけど、いい?この娘に今!必要のはーーーー服よ、“服”!」
二人いる少女の一人ーーーー18~19歳位の年頃の姿をした少女が、私の手を掴んでいる。
背の半ばまでの淡い金髪を下ろしていて、深みのある黄色の瞳がとても美しい。
ーーーーまるで、深みのある黄色が美しいあの宝石、黄玉のようだった。
「あ」
少女は切れ長の瞳をつり上げて、「信じられない」とアッシュを睨みつけた。
立っている自分の姿を見下ろし、ようやく気づいた。
同じくこちらを見ていたアッシュと、同時に声がもれた。
大きな白い布で身体を覆っているだけの、今の自分の格好に。
「今気づいたの!?」
「……すみません。嬉しさのあまり、つい」
「何がつい、よっ!女の子をいつまでもこんな格好で居させるなんて!」
「わざとではないんです。そんなに怒らないでください、ブリジット」
「わざとだったら、ぶん殴ってるわよ!」
ブリジット、と呼ばれた少女は、掴んでいた私の手を引いた。
「こっちに来て」
こんな格好のままで居るわけにはいかない。
私は彼女に手を引かれるまま、ついていくことにした。
二人の内のもう一人の少女も、スッと私達の後をついてきた。
それが当たり前というように。
◇◆◇◆◇◆◇◆
二人に連れてこられたのは途方もない広さの部屋だった。
「…………………………………」
ざっと見て三百以上はあるだろう、整然と並べられた洋服は圧巻の一言。
どうやら、ここはクローゼットのようだ。
部屋の大きさも服の数も、規格外だが。
かつて28年生きた中で、その都度暮らしてきた決して多くはない部屋らを思い出していた。
歴代の部屋を全て入れても、かなり余裕があるだろう。
あまりにも多い服の数と、部屋の広さに顔を引きつらせて服を眺めている私の事などお構い無く、ブリジットは話を進めていく。
「トリシャ。私、何着か見繕ってくるから、ちょっとの間この娘お願い」
「わかった」
少女が頷くと、肩につかない長さで切り揃えられた藤色の髪が揺れた。
年の頃は17~18歳位。
優しげな印象を受ける垂れがちなその瞳は、深みのある紫色。
深みの中にも透明感のあるその紫は、紫水晶のよう。
切れ長の瞳が色っぽい、大人びた印象を受けるブリジットとはまたタイプの違う雰囲気の少女だ。
受ける印象は違えど、二人とも並外れた美貌の持ち主だった。
「アウィン」
「……え?」
「え?って、貴女の名前でしょ?」
首を傾げる藤色の髪の少女は、不思議そうに私を見ている。
(ああ……そういえば、そうだったっけ)
どうやら、今の私は“アウィン”という名前に決定しているらしい。
「私、パトリシア。よろしくね」
今度はこちらが首を傾げる番だった。
先程ブリジットが呼んだ名前と違う。
確か、ブリジットは“トリシャ”と呼んでいたはずだ。
私の表情から読んだのだろう、「さっきのは愛称だよ」と説明してくれた。
「あっちはブリジット。私は“リジー”って呼んでる。ねぇ、アウィン」
「……はい」
「普通に話していいよ。私達は“同族”なんだから」
「どう……ぞく?」
疑問系で返す私に、「あれ?」と彼女はその濃い紫の瞳を瞬かせる。
「貴女、何も知らないんだ?」
頷く。
アッシュは知っているようだったが、何も説明してはくれなかったから。
「私達は“煌珠族”。鉱石を生命の源とする種族だよ」
煌珠族は親兄弟という概念がなく、皆一人で生まれるのだという。
(そうか……さっきの私は“生まれた”ところだったんだ)
「私は紫水晶の煌珠。リジーは黄玉の煌珠だよ」
なるほど。
彼女達の瞳を見覚えのある宝石のようだと思ったのは、あながち間違いではなかったらしい。
「そしてーーーー貴女は、藍方石の煌珠」
私はパトリシアに促され、大きな姿見の鏡の前に立った。
「……!」
鏡に映ったその姿に、思わず息を呑んだ。
「これが……私?」
「そう、貴女」
そこには、目の覚めるという表現がぴったりな、鮮やかなコバルトブルーの瞳をした少女が映っている。
頬に触れると、鏡の中の少女も同じ動きをした。
年の頃は15~16歳位。
腰よりも長い髪は明るい空色。
大きな瞳は目尻が切れ上がり、猫のようにコケティッシュで魅力的だ。
肌は白い。
かつて日本人だった頃に憧れた美白肌だ。
唇は何も塗っていないのに桜色に淡く色づいていて、小柄だが肌の柔らかな女らしい体つきをしている。
