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VRMMOにまつわるお話  作者: 猿野譲二
3/6

第三話

 200mという距離は、銃に慣れない日本人が因果を直感するにはあまりに離れた距離であり、狙撃によって眼前の生物が殺害されていくというのは全く未知の現象である。

混乱は容易く恐怖に変化し、兄妹が救い主に対して抱く感情は、感謝よりも恐怖が先立っていた。


 しかしながら、カズノリはなかなか人の良い顔立ちをしており、兄妹が警戒を解くのにさほど時間はかからなかった。


 カズノリというのは、右肩に大ぶりなボルトアクションライフルを背負い、紐止めの旅人のような風体をした、40程度と見える男性のアバター。

 かなりがっちりとした体格をしている。レスラーか、さもなくばハリウッド映画の軍人か、といった感じの風体であるが、優し気な、ともすればヘタレそうな顔立ちが威圧感を相殺している。

 推測だが、彼からどことなく感じる叔父さんのような雰囲気からするに、実年齢とアバターの年齢はさほど離れていないはず。

 一方、どうやらオオカミたちを射殺した張本人らしいトーカの方は、むすっとした顔でホロウィンドウをいじっていた。

 カズノリとは対照的なまでに華奢で、いわゆる”人形のような”少女だ。細い腕に細い腰、けれども女としてそれなりの曲線もある、中学生程度の外見。振る舞いからして実年齢も大差なく、つまりはユイと同年代。

 装備もカズノリとは全く違い、露出が多めで、どうにも戦闘に向いているとは思えないものだった。少し飾った感じの、ことによると誰かに見せることが前提なのではないかと思われる装い。

「……お前もうちょっと愛想よくしたらどうだよ?」

 とカズノリが親のように注意するが、

「無理です」

 トーカはすげなく拒絶した。

 彼女は単に人付き合いが面倒であるという以上に、今は特に機嫌が悪いらしい

 しかしカズノリはそんな彼女の気も知らず、トーカの頭にポンと手を乗せて、これまた彼女の父親のような態度で兄妹に詫びた。

「あー、悪い。コイツはいつもこんな感じだ。お前らに落ち度はない」

 トーカの機嫌の悪さがカズノリの態度にあることは間違いないだろう。

 予想される年齢差からしてカズノリのあの保護者的態度は無理なからぬものである。だが少女が望んでいるものは間違いなくそれではない。

「えっと、じゃあ俺たちはこの辺で……」

「助かったよ。またね」

 と兄妹が最大限空気を読んで早急に立ち去ろうとすると、

「いやいや、どうせなんだからいろいろレクチャーしてやるよ。初心者なんだろ?」

 なかなか鈍いらしいカズノリがお節介を焼き始める。

 当然トーカは激昂して詰め寄って怒鳴る。

「今日はボクに付き合ってくれるんじゃなかったんですか!?」

どうでもいいがボクっ娘だった。どうでもいいが。

「いや、助けたのはお前じゃん」

「助けただけです! そのあとまで面倒見ようなんて言ってませんよ!」

「いいじゃんか、かたいこと言わずに」

「かたくないです! ボクが先約!」

「お前にログアウトしろとは言ってないだろうが」

「そういうことじゃないんですよ!」

 ダメだ、これはこじれる。

「あの、本当に大丈夫ですから。僕らはこれで……」

 危機感を覚えたユートはカズノリにさらに遠慮を見せたのだが、

「アンタらは気を使うことはないんだぜ。持ちつ持たれつなんだから」

 カズノリまで聞く耳を持ってくれない。顔にも若干の怒りが見えた。

 彼はどうやらトーカを叱っているつもりらしく、声のトーンも先ほどまでよりきついものになっていた。

「……修羅場だな」

「……修羅場だね」

 兄妹はため息をついて傍観を決め込む。

 片や親子の喧嘩をしているつもりで、片や男女の喧嘩をしている気分でいる。複雑怪奇なこの状況は、部外者が介入して何とかなるレベルを超えている。


 十分ほど待っていると、やがてしびれを切らしたらしいトーカが、

「もういいです! カズノリさんのばか!」

 と涙声で叫び、ホロウィンドウを操作して消失してしまった。飛散した涙だけが、キラキラと空中に輝いていた。

 既に達観していた兄妹は、落涙という機能が備わっていることに感心する余裕すらあった。

「……逃げやがった。悪いな、お二人さん。反抗期てやつなのかねー」

 二人はいわゆる「ジト目」と呼ばれる表情をカズノリに向けて、

「今のはカズノリさんも悪いですよ」

「女としてはトーカちゃんを擁護します」

 と彼を批判する。

「……え?」

 意外なまでの味方の少なさに、カズノリは驚いていた。




 BBOは四国に匹敵する広大なマップを有しているが、そんなマップを徒歩のみで移動していてはゲームの趣旨が全く変わってしまう。

 そこでBBOでは、常時、任意で使用可能なファストトラベル機能がアバターに与えられており、システム ウィンドウのマップ画面から選択すれば、指定されたいくつかのポイントに、いつでもどこからでも瞬間移動できる。

