「ねむり姫」前編
-CAST-
王女様――篠原未央
王――マスター
王妃――乾雪佳
1番目の魔女――斎藤宏樹
2番目の魔女――乾圭太朗
12番目の魔女――高宮麗奈
13番目の魔女――本城那津
城に入ろうとする男――水谷信二
王子――乾悠十
ナレーター――以下略。
「ホーホッホ!やっと来たわね、私の時代が!!主役よ、主役―!」
「未央さん、うるさいわよ。」
「あー、ようやく俺、休みか。じゃ、高みの見物といくかな。」
「くそ、ずるい聖悟。私、まだ一度も休んでない…」
「まあまあ。それより、今回すごいね。乾家、勢ぞろいじゃない?」
「圭ー!兄ちゃんが来たぞー!」
「……黙ってくれませんか、兄貴。」
「ふふ、なんか参観日みたいねぇ。私も劇に参加していいのかしら…」
「いいと思いますよ。僕みたいなオッサンも出てるわけだし。」
「確かに、マスターと乾のお母さんだと明らかにマスターの方が年上に見える。」
「那津ちゃん…それは傷つくな。」
「つーか、俺の役、何?超モブじゃん!必要なくね!?」
「え、王子様役って乾圭太朗のお兄さんなの?お会いしたことないわ、どの方?」
「あ、俺俺。未央チャンだっけ?よろしくなー。」
「…き、金髪?ちょっと、軟派な男性は遠慮したいんだけど…」
…ああもう、どうでもいいから、全員、舞台にあがりなさいっ!!
もう幕があがりますよ!
**********
ようこそお越し下さいました。本日も、童話劇を始めさせていただきます。
今回のお話は『ねむり姫』。
『眠れる森の美女』、『いばら姫』とも言われる有名な童話で、
物語の展開には諸説あるようですが、今回はグリム童話版です。
それでは、はじまり、はじまり…
むかしむかし。
童話はいつもこの始まり方ですが、今回も例外なくそのパターンです。
とある王国に、王様と王妃様がいました。
彼らはずっと子供を欲しがっていたのですが、ふたりの間にはなかなか子供ができませんでした。
ある日、王妃様が水浴びをしていると、一匹のカエルに
『あなたが望めばその願いは叶うでしょう。あなたは一年以内に娘を産みます』と言われました。
そして、一年後、カエルの言った通りに王妃はかわいらしい女の子を出産しました。
「ああ、なんと可愛い女の子だろう!」
「ええ、本当に。私たちの宝物ね。」
待望の子が生まれて、王も王妃も大喜びです。
早速、祝いの場を設けようと、盛大なパーティを開くことにしました。
「そうだ、この国の魔女たちも招いて、この子に祝福を与えてもらおうじゃないか。」
「あら、それはいいわね!…でもあなた、魔女たちのためのお皿が12枚しかないわ。魔女は全員で13人でしょう?」
「おや、それは困ったな。…しょうがない。13番目の魔女は招待しないでおこう。『13』という数字は不吉でもあるし。」
「そうね。」
王妃はその美しい腕に赤子を抱きながら答えました。
王もでれでれとしながらその様子を見ています。
―あ、それ以上近づかないでくださいね、王様。
その人、リアルでは人妻ですし。
下手なことをすると、彼女の息子たちが舞台袖からパチンコを撃ってきますよ…
…そうそう。それでいいんです、賢明ですね。
さて、こうして直立不動の王とにこやかに笑う王妃を中心に、親族や知人、そして12人の魔女が招かれた盛大な宴が催されることになりました。
それは、贅の限りをつくした豪華なパーティでした。
招かれた人々は皆笑顔で生まれてきた王女に祝福の言葉を告げます。
そして、宴の最後に、12人の魔女たちも王女の傍に寄ってきました。
王女に祝福を与えるのです。
まず、1番目の魔女が杖を振り、王女に向かって言いました。
「では、私からは『美』を。王女様は世界で一番美しい女性になるでしょう。」
静かな声でそう告げた魔女はお辞儀をして下がりました。
続いて2番目の魔女が王女に近づき、笑顔で杖を振りました。
「私からは『徳』を。王女様は素晴らしい人格の持ち主となり、慈愛の心ですべてを包み込むでしょう。」
2番目の魔女も、淀みなく、そう告げました。
…半笑いだったのは気のせいでしょうか。
どうも私には『素晴らしい人格(笑)』、『慈愛の心(笑)』に聞こえたのですが。
……ま、気のせいですよね。
次、行きましょう。
こうして王女は『富』や『知』など、ひとりひとりの魔女から素晴らしい素質が授けられました。
「では、私からは…」
最後に、12番目の魔女が王女の元に歩み寄りました。
にっこりとほほ笑みながら、赤ん坊に向かって杖を振ります。
――しかし、突如としてその発言は遮られたのです!
そこに現れたのは招かれざる客であった13番目の魔女!
