表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

五年目のメッセージ -旅立ち-

作者: 福山直木

まだ更地が目立つ大地に重機の駆動音が響く。


三年前にこの地に植えられた桜は、二度目の春を迎えた。


私の家は五年前、跡形もなく消え去った。

思い出も生きてきた証もすべて無くなってしまった。幸い家族には何もなかった。それだけが救いであった。


だいぶ癒えてきたが、今も喪失感が残る。



明日、地元を離れる。遠く離れた大学に通うことになったのだ。当分は帰って来ないつもりでいる。


身を寄せていた親戚の家で荷物を纏め、地元の海を見に行く。


まだ被災した家屋が残されている所もある。すでに新しい建物が建っている場所もある。しかし、以前の街並みには程遠い。


家屋といえば……なんて思いを巡らしている時だった。



  おーい!



見覚えのある男の子がこちらへ走ってきた。


息を弾ませながら私を引き止めたのは、あの日出会った少年。

たぶん、二年ぶりだろう。



  ねぇちゃん、遠くに行くって本当?



寂しそうに私に問う。その眼差しは、真っ直ぐだった。



  うん…


  そっか…



未曽有の災害に直面したあの日、避難所へ向かう途中に出会った少年。

彼は半年ほど、親と生活できない状態になっていた。その間、私と共に行動していたのだ。



  あのさ……


  なに?


  ……やっぱ、いいや…元気でな!



そう言い放ち、走り去っていった。


  なんだよ…


そんな気持ちを抱きながらも、彼の背中を見送る。



次の日。

暖かい日和の中、電車を待っていた。

待合所代わりの小屋しかない駅のホームでひとり鉄路を見つめる。


遠くから、電車の汽笛が聞こえる。

かつては聞こえなかった音だと、長くこの地に住む親戚から何度も聞かされた。



  おーい!



その声に驚いて振り返ると、少し離れた所にあの少年が居た。



  なーにー?


  これー!ねぇちゃんにーって!母さんがー!



少年は必死に声を張って、私に伝える。

私は急いで駆け寄る。



  なによ、昨日渡してくれれば良かったのに~


  今日、言われたんだよ!


  何か知らないけど、ありがと



その時、ガタンガタンと電車の近づく音がする。



  はい!じゃーな!早く行かないと乗れないぞ!ほら!


と少年は私の背中を押す。


  あ、わ、わかった!わかった!自分でいくから!


と少年の後押しを止めて、向かい合う。


その時、電車が駅のホームに向けて滑り込もうとしていた。



  元気でね…


  あぁ…


  当分会えなくなっちゃうけど、また…



そう言い残し、駅へ走り出した。



  …っ絶対!帰って!来いよー!



背後から少年の声がする。

走りながら振り返り、手を振りながら言葉を返す。



  それまで元気でいろよー!



階段を駆け上がり、電車に乗る。

振り返ると、彼はずっとこちらを見つめたまま立っていた。


その姿はたくましく見えた。私の知らない彼がそこに居た。


見つめ合ったまま、発車の時が迫る。

車掌の笛を合図に扉が閉まる瞬間、彼が叫ぶ。



  いままで、ありがとう!遠くに……



途中で途切れた言葉。


  ……遠くに行ってもがんばれよ…かな…


もう声は届かない。目一杯、腕を振って応える。


そして、電車が動き出す。

私は見えなくなるまで手を振り続けた。


四人掛けの席の窓際に座り、これから向かう方角を見つめつつ手渡された木箱を開ける。


  …母さんじゃないでしょ…素直じゃないな…


感謝の気持ちが綴られた手紙と、四年前に撮った写真が収められていた。


  …もぅ…なんで…今なのよ…


見つめていると、無性に地元を離れるのが辛くなった。


  ……これは……


もうひとつ入っていたものは、木片のストラップ。

『絆』

という一文字が彫られていた。


  ……いいって言ったのに……


それは彼の家を解体した時に作っていたものだ。

私は良いと言ったのだが、お揃いで作ってやると彼が言い張った。


それきり会うことが無くなっていた。だから、忘れられているものだと思っていた。



手紙に目を通す。


ーーーーー

あの時は本当にありがとうごさいます。

今までちゃんと言えなくてごめんなさい。

あの日、出会ってなかったら、今の自分はないと思います。なにもかもが無くなって、不安だらけの日々を乗り越えられたのはあなたのおかげです。

ちゃんとしたお礼をしたいので帰る時は教えてください。お身体には気をつけて、勉強を頑張ってください。


いつかまた会える日まで、お元気で-

ーーーーーー


その手紙を何度も読み返す。

その度に涙が溢れる。


  ……こちらこそ…だよ……


失ったものは確かに大きい。だけど、巡り会わなかったはずの出会いがそこにあるのだと感じた。


五年目の春、故郷を想う気持ちが一層強まった。

思いを新たにして、新天地へと向かう。


あの日、希望を失った街。

今は数え切れない人の手で一歩、また一歩と賑わいを輝きを取り戻している。すべての人が前を向けているわけではない。

だけど、私は確かな未来を見つめている。


この手で故郷を、本当の意味の復興に導きたいと。



やがて電車はビルが立ち並ぶ都会へと至る。


  ……いってきます……


期待と不安と決意を胸に旅立った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