再会
とうとうこの日がやって来た。騎士養成学校の成績優秀者が王国に育てられた魔獣と血の契約を交わし、乗騎とする『契約の儀』。普段は鍛錬や授業に使われる広い中庭が成績優秀者と囲いに入れられた魔獣で埋め尽くされている。
「しっかし、色んな種類の魔獣がいんなぁ、おい」
列の半ばほどにいるソウヤは背伸びをして前に立っている生徒達の頭の向こうに見える魔獣達を興味津々で見ていた。ユニコーンやペガサス、神牛やサラマンダーなど数え切れない種類の魔獣。やはり、その中でも一際目を引くのが。
「……」
囲いの中央で座す大地の守護者、ラグナウルフ。黄金の毛並みを輝かせ、静かに目を閉じている。放たれる威圧感が桁違いで、魔獣はラグナウルフの半径数メートル以内に近寄らなかった。
「あれがラグナウルフか。まだ子供だって聞いてるけど、普通に他の魔獣よりもでかいぞ……どんな奴と契約するんだ?」
「始まれば分かるだろ」
「二人とも、そろそろ始まるよ」
ぼそぼそと小声で話す真紅とソウヤをアインハルトが注意する。
「では、これより『契約の儀』を始める。名を呼ばれたものは囲いの中に入り、契約相手を見つけろ」
生徒達の前に立ったディズは箱の中に手を突っ込み、中を探り始める。どうやら、公平を喫するために呼ばれる順番はくじで決めるようだ。
「エリーゼ・ランコアーズ!」
「はい!」
ディズに名を呼ばれ、一人の女子生徒が列から出て行く。その女子生徒は一頭のユニコーンと契約することになったようだ。女子生徒とユニコーンの足下に輝く魔法陣が浮かび上がる。女子生徒の手がユニコーンの額に触れると光が爆発したかのような輝きを放つ。
「ふむ、魔方陣の位置は手の甲か……よし、確認した。列に戻っていろ」
収束した光の中から出てきた女子生徒の手の甲を確認するディズ。女子生徒の手の甲にはユニコーンを模した魔法陣が浮かび上がっていた。ユニコーンの腹部分にも同じ形の魔法陣が描かれている。
「確か、あの魔方陣って」
「契約が無事に完了したって証だな。契約相手との信頼関係によって浮かび上がる箇所が変わってくるって話だが」
関係が悪ければ足の裏、最高なら心臓部分といった感じだろうか。両者の関係が良好であればあるほど、魔方陣の位置は心臓へと近づいていく。女子生徒とユニコーンが囲いの外に出たのを確認し、ディズは次の生徒の名を点呼した。
そんなこんなで、特に問題が起こるでもなく『契約の儀』は終盤に差し掛かった。ほとんどの生徒が契約を終え、契約相手の魔獣と一緒にいた。真紅、ソウヤの後ろにいたアインハルトも契約相手の白虎『バイフー』の顎を撫でている。ちなみにラグナウルフの契約相手は見つかっていない。囲いに入った生徒は例外を除いてラグナウルフへと近づいたのだが、威嚇されて追い払われていた。
「ソウヤ=ティスタニア!」
「お、ついに俺か!」
名を呼ばれ、ソウヤは勇んで列から飛び出す。手を振りながら囲いに向かうソウヤを見送りながら真紅とアインハルトはソウヤがどんな相手と契約するのか考えていた。
「さって、俺の契約相手は、っと」
魔獣が少なくなった囲いに飛びこんだソウヤは早速視線を周囲に走らせる。ソウヤの気持ちのいい人となりが伝わっているのか、十数頭の魔獣がソウヤの周りに集まっていた。
『オオオォォォォォンッッッッ!!!!』
その時、今まで座して動かなかったラグナウルフが大きく遠吠えを上げた。その声は大気を斬り裂き、騎士学校の校舎である城さえも震わせた。誰もが動かなかった。ソウヤ自身も、目の前でラグナウルフが動き始めたことに驚愕してただ突っ立ているだけだ。
『……』
遠吠えを止め、ラグナウルフは澄んだ紺碧の瞳でソウヤを見つめた。ソウヤも引っ張られるようにラグナウルフへと歩み寄る。何時の間にか、ソウヤを囲んでいた魔獣もソウヤとラグナウルフに場を譲るように囲いの片隅に固まっていた。
ソウヤの手がラグナウルフの鼻先に触れる。地面に浮かび上がった魔法陣が冷気と雷を纏った風を巻き起こす。雷と氷の暴風雨が収まり、ソウヤと……謎のゴスロリ美少女メイドの姿が。
「これからよろしくな、イリス」
「よろしくお願いします、マスター」
ゴスロリメイド美少女改めラグナウルフ、もといイリスと契約を終えてソウヤは列へと戻った。ちなみに魔方陣の位置は二人とも左肩だ。