全体的に色素が薄い為、瞳のコバルトブルーの鮮やかさが一際目を引いた。
傍らに寄り添う紫の少女とはまた違う、儚げな美貌の青い少女。
ーーーーそれが、“今”の私らしい。
「?」
布から覗くデコルテに、小さな青があった。
触ると、指先に硬い感触。
これはーーーー
「石?」
「そうだよ。貴女の“核石”」
「“核石”?」
うん、と頷くとパトリシアは胸元をくつろげた。
「……あっ」
その白い胸元には、彼女の瞳と同じ“紫”があった。
綺麗な楕円形の小さな石。
色は違うが、パトリシアと自分の身体の同じ場所に石はあった。
「私達煌珠にとって、“核石”はとても大切なもの。これを砕かれると私達は死んじゃうの。だから、他の人には見せちゃダメだよ」
煌珠族はその核石に強大な魔力を宿している種族で、その核石は美術的価値のある宝石として、甚大な魔力を秘めた魔石として、狙われ続けた種族でもあるらしい。
だから、煌珠達は皆等しく他種族が嫌いらしい。
「そんな種族が、どうして“人間”に使役されているの?」
心底わからない、という私にパトリシアは全く表情を変えずに答えた。
「旦那様は、普通の人間族とは違ったの。旦那様は私達を“生命ある者”として扱ってくれた……」
大地のエネルギーの塊である鉱物は、様々な力を持っている。
それらを引き出して魔法を行使する“石使い”と呼ばれる魔法師。
それが、アッシュ・シーウェルの肩書きらしい。
煌珠達にとって、石使いは天敵の一つ。
魔石である核石を奪おうとしたり、男の石使いなどは美しい人型の女性の身体を持っている事から、煌珠を無理矢理に所有物としようとするからだ。
だが、アッシュは違ったのだとパトリシアは言う。
「旦那様は出会った時からとても紳士的だった。理由はそれだけじゃないけど、私やリジーは納得して配下にいる」
彼女達は彼女達で、考えがあってアッシュの元に居るようだ。
「ずいぶん仲良くなったのね」
青と紫に続いて、もう一人黄色の少女が鏡の中に映った。
私の服を見繕いに行ったブリジットだ。
「リジー、いいのあった?」
「この娘の背丈に合うものを選んだつもりだけど……」
ブリジットはそう言いながら、姿見の鏡がある場所から右側に置かれた化粧台の上へと抱えていた大量の服を置いた。
パトリシアと一緒に覗き込むと、色とりどりの服の数々が目に入る。
「アウィン、気に入ったものはある?」
「……え、えっと」
まだ“アウィン”と呼ばれることに慣れていなくて、つい 吃ってしまう。
積み上げられた服の山から手に取っては置き、手に取っては置き、と何度か繰り返すを続けること10分。
「いいんじゃない?」
「うん、似合ってる」
「ありがとう……はぁ」
並外れた美貌の少女達に誉められて、素直に喜べない自分が心底嫌だなぁ本当。
ため息を一つ吐いて、再び先程の姿見に自分を映す。
三十着以上あったドレスの中では一番動きやすそうで、デザインも落ち着いたものを選んだ。
黒を基調に金のラインが入っている上下一体型のワンピースだ。
袖は無いが、代わりの上腕までを覆う手袋は指先は覆われてはおらず、中指の所で止めている。
前の部分が短く、後ろへ向かうにしたがい長くなっているスカートは脚の動きを妨げないのでとても動きやすい。
服と揃いの黒に金のラインが入った靴は、右が腿まで、左がふくらはぎの半ばまでというアシンメトリーのデザインだ。
「…………」
くるりと回ってみる。
前から見える背中側のスカートの内側には、白糸で夜空を見立てた星座の刺繍が施された凝った誂えで、そこが気に入ったのだ。
首から胸元の部分は黒のシースルー生地だが、小さな核石は見えないので安心だしね。
「もっと、華やかなものでも良かったんじゃない?……まぁ、脚が綺麗だからその服も似合ってるけど」
そう言って腰に手を当てているブリジットは、一切肌を出さない禁欲的なデザインのドレスを着ている。
緑の濃い色が彼女の白い肌や淡い金髪を引き立てている。
彼女の隣にいるパトリシアが着ているのは、一切刺繍のない濃い紫色のシンプルなデザインのものだ。
長いスカートの右側には深いスリットが入っている。
紫のニーソックスで腿の半ばまでを覆っていて、下は同色の足首までのショートブーツという出で立ちだ。
スリットから覗く、白い太ももがとても色っぽい。