 さすがに戦闘中は使えないのだが。

 この手の機能の例にもれず、原則は自力踏破したポイントまでしか飛べない。しかし最初の拠点になる王都ファラディンだけは初期段階から移動可能となっており、兄妹はカズノリと共に、ファラディンの転移ポイントである神殿に瞬間移動した。

 しかしユートにとっては、人生初の瞬間移動への感動より、このどうしようもなく不甲斐ないおっさんに説教してやる方が重要だった。

「いいですか、謝るときは言い訳しちゃだめですよ。全面的に自分の非を認めるんです。そのくらいしてあげないと女性は冷静になることもできません。一時の恥と思ってひたすら頭を下げてください」

「でもなぁ、中学生ぐらいの女の子にさぁ」

「中学生でも女性です。女は男の倍ぐらい精神的に年を取るのが速いんです。とにかく謝ってください。いいですね?」

「……えっと、今すぐがいい?」

「ダメですよ。お互い冷静になれないでしょ? こういうのは少し時間を置いてからの方が良いんです」

 光に包まれた神殿の中から、見た目では十代前半の少女に成人男性がこっぴどく叱られながら登場する珍妙な光景。内容が女性の取り扱いについてであるからなおのこと滑稽。


 数分ほどで、カズノリがよく利用するらしい武器屋に到着する。


「ここが武器屋さんなの?」

「ああ」

「おっじゃまっしまーす」

 ユイは跳ねるようにして武器屋に入店し、

「う、うわぁ……」

 何かにドン引きした。

 後を追って入店すると、これにはユートも引かざるを得ない、と腑に落ちる。

 店内にずらりと並んでいたのは、ファンタジー世界に真っ向から喧嘩を売った、大量の遠隔兵装。剣だの斧だの槌だのといったファンタジー系の世界感には欠かせない武装は部屋の片隅に追いやられ、代わりに大量の銃、銃、銃ばかり。

 辛うじて弓矢と魔法の杖が最低限のスペースを確保していたが、それでも店内の光景は、ここがファンタジーな世界であることを容易に忘れさせてくれるほど近代的。

「ちょっとこれあんまりじゃない?」

「売れないんだから仕方ないでしょう。私としても本音を言えば剣とか槍とかたくさん置きたいのよ。でも店としては、そこそこ利益を出していかなければやっていけないもの」

 飴色の髪の柔和そうな顔をした店員が、ユイに対してほとんどぼやくように言い訳していた。

「そちら、うちのメンバーにしてこの店『フィリシア武具店』の店主、フィリシアだ。ちなみにあれでNPC」

「……こ、これでAI!? すっご! どうやって作ったの?」

 とユイが絶賛すると、フィリシアは照れくさそうにしながら、

「遺伝的学習アルゴリズムをとにかく試行回数増やしただけよ。いわば処理能力のゴリ押しね」

「ほへー……PCと区別つかないよ。ってか超メタいね。ファンタジー武器屋の御主人が遺伝的アルゴリズムとか言ってて大丈夫なの?」

「プレイヤーのメタ発言でいちいちエラー吐くわけにもいかないもの。なんとかファンタジー的に解釈させようって意見もあったんだけど、結局適応したのはこういう性格」

「適応度の基準はどんな感じだったの?」

「脳波計を付けた人間と会話させて、どの程度違和感が少ないか、って言うのを数値化したのよ。細かいとこは企業秘密だけど」

 ユイとフィリシアの少々熱がこもってきた会話を外から眺めて、

「……ユート君ついていけてるか?」

 カズノリは両目をグルグルさせていた。

「割と。カズノリさんはこういうの弱いんですか?」

「てんでダメだ。フィリシア、頭が痛くなってくる話題はやめて、銃の話をしよう。コイツらにおあつらえ向きの銃を見繕ってくれ」

「まず真っ先に銃を思いついてしまう現状をどうにかしたいところなのだけれど。弓もあるのよ」

「あたしちょっと弓気になるかも」

「僕は銃がいいです。シューティングよくやってましたし」

「じゃあその方向ね。他にもいくつか質問させてもらうわ」

 フィリシアは二人にそれぞれにたくさんの質問をした。今までやってきたゲームと、そのプレイスタイルにまつわる質問を。

 そして手渡されたのが、ユイには大柄で重めの弓、ユートには二脚のついたボルトアクションライフル。

「習うより慣れろ。まずは店の裏で試し撃ちといきましょうか」


17-05-15 誤字修正

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