「まさかお前がラグナウルフと契約するとわな……」
「……」
ソウヤとイリスを目を丸くした二人が迎える。アインハルトに至っては驚きの余り声も出ないような状態だ。
「初めまして。この度マスターと契約を結んだラグナウルフ、・イリスティア=ウルフェンと申します。以後、お見知りおきを」
丁寧に頭を下げるイリス。ほぇ~、と夜明は不思議そうにイリスを見ていた。
「こりゃソウヤとは似ても似つかない礼儀正しい子だ」
「てっめ、真紅! そりゃどういう意味だ!!」
繰り出されたソウヤの拳を避け、悪い悪いと誤りながら苦笑いする。
「真紅・黒神!!」
最後になり、漸く名前を呼ばれた真紅。囲いへと向かっていく真紅の後ろ姿をイリスは厳しい表情で見ていた。
「どうしたイリス? 真紅の背中に何かついてるのか?」
「いえ、そう言う訳では……マスター、彼は何者なんですか?」
「何者って、俺の友達だけど……何でそんなこと聞くんだ?」
いえ、と首を振りイリスは視線を囲いへと入っていく真紅に戻した。真紅の身体からほんの僅かだが、確かに感じ取れたのだ。天上天下に焼けぬものなき匂い、大地の守護者と呼ばれた自分に恐怖すら抱かせる紅の香りを。
「彼からは“爆炎”を感じます」
「……」
囲いの中で真紅は困ったように頭を掻く。囲いに入ったは良いが、魔獣が寄ってこないのだ。まだ囲いの中に残っている魔獣数十頭、全てが逃げるように真紅から離れている。
「所詮は程度の低い庶民……」
「騎士になる資格がない……」
そんな感じの声がちらほらと聞こえてきた。友人を馬鹿にされ、拳を握り締めて真紅を馬鹿にしてる奴等に飛びかかろうとするソウヤをアインハルトが諌める。
「あいつら、好き放題言いやがって……!」
「落ち着いてソウヤ! でも、何で真紅さんに一頭も魔獣が寄ってこないのかな?」
ソウヤを抑えながらアインハルトは首を傾げる。そう言えば、バイフーも微かにだが真紅に対して唸り声を上げていた。
「魔獣が感じ、恐れているんです。真紅さんから漂う“爆炎”の匂いに」
イリスの言葉に二人は表情に戸惑いを浮かべる。ソウヤがどういうことだと訊ねようするが、それよりも早くイリスが顔を上げて蒼天を仰いだ。
「……来ます、爆炎の申し子が……!」
『ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!』
天が裂け、悲鳴を上げている。そんな錯覚を抱かせる咆哮が天上天下に響き渡る。生物の奥底にある生存本能を恐怖で塗り潰し、生へと駆り立てる咆哮。人間、亜人、魔獣に関係なく、その場にいた全ての生物が空を見上げた。騎士学校を中心に悠々と空を旋回する紅の影。
「レッド、ドラゴ、ン……」
静寂が中庭を満たす。パニックが起こる気配も無く、皆が皆動けずにいた。
「何故こんな時にドラゴンが……迎撃態勢に入れ! 新任の教師達は生徒を校舎の中に避難させ、結界を展開させろ!!」
いち早く正気に戻ったディズが周囲に指示を飛ばす。正気を取り戻した教師数名に従って生徒達が避難する中、ただ一人、ドラゴンの咆哮に恐怖を覚えなかった少年が動き出す。
「あぁ……」
たった数週間の短い付き合いだった。だがその姿を忘れるはずが無い。その圧倒的な存在を忘れるはずが無い。その気高さを忘れるはずが無い。その力強さを忘れるはずが無い。もう一生会うことは無いと思っていた友を再び目にし、真紅は涙すら浮かべる。気付けば叫んでいた。
「ロードぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!」
『ゴオオオオオオオオ!!!!!!』
今まで旋回していたドラゴンが中庭目掛け急降下してくる。ディズを含めた教師陣が迎撃態勢を取る間もなく、紅蓮の翼が羽ばたく。竜巻と比べても遜色の無い風圧が中庭に立っている全員に襲い掛かる。イリスは狼の姿へと戻り、身体を盾にしてソウヤとアインハルト、バイフーを風から守った。
「……おいおい、何の冗談だこりゃ?」
風圧が収まり、イリスの身体の影から出てきたソウヤが見たのは強烈な風で何もかもが吹き飛ばされた中庭、そして。
「久しぶりだな、ロード」
『逢いたかったぞ、真紅』
嬉しそうにレッドドラゴンの頭を撫でている親友の姿だった。
どうでもいいが、逆お気に入りユーザーが三十人近く増えた。何これ怖い。