恩師、戦友との再会
えぇ~、久しぶりにこっちを投稿。読んでくれると嬉しいです。ロードと真紅の再開は次回ですすみません。
それと紅様ぁ! 長らくお待たせしてしまいましたぁ!!!
もう待ってないか。
「戻ってきたな」
目の前に聳え立つ城門を見上げながら、真紅はどこか感慨深そうに呟く。ドラグニア王立騎士養成学校。それがここの正式名称だ。過去、ドラグニアが隣接する国々を併合するに辺り、王達はドラグニアの力を恐れ次々と降伏していったが、この城の持ち主である国王、そして国王に仕える騎士達は最期までドラグニアに抗った。結局、民の安全を条件に国王は降伏したが、当時のドラグニア王は国王に敬意を表し、国王に別の城を与えて、この城を次代を担う騎士を育てるための学校にした。それがドラグニア王立騎士養成学校である。
左肩にかけたバックを揺すり上げ、真紅は城門を潜って中庭へと歩いていった。一足早く夏休みから戻ってきた生徒がちらほらと見える。ふと、一人が真紅の存在に気付き、近くにいる者に報せた。数分とせずに集まる視線の数々。どれも、蔑みや侮蔑を含んだもの。友好的なものは一つとしてない。そういう視線を受けるのはもう慣れてしまっていたので、真紅は特に何か反応を見せるでもなく足を動かしていた。
「黒神ではないか」
元兵舎を改築して作られた男子寮にもう少しでつく所で後ろから声をかけられ、真紅は歩みを止めて振り返った。
「ディズ先生、お久しぶりです」
真紅がペコリと頭を下げる先には一人の女エルフが立っていた。名をディザスト・ストームブリンガー。自分にも他人にも厳しい、五百年以上の時を生きてきた女傑である。元々は国境を警備するエルフ族の長だったが、何代か前の王が頼んでここの教官として働いてもらう事になったのだ。総合戦闘術の教官で、とにかく厳しい事で有名。生半可な心構えで授業に臨めば、一瞬の内に叩き伏せられる。その為、口の悪い連中からは鬼教官などと呼ばれているが、真面目に取り組む者に対しては驚くほど熱心に指導してくれるので、多くの生徒に慕われている。ちなみに愛称はディズである。
「山に籠って修行をしていたと聞いたが、怪我はなさそうだな。何よりだ」
厳しいとは言ってもそれは指導に関してなので、それ以外については結構寛容な方だったりする。今まで指導してきた貴族のボンボンと違い、常に真面目に授業に取り組んでいる真紅を彼女はことのほか気に入っていた。微笑を浮かべながら歩み寄ってくるディズだったが、真紅から後数歩と言うところで立ち止まると表情を引き締め、型の良い鼻を小さく動かしながら真紅の匂いを嗅ぎ始めた。
「え、あの、何か臭いますか俺?」
「いや、安心しろ。少なくとも他者を不快にする臭いは放っていない……ただ、お前からとても濃密な炎の匂いがする。黒神、夏休みの間に、何か爆炎を纏う何かに遭遇しなかったか?」
ディズの問いに真紅はすぐに彼女の事を思い出した。ロードだ。あはは、と乾いた笑みを浮かべながら真紅は頭を掻く。
「あはは……ちょっと、修行で籠った山の中でレッドドラゴンと出会っちゃいまして」
「レッドドラゴンだと!? ……っ!?」
慌てて自分の口を塞ぎながらディズは真紅に顔を寄せ、可能な限り声を小さくして訊ねた。
「それは本当か?」
「教官に嘘ついて俺に何の得があるって言うんですか?」
そいつもそうだ。納得したように頷くとディズは真紅から顔を離し、まじまじと彼に遠慮の無い視線を注いだ。
「それにしても、レッドドラゴンと相対してよく無事でいられたな」
意外と良い奴でしたよ、と口から出そうになったが、真紅は何も言わなかった。レッドドラゴンと出会っただけでも奇跡だと言うのに、友人になった、背に乗せて共に空を飛んだ、あまつさえ名前まで教えてもらったなんてことは御伽噺でもない。それ程にまでドラゴンとは、この世界に存在する種族の中で超絶した立場にいるのだ。
