「ヘンゼルとグレーテル」後編
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「こ、これは…!」
「すっごーい!!」
そして、ついた先、二人の目の前には…なんと、大きなお菓子の家がありました。
屋根や窓、ドアノブにいたるまですべてがお菓子でできています。
チョコレート、ウエハース、クッキー、マシュマロ……甘い匂いにヘンゼルとグレーテルのお腹が空腹を主張しだします。
「なあ…ちょーっとくらい、いいよな?」
「うん!食べちゃおうよ!」
テンションMAXな二人は、そのままお菓子の家にむしゃぶりつきました。
「ふう…食った、食った。」
「お腹いっぱーい。」
たっぷりお菓子を堪能し、お腹が満たされた二人はそのまま地面に寝そべりました。
さっきまで不幸のどん底にいたとは思えないくらい幸せそうな表情です。
「ねえ、あの鳥はきっと私たちに幸運を運びに来てくれた魔法の鳥だよね。」
「ああ、そうかもな。」
おっと、これは童話が違いますね。
…確かになにかと共通点は多いですけど。ヘンゼルとグレーテルとあの二人組は。
でも青い何とかじゃありませんから、今回は。
というか、その鳥はどこに行ったんでしょうね。
…まさか台本無視しまくった挙句、逃亡とか。
…あり得るなあ。
すると。
そうやってヘンゼルとグレーテルが夢見心地で笑いあっていた時、
お菓子の家のドアがきい、と音を立てて開きました。
「っ!だ、誰だ!?」
ヘンゼルが飛び起きます。
そしてじっと様子をうかがっていると、黒いローブをかぶった長身のおと…いや、女が姿を現しました。
そうです。魔女の登場です。
やっと話が軌道に乗ってきました。
魔女は子ども二人を見て、ニヤリと笑いました。
「あー、やっと来たね。待ってたよ。」
「へ?」
ところが、魔女は非常に友好的な態度で、迎えてくれました。
入って入って、と二人を中に促します。
ヘンゼルとグレーテルは混乱しながらも中に入りました。
魔女の家は外見とは裏腹に、白と黒で統一されたモダンなデザインの部屋でした。
つーかマジ、シティ。
森の中なのに都会。魔女クオリティってスゴイですね。
ヘンゼルとグレーテルも呆気にとられ、魔女に紅茶でいい?と聞かれたときは、ただこくこくと頷いていました。
ふかふかのソファに座らされ、湯気のたちこめる紅茶を頂いてひと段落…
……って、こんなことしてる場合か!
「……あ、あの。」
「ん?何?」
グレーテルは何やらオシャレな雑誌を読んでいる魔女に、おそるおそる尋ねました。
「お菓子、食べたこと怒ってないんですか…?」
「あ、あれ?気にしなくていいよ。すぐに魔法で元通りだし。食べたかったら全然、食べてくれて構わない。」
「…俺は騙されねーぞ。そんなこと言って、俺たちを太らせて食うつもりだろーが!」
びしっと指をつきつけるヘンゼル。
非常にカッコイイ、正義感あふれる行動です。
…ま、ドヤ顔で台無しですが。
まったく、いつもながら決まらない男ですねえ。
対する魔女はきょとんと眼を見開くと、くすくすとおかしそうに笑いだしました。
な、なんだよ、とドギマギするヘンゼル。
ああ、やっぱりカッコ悪いな、貴方って人は。
「んー、別に君らを食べるほどお金にも食べ物にも困ってないしな、俺。一応、公務員として働いてるから。」
「え、魔女って公務員だったの!?」
「そーそ。しかも国家公務員。安定してるよ。」
「高収入!?」
それは政治家もびっくりの事実です。
魔女っていう職業あったんですかね。
税金を何に使っているのか、気になるところです。
「で、でも俺らを待ってた、って…」
「ああ、今、君らの父さんも来てるから。」
「うそー!?」
「よう。ヘンゼル、グレーテル。」
すると、奥の部屋から森の中で別れたはずの父親が出てきました。
もしゃもしゃとバウムクーヘンを頬張りながら、片手をあげて気軽に話しかけてきます。
ヘンゼルもグレーテルも、酷く驚いてその場で固まりました。
……って、は?
…え!!?
なん…だと……?
お父さんはここにいちゃまずいじゃないですか!
貴方は今頃、貧しい家の中で罪悪感に苛まれているはずでしょう!?
