「ねむり姫」中編
「…ごめんって。そんな怒らないでよ。」
舞台に向かう道中、那津さんが私に話しかけました。
なんですか?別に怒ってませんよ私は。
劇ほっぽり出してのんきに寝てた貴女を探しに来て、
挙句、見たくもないキスシーン見学させられる羽目になりましたが、
これっっぽっちも!怒ってなんかいませんけど!?
「やっぱ、怒ってんじゃん。分かった、分かった。じゃあ、今回は本気出すからさ。」
はい、気合い入れて、お願いしますよ!
…って、いつも本気じゃなかったんですか?それはそれで問題アリじゃないですか、
那津さ……
――え?
「じゃ、行くよ。」
那津さんがそう言うのと同時に、幕が上がりました。
『ねむり姫』の再開です。
**********
「では、私からの祝福は――」
大変長らくお待たせしました。
12番目の魔女が杖を振り上げた所から再びスタートです。
にこやかに最後の祝福を告げようと口を開いた12番目。
しかし、その瞬間。
突如、正面の扉が開き、黒い風が巻きおこりました。
不吉で不穏な雰囲気。
人々は『何が起こっているんだ!?』とざわめきます。
「御機嫌よう、皆さま方。」
いつの間にか、影のように国王夫妻の前にたたずんでいたのは、黒いローブを身にまとった女でした。
ニコリと笑みを浮かべながら、ゆっくりと彼らに歩み寄ります。
王は突然現れた女を見て驚愕しました。
「じゅ…13番目の魔女…っ!」
そうです。
彼女こそ、招かれざる客であった13番目の魔女。
他の魔女たちも騒然とします。
「何をしに来たんだ!?」
王様が声を震わせ、そう言い放ちます。
すると13番目の魔女は至極可笑しそうに笑いました。
「嫌だなあ、国王陛下。本日はめでたい王女殿下の誕生記念パーティでしょう?私だけ除け者にするなんて、ひどいじゃないですか。」
だから、わざわざこちらから出向いたのですよ。
13番目の魔女はそう言って口角を吊り上げました。
「こんな可愛らしい王女様ですもの。私もひとこと、祝福を告げさせていただきますよ。」
そして、王女に向かって自身の杖を振り上げます。
それを止める者はいません。皆、13番目の禍々しい空気に押されて、動くことが出来ないのです。
「王女様は、美しく優しい娘に成長することでしょう。…しかし、それも15歳まで。
王女様は、15になった時、糸車の針に刺されて、命を落とすでしょう。」
13番目の魔女が告げたのは、そんな恐ろしい呪いでした。
眼鏡の奥に光る、冷酷な瞳。冷たい声。
しかし、顔だけはやはり楽しげに笑っていました。
まさしく、背筋の凍るような恐ろしい魔女のカオです。
これはなんと…普段の那津さんとはまったく、別人のようですね。
…これが、那津さんの本気なのでしょうか。びっくりしましたよ、私は。
できるんだったら、いつでも本気だせよ(ボソッ。
13番目の魔女の呪いを聞き、王妃は悲鳴を上げました。
あまりのショックにそのまま失神してしまいます。
王様は慌ててそれを抱え、13番目の魔女を睨みつけましたが、
魔女はそう言い残したきり踵を返し、大広間を去ってしまいました。
後に残された人々は大いに混乱し、王も頭を抱えて嘆きました。
「ああ、どうすればいいんだ!こんな…我が娘に死の呪いが…っ!」
「王様、お待ちください。」
そこに声をかけたのは、12番目の魔女です。
王様はしばらくして目を覚ました王妃様と一緒に彼女の方を向きました。
「私はまだ王女様に祝福を送っておりません。」
13番目の魔女の乱入により、12番目の魔女は祝福を告げることができなかったのです。
国王夫妻はぱっと表情を明るくさせます。
「ならば…王女の呪いを解けるのか!?」
「いえ、それはできません。」
「じゃあ、どうするのよ!」
「最後までお聞きください、陛下。」
鬱陶しそうに眉をひそめる魔女。
…口調戻ってますよ。オッサン。
「呪いを完全に解くことはできませんが、私の力で、弱めることはできます。王女様は死ぬのではなく百年のねむりにつくのです。」
12番目の魔女はそう言って赤ん坊のお姫様に向かって杖を振りました。
これで死の呪いは免れ、一度は安心した国王夫妻。
しかし、すぐさま国中にお触れをだし、呪いの発動原因である、国中の『糸車』を燃やしてしまいました。
――
それから、時は流れて――じゅう…
「やっと私の出番ね!」
…あ、ナレーターの途中で入ってこないでください、姫様。
ていうか、気合い入れ過ぎてて逆に引きますね、貴女。
…ごほん。えー、時は流れて15年後。
王女様はすくすくと育ち、可憐な美少女へと成長しました。
清らかな心を持ち、美しい歌声、様々な才能をもった、まさしく完璧なお姫様へと――
――すいません、ドヤ顔やめてもらっていいですか。
台詞が台無しですよ。
何故、『謙虚さ』は授からなかったんですか。
まあ、ともあれ。立派に成長した王女様。
王女様が15歳の誕生日を迎えようとしていたある日のこと、王も王妃も城を留守にしていたので、彼女は一人で暇を持て余していました。
「あーあ。退屈だわ。なにか面白いことはないのかしら…」
中庭で花輪を作っていた王女様はため息をつきます。
そして、ふとお城の隅にある古い塔に目をとめました。
その塔は今では誰も使っていない筈でしたが、入り口に鍵はかかっていません。
気になった王女様は塔に登ってみることにしました。
階段を上っててっぺんの小部屋まで行くと、部屋の中では糸巻き棒を持ったひとりの老婆が、せっせと亜麻を紡いでいました。王女はそれを珍しそうに眺めながら、声をかけます。
「お婆さん、何をしているの?それは何?」
王女様が声をかけると腰を曲げた老婆はしわがれた声で、顔をあげないままに答えました。
「これは糸を紡ぐ道具だよ。やってみるかい?」
「うん!やってみるわ!」
初めて見る糸繰り車が珍しかった姫は、ドキドキしながらそっとその糸に触れてみます。
「あっ!」
するとその途端、糸紡ぎ針が姫の指先に刺さってたちまち姫は床に倒れ付してしまったのでした。
ついに魔女の『呪い』がその効力をなしたのです。
「ふん、他愛もないね。」
老婆は倒れた王女様を見下し、そう言いました。
曲がっていた腰をすっと伸ばし、羽織っていたマントを脱ぎ棄てます。
そこに姿を現したのは――13番目の魔女。
ニヤリと口角を上げ、ねむりこける王女様の髪を撫でました。
「王も王妃も馬鹿なものだ。こんな日に外出なんてするとはな。」
まったくですね。タイミング悪過ぎですよね。
彼らは呪いのことを忘れてたんでしょうか。何にしても、うかつです。
「じゃあ、復讐も済んだことだ、家に帰るかな。」
そうですね。お疲れさまでした。
…それにしても、魔女さん、迫真の演技をありがとうございました。
正直、貴女の本気、すごかったです。
「…ああ、そう?ま、私、悪役の方が板についてるからね。」
そうですか。
では、今度から監督にそう言っておきますね。
でも、ヒーローに倒されちゃう役なのに、いいんですか?
「ヒーローが聖悟じゃなきゃ、いいよ。」
魔女は苦笑を洩らしながらそう言い、塔から姿を消しました。
…成る程ねえ。
次につづく。