「ジャックと豆の木」後編
――
「すごいな…(セットが)。一面真っ白だ…(どれだけ金かかってんだろう)。」
巨大な豆の木を登り始めて数十分後、
ジャックは木が雲を突き抜けても登り続け、とうとう天辺までたどり着きました。
そして辺り一面雲に覆われた世界を見て、そんな…本音がちらちらと見えるような台詞を吐きます。
ジャックは、時々いらないことを言いつつ、
雲の中にぽつんとそびえ立つ城を見つけ、そちらに向かいました。
「そこにいるのは…男の子?どうやってここに?」
城の扉を開けてすぐ、ジャックは綺麗な女の人に出くわしました。
白い衣裳を着流している、さながら女神のような風貌の女性にジャックは一瞬見惚れましたが、
すぐに大きな豆の木を登ってきた、と正直に答え、女性のことを尋ねました。
途端に、女性は顔を曇らせます。
「私はここに住んでいる人食い巨人の妻よ。あの人に見つかると食べられてしまうわ…悪いことは言わないから、早くお帰りなさい。」
そう、ここには世にも恐ろしい人食い巨人がいるのです。
人間が大好物だという巨人の話を聞き、ジャックは体を震わせました。
探険しに来たはいいものの、食べられてしまっては元も子もありません。
ジャックは忠告通り、城から出ようと扉に手をかけました。
その時です。足音が聞こえてきました。
それは段々と大きくなり…何かがこちらに近づいてくるようです。
「ああ、あの人が帰ってきたんだわ!仕方ない、こちらに隠れなさい。」
巨人の奥さんはそう言って、ジャックを台所のかまどに隠しました。
間一髪、ちょうどジャックが隠れ終わった時に、巨人が姿を現しました。
がっしりとした体躯の大男です。
手にはたくさんの金貨の袋をぶら下げて、じゃらじゃらと鳴らしていました。
「帰ったぞ。」
「はい、お帰りなさい、あなた。」
「…なんだか人間のにおいがするな。それも、子どものだ。どこかにいるのか?」
「あら、そんなはずはありませんわ。人間なら、おととい頂いたではないですか。」
「そうか。」
奥さんはそんな風にはぐらかして、巨人にお酒を注ぎます。
巨人は無表情でそれを受け取り、一気にあおりました。
そして、部屋に戻る、とひとこと告げた後、男は特に言及もせずに去って行きました。
…あれ?
なんだか、普段の彼らしくありませんね?
なんか、すごく不機嫌、と言いましょうか。
とにかく巨人さんはものすごく虫の居所の悪そうな様子でした。
何故でしょうか。
…まあそれはともかく、
無事に巨人が去り、ジャックはかまどから這い出ました。
「あの人は帰ってきたらすぐに寝てしまうの。今のうちにお逃げなさい。」
「いや、あのすごい金貨の袋みたら、そうも言ってられないよ。」
「え?」
「あれだけあったら、ひとつくらい、いいよね。もらっていくよ。」
「ええ?あ、ちょっと!?」
なんてことでしょう。
金銭に目のくらんだジャックは、
奥さんの言うことを無視し、巨人の入って行った部屋に向かってしまったのです。
…いっそ食われてしまえ、と思ったのは私だけではないでしょう、ええ。
こんな犯罪臭のする主人公なんか擁護しようがありませんからね。
その部屋は巨人の体に合わせて作られたのか、家具も装飾品もすべてが巨大でした。
ジャックはそっと扉の隙間からその様子を伺います。
巨人はテーブルの上に金貨をぶちまけて、数を数えているようでした。
それも、かなり雑にイライラした様子で。
…本当にどうしたのでしょうね、国崎くんは。
ジャックも首をかしげます。
やがて巨人は疲れたのか、
金貨を数えるのをやめ、机に頬杖をついていびきをかき始めました。
奥さんの言う通りです。
ジャックはニヤリと口角を上げました。
…それにしても、不用心ですよね、この巨人。
せめて金貨をどこかに閉まってから寝ればいいのに。
これじゃあ、ジャックじゃなくてもお金を盗みたくなってしまいますよ。
「じゃ、いただきっと…」
ジャックは宣言通りそっと部屋に忍び込み、巨人が持っていた金貨の袋をひとつ担ぎました。
そして、忍び足で部屋を後にします。
巨人は全く気付かず、ぐーぐー寝ていました。
「うまくいったな。これはすごい大金だぞ。」
「…本当にやるなんて思わなかったわ。」
心配して見に来た奥さんは、金貨の袋を肩に担ぎにっこりと笑うジャックを見て、呆れ顔です。
さあ、これでやっと帰るのか――と思いきや、ジャックはふと彼女を振り向いて問いました。
「ねえ、お姉さん。あの男、まだ何かイイ物持ってんじゃない?」
「え?」
「これだけ立派な城だ、他にもお宝がありそうだね。」
「え、貴方まさか…」
「もう少し、もらっちゃおうかな。」
そう言って、ジャックはまたニヤリと悪い笑みを作ります。
…強欲ですね、ジャック。
やっぱり貴方、『正義』とか『善』とは無縁なのでは?