「それよりも教官、質問をしてもよろしいでしょうか?」
「許可しよう」
「何故ここに? 今年の夏休みは故郷の森に戻ると聞いていましたが?」
そのことか、とディズは少しだけ苦い表情を作る。
「一ヶ月後に成績優秀者と国が育てた魔獣による『契約の儀』があることは知っているな?」
当たり前だ。真紅自身もその成績優秀者の中に数えられているのだから。それがどうしたんですか? と問う真紅にディズは肩を竦めて見せた。
「国が育てた魔獣。その中にとんでもないものがいてな。いや、正確には混ざったと言うべきか……」
「とんでもないもの?」
「名くらいは知っているだろう? ラグナウルフだ」
ディズの口から出てきた名に真紅は目を丸くする。彼女が口にしたものの名はそれ程の意味を有しているのだ。ラグナウルフとは闘狼と呼ばれる強力な種族の中でも特に強い力を持つ、数千年に一頭だけ産まれるという伝説の存在だ。体毛の色は黄金、瞳の色は紺碧。魔力を有し、人語を解することさえ可能。戦闘力は世界の中でも随一、地上戦であればドラゴンをも凌駕する。ドラゴンが天空の覇者と呼ばれるのと同様に、ラグナウルフは大地の守護者の二つ名を持っている。
「そんな凄いのをまだ正式な騎士にもなっていない俺達に乗騎として与えるなんて……王族の考えることは分かりませんね」
「いや、そうではない。ラグナウルフは自らの足でここに来たらしいのだ。もしかすると、己の主に成りうる者が現れたと、本能で察したのかもしれないな」
そんなことがあるのか? と真紅は心の中で思ったが、ロードのような生物がこの世には存在しているのだ。今更、どれ程の力を有した魔獣が出てきたところで、大きな驚きは感じないだろう。
「そうですか……とりあえず、教官が戻ってきた理由も大体理解しました」
万が一、ラグナウルフのような強大な力を持つ魔獣が暴れたら、ここは一瞬にして廃墟と化すだろう。そうならないようにするため、『嵐を支配者』の二つ名を持つディズが故郷の森から呼び戻されたのだろう。
「まぁ、ラグナウルフが伝え聞いた話通りの魔獣なら、万一にもそんなことは起こらないと思うが。引き止めて済まなかったな。長旅で疲れただろう。しっかりと休んでおくといい」
歩き去っていくディズの後ろ姿に頭を下げ、真紅は自分の部屋に荷物を置きに寮の中に入っていった。
「おっ、真紅じゃねぇか!」
夕食を食べに食堂へ向かっていると、不意に声をかけられた。振り返ると、一房のアホ毛が目に映る。
「ソウヤか。久しぶり」
真紅は片手を持ち上げ、友人のソウヤ=ティスタニアに手を振る。ソウヤも手を振りながら真紅の横に並び、二人はそのまま食堂へと向かった。
「んで、お前は夏休みの間何してたんだよ?」
「山に籠ってひたすら修行してた。お前は?」
「似たようなもんだな。親戚の家に行って、近くの町で行われてた闘技大会で戦いまくってた」
ソウヤ=ティスタニア。名門貴族ティスタニア家の次男坊なのだが、ソウヤの平民を差別しない鷹揚とした性格のため、実家とはあまり仲が良くないようだ。実家だけでなく周囲、主に騎士養成学校にいる貴族の生徒達から良くない目で見られているが、本人に気にする様子は一切なく真紅と普通に接していた。
「どうだ? 明日辺り、お互いの修行の成果を験してみねぇか?」
「それは別に構わないけど……ソウヤ」
真紅は廊下の曲がり角を顎で示す。ん? と疑問符を浮かべながらソウヤが振り返ると、そこには。
「ジ~……」
一人の金髪をサイドテールにした少女が二人を、正確にはソウヤのことを見ていた。
「あれ、アインハルトだろ。お前に用みたいだぞ」
「何だってあんな真似を……おい、何してんだアイン?」