え!?飽きた、って…子どもですか貴方は!
―ちょっと、スタッフ!何で彼がここにいるんですか!
どっかの小部屋にぶちこんだはずじゃ……
…ああ!全員倒されてるっ!
「実は俺ら、昔からの友人でさ。何か困ってるようだったから融資してあげたんだよね。」
「そうそう。おかげで助かったぜ。」
「…はあ。」
ヘンゼルも呆れてものが言えません。それも当然でしょう。
それ、なんてトンデモ設定ですか。
…あーもう、また勝手に設定をいじって!
毎回毎回、貴方がたは『台本』っていうものをちゃんと読んでるんですか!?
「それで、君らもここに連れてくるように使い魔に頼んだんだよ。」
「使い魔って…もしかして、あの鳥?」
「そうだよ。…入っておいで。」
うっわ、誰も私の話を聞いていませんね!?
ああ、もういいです。
こうなればもう勝手にしてください。私はどうなっても知りません。
魔女がそう呼ぶと、奥の部屋のドアが開き、
水色の薄いサマードレスに身を包んだ、綺麗な女性が現れました。
なんだか不機嫌な顔をしていますが、先程の小鳥に間違いありません。
背中にはちょんと小さな羽根もついてました。
父親は上機嫌で彼女を迎えます。
「うん、似合う似合う。天使みたいだ。」
「…恥ずかしいこと言わないでよ。というか、どこにこんな衣裳が…」
「細かいことはいーんだよ。ほら、ケーキ食うか?」
「私、コーヒー。」
小鳥はため息交じりにヘンゼルたちの正面のソファに腰をおろしました。
「…父さん。どういうこと?俺たちを捨てたんだろ?」
「そうよ。森の中に置き去りにしたりして…」
しばらくして。ヘンゼルとグレーテルは父親に問いかけました。
父親は小鳥をいじるのをやめ、正面に顔を向けます。
子どもたちは真剣な表情でした。
お父さんもごほん、と咳払いをし子どもたちに向きあいます。
「ヘンゼル、グレーテル。すまないな、父さんが悪かった。」
「………。」
頭を下げるお父さん。深く反省をしているように見えますが――
しかし、一瞬後にぱっと顔をあげました。
「でも魔女がなんとかしてくれそうだから、もう大丈夫だ。しばらくはこいつの家に厄介になるぞ。」
「…ええ!?」
「うん、いいよ。部屋数も余ってるし。」
あっさり了承する魔女。
…なんだかこの魔女本当に人がいいですね。
懐が広いというか器が大きいというか…
ていうか…あの、魔女さん?
『ヘンゼルとグレーテル』は魔女が子どもを食べようとする、というメインシーンがありますが、その辺はどうするんですか?
「別になくていいよ、そんなの。俺、カニバリズムとか趣味じゃないし。」
いや、趣味とかそういう問題じゃなくて…
「それに、普通に考えてもオカシイじゃん。こんなにお菓子があるのに、わざわざ人間の子どもを食べるなんて。」
「きっと物語の魔女は甘党じゃなかったからじゃないか?」
んな、適当な!?
「と、とにかく、また家族一緒に暮らせてよかったな。」
「そ、そうだね?」
あ、ヘンゼルもグレーテルも流され始めました!
ちょっと、貴方がたまでそんなことを!
「めでたし、めでたし。だろ?」
私の台詞を盗らないでください!
あーもうこいつ、嫌い!ホントに嫌い!
いいです、もうホントに終わっちゃいますからね!
知りませんよ私はっ!!
スタッフ!幕っ!!
「…だから言ったじゃん。小鳥いらなかったって。」
END
~後日談~
「そういえば、お母さんは?」
「ああ、魔女から融資うけて、株はじめた。」
「株!?」
「で、今大儲け中らしい。今後はデイトレーダーとして収入を得るって言ってた。多分、そのうちこっち来て隣に家建てるぞ。」
「ちょ、お母さん、何者だよ!?」
「『大体、木こりなんか儲かるわけないです。この場合、ネットひいて在宅ワークの方がまだ利益上がりますよ』だと。」
「…大学生の発言としてもおかしくね?それ。」
「てか、ネットひけたんだ、この山奥に。」
「つーことで、お母さんもそれなりに楽しんでやってるよ。」
「……俺たちが捨てられた意味って…」
「言わないで。」