主人公補正をかけても正されないレベルの酷さですよ、貴方の性格は。
――
「お、これか、お宝は…。」
有言実行なジャックさん。
困惑する奥さんの案内の元、倉庫の中を漁っていると、巨人のお宝を発見しました。
黄金に輝く金の鶏と、女性の飾りがついた大きな竪琴です。
どちらもジャックが目にしたことない、素晴らしい品でした。
ジャックは試しに金の鶏を持ち上げます。
「ん?誰、君。」
「うわ、しゃべるんだお前。」
「そうだけど…御主人は?」
「これからお前は僕が頂くから、御主人は僕になるよ。」
「あら、なら私も?」
「そうだよ、ハープさん。貴女も僕のものだ。」
言葉を話す鶏とハープに、自分勝手な発言をするジャック。
……。
もういいや、ツッコミませんよ、私は…
マジで歪みねぇな、とだけ言っておきましょう。
「―そういや、あの巨人。めちゃくちゃ機嫌悪そうだったけど、何かあったの?」
―と、ジャックは先程の巨人の様子を鶏に聞きました。
鶏は羽をはばたかせ、『ああ、あれね。』と答えます。
「実は今、聖悟さ、ナツちゃんと絶賛ケンカ中なんだって。」
「へー、そうなんだ。」
「………。」
話を振られ、そっぽを向くハープの女性。
ジャックはそれを面白そうに観察しながら、鶏に先を促します。
「なんかナツちゃんが大事にしてた本にラーメンの汁ぶっかけたらしいよ。」
「…それは確かに最悪ね。」
「わ、いつの間にか奥さんも会話に入ってきてる…」
「まあ、細かいことはいいじゃない。」
「そんでさ、聖悟も素直に謝らないもんだから、ナツちゃん怒っちゃって。もう5日、口聞いてないらしいよ?」
「あーあ…それはまた…よくもそんなことができたもんだ。」
「ナツちゃん、逃亡スキル高いからね。」
「成る程。で、その色々と限界な時に、無理矢理劇に参加させられてるってわけか。」
「そーいうことだよ。」
ジャックはからからと笑います。
可笑しくて仕方がない、と言った風に。
「問題。今後聖悟はどうすると思う?俺、劇放棄するに千円。」
「じゃ、私は…役放りだして那津を連れて帰るに100ドル。」
「むしろ鬱憤晴らしに劇ごと滅茶苦茶にするに150ユーロ。」
「賭けになってないじゃん、君ら…」
ハープの女性ははあ、とため息をつきました。
「……お前たち、何をやっている。」
すると突然、低い声があたりに響きわたりました。
そう、巨人です。
寝ていた巨人が目覚め、ここまでやってきたのです。
ジャックは驚きに目を見開きましたが、すぐに不敵な笑みを作り、巨人に対峙しました。
「やあ、彼女に避けられてる巨人さん。こんにちは。」
「お前…宏樹から聞いたな?」
「まあね。さて、巨人さんには悪いけど、アンタのお宝もらってくよ!」
強気にそう言って、金貨の袋と鶏、そしてハープを持つジャック。
ちょ、欲張りすぎですよ!一気に三つとか!
これには巨人も激怒し――
「…いい。別に持って行きたければ持っていくがいい。」
「…え?」
…え?
激怒…しませんでした?