ソウヤが大声で声をかけると少女、アインハルト・ソル・グラン・リ・イングヴァルトはビクッと身体を竦ませた。彼女、アインハルトはソウヤの幼馴染だ。ソウヤ同様、平民に差別意識は無い。寧ろそういう意識を持っている貴族を毛嫌いしていて、過激な発言をする事も。が、素の彼女は。
「ひ、久しぶりソウヤ。それに真紅さんも」
好きな相手に声をかけられただけでギクシャクしてしまう純情乙女だが。
「久しぶり。それで、ソウヤに何か用か?」
「その、これから食堂に行くみたいだから、私も一緒に行ってもいいかなって」
「何だ、そんなことかよ。なら早く行こうぜ」
言うや、ソウヤはアインハルトの手を握る。顔を爆発するアインハルト。さっさと歩いていくソウヤと、ブリキ人形か何かのように動きを更にギクシャクさせ始めたアインハルトを真紅は何とも言えない表情で見ていた。
「奔れ疾風、翔けよ迅雷! 『雷の嵐』!!」
「洒落臭ぇ!!」
ソウヤが放った雷を纏った突風を、真紅は炎を纏わせた長剣で切り裂いた。雷の嵐に隠すようにソウヤは水の槍を撃ち出していたが、真紅は神速の速さで長剣を返してそれを蒸発させる。
「細身とはいえ、重量のある長剣を小枝みたいに振り回すなんてどんな化物だよ手前は!!」
「はっ! 中級魔法に詠唱なしの下級魔法を紛れさせる上に近距離戦闘までこなすお前に言われたかねぇよ!!」
中距離からの魔法は全て切られると悟ったソウヤは剣を振るうのも困難な超至近距離から大魔法を喰らわせようとするが、真紅の斬撃が懐に飛び込むことを許さない。それに、幾らソウヤが近距離戦闘もこなせるとはいえ、今まで愚直に剣を振り続けてきた真紅が相手ではいずれ押し切られる。
「ならよぉ!!」
真紅の一撃を弾くと、ソウヤは大きく後ろに跳んだ。
「こいつで決めてやらぁ!!」
「来いやぁぁぁ!!!」
ソウヤは右腕に自分の出し切れる全ての魔力を集中させる。氷が腕を槍状に覆い、その上を雷と風が渦巻く。対し、真紅は頭上で長剣を振り回して周囲の大気を巻き込みながら長剣に纏わせた炎を巨大化させていった。
「巨神殺しの……」
「焼き滅ぼす……」
向かい合っていた両者が突っ込む。
「鉄槌!!!!!」
「炎剣!!!!!」
莫大な破壊力を内包した技がぶつかり合い、周囲に甚大な被害を齎そうとしたその時、
「来たれ暴風」
突如、暴風が吹き荒れた。その勢いたるや、全力の一撃を決めようとしていた二人を吹き飛ばすほど。空中に巻き上げられてる間に二人の魔法は消えてしまい、ほぼ同時に風がピタリと止んだ。
「どわぁ!!」
「っでぇ!!」
碌に受身も取れず、二人は仲良く地面に叩きつけられた。余りの痛みと衝撃に声も無く呻いている二人を見下ろす人影、もといエルフ影。
「盛り上がるのも大変結構だがな、黒神、ティスタニア……お前らは中庭を焦土に変えるつもりか?」
ため息を吐きながらディズは周囲を見渡す。現在、生徒同士の模擬戦が中庭で行われていた。生徒のほとんどが周囲に影響を及ぼすほどの戦闘はしていなかったが、二人は別格で中庭の地形を変形させていた。中庭の惨状に胃を痛めながらディズは額に手をやる。
「(前もって他の生徒達を避難させておいて正解だったな)……貴様らは少し周囲への配慮を考えろ。しかし、それさえ除けば、二人とも素晴らしい成長だった。今後とも精進するように!」
「「はい!!」」
起き上がった二人は背筋を伸ばして返事をした。二人の返事に満足そうに頷きながらディズは今後の事を考えた。
(今回の『契約の儀』。この二人はどんな魔獣と契約するのか)
この時、彼女は予想もしていなかった。まさか『契約の儀』において、この二人が国家戦力にも匹敵し得る強さを得る事になるとは。
~一方、アインハルトは~
「五十人抜き、達成!」
「「おぉ~」」
模擬戦で五十人抜きという偉業を成し遂げていた。