「あの…」
そうです、彼女は自分だけ招かれなかったことを妬み、王女への祝福を邪魔しに…
「すいません。」
13番目の魔女は、復讐心から、怒りをむき出しにした表情で中央へと歩いてきます!
他の者はそれを呆然としながら見守るしかなく…
「ナレーターさん?」
ん?なんですか、12番目。
今、台詞に熱を込めているところなんですが。
「その…13番目の魔女さんが、来ないんですけど。」
12番目の魔女が困ったように言いました。
――って、え?
ええええ!?
あ、本当だ!
ちょっと、何で13番目が舞台にあがってないんですか!?
スタッフ!那津さんは!?
…なに、消えた?どういうことですか!
え、ちょっ、いいから探しなさいっ!!
何で自分の出番の時に舞台袖にいないんですか、あの人は!!
…ああ、もういいです、私が出ます!
ここはまかせましたよ!
――すみません、ちょっとここで一旦、劇を中断します!
10分後に再開いたしますので、観客の皆さまはそのままお待ちください!
まことに申し訳ありません!!
**********
~楽屋~
「あ、あんた…ナレーターの人か。どうしたんだ?」
…ゼェ、ハァ……
…どうしたも、こうしたも…ありませんよ、聖悟くん!
「なんだ?俺に何か用か?俺、今回劇には出てねぇんだけど。」
貴方じゃありません!
貴方の…その、膝の上ですうすう寝ている那津さんに用があるんです!!
「那津に?なんで?」
だから、なんで、じゃありませんよ!
彼女、もう出番ですから、劇に出てもらわないと!!
ほら、さっさと起こしてっ!
「…別に、いいじゃねぇか。今回は別の人に変わってもらえば。俺のねむり姫、昨日徹夜したから寝てないんだと。起こすの、可哀そうだろ?」
いや、そんな渋い顔して言われても…アナタ方の私情なんて、知りませんよ。
あと、誰が貴方のねむり姫だっ!?くさっ!
…あーもう、いいから起こして下さいよ!観客を待たせている状態なんですから…
泣きますよ?私。
「…はあ、分かったよ。あんたもそれが仕事だしな。」
あ、分かってくれますか、聖悟くん…
じゃあ早速、そのお嬢さん、起こしてもらえますか?
私がそう頼むと、聖悟くんは那津さんの頭を軽くたたき、呼びかけました。
「那津?起きろって。出番らしいぞ?」
「……んー、…あと、さんじかん…」
…長いですよ。
意外と図々しいことお願いしますね、那津さん。
「起きろって。」
「ん……」
その後、聖悟くんが何度か声をかけますが、那津さんは身をよじらせるばかりでなかなか起きません。
聖悟くんも呆れたように息をつき、頬をかきました。
「あー、ダメだ。起きねぇな。」
え、そ、そんな!なんとかならないんですか!?
「ま、手がねぇってわけでもないけど…」
そう言ってニヤリと笑う聖悟くん。
私がそれでいいからお願いします、と言うと、
彼はおもむろに那津さんの鼻をつまみ、体をかがめて彼女の口を塞ぎました。
…彼の、唇で。
目の前で堂々と交わされるキスに、流石の私も驚きました。
しかも、遠慮なしに舌を滑り込ませた、濃厚なディープキス。
あまりエロさに、私も思わず、顔をそむけてしまいました。
…いや、なんというか。
アンタ、マジで羞恥心ないのな。
「……ん、…んむ!?」
鼻と口を塞がれた那津さんは、当然ながら呼吸が出来なくなります。
すぐに苦しげな息を漏らし始めました。
しかし、聖悟くんはやめるどころか、頭を固定し、さらに舌を絡めます。
…くそ、説明するだけで顔が赤くなりますよ……
何が悲しくてカップルのキスシーン見てないといけないんですか…
「…っぷは!」
やっと彼が口を離したとき、那津さんは即座に飛び起き、真っ赤な顔で聖悟くんと距離をとりました。
聖悟くんの方はイイ笑顔で那津さんに『おはよう』なんて声をかけます。
「な、なに、何すんの!?」
「何って…お前が起きないから、目ぇ覚ましてやっただけだけど。やっぱ、王子様のキスじゃねぇとな。」
「っ、ど、どこが、『王子様のキス』!?窒息するわ!!」
「起きたんだからいいだろ?…ほら、出番だと。早く行って来いよ。」
「~~っ」
那津さんは羞恥に体を震わせていましたが、
すぐに『ナレーターさん、行くよ!!』と私に声をかけ、足音も荒く楽屋を出ていきました。
「ほら、那津も無事に起きたことだし、劇の再開だな。……ん?なんだ、泣いてんのか?」
はい、ようやくキャストが揃ったので、始められそうです。
よかったデス。
…ちなみに、頬に流れているコレは涙なんかじゃありません。
ただの汗ですから、お気になさらず。
いいんですよ、私だって、帰ったら嫁が待ってますから!…二次元の。
うう…泣いてなんか、ないんですから……
次につづく。