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VRMMOにまつわるお話  作者: 猿野譲二
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第一話

 フルダイブ型VRゲームが発売された。

 VRである。しかもフルダイブと来た。モニターを顔面に張り付けるエセVRなんぞとはわけが違う、脳内信号をなんやかんやしてベッドの上からゲーム世界へGOできる完全没入型のVRゲームである。

 中学生ゲーマーである葛城優斗も、当然のことながらこのゲームを購入、これから毎日深夜までガンガンヘヴィープレイしてやるぜ、と息巻いているところだった。

 まぁ発売から半年近くも遅れてしまったんだけども。

『受験控えた中三の10月に新型ゲームとか買っていいわけないよね』という両親は至極真っ当であったし、優斗自身も承知しているとこだった。

 そして猛勉強の結果どうにか合格できたのが今日3月17日。ぶっちゃけ合格したことより今日からたっぷりゲームができることの方が嬉しかった。

『合格祈念パーティしようぜ!』という友人の誘いを断り、一方失敗して二次試験に怯える友人を適当に励まし、世話になった教師にも適当に礼を言った優斗は、これまでにないぐらい全力で自転車をこいで電気屋に直行、親からの入学祝金でVRゲーム機『バーチャリア』と、人気ソフト『Brave Blade Online』を購入し、帰宅後ベッドにダイブ、プレイを開始した。


 かくしてBBOの入り口、『始まりの遺跡』に出現した優斗……アバターネーム『ユート』は、大きく自身に満ち溢れた一歩を踏み出し、激しく転倒した。

「……痛……くないけど痛い」

 中学生、下手すると小学生ぐらいに見えそうなほど小柄で童顔の、同時に女顔のユートは、地面に突っ伏して呻く。

「いきなりすっころんでどうしたの兄貴?」

 ユートを気遣うのは、ユートより背の高い金髪碧眼の少女アバター。葛城優斗の妹、葛城優衣が操作するアバター、その名もユイ。

「いやね、身長差がさ。いつもならもうちょっと歩幅が取れるんだけど」

「兄貴のロリキャラ志向はいつものことだけど、VRゲーでまで貫かなくてもいいじゃん」

「使うなら可愛いキャラが良いだろ」

「実用性も大事だよ」

「激しく実感しております」

 立ち上がったユートは、その場で足踏みをし、ジャンプしながら自分の感覚を修正していく。

「大丈夫そう?」

「うん、なんとか」

「じゃあ、イベントとか特にないみたいだし、とりあえず外に出ましょうか」

 ユイはスタスタと、ユートはぎこちなく歩きながら遺跡を出る。

「「おぉー」」

 インドア派ゲーマー故、景色に見惚れるということはあまりない二人だが、青空の下に歩き出した二人は、思わず感嘆の声を漏らす。

 遺跡は小高い丘の上に作られていて、周囲を見下ろせるようになっていた。草原が眼下の大地に広がっていて、地平線の向こうに顔を出す巨大な山脈が冒険心を刺激する。

 単に絶景なだけでなく、はるか空を羽ばたく巨大なドラゴンや、西方に見える空を支えるような大樹が、この世界観に非現実的且つ幻想的な雰囲気を与えている。

 一通り景色を楽しんでから、二人は今後の方針を相談する。

「どうしよっか?」

「んー、下調べゼロだからな俺たち。何かナビしてくれるシステムがあると思ってたんだけど……」

「これはこれで冒険っぽくていいじゃん」

「まぁ、そうだな。とりあえずやるべきは戦闘か」

「ですな」

 二人は周囲を見渡し、何十メートルか向こうで草を食むイノシシ型モンスターを発見する。

 片目を閉じると、メニューウィンドウ、HP、MP等々のシステム的な情報が表示され、イノシシの上に敵対モブの証である赤いカーソルが現れる。名前は『フィーブルボア』。和訳すると「弱いイノシシ」といったところ。初心者向けの雑魚モンスターに違いない。

