「赤ずきん」後編
さて、ここからオオカミ目線に変わります。
「ここか。」
オオカミさんはとある一軒家の前に来ていました。
緑色の小さな家で、煙突から煙があがっています。
そこは、赤ずきんに聞きだした彼女のおばあさんの家でした。
「さて、まずはばあさんから頂くとするか…」
オオカミは獲物を前に、舌舐めずりをしました。
悪い顔が本当に似合いますね、オオカミさん。いかにも肉食獣っぽいです。
オオカミはドアノブに手をかけ、遠慮なくバンっとドアを開けました。
「わぁ!?」
「!?」
しかし、そこにいたのは――なんと、赤ずきんのおばあさんではなく森の猟師さんでした。
――そう。
実は赤ずきんはおばあさんの危険を察して、オオカミにわざと違う道を教えていたのです。
なので、言われた通りの道を進んだオオカミは、間違えて猟師さんの家に入ったというわけです。
赤ずきん、なんて恐ろしい子…!
「な、なんでここに来るの!?ちょっと、おばあさん家に行くんじゃなかった!?」
のんびりとくつろいでいた猟師さんはパニック状態です。
当然です。
家にいきなりオオカミがやってきたんですから。
…言わなくてもいいことまで言っていますけど。
猟師さん、おばあさんの家情報、貴女は知らないはずですからね?
「ああ、そのはずだったが…まあ、いい。」
対するオオカミはというと。
しばらくは驚きに目を見開いていましたがやがてニヤリと口角をあげました。
あ、これはマズイですね。また肉食獣の目をしています。
「猟師、お前から喰ってやる。…つーか、お前だけでいい。手間が省けた。」
「う、わっ!?」
オオカミは低い声でそう言うと、猟師さんに飛びかかりました。
いくら屈強な(イメージ)猟師さんと言えど、銃も何も用意していない状態では為す術もありません。
猟師さんはそのまま押し倒されてしましました。
「ちょ…襲う相手が違うっ!オオカミはおばあさんと赤ずきんを食べるんでしょ!今回は私、ヒーロー役っ!」
「そうか、俺、猟師に襲われないといけないんだっけ?でもまあいいや、今度で。」
「ちょっと!そういうことじゃないんだってば!!」
迫るオオカミを渾身の力で押しのけ、猟師さんはなんとか立ち上がります。
じりじりと間合いを詰める獣に距離を取る猟師。
本筋とは全く関係のない所で、攻防の開始です。
…オオカミよ、それでいいのか。
つーか、赤ずきんの所に行けよ
――
「……いくらなんでも遅すぎない?」
一方。
本当のおばあさん宅では、おばあさんがベッドの中で寝そべりながら来訪者を待っていました。
まあ、本来ならとっくにオオカミが到着し、入れ替わりが済んでいる時間帯ですからね。
おばあさんはそわそわしていました。
すると、コンコン、と控えめなノックの音が聞こえます。
ようやく来たのか、と安堵したおばあさん。
ベッドから身をおこし、どなた?と返事をすると、
「おばあさん、お見舞いに来ました、赤ずきんです。」
「え!!?」
そんな可愛らしい声が返ってきました。
それは間違ってもオオカミのものではありません。
おばあさんがびっくりしていると、『入りますよ。』という断りとともにがちゃっとドアが開きます。
そこには両手にお花をいっぱい抱えた赤ずきんが立っていました。
「おばあさん、具合はどうですか?」
「え!?あ、赤ずきん?なんで…」
「うん、鼻も耳も大きくありません。ついでにお顔もいつもの厚化粧。間違いなくおばあさんですね。」
「なんですって!?」
「あ、これお見舞いです。お母さんから。」
「あ、えっと、ありがとう…?じゃなくて!厚化粧ってどういうこと「うるさいですよ、黙ってください。」