ジャックも、奥さんも、
…勿論私も、巨人の急なひとことにぽかーんとします。
巨人は憮然とした表情を崩さないまま、ジャックに近づきました。
「その代わり――」
「…うわっ!?」
そして。ジャックが抱えていたハープを楽々と持ち上げます。
ハープの女性は、思わず声を上げました。
「このハープだけは渡さないが、な。」
『他のものは好きにするといい。』そう言い残して、巨人は再び自分の部屋へと戻って行きました。
…ハープを腕に抱えて。
「――っ、離せ、聖悟!」
「うるさい、黙ってろ。」
そんな二人|(?)の言い合いが聞こえます。
しかし、その声は段々と遠くなっていき…ついには聞こえなくなりました。
「あーあ、ありゃ説教タイムだろうね。」
「どっちの?」
「ナツさんに決まってるよ。ま、僕らには関係ないことだけど。
…じゃ、巨人からの許可も出たし、地上に戻るかな。」
残されたジャックは、おもむろに金貨の袋と金の鶏を持ちました。
そして豆の木を下るため、城の外に―
―って、ちょっと待って下さい!
こっちがしばらくナレーターに徹してたら…何をしてるんですか、貴方たち!
追いかけてくる巨人は!
命からがら逃げ出して木を切り倒すシーンは!
「いいじゃん、別に。円満に終われば言うことなしだよ。」
「そうそう。巨人が地上に落ちて死ぬとか、ちょっとグロイしね、あのシーン。」
いや、だからそういうことじゃないんですってば!
あーーもう!この物語ブレイカーどもがっ!
原作者が見たらどう思うんでしょうね、この寸劇!
「そんなん、俺らに関係ないし。そもそも俺、こんな劇に出演したくなかったんだよね。」
「あれ、なんか用事あったの?」
「うん。妹の文化祭、見に行く予定だったのにさ。」
「あー、だからか。拓史もちょいちょい機嫌悪そうにしてたもんね。」
「そうそう。」
いや、聖悟くんもそうですけど、そんな私情持ち込まれても知りませんからっ!
今回、出演者の不機嫌率高っ!
…あーあ、
もう新キャラをいれても展開になんら変わりはないんですね、この童話劇は…。
もういいです、今回も無理矢理〆ちゃいましょう。
こうして、巨人から金貨と金の卵を産む金の鶏を奪ったジャックは大金持ちとなり、母親と幸せに暮らしましたとさ。
めでたし、めでたし。
……?
あれ?
そういえばいなくなった巨人さんとハープは…?
END
おまけ
~その後の巨人とハープ~
ハープ(那津)は巨人(聖悟)に抱えられ、部屋まで戻ってきた。
ゆっくりと椅子に降ろされ、座らされるが、ハープの女性は巨人から顔をそらしてそっぽをしまう。
「で、何。」
「…まだ怒ってんのか?」
「怒ってたら、悪い?」
「………。」
約20秒の沈黙。
ついに巨人はガバッと頭を下げる。
「…ごめん。謝る。俺が悪かったから…」
そして、小さな声で謝罪した。
「……。」
「無視するのだけは勘弁してくれ。キツイ。」
懇願するようにそう訴える彼は、
自信満々な普段の彼とは全く別人のようだ。
ハープははあ、と息をついた。
「女々しいね、君も…」
「女々しくて悪かったな…でも、マジで頼む。許してくれ。」
「…はあ。いいよ、別に。元々、一日後くらいには頭冷えてたし。」
「じゃあなんで、メールに返信くれなかったんだよ…」
「ま、ちょっと意地悪してみたくてさ。」
「…この野郎。」
どさ。
「――え?」
「なんだ。」
「ちょ、ちょーっと待って聖悟クン?この体勢何かな?」
両腕を絡みとられ、完全に男に押し倒された状態。
――ちょっと、待てよ。
ハープの女性の表情が凍りついた。
反対に、打って変わって元気を取り戻した巨人はニヤリと笑った。
「ふん、こっからはオシオキだ。この五日、溜まった分を消化させてもらう。」
「た、溜まった分って……っっ!ちょっと、まだ劇中でしょ!?」
「どーせもう終わってるよ。それより、こっちに集中しろ。」
「わああああっ!」
END
相変わらずな二人……。