 兄妹は剣を抜く。ユートは両手剣、ユイは盾つき片手剣。

 当然どちらも初期武器ではあるのだが、現代社会ではなかなかお目にかかれない刃渡り80cmの両刃剣は非常に迫力がある。

 二人はセオリーは全く分からなかったが、とりあえずイノシシに駆け寄った。彼我の距離が10メートルほどまで近づくと、イノシシが兄妹の存在に気付いて顔を上げる。

「タンクやるねー」

「……妹をエネミーの前に出す兄ってどうなんだろう?」

「いつもこの組み合わせじゃない」

「でも自分の体だとこう、なんか釈然としない感じが」

「ゴチャゴチャ言ってると敵来るわよ。ほら来た! よしこっちだ!」

 盾を持つユイがユートより前に立ってイノシシの攻撃を受け止める、そうしてイノシシに硬直が入ったらユートが一撃を叩き込む、と大体のゲームで通用する流れを、兄妹はこのゲームにも適用した。

 二人の思惑通り、イノシシは前に立ったユイをにらみつけ、前足で数度地面をかくと、勢いよく走り出す。

 ユイはぐっと腰を落とし、その攻撃を受け止めるべく盾を構えた。


 そして、衝突。


 ……は起こらなかった。


「いやぁぁぁあああぁあああああ!!」

 と悲鳴を上げたユイが横っ飛びにイノシシを回避したのである。

「は、は? はぁぁぁぁあああああ!?」

 イノシシは視界から消えたユイのことをすっかり忘れて、今唯一前方に存在するユートにまっすぐ狙いを定めた。

「何やってんのユイ!?」

「ムリムリムリムリぜったいムリ! 怖いって!」

「たかがイノシシだろうが!」

「だったら倒してみやがれ!」

 いいよ倒してやるよかかってこい雑魚イノシシ、とユートは息巻いた。

 初心者向けとあってか、イノシシの突進は現実のそれよりはるかに遅く、のっしのっしと策も何もなくひたすら直進する動きはあまりに読みやすい。タンクが受け止めてくれなくとも、これに攻撃を合わせるぐらい、数多のゲームをやり込んだ彼には簡単なこと。

 ユートは剣を右に振りかぶり、イノシシとの交錯に備えて力を込める。


 そして、一閃。


 ユートの手からすっぽ抜けた両手剣が、回転しながら飛んでいく。


「え?」

 思いっきり振りぬいた姿勢で硬直したユートは、全く無防備な状態でイノシシを受け入れることとなった。

 窮地に陥ると時間が遅くなる、と言う話はよく聞くが、このときユートはまさしくその現象を体験した。極々わずかな一瞬が大きく引き伸ばされ、スローになった世界の中、飛び上がったイノシシが、ユートに向かって少しずつ接近してくる。

 ユートの腕ぐらい太い巨大な牙が顔へと迫り、獣の唸り声が至近距離から浴びせられる。怒りに満ちた茶色の瞳は今までユートが見てきた何よりも恐ろしく、間近に迫ったイノシシの体はあまりに巨大に見えた。


 時間の感覚はすぐ元に戻った。


 イノシシに投げあげられたユートは、受け身など取る暇もなく(もともと取り方も分からないし)、リアルなら首がへし折れていたであろう無様な着地に至る。ユートの脳は完全に上下を見失っていて、彼が貼りついてるのが壁なのか天井なのか全くわからなかった。

 ややあって、そもそもここには壁も天井も存在しないことを思い出し、ユートはふらつきながら立ち上がる。


 今、ユートは本物の恐怖を感じていた。理性ではここがゲームであり、この体が仮想のものであるとわかっていても、本能の部分がこの場所を現実だと認識し、現実としての対処を強要してくる。ユートの闘争心は大きく減退し、入れ替わって逃避欲求が湧いてくる。

「に、逃げるぞ!」

「ラジャー!」

 兄妹はすぐさま合意。一目散に駆けだし、付近にポツンと生えていた木の上に避難する。

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