赤ずきんはにこにこ笑顔を崩さないまま、おばあさんの様子を確かめ(ひとこと余計でしたが)、バスケットを机の上に置きました。
そして、未だに混乱しているおばあさんそっちのけで摘んできた花を花瓶に生けたりなんかしています。余裕ですね。
「ちょっと、どういうこと!?オオカミはどうしたのよ!」
「オオカミならもう来ません。安心してください。」
「ええ!?」
「では、おばあさん。お身体に気をつけて。」
「え!もう行くのっ!?」
「私は、まだやることがありますから。」
「やること…?」
「オオカミ退治です。」
赤ずきんはにっこりと笑いました。
――
「……はー、はーっ」
「そろそろ観念したらどうだ?」
「嫌だ!」
さてその頃、猟師さんの家では、といいますと。
引き続いてオオカミと猟師さんのバトルが勃発中です。
…しかし、随分と一方的な展開に見えますね。
ニヤニヤ笑うオオカミによって、猟師さんは壁際に追い詰められています。
しかもよく見ると猟師さんの服はところどころ破けてはだけてるではないですか。
…あの、聖悟くん。
ほんっとにいい加減にしてください。
第三者目線からは犯罪にしか見えませんよ。可哀そうに、那津さん涙目じゃないですか。
え?それがまたそそるって?
はは…お前、マジ一遍死んでこい。
「大人しく俺に食われとけ。」
「ちょっ、本気で待って!」
「獣に待ったはきかないぜ?」
「――っ!」
両手を抑えられ、身動きが取れなくなった猟師さん。
迫るオオカミに、もう駄目だ、と目をつむりました。
――その時です。
「――ぐっ!」
空気を裂くような小さな音が聞こえた、と思えば獣の唸り声が響きました。
オオカミの体の力がどんどん抜け、ずるりとその場に崩れ落ちます。
猟師さんが目を開いた時にはもう、オオカミはばたりと床に倒れていました。
「え?何が…?」
呆然とした猟師さん。
おそるおそるオオカミの様子をうかがうと、背中に小さな針のようなものが刺さっているのを見つけました。
これが、オオカミを倒したものの正体でしょうか?
疑問に思いつつもゆっくりと顔を上げると―
「大丈夫ですか?猟師さん。」
「!?いぬ…赤ずきん!?」
ドアの傍に、赤ずきんが立っていました。
何故か、赤いずきんをはずし、両手で持っています。
顔は輝くばかりの笑顔でした。
…いやあ、楽しそうですね。実に。
「すいません、少し遅れました。お怪我などは、大丈夫ですか?」
「あ、はい……あの、君がこいつを…?」
「ああ、オオカミなら寝ているだけですよ。ずきん型麻酔銃で撃ちましたから。」
赤ずきんはまたしても余裕の表情で、どこかの名探偵みたいなことを言っています。
いやいや、ずきん型って…発射口どこよ。
そもそも、赤ずきんって、対人用ウェポンでしたっけ?
いや、そうなると作成者のお母さんの方が怪しいのか…?
猟師さんも同じようなことを考えているのか、ぽかーんとしています。
「不埒なケダモノはきっちり退治しませんとね。」
「あ、はい…」
「じゃ、これで一件落着ってことで。さっさと終わりましょう。」
「あの、赤ずきん?」
「何ですか?」
「…なんか、怒ってる?」
「ええ。それはもう、最初から。」
真っ黒な笑顔で言い切った赤ずきん。
猟師さんは彼を見て、乾いた笑いしかでませんでした。
こうして、オオカミの魔の手からおばあさんと猟師さんを救いだした赤ずきんは、その後も平和に暮らしたとさ。
めでたし、めでたし。
……。
…よし、終わりました!スタッフ、幕おろして!
あ、エンドロールとかいいんですっ!
それより早く菓子折り買ってきなさい!
そこの馬鹿オオカミが起きたら全員で赤ずきんに謝りますよ!全力で!
END