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朝起きて感じた虚無感。
昨日の話でもなければ一ヶ月前の話でもない。
良い加減、前を向けよって言い聞かせるのも飽きてきた。
彼女が消えて、3年が経つ。
赤井そら。15歳。両親は海外赴任中で、テレビ電話を通して朝晩顔を合わせている。基本的な家事は一人暮らし歴が長いため、手慣れた手つきで行う。
7時にセットした目覚まし時計は、広い部屋に枯れた音を鳴り響かせた。一向に鳴り止まないアラーム。自動的に電源のついたパソコンからは、楽しげなクリスマスソングが流れる。
《そらちゃん おはよう
そっちは23日で祝日よね
寒いだろう、しっかり暖をとって
腹出して寝てると死んじゃうぞ
パパったら 大袈裟なんだから
心配してるんだよ しっかりご飯も食べるんだぞ
じゃあ またね。ママたち仕事行ってくる》
留守番メッセージを残すかのようにぷつりと切られたビデオ電話。パソコンを介して会う親の顔はいつだって同じ。気がつけば時計は7時20分に差しかかろうとしている。テレビをつけると、年末の特番ばかり。組まれる特集はクリスマス、年越し。長時間番組はもうそろそろ飽きる頃だ。
携帯電話が震える。目をやるとrikuの文字。〈ごめん、今日は行けないの。折角の祝日を、ごめんね。〉のメッセージ。今日も、の間違いだろと正すのは今年で3回目になる。
玄関の物音。慌ただしいそれが誰のものかなんて、3年目のいま、考えたくもない。
『おはようそら!今日は雪合戦をしよう!』
開け放たれたドアから入る冷気が、背中をすり抜けていく。今日から一週間、また共同生活が始まる。
伊坂羽美。そらの同級生兼、幼なじみである。
外は一面雪景色。嬉々とした羽美の表情と、鼻の穴の広がり様から、避けられない運命と悟るそらは、小さくため息をついたのちに重い腰を持ち上げた。
『雪合戦したら、帰る?』
『うん!だから、ほら!』
差し出された手はすでに冷たく、まるで死人のようだった。
episode0 空と